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Yell.08 -心がなければ生きていけない-

「お疲れ様、石海くん。身体は大丈夫?」


「先輩、超かっこよかったッス! 俺めちゃくちゃ感動したっスよ!」


 五十嵐さんと大は僕のもとへ駆けよってきてそれぞれ労ってくれた。

 二人が見ていてくれたおかげだよ……とはさすがに照れくさくて言えない。


「ありがとう……二人もケガはない?」


 僕の問いに二人とも頷いてくれた。ああ、それなら良かった。

 今まで誰かを守るなんて考えたこともなくて、全て結果的に僕の平穏を守るためだと思っていた。だけど、どうやらこの二人を守るために戦うっていうのも悪くなさそうだ。この調子で五十嵐さんとのこともチャラにできるといいんだけど、それはさすがに無理か。


「──ねえ大ちゃん。さっきなんで攻撃が下から来るってわかったの?」


 ルタはふいに真面目な顔で大にそう質問した。

 確かに、かなり距離は離れていたし、視認はともかく空気の振動を感じることは不可能なはずだ。結果的に助かったから良かったんだけどな。


「なんでっスかねえ……なんか頭に浮かんだんスよ、下から来そうだなって。まあ、多分ただの勘だと思うんスけどね」


 へらへらと笑いながらそう答えた大。

 野生の勘って奴かな……大ならありえないこともない。ってそれはさすがに失礼か。


「そっか……あ、そうだ。正義がさっきのあいつに負けたあの日の夜、何してたか覚えてる?」


 おいおい、今勝ったばかりなのに嫌なこと思い出させるなよ。

 あの日は確か、サンゴーラルから逃げ延びて大と別れた後、あの変なカラットと戦ったんだったな。


「あの日の夜っスか……すいません、あんまり記憶がないっスね。家に帰ってすぐ寝たのかな?」


 あの日は僕も帰ってからすぐ寝たな。大も疲れてたのだろう。

 ……ていうか、さっきから何の質問なんだ?


「ルタ、何か気になることでもあるのか?」


 そう訊いても、ルタは悩ましそうに「うーん」と首を捻らせていた。

 いつもふざけてるかと思ったら急に何かを一生懸命考えたりするし、よくわからんなこいつ……。

 僕は正直早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。早く休みたい……ベッドが恋しい……。


 だが、ルタが放った無情な一言は僕の運命を大きく変えることになってしまった。


「大ちゃん、君もしかしてカラットじゃない?」






 それは特別深刻な表情にも心配をしているという風にも見受けられず、ただただ事実確認をしているようだった。

 大が、カラット?

 いやいやそんなわけあるか、ルタも疲れてるんだなきっと。いつもの合理的思考からは考えられないような、根拠のない妄言を吐くなんて。


「ルタ、悪い冗談はやめとけ。早く帰って休もう」


 ほら、言われた大はともかく五十嵐さんまで戸惑ってるじゃないか。人を傷つけるような冗談は言っちゃダメだって、昔よく母さんに言われたな。


「冗談なんかじゃないよ。最近の正義を付け狙う気配を感じる時は、いつも大ちゃんがそばにいた。その気配はあの日の夜正義が戦ったカラットのものだったけど、その時大ちゃんはいなくて本人には記憶がない。人間には普通気づけないカラットの攻撃にも気づいてたし、何より……今君の体内にカラットの血液がちょっとだけ流れてるのが私には見えてる。まるで他のカラットが戦っているのに触発されたように」


 僕の言葉など斬り捨てるように、情け無用で容赦のない事実が淡々と並べられていく。それを自分の脳内で整理しようとするとルタの妄言に納得しそうになって、焦って振り払った。

 このままじゃ、この事実に納得してしまう自分が出てきてしまう。誰か、誰でもいいから早く嘘だと言ってくれ。今なら許すから。


「ちょっとルタ先輩、冗談きついっスよ~。全部偶然っスよ、偶然。血液だって先輩の勘違いじゃないんスか?」


 大は嘘がつけるような性格じゃない。うろたえるような様子もないし、自分は人間だと信じているようだ。

 ……人間だと信じている? 何を言っているんだ僕は。大は人間だろう。人間……だよな?


