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Yell.10 -生きていても絶望しかない-

 ハッと悪夢から解放されたかのように僕は目覚めた。

 変な男の子に左腕を触られて、身体が言うことを聞かなくなって、それからどうなった!!?

 僕は何をしたんだ!!?


 手元に何か感触がある……なんだ?

 僕はぬるっとしたような変な感じがする自分の手元に目をやった。

 ──そして、絶望した。


「ぐっ……あ……かはっ」


 僕の右腕は綺麗に大の腹を貫いていた。

 腕から大の血液が大量に滴り落ち、大は耐え難い苦痛に悶えて悲痛な声を漏らしている。

 大の顔はバケモノの顔で見えないが、きっと苦悶の表情を浮かべていることだろう。


 ようやく身体が自由になってきた僕はというと、世界が終わってしまうよりよっぽど残酷な目の前の現実をバカな頭では抱えきれずにいた。

 ズズッとゆっくり右腕を引き抜くと、大は仰向けにドサッと倒れた。真っ赤に染まった右手を見て、支えを失ったようにぐったりと膝をつきそのまま自動で変身が解除される。すぐにルタも人間態に戻って座り込んだ。


「はぁ……はぁ……正義、大丈夫……?」


 ルタの問いに僕は何も答えなかった。答えられなかった。

 大丈夫なわけがない、こんなの……こんな……。

 願わくば時間が巻き戻ってほしかった。自分を否定するように僕は首を振り続ける。


「石海くん! ルタちゃん!」


 五十嵐さんは僕とルタのもとに駆け寄るが、目の前の惨状に軽い悲鳴を上げて震え始めた。ふと前方に目線を上げるといつの間にか人間の姿に戻っていた大が腕を伸ばしていた。


「大! 大はまだ生きてる!」


 僕は急いで立ち上がり大の腕を掴んだが、直後にまた膝から崩れ落ちた。

 腹には大きな穴、大量の出血。

 素人でもはっきりとわかる、もう助からないことが。


「ごはっ……せ、んぱい……自分を責めないで……俺が、悪いんすよ……俺が、弱かったから……。先輩は……俺一人なんかより、もっと、もっと多くの人を守ることができます……きっと……」


 吐血しながらもいつもの口調で力強く僕に言葉を伝える大。その姿を直視すればするほど、心が深く深く削られていくような気持ちになり吐き気を催した。

 それでも僕は震える大の手を同じく震える手で何とか握りしめていた。

 お願いだ、死なないでくれ。


「やめろよ……お前が弱いなら、この世に強い奴なんかいないよ……。お前を殺したのは……紛れもなく僕だ。僕なんかと出会わなければお前は……」


 頬を伝う一筋の涙はすぐに雨粒と一緒に流されていった。

 悔しくて悔しくて、唇を思い切り噛んでしまい血が流れる。


「バカっスね……先輩は……。俺は……出会えて、本当に……よかっ……た……」


 それだけ言い残した大の身体は黒く硬化してあっという間にバラバラに崩れ去った。


 大は死んだ。

 僕が、大を……殺した……。

 もう、何がどうなっているのか、僕にはわからない。


「僕は……ああ……あああああああああああああ!!! うわああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!」


 空へ向けた咆哮はあまりにも冷たすぎる雨粒となって、歪んだ顔を濡らした。

 僕はバケモノだ。

 大切な人を守るはずの力で大切な人を殺してしまった、正真正銘のバケモノだ。

 僕は……僕は一体……。


 頭がクラっとした。

 いっそこのまま死んでしまった方が楽だと思い、襲い来る意識の喪失に身を任せ、冷えたアスファルトの上に雑に倒れた。制服に雨水が滲み込んで、全身に気持ち悪い感覚が走る。

 ルタと五十嵐さんが僕を呼ぶ声が聞こえるが、もうどうでもよかった。


 とにかく、僕は楽になりたかった。





 温かな空気に包まれて、ふわっとした気分で僕は目を覚ました。

 ベッドの上……僕はまだ生きてるようだ。

 窓に雨粒がポツポツと当たる音が室内に響いている。おでこにはひんやりとしたタオルの感触。

 僕は倒れて……どうやって帰ってきたんだ?


