Relationship.5 -退治しろ! その変態-
どれだけ走っただろうか。もう二人とも息切れして、体力は限界に近い。ゾイサイトはそんなに速くはないものの、変わらないペースで確実に僕らを追跡している。このままだと、捕まるのは時間の問題だ。
「あれ……一体何なの……?」
膝に手をついて大きく肩で息をしながら、涙目で五十嵐さんは僕にそう訊ねた。無理もないよな。僕もほんの少し前に同じような反応をしていた。
「よくわからないけど……五十嵐さんが狙われている……のかな」
僕の曖昧な言葉を聞き、五十嵐さんは絶句する。震えて、すごく怖がっている。
今僕がやるべきことは、きっと過去の因縁なんか関係なく全力で彼女を守ることなんだ。人間として、ヒーローとして。
さあ、ここからどうしようかな。全力で走って一旦は撒いたけど、どうせすぐ追い付かれる。対抗手段なんて何もない……万策尽きてないか!? 本当にどうしよう!!
「逃げちゃダメだよ……?」
うわああああああっ!! びっくりした!! 急に角から出てくるな!!!
僕は咄嗟に両手を広げて五十嵐さんの前に立ちふさがったが、もちろん丸腰だ。
小刀を逆手に持ったゾイサイトは僕の首根っこ目掛けてそれを振りかざした。
僕の人生、ここまでか……。「逃げて!」と叫びながら僕は覚悟を決めてグッと目を閉じた。
「ていやーっ!」
もう終わりだと思ったその時、謎の声とともにゾイサイトは蹴り飛ばされた。まさかと思った声の主は目を開けたら確信に変わった。倒れているゾイサイトのそばに立っていたのはルタだった。
五十嵐さんは「ルタちゃん!?」と驚いている。僕はとりあえず命が助かったことに安堵して、思わず膝をついてしまった。
「お前、なんでここに?」
「なんか嫌な予感がして早めに帰ってきたんだけど、やっぱり奈乃が狙われてたんだね」
ルタの言葉に五十嵐さんは疑問の声を上げた。僕も同じ気持ちだ。
「この辺で女性が殺害されてる一連の事件には実は2つの計画性があったんだよ」
「計画性?」
「そう。一つは女性の年齢。最初に殺されたのは26歳で、それから3歳ずつ年齢が下がってる。最後に殺されたのは20歳だから今回は17歳がターゲットってこと。もう一つは場所。最初の現場からどんどん学校に近づいていってる。ここから推測すれば、次に殺される可能性が高いのはうちの学校に通う二年生の女子になるってわけ」
指を立てて推理をしてみせたルタ。なるほど、これなら五十嵐さんを襲うのも少しは納得がいく。
五十嵐さんはこれを聞いて怖がるどころか、なぜ自分が狙われたのかが分かって少し安堵している様子だ。
「正義、ケガとかない?」
そう言ってルタはふいに僕の手を取った。な、なんだ?
『正義、一旦奈乃を逃がして。それから変身しよう』
脳内に直接ルタの声が響いてきた。なんでジュエライザーの状態じゃないのにお前の声が?
『手が触れていればジュエライザーにならなくてもテレパシーは使えるんだよ。そんなことより、早くしないとまたあいつが!』
わかったわかった、来てくれてありがとうな。ルタの焦りに僕も気を引き締める。
「うん、大丈夫みたいだね」
そう言ってルタは手を離し、五十嵐さんに見えないように僕に頷いて合図した。だいぶ強引だけど、五十嵐さんにバレないためには彼女を先に逃がすしかない。
僕は起立できない五十嵐さんに手を貸した。彼女はどうすればいいかわからず困惑している様子だ。
「五十嵐さん、逃げて。僕たちで何とかしてみるよ」
よし、これであとはゾイサイトを倒すだけだ。そう思いゾイサイトの方を向いた瞬間、僕は後ろから手を掴まれた。
「五十嵐さん……?」
「ダメだよ。何が起きてるのかよくわからないけど、クラスメイトを置いて私一人逃げるなんてできない。今私が逃げたことで石海くんにもしものことがあったら、私は一生後悔する」
──さっきまで腰が抜けていたのが嘘のように、五十嵐さんは真っすぐで僕なんかよりずっと頼もしい眼差しを向けていた。その瞳は全くもって純粋だ。