「そ、そうだよ、ルタちゃん。いくら何でも草鷹くんがそんなはず……」


 ほら、五十嵐さんもそう言ってる。やっぱりルタも疲れてるんだ、きっとそうだ。

 そんなはずはないと必死に自分に言い聞かせていたその時、突然暗がりから3体の黒カラットが出現した。

 全く、どこから湧いてきてるんだこいつらは。僕は変身するためにルタに声をかけようとした。だが──


「うぅ……なんか、頭が……いてて……。あっ…………があああああああああっ!!! うわああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!」


 大は突如とてつもない声量の叫び声を上げ始めた。そんなバカな!!


「大! どうしたんだ、しっかりしろ!」


 名前を呼びながら急いで大のもとへ駆けよるが、頭を抱えて苦しんでいる大の周辺には青紫色のオーラがすでに漂っていた。

 僕は助けを求めるようにルタの方へ顔を向けた。そんな僕に気づいたルタはそっと口を開く。


「間違いなくあの夜戦ったカラットだよ。カラットの出現に反応したカラットの血液が完全に大ちゃんの血液を取り込もうとしている……もう、手遅れだね」


 待ってくれよ、おい。

 こいつは今までこの街の平和を守るために僕と一緒に戦ってきたんだぞ?

 そいつが……そいつ自身がカラットだったなんて……そんなバカな話があるかよ!

 信じられるかこんなもん、夢なら早く醒めてくれ!

 何かの間違いであってくれ!


「なんでお前そんなに冷静でいられるんだよ!! くそっ……何か助ける方法はないのか!!」


 五十嵐さんは涙目で口元を押さえ、目の前の状況が信じられない様子だった。

 ヒーローに憧れていたんだ……こんなの、あんまりじゃないか。


「ぐあああああああああああああああああアアアアアアッ!!!!! 苦しいいいいいいいいいいい!!!!!! せんぱあああああああああああああああああい!!!!!!!」


 大は狂ったように叫び続け、その瞳は徐々に紫に変色していった。僕は大の身体を揺さぶり、必死に声をかけ続ける。


「大! 大!! しっかりしろよ! お前、僕のことかっこいいって言ってくれただろ! ずっとヒーローになりたかったんだろ!? こんなこと……こんなことで負けていいのか!? 戻ってきてくれよ!!! また一緒に戦おうよ!!!!」


 言葉なんて所詮はこんなものなのかとつくづく感じた。

 さっきまで僕の胸に届いていたはずの大の応援は、いつの間にか耳をつんざく絶望の叫び声に変わっていた。そんな状況でも黒カラットは構わず僕たちに接近してきて背後から大に襲い掛かろうとする。危ない!


「ウガアアァァァッ!!」


 ──僕は気づいてしまった。大はもう、大ではなくなってしまったことを。


 腕から巨大な棘を生やした大は黒カラットを串刺しにして消滅させた。そして大の周囲に青紫色の小さな結晶が無数に出現し、雄叫びを上げながらあの日僕が戦ったカラットと同じ姿に変化してしまった。


「正義、とりあえず変身して!」


 ルタはジュエライザーに変化して僕の左手首に装着された。

 変身して……どうするんだ?

 僕は、大を倒さなきゃいけないのか?

 そんなこと、できるわけないだろ……!


 ポツポツと雨が降り始め、目の前に立つカラットの硬い頬を雨粒が流れる。全身から棘を逆立てて臨戦態勢に入っている。


 いや……まだわからないだろ。

 前だってカラットを倒しても中の人間は無事だったことがあった。今はひとまず大を止めることを第一に考えよう。僕は決意を固めて、五十嵐さんに下がっておくように言った。


結晶化(クリスタライズ)!」


 頬を伝う雨粒は、悲しみに暮れる涙のようだった。

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