「あ、おはよう。身体は大丈夫?」


 椅子に座っていたルタは僕に気づいて軽く手を振った。

 身体全体が気だるい感じがして、温かくしてるのに悪寒がする。この感じは熱だな。

 ……いや、僕の身体のことなんてどうでもいい。


「奈乃とここまで運んできたんだよ。おじいさんもう寝てたからスッと家に入れたよ」


 そうだったのか……五十嵐さんにお礼言わなきゃな。

 いや、僕はバカか。そんなこともどうでもいいだろ今は。

 僕は……バケモノになって大を殺したんだぞ。


 急に右手が震えだして、僕は左手でそれを必死に抑える。大の身体を貫いたあの感触がまだ鮮明に残っている。人を殺したこの恐怖心がもし消え去るのなら、今すぐ右腕を切り落としたい。


「なんで正義の体内にカラットのエネルギーが入ってきたのか、なんでカラットみたいな姿に変わって身体の自由がきかなくなったのか、私にもよくわからないんだよね。覚えてないかもしれないけど、物凄い勢いで一方的に大ちゃんを攻撃してたよ」


 容赦なく僕に現実を突きつけるルタ。

 胸から喉にかけて急に熱くなってきて僕は吐き出しそうになり、胸を叩いたりして何とかそれを防いだ。急速に呼吸が速くなり、不安や恐怖、絶望が心を支配しようとする。


「はぁ、はぁ……お前は、何でもかんでも話そうとするなよ。人にはさ、それが真実だとしても知らない方がいい事もあるんだよ。……お前が言わなければ大は死ななかったかもしれない」


 ルタを責めるのは違うことくらいわかっていた。

 だけどこの気持ちをどこかにぶつけないと、僕が大を殺したという絶対に変わらない事実を背負った心は今にも押しつぶされてしまいそうだった。


 僕の戯言を聞いたルタは「そういうもんなのかなぁ」と呟く。本当に「そういうもんなのかなぁ」と思っているのがこいつの恐ろしいところだ。

 ルタを責めても全く僕の感情の捌け口にはならないことに気づいた僕は一周回って笑いそうになった。


「もう嫌だ、何もしたくない。寝るから電気消してくれ」


 僕のふてぶてしい要求に「はーい」と腹の立つ返事をしながらルタは部屋の電気を消してくれた。

 何もかも投げ出すように目を閉じて、全てなかったことにならないか、僕の記憶から今日の記憶だけ欠落しないか、バカみたいに本気で願った。


『先輩!』


 ダメだ……忘れられるわけないよ。

 目頭がグッと熱くなり涙が溢れ、頬を伝い枕をしっとり濡らす。


 なんで大がカラットなんだよ。

 なんでよりにもよってあいつなんだよ。

 あいつ、ヒーローに憧れてたんだぞ。


 神様って残酷だよな。僕の病気だって、大がカラットだったことだって神様の気まぐれなんだ。

 年下どころか同い年にも全く友達がいない僕にできた大切な仲間だったんだよ。

 ちょっとうるさいけど一緒にいて楽しくて、本当に僕なんかよりよっぽどいい奴だったんだよ。


 こんなの抱えきれないよ。

 どうすればいいんだよ。どうすれば、僕のこの心は救われるんだよ。


 大……僕、どうしたらいいのかな?









『皆、聞いてくれ。どうやらクリスタルライザーがカラットに覚醒したらしい』


『それマジか、トパーズ! ビッグニュースじゃねえか! いつかは接触しようと思ってたけど、これで近づきやすくなった。俺たちの理想も現実味を帯びてきたな!』


『理想理想って、あんたそればっかりやな。まだそいつを仲間にできるって決まったわけやないやろ?』


『まあまあ。裕斗の言う通り、彼がカラットの力を手にしたのなら我々も接触しやすいだろう』


『そうだぞ、甘莉。最初から諦めてたら何にもできねえぞ?』


『わ、わかっとるわ! 誰も仲間にできへんとは言うてないやろ!』


『よし。後日クリスタルライザー、石海正義に接触するぞ。理想郷(ユートピア)はすぐそこまで来ている』

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