Yell.05 -逃がしてしまえば何もわからない-
その日の夜、僕は街を歩きながらガックリと凹んでいた。とてもやるせない気分。まるで誰かに厳しく叱られたような感じだ。
何かすごいことでもしたのだろうか、自信満々な顔をしてどこかへ向かう通行人とすれ違うたびに、僕は軽くため息をついていた。
無事に逃げられたあの後、僕は大と別れた。去り際に大は「次は勝ちましょう!」と力強く僕を励ましてくれた。
それはとても嬉しかったのだが、無様に負けるどころか結果的に敵に助けられたのでやはり情けなかった。戦闘中、応援までしてくれたのになあ。
『落ち込んでるね~』
ルタはバカにしてるのか心配してるのか、その絶妙なラインの声色で僕に声をかけた。
うるさい。何もできずにやられちゃったのがちょっと悔しいだけだ。
正直、今のところあいつに勝てる気がしないんだけどな。
『攻撃が全く読めないから難しいよね。せめて手に持ってるのだけでも無力化できればいいんだけど、何かいい方法ないかなー』
距離をとって戦っても攻撃を弾かれて決定打を与えることができない。だからといって接近戦に持ち込めば、相手の術中にはまって翻弄されてしまう。
遠距離から強烈な一撃を叩き込むことができれば、あるいは隠しブーメランを発動できなくさせるか……あれ、どうやって出してるんだろう。
何かパターンとかが見つけられればな……あ、そういえば。
解決の糸口を掴みかけ、ルタに相談しようとした。しかしその時、暗闇が広がる前方から謎の影が忍び寄ってきた。まさか、サンゴーラルか?
けど灯りに照らされて段々見えてきたその姿は、肩が鋭く尖った青紫色で細身のカラットだった。
足を引きずるようにゆっくりと歩いてきて、表情が見えるわけではないかどこか虚ろな感じがしていた。
『人間の血液が混ざってる。見た感じ、自我を奪われてるみたいだね』
そのタイプのカラットか……。
今までも何人か戦ってきたけど、倒せばもとの人間を死なせてしまう可能性もあるからあんまり戦いたくないんだよな。
けど、人々を襲う可能性もあるし放っておくわけにはいかない。とりあえずその歩みを止めなきゃダメだ。
「全く、ヒーローってのは忙しいな。結晶化!」
手早くクリスタルを押し込んで変身し、そのまま走り出してカラットの胸部に思い切りパンチを繰り出した。が、手応えはあったのに全く効いてない様子だ。
突き出した右腕を掴んだカラットは僕の顔面に左手を向ける。反射的に顔を動かして僕はパンチを回避した。
危ない……エコーとの戦い以来顔への攻撃はトラウマなんだ。
『随分防御力が高いみたいだね。長引かせるとこっちが不利かも』
ルタの言う通り、早めに決着をつけないと確実にこっちが劣勢になる。さっきの戦いの疲労もあるし、手短に終わらせて早く帰りたいところだ。
一度引いて距離をとった。
セイバーで斬るよりガンガン殴っていった方がよさそうだ。
幸い相手はふら付いててあまり積極的に攻撃を仕掛けてこない。少しでも隙を見せている今がチャンスだ!
「うおおおおっ!」
再び走り出して今度は相打ち覚悟の右ストレートを繰り出す。相手は避けることなく僕の右拳を顔面に食らい、数歩後ろに下がった。
反撃を恐れるな!
