Confidence.1 -転校-
立て続けに起こる意味の分からない出来事に落ち着いてなどいられないが、それでも落ち着くためにひとまずベッドに腰掛けた。
ジュエライザー。呼び方はこれでいいのか気になるが、ちゃんと話をするためにとりあえず彼女にも人間の姿に戻ってもらった。机を挟んで対面する彼女はなぜかニコニコしていた。
「そもそもなんで僕がそのクリスタルライザーにならなきゃいけないんだ?」
僕の素朴な疑問に彼女はうーんと首をひねった。
「そろそろカラットっていう怖い人たちが復活するから、その人たちから世界を守るためにクリスタルライザーになって戦わないといけないの。正直それ以外はよくわからないんだよね」
「よくわからない?」
「うん。気づいたらこの部屋にいたし、それより前のことはあんまり覚えてなくて。けど一つ言えるのは、正義に私を渡したヒーローっていうのは多分クリスタルライザーで、正義を襲ったのはカラットの誰かってことだね」
概ね妄想で補完できそうな範囲の情報しか得られなかった。が、つまり何か理由があってヒーローはカラットとかいう奴らからこの世界を守るために僕にジュエライザーを渡したのか。
けど、彼がクリスタルライザーなのだとしたら彼がカラットと戦えばいいのではないのか。
それとも、二人じゃなきゃ対処できないほど大量に復活するのか。
あのどこか見覚えがあるような瞳。彼は誰だったんだろう。
どの角度から疑問を投じても、なぜ僕なのかは見当もつかなかった。
「わからない……なんで僕に渡されたんだ」
僕が当惑していると、彼女は僕の顔にジーっと視線を向けた。
そして不意に立ち上がると、僕のそばまで来て至近距離で身体を見回し始めた。
彼女が動くたびに首から下げた宝石もフラフラ揺れてキラキラ光る。
ち、近い……。
さすがに僕も男なので、初めての体験につい鼓動を高鳴らせてしまっていた。
「な、何?」
僕が若干声を震わせえながら尋ねると彼女はまた机の向こうに戻っていった。
「うーん。特別な力とかはないみたいだし、身体もそこまで丈夫じゃなさそう。頭も悪いし、本当になんで正義なんだろうね」
事実だから否定はしないけど、初対面なのに容赦ないな。
しかも一切悪気はなさそうなのが余計に腹立つ。
「ま、理由はどうあれ、僕はクリスタルライザーになんかならないよ。妄想の中ならともかく実際に戦うとなると正直怖いし。他の誰かを当たってくれよ」
僕がすんなり受け入れてくれるとでも思っていたのか、彼女は「えー!?」とたいそう不満そうに顔を膨らませてこちらを見てきた。
当たり前だ。どんな理由であろうと僕にやる義理なんてないし、そもそもその理由がわからないのならなおさらだ。
「ダメだよ! 確かに理由はわからないけど正義に私が渡されたのは何か意味があるんだし。それに、カラットは世界をめちゃくちゃにしちゃうかもしれないんだよ?」
彼女は机に手をついて必死に抗議した。
けど、その言葉が僕の心を揺さぶることはない。
「別にいいよ。僕、不治の病であと3年しか生きられないんだ。その事実は変わらないし、今だってその日に向かって少しずつ時が進んでる。僕は決められたその日が来るのをただ静かに待っていたいんだ」
面倒くさそうに僕はそう吐き捨てた。
自分の命が短いことは知っている。だからってそれをわざわざ捨てるようなことはしたくない。静かに、ゆっくりと時が過ぎていけばそれでいい。
しかし、なぜか彼女は「ふっふっふー」とわざとらしく笑っていた。
「心配ご無用! クリスタルライザーに変身すると体内にクリスタルエナジーってやつが発生するんだけどね、それにはなんと延命効果もあるの! 変身し続けると、年齢や健康状態にもよるんだけど最大で50年くらいは寿命が延びるんだよ! だから……」
「だからやれって? 寿命延ばすから代わりにバケモノと戦えって?」
実演販売のような力説を遮った僕の問いに彼女は「まあ、そうなるかな」と答えた。
