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Relationship.4 -学べ! その聖夜-

 雪がひらひらと舞う中で、人々は高揚感に胸を躍らせ、どの店もおそろいの赤と緑の服で着飾っていた。子どもたちは聖なる夜に送られるプレゼントを、大人たちは大切な人と過ごす時間を楽しみにしていることだろう。

 そう、今日はクリスマスイブだ。


 今日という一日は高校生である僕たちにもちゃんと訪れる。大人と子どもの間にいる僕たちの中には、その境界線上で爽やかな、あるいは甘酸っぱいドキドキを楽しむ者もいることだろう。


 終礼が終わると、皆はそそくさと帰っていった。まあ、クリスマスがなくたって明日の終業式が終われば、午後から待ちに待った冬休みに突入する。わざわざ学校に残る意味もないだろう。


 そんな中、僕は誰もいなくなった教室で一人、黙ってじっと座っていた。しばらくすると英語担当の先生が「お待たせ」と言いながら入ってきた。僕がテストで全くわからなかった部分の教材を持って──。


 クリスマスイブにもかかわらず、僕は学校で補習を受けていた。英語が終わった後、数学ⅡB、化学と続く。僕には元から予定なんてないし、むしろ街中に蔓延(はびこ)るカップルたちを目にすることもないため、これはこれでいいとさえ思っていた。


 不憫(ふびん)なのは、僕の成績が悪いばっかりにこんな日に補習をする破目になってしまった、三人の先生方だ。明日は会議などで忙しいらしく今日の放課後にやることになったのだが、僕一人のためだけに学校に残った先生方に感謝の念と罪悪感を抱かずにはいられなかった。


 ちなみにルタは最近できたクラスの友達二人と遊びに行った。『彼氏いない組』という謎の同盟に強引に参加させられたらしいが……大丈夫なんだろうか。


「じゃあ、そこの二番の問題、その日本語を英語にしてみようか」


 メガネをかけた長身の中年男性である先生は僕にそう指示した。英語の文法ってなんか苦手なんだよなあ。どれどれ、どんな文章だ。配られたプリントに目を向けると……。


『もし僕にガールフレンドがいたら、クリスマスは楽しかっただろうに』


 仮定法過去完了……! 先生、今日に限ってこの問題はいくら何でも切なすぎます……。

 この問題には先生の切実な本心が込められているのか!? 何なんだ、どういう意図での出題なんだ!!?

 いろいろな意味で悩んで答えを出せずにいると、先生は僕の肩を優しくポンと叩いた。


「石海くん。高校生の頃、僕は皆が遊んでいる間、寝る間も惜しんで勉強した。そして、絶対に無理だと言われていた難関大学に合格した」


 はあ、と答えるしかない僕。すると先生は上を向いて、メガネを教卓に置くと片手で目を覆った。

 えっ、泣いてる?


「必要な犠牲だった。なに、惜しくはないさ」


 ぶわっ。なぜだかわからないが僕の涙腺が決壊した。先生の言葉には、青春を投げ打って夢に突き進んだ男の熱き魂が込められていた。そしてこの問題は、その男が人生を振り返った時にふと思い描いた、別の世界線で生きる自分を投影したものだったのだろう。


「先生、僕に叩き込んでください。あなたが犠牲を払ってまで手に入れたものを!」


 僕は先生の手を取って、真剣な眼差しで教えを請うた。先生は一瞬戸惑いながらも、メガネをかけ直すと「応!」と笑顔で答えた。

 それを皮切りに聖夜の熱血授業三本勝負が幕を開けた。





 気合で3つの補習を乗り越えた僕は教室で一人机に突っ伏していた。ああ、ドッと疲れた……さっきまでのあの謎テンションは何だったんだろう。あれも聖なる夜が起こす奇跡なのか?


 しかし、勉強をしたので当然かもしれないが少しだけ賢くなった気がしていた。たまには頭も使わないとダメだな。期末テストの成績を思い出して、改めて僕は反省する。

 とりあえずこれで今年やるべきことは全て終了した。後は年越しまでのんびり過ごすだけだ。さて、疲れたし帰るとするか。


 しっかり戸締りをした後、職員室に鍵を返してげた箱へ向かった。辺りはすっかり夜になっている。雪に彩られた冷たい空気が僕を包む。さっさと帰ろうと靴を履き替えていた時だった。