両拳をグッと握りしめて数発胸部を殴り、間に前蹴りも入れたコンビネーションで相手が反撃する隙を作らせないようにした。
「これでどうだ!」
相手が大きく下がった隙を見て、数歩リズムよく飛び跳ねてドロップキックを炸裂させた。かなりの衝撃があったのか、相手は後方に吹っ飛んでいく。
僕もろくに受け身も取れず無様に地面に倒れてしまったが、両脚は大きな手応えを感じていた。
『正義、気を付けて。そこまで効いてないみたいだよ』
「そんなはずは……」と思いながら立ち上がる。
しかし残念ながら僕の目には、謎のカラットが何事もなかったかのように佇んでいる姿が映った。
どうしてだ……手応えはあるのに全くダメージが入っていない。
辺りをキョロキョロ見回して僕をその目に捉えると、視認できないほどの速度で接近してきてそのまま肩の棘で僕を攻撃してきた。
強烈なタックルを食らった僕はさっきのお返しと言わんばかりに吹っ飛ばされた。攻撃を受けた右肩辺りの装甲が大きく削れて周りに散らばっていた。
「くっ……なんだあいつ……!」
一日に二度も敗北するわけにはいかない。追撃に備えて素早く立ち上がった僕は足腰に力を入れて踏ん張りをきかせる。
しかし、カラットは突然歩みを止めて頭を抱えて苦しみ始めた。
「うっ……うおおおおおおおっ……ぐあああああああああああああああっ!!!!!」
カラットはそのままうずくまって地面に拳を叩きつけた。
なっ、なんだ……?
もしかして、もとの人格が完全に支配されてなくて抵抗してるとか……?
『その可能性もあるね。よし、倒すなら今だよ!』
待て待て、何が「よし」だ。抵抗してる可能性があるからこそ今は攻撃しないんじゃないか。それに、支配から逃れる可能性だってあるわけだろ?
『むぅー、今倒した方が楽なのに』
顔は見えないが頭の中に膨れっ面をしているルタが容易に想像できた。
お前なあ、カラットだからって何でもかんでも倒せばいいわけじゃないだろ。支配されてしまった人のことを考えて、少しでももとに戻れるようなら様子を見た方がいいんじゃないのか?
『うーん、よくわかんないなぁ。カラットの支配下から逃れることなんてほとんど無理だと思うけど』
はぁ……なんでわからないんだ。
ルタの考えにやれやれと呆れていると、肩で息をしながらもカラットはゆっくりと立ち上がった。月明かりに照らされた青紫の光沢は敵ながらカッコよくて、思わず男心をくすぐられる。カラットは胸の前で両腕をクロスさせて発光させた。
僕はセイバーを呼び出して身構える。刀身は六分の五、並大抵の攻撃ならどうってことはない。
「……はあっ……!」
カラットが両腕を前方へ真っすぐ伸ばすと、鉛筆ほどの大きさの黒い棘が全身から無数に発射された。超高速で飛んでくる大量の棘はその圧倒的物量でじわじわと装甲を削っていく。
くそっ、弾き切れない!!
防戦じゃダメだ、こっちからも攻めないと!
僕はセイバーの柄を強く握りしめた。
「ガラスラッシュ!」
激しい棘の弾幕の中を構わず突き進んでいきながらセイバーを横に一閃したが、弾幕を抜けるとそこには誰の姿もなかった。刀身に迸るエネルギーは行き場を失って自然消滅した。逃げられてしまったようだ。
ひとまず戦闘が終了したことに安堵したが、ジュエライザーを取り外して変身を解除した瞬間、全身の力がストンと抜けてその場に膝をついてしまった。
一日に2回もがっつり戦うとさすがに身体に応えるな……胸が少し苦しい。
ルタは人間態に戻って再び肩を貸してくれた。周りには誰もいないので見られる心配はないだろう。
「あーあ、結局逃がしちゃったじゃん」
こいつが僕の心配なんてするはずもなく、早速愚痴られた。本当、カラットを倒すことにだけは忠実だよな。誰かにプログラムでもされてるんじゃないか?
「僕はただわずかな望みにかけてるだけだ。悪いけど今日はもう何も考えたくない。帰ったら即寝る」
「それがいいよ。しっかり休んでまた次の戦いに備えなきゃね!」
お前……まあいいか。
奴らに対抗できる存在が僕しかいない以上、確かに僕が倒れるわけにはいかないもんな。ヒーローの例に倣って悔しい思いもしたし、ちゃんと身体を休めてまた強くなろう。
大に胸を張って僕はヒーローだって言えるように努力しなきゃ。カッコ悪いところばっかり見せられない。体力つけて、新技とかも考えよう。よし、頑張るぞ。
まだ見ぬ明日の僕が今日よりも強い人間であるように星々に願いながら、僕はルタの肩を借りたまま家路をトボトボと辿った。