あの時だってそうだった。五十嵐さんはただ真っすぐ僕に向き合ってくれていたんだ。あの時はできなかった。けど、今度は彼女の気持ちに僕も真っすぐ向き合わなければいけない。この選択がもし彼女に危険を及ぼす可能性があったとしても、僕は彼女の真っすぐな気持ちを受け止めたい。
「ルタ、作戦変更だ。このまま行こう」
僕はルタにそう呼び掛けると、「正義!」とキツイお咎めを受けた。クリスタルライザーのことに関してはルタはいつも真面目だ。悪いな、この前したばっかりの約束破っちゃって。
ルタはしばらく考えた後で軽くため息をついた。
「しょうがないなあ、今回は特例だよ? 次からは気を付けてね」
どうやらお許しをもらえたようだ。当然ながら、五十嵐さんはわけがわからずオロオロしている。
「邪魔しないでよねえええ!」
ゾイサイトは急に起き上がりこちらに向かってくるが、ルタの前蹴りで軽く転ばされた。お前、意外と強いな……。その隙にルタはジュエライザーとなって僕の左腕に装着された。
「えっ!!?」
五十嵐さんは珍しく大きな声を上げて驚いた。その反応に思わず笑いそうになってしまったのは内緒だ。
「行こう、正義」
クラスメイトの前でヒーローに変身……僕の妄想がまた思わぬ形で現実になってしまった。けど、嫌な気分じゃない。さて、それじゃあ頑張りますか。
「結晶化」
まだ若干言い慣れない言葉とともにクリスタルを押し込むと、薄い青色で半透明の結晶が出現して身体に装着されていく。体中にクリスタルエナジーが行き渡るのが感じられてとても心地良い。最後の一枚が胸に装着されて変身が完了すると、僕は五十嵐さんの方へ振り向いた。
「なるべく下がってて」
五十嵐さんは僕の姿に呆然としていたが、すぐに正気を取り戻して「うん」と力強く頷いてくれた。それでこそ、五十嵐さんだ。
今日はクリスマスイブだ。こんな戦い、さっさと終わらせて帰るとしよう。
「どうしても僕の邪魔をしたいなら……君から先に殺してあげるよ」
ターゲットを僕に変更したゾイサイトは小刀を構えてこちらに突進してくる。けど、そんなに速くはない。
小刀を振り上げた瞬間にガラ空きになった腹に、パンチでカウンターをお見舞いした。途切れずに顔面に右ストレート。
鈍い音が響き、大きく仰け反ったゾイサイト。筋トレの効果があったのか、以前より強い手応えを感じられる。このまま畳みかけて一気にとどめをさす。
グッと右拳を握ってオーラを纏わせた後、一気に突っ込んでいった。ゾイサイトの身体はオパルと比べてそれほど硬くはない。ゴリ押ししていけるはずだ。
「正義! 後ろ!」
だが急にルタが叫び、驚いた僕は思わず止まって後ろを振り向いた。すると、ゾイサイトによく似たカラットがクネクネした奇妙な動きで小刀を振り回していた。
「だっ、誰だこいつ!」
けどまだ回避できる! そう思い二人に挟まれている直線上から横に逸れようとした。
「引っかかったね!」
しかし、背中を見せた隙をつかれてゾイサイトに羽交い締めにされてしまい、身動きがとれなくなった。
もう一人のカラットはぬるりと僕に接近すると、至近距離で僕の身体を斬りつけ始めた。軽いけど、連続でもらうとなかなかに痛い。装甲もパラパラと削れていく。
右脚に思い切り力を込めて、オーラを纏った蹴りでもう一人のカラットを後退させた。そして後頭部でゾイサイトに頭突きしてなんとか脱出。
ふう、危なかった。ていうか、誰なんだあんた一体!
「そいつは僕の分身、タンザナイトさ。彼がいる時は僕の力は半分になるけど、連携を強化することでそれを補える。つまり、君は僕に勝てないということさ!」
若干理論が飛躍している気がするが気にしない。よく見たらゾイサイトの角が一本に減っている。
確かに、2対1はちょっと厄介かもしれない。けど、個別で対処すれば大したことない。捕捉さえされなければ、スピードもパワーもこちらが上のはずだ。
大口を叩いた後、二人は挟み込むように突進してきた。僕は小刀が身体に触れる直前で地面をグッと蹴って高速でタンザナイトの後ろに回る。
勢い余った二人は互いの身体を小刀で攻撃してしまい、身体から火花が飛び散る。力を二分割したことで身体もより脆くなったみたいだ。今のうち!