どうしてだ。どうして定められた死を待つだけの人生に、そんなリスキーな劇薬を投入しなきゃいけないんだ。これ以上の絶望と向き合わなくていいように、平穏に過ごしたいだけなのに。
「ふざけるな。僕は絶対にやらない。僕の人生の邪魔をするな」
怒気を込めた口調で強く断った僕は、そこで会話を強引に終了させて部屋の電気を消してベッドに横になった。
「えー、なんでー?」と納得がいかない様子の彼女を徹底的に無視した。
やっぱり妄想のような出来事は妄想の中だけでいい。
やっぱり他人と関わるのは面倒くさいから一人がいい。
何も持っていない僕には今以上の寿命なんていらない。
たった一人で静かに生きていくなら、3年でも充分すぎるくらいだ。
カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込み、僕は目を覚ました。昨日は疲れもあってか、あの後すぐ眠ってしまったようだ。
最近朝は特に冷え込んでいて、なかなか布団から出ようという気が起こらない。
寒い寒いとボヤキながらそれでも頑張って立ち上がって、最初に視界に映ったものはあのブレスレットだった。
昨日の一連の出来事は夢でも妄想でもないと再確認してしまい、少しため息が漏れた。
僕はヒーローになるつもりはないけど、こいつはずっとここにいるんだろうか。できればもういなくなってほしいんだけどな。
制服に着替え1階へ降りると、祖父はいつものように朝食の支度をしていた。
今日のおかずは鮭の塩焼きみたいだ。みそ汁のいい匂いも漂っている。
椅子に座った僕の前にご飯、おかず、みそ汁を並べた祖父は一言、「眠れたか?」と聞いてきた。
なんだか久しぶりに話すような気がして少し戸惑いながら「うん」と返すと、祖父は「そうか」とだけ言ってまたキッチンに戻った。
祖父はなんと家を出る際に見送ってくれた。いつも家の中で適当に言葉を交わすだけなのに。
昨日今日と、なんだか様子が変だ。悪いものでも食べたのだろうか。
教室に入って十数秒後に先生が来て朝礼が始まった。
学校はガヤガヤしていてうるさいので、朝礼が始まる直前に教室へ入るようにわざわざ遠回りしながら学校へ向かっている。
昨日の衝撃的な出来事は忘れられないが、正直もうどうでもいいとさえ思っていた。僕には関係のないことだし。
連絡事項を聞き流しながら、今日は一日どんな妄想に浸ろうか頭を巡らせていた。
「えー最後に、12月という変な季節ではありますがこのクラスに今日から転校生が来ます」
しかし、先生のその言葉だけは右耳に入った後で左耳から決して出ようとしなかった。
冬休みまであと約二週間。先生の言う通り、普通ならこんな時期に転校生など来るはずがない。
嫌な予感しかしなかった。妄想の中では実にありがちな展開だ。前日に出会った謎の人物が翌日に、などというのは。
皆がざわざわし始め、その一部、特に男子は何を期待しているのか妙に笑顔だった。先生が「どうぞ」と声をかけると教室のドアが勢いよく開き、転校生がぴょんと飛び跳ねて入ってきた。
青白いショートカットの髪の毛に輝くように綺麗な蒼々とした瞳。白いワンピースではなく、ちゃんとうちの制服を着ている。
教室中が興奮の渦に巻き込まれざわざわとし始めた。どこか日本人離れしながらもしっかり愛嬌のある顔を持つ彼女を前に、女子は「かわいい!」と声を上げ、男子の中には興奮のあまり起立している者すらいる。
ただ一人、僕だけが絶望していた。なんでだ! なんであいつがここにいるんだ!!
自己紹介を促された彼女は黒板に字を書き始めた。そこに書かれていたのは昨日僕が聞いた「ジュエライザー」という名前とは程遠かった。
書き終わって振り向いた彼女はあのムカつく満面の笑みを浮かべた。
「初めまして! 今日からこのクラスに転校してきました、栗栖ルタです! どうぞよろしくお願いします!」
快活な彼女に割れんばかりの拍手が送られる。
みんなに手を振る彼女はクラス後方の僕を見つけるとニカっと笑顔を向けてきた。はぁあ、勘弁してくれよ。