「あれ? 石海くん、今帰り?」


 聞き覚えのある声に思わずビクッとしてしまった。パッと振り返るとそこにいたのは五十嵐さんだった。うっ、これは……。


「う、うん。五十嵐さんも……?」


「うん、勉強でね。あっ、居残りとかじゃないよ」


 靴を履き替えながら五十嵐さんは答えてくれた。ですよね、誰かと違って居残りなんかじゃないですよね……。

 こういう時にどうするのが正解なのかわからない僕はゆっくりと歩いていた。しかし五十嵐さんは小走りですぐに追いつき僕の隣を歩き始めた。こ、これは……予期しない展開だ。


「石海くんも勉強で?」


 校門までの短いようで長い道程で何を話せばいいかわからずに焦っている僕に、五十嵐さんは純粋な質問を投げてきた。


「まあ、そんなところ……」


 うん、決して嘘ではない。


 五十嵐さんは僕のことをどういう風に思っているんだろうか。僕は、あんなことを言ってしまったし、苦手というか、気まずいというか。まさか、今年のプレゼントは『五十嵐さんに謝るチャンス』なのか?


 特に何も話すことなく校門を過ぎてしまった。

 が、問題はここからだ。今夜は祖父の家に帰るつもりなので、駅の方へは行かない。五十嵐さんは果たしてどの方面に行くのか。


「じゃあ、僕はこっちだから」


 先に五十嵐さんにどの方面に行くのか聞くこともできたが、その勇気が僕にはあと少し足りなかった。なのでこちらの方面だけを伝えて逃げるように帰ることにした。一方的だが、一度聞くよりも合理的で近道だろう。


「あ、私もそっちなんだ」


 な、なにィィィィッ!? 確かに五十嵐さんもこちらの方面だという可能性を想像しなかったわけではないが、このまま別れる流れを断ち切って来るとは、五十嵐奈乃、恐るべし……。

 いや、むしろこれが普通のような気もするが。


 驚きを隠しながら適当に返事をして歩き出すと、五十嵐さんもごく普通に隣を歩き出した。どこまで一緒なんだろうか。


「ルタちゃんって家ではどんな感じなの? あんまり普段と変わらない感じ?」


 僕の目をしっかり見て喋る五十嵐さんから若干目をそらしつつ「そうだね」と返答した。

「元気だもんね~」と言って五十嵐さんはクスクスと笑う。


「友達もいっぱい出来て学校にも慣れてきたみたいで、私も嬉しいなあ。そうだ、またクッキー作ってあげようかな」


 どうして五十嵐さんが嬉しいのだろう。それと、クッキーはやめてあげてください。


 僕はともかく、五十嵐さんもおとなしくよく喋る方ではないので、段々と会話が途絶えていくのは自然なことだった。ただ単に普段あまり話さないくらいの関係なら、特に気にすることはないだろう。


 けど、僕と五十嵐さんとの間には『あの時』から続く気まずさがある。張り詰めた冷たい空気の中、『あの時』の話を切り出そうかどうかでオドオドしている僕がいた。

 本当は僕が謝ればいいだけの話なのに。


 鼓動が徐々に速くなるのがわかった。僕たち以外の誰かがこの緊張状態を壊してくれることを心のどこかで祈っていた。頼む! なんか超常現象でも起きろ!


「……あのね」


 ついに五十嵐さんが切り出した。どうする!? 僕は何を言われるんだ!!?

 ビビりまくってグッと身構えていた、その時だった。


「うっへへへへへへ……みいつけた♡」


 前方の暗がりから少し甲高い男性の不気味な笑い声が聞こえてきた。全身を舐め回すような寒気に包まれ、思わず僕たちは立ち止まる。


「な、なに?」


 五十嵐さんは不安に満ちた声を上げた。その声に呼応するように、メガネをかけた小太りの男性がフラフラとこちらに近づいてくる姿が確認できた。白いワイシャツを着ているが、所々赤く染まっている。メガネの奥のその瞳は、完全にイッている。


 間違いない、カラットだ。


「君、とってもかわいいね……僕と遊ぼうよ」


 異常者としか思えないほど歪んだ表情で五十嵐さんを凝視している男性は、周囲に灰色の結晶を出現させ自らの身体に纏った。恐怖に満ちた僕たちの表情が、彼の煌めく身体に映し出される。


「僕の名前はゾイサイト……さあ、君を殺してあげるよ」


 二本の角を持った灰色の禍々しいバケモノ、ゾイサイトは胸から青紫色の小刀を取り出して突然追いかけてきた。

 やっぱり一連の事件の犯人はこいつだったか! これはまずい!


 僕はいつの間にか僕の腕にしがみついて涙目で震えていた五十嵐さんの手を取って、一目散に走り出した。

 ルタがいないんじゃ変身できない。このままじゃ二人とも殺される!

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