「ガラスセイバー!」
今回はちゃんと前方に手を伸ばして召喚されたガラスセイバーを掴んだ。今の僕は絶対こいつに勝てる。刀身が最大になった状態のセイバーで、こちらを振り返ったタンザナイトに一太刀浴びせた。
呻き声を上げながら跪くタンザナイト。あれ、思ったよりも弱い?
「くっ……ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!! うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」
タンザナイトは突然やかましい雄叫びを上げた。小刀をめちゃくちゃに振り回しながらこっちに向かってくる。おいおい、連携で力を補うんじゃなかったのか。
「セイバーに力を込めてみて!」
ルタに言われ、セイバーの柄をグッと握って力を込めた。すると透明だった刀身が剣先に向かって青く光り始めた。クリスタルエナジーが流入したのか、物凄いパワーを感じる。6つ目まで光った瞬間に「今!」というルタの言葉とともにセイバーを力強く縦に素振りした。
「ガラスウェーブ!」
なんか凄いものが出そうだったからとりあえず思いついた技名を叫んでみたが、本当にめちゃくちゃデカい青の衝撃波が轟々と音を立てながら刀身から発動された! すげえ!!
至近距離にいたタンザナイトは真っ二つにされ即消滅。クリーンヒットではないが、ゾイサイトにも当たったみたいだ。
衝撃波が自然消滅してようやく姿が見えたゾイサイトは、左腕を喪失して苦痛に悶えていた。我ながらとんでもない威力だ。ゾイサイトは息も絶え絶えになりながら、何かを言おうとする。
「ぐはっ……君が彼女を守る理由なんてないよね……? 僕はね……女の子を殺すのが大好きなんだ。凶器を向けた時、恐怖と絶望で顔を歪める……その姿を見るだけで胸のワクワクが止まらないんだ。心臓を一突きされて悲鳴も出せずに死んでいく顔と来たらもう……可愛すぎて頭がおかしくなりそうだよ!! はぁ……だからさあ、そこをどいてくれないかな!!?」
正常な思考回路を持っていればとても思いつかないようなことをベラベラと喋った後で、ゾイサイトは残った右腕に渾身の力を込めて小刀を高速でいくつもこちらに飛ばした。
その全てを身体に受けながら“超”高速でゾイサイトの懐まで距離を詰める。ゾイサイトが発したその悲鳴は、今まで自身が散々堪能してきたものと同質のものだったろう。
「クラスメイトひとり守れないようじゃ、ヒーローやってる意味ないんだよ……。クリスタルナックル!」
重心をグッと低くして、しっかり脇をしめる。
オーラを右拳に十分に纏った後、ガラ空きのお腹目掛けて足を踏み込み腰を捻って、渾身の右ストレートを放つ。バキバキと骨が折れるような音がはっきりと聞こえた。
「僕が殺した女の子たちに……会いに行こう」
反省の「は」の字も見せない遺言を残して、くの字に曲がったゾイサイトの身体は冬の夜空に舞う塵と化した。地獄行きだろうから、彼の願いは叶わないだろう。
二回目だからか、筋トレをしたからか、単純に彼らが弱かったのか。理由はわからないけど、僕は確実に強くなった。「お疲れ~」とルタは僕を労ってくれた。お前もご苦労さん。
そうだ、五十嵐さんは無事だろうか。僕が後ろを振り返ると、五十嵐さんはすぐそばにいて身体が削れまくっている僕を心配そうな表情で見つめていた。
「石海くん……だよね? その……助けてくれてありがとう。身体、大丈夫?」
五十嵐さんは『あの時』と同じように僕を心配してくれた。本当に、変わらないなこの人は。
僕はジュエライザーを取り外して変身を解除すると、平気なふりをして笑顔を見せた。実際は気を抜くと倒れちゃいそうなくらい体力を消費していたけど。
「心配したよルタちゃん~!」
僕の手から離れて人間態に戻ったルタに五十嵐さんは涙目で抱きついた。ルタは「よしよし」と言いながら五十嵐さんの頭を撫でた。そんなに仲良かったんですか、あなたたち。
しかし、これで五十嵐さんへの脅威がなくなったとは言い切れない。僕から明かしたとはいえ、僕の正体を知ってしまった五十嵐さんは、今回のように戦いに巻き込まれる可能性がある。その時はまた僕が守らなきゃいけない。頑張ろう。
とはいえ、ひとまずの脅威は去った。今日はここらで解散にしようか。決意と安堵を抱いたその時だった。
「それじゃ、第2ラウンド始めるか」





