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The last 3 years in my life

 「じゃあ、行ってくるよ」


 穏やかないつもの笑顔で私にそう告げて家を出ていった彼は、その後二度と帰ってこなかった。








 冬のシンとした空気の中でも太陽は変わらず輝いている。

 教室の窓際に座る僕のもとに届くその光は、冷えた身体に確かな暖かさを染み込ませてくれる。

 昔の文学作品を読み上げる国語教師の声が耳から耳へ抜けていく中、僕は心地よさとともにあるものに浸っていた。


(ああ~、突然異世界から魔族が侵攻して来たりしないかな)


 妄想だ。


 それも多種多様である。

 背中から翼が生えてきて空を飛べるようになるという子どもでも思い付きそうなもの。家のトイレと繋がっている別の次元で暗躍する魔王を倒すという少しアレなものまで。

 全校生徒の前でヒーローに変身して、世界征服を企む秘密結社と戦うなんてのもいい。


 妄想の中には自分の理想の世界が広がっている。何をどうしようが僕の自由だ。

 現実ではとても不可能なことだって実現できる欲望の集積地だ。


 現実の嫌なことすらも一瞬忘れられる。

 逃げているわけではない。別の世界に入り込んでいるんだ。


 こんな風に授業もまともに聞かずにボーっとしている僕の成績はというと、とても良いとは言えないようなもので、両親からも心配されている。

 けど、そんなことどうでもいいくらいに、僕はおよそこの現実という理不尽で退屈な世界に絶望していた。


 部活には入っていない。単純に興味がない。

 友達や恋人はいない。無理に欲しいとも思わない。


 客観的に見てこんな高校二年生、絶対に楽しくないだろう。実際、楽しくはない。

 けど、これでいい。こんなのでいいんだ。


 何も持たない僕は、3年後に訪れる死をただひたすらに待ち続ける。それだけのために生きている。 





  The last 3 years in my life





 昼間より少し天気の悪い放課後、僕は適当に学校周辺の街をぶらついていた。

 特別何をするわけでもないが、自分が歩けば目の前の景色は移り変わっていく。時間潰しくらいにはなるだろう。


 僕はあまり家に帰らない。親が嫌いとかそういうこれといった理由はない。

 なんとなく帰りたくなくて、基本的には学校近くの祖父の家で暮らしている。


 祖父は寡黙で、僕にとってはいい意味で空気のような存在だ。余計なことを考えずに済むので、とても気が楽だ。


 しかしどちらの家に帰っても、やることがないのは変わらない。

 だから僕は夜遅くまでそこら中を歩き続ける。

 ご飯もだいたい外で済ますので、帰宅後は入浴して歯を磨いて寝るだけ。


 何も考えずに、やがて来るその日をじっと座って待つだけ。

 決して楽しくはない。けど、これが何もかも諦めた僕の人生であり、僕が一番僕らしいと思える生き方だった。




 星が輝く夜空からちらちらと雪が舞い降りてくる。

 昨日より気温がかなり低下した今日は手が(かじか)むほどの寒さで、早く温かい風呂に入りたくて仕方がなかった。


 こんな適当な生き方でも一応身体には気をつけなければいけない。

 ふと両親の顔が頭に思い浮かび、思わず白い息をこぼす。


 いつもの角を曲がって、いよいよ家が近づいてきた。

 普段は家に帰ることに何も思うことはないが、暖が取れると思うとそれだけで自然と笑顔になってしまう。


 その時だった。

 白い息と雪に混じって、目の前で一瞬だけ青白い光が弾けた。

 それが何だったのか考える暇もなく、すぐにまた目の前で光は輝き出し、円形に広がっていった。


 不可思議な現象に呆気に取られていると、その円の中から何かが飛び出してきた。

 その姿は、オーロラを見ていたようだった僕の気持ちを瞬時に恐怖で支配した。

 光の円から飛び出してきたものはシルエットこそ人間のそれだが、その容姿は刺々しく禍々しい黒で包まれている。皮膚と呼称していいのか分からない表面は、とても硬そうに見える。

 妖しい輝きを放つその姿を一言で表すならば、バケモノだ。


 バケモノは僕の姿を認識すると、右手首から鎌のような巨大な刃を生やしてこちらへ歩み寄って来た。

 こんな時のために用意されているはずの人間の脚は、「怖い」という単純な感情の前では何の役にも立たない。


 バケモノは凍り付きそうなほど低い声で「死ね」と呟いた。

 そんなバカな話があるか。僕には既に約束された死があるというのに、なぜこんなわけのわからないバケモノに殺されなきゃならないんだ。へたり込む僕に立ち上がる気力はもう無い。


「やめてくれ……こんな死に方はしたくない……」


 死が間近に迫る中で様々な感情がごちゃ混ぜになって発狂しそうになったその時、あの光がまた出現した。

 案の定、何者かが飛び出してきた。その姿は──


 白く光る綺麗な目。全身を包む透明に近い澄んだ青の装甲は宝石のように煌めいていた。

 左腕には金色の装置のようなものがついたブレスレット。こちらも負けじと煌々とした輝きを放っていた。


 五角形に近い顔の輪郭を持つ意味不明な存在を前に、僕はただ一言声を漏らしてしまった。


「ヒーローだ……」


 言葉に呼応するかのようにヒーロー、と勝手に思っている何かは凄まじい速度でバケモノとの距離を詰め、顎に強烈なアッパーカットを繰り出した!

 鈍い音とともにバケモノの身体は宙に浮かび上がり、仰向けの状態で地面に落下した。

 ダメージがあったらしく、身体をピクピクさせながら「ウゥ……」と呻き声を上げた。


 ヒーローは呆気にとられっぱなしの僕の目の前に高速で移動してきた。彼が胸の前にかざした手の平から淡い光が発せられる。

 光は徐々に具体的な形へと変化していき、やがて彼と同じ形の青のブレスレットが現れた。


「君にこの力を託す。どうかこの街を、この世界を守ってくれ」


 彼は僕にブレスレットを手渡した。装甲の目の奥に真っすぐな瞳がわずかに見えた時、僕はハッと何かに気づかされたような気持ちになった。

 どこかで見たことがあるような、ないような。


「貴様ァ! 邪魔をするなアアッ!」


 バケモノは先程の声音から一転して激しい怒声を上げてヒーローに向かってきた!


「ガラスセイバー!」


 ヒーローは振りかざされる腕の鎌を肩で受ける。呼び出した長剣を手に取ると振り向きざまにバケモノを斬りつけた。

 バケモノはたまらず後退りするが、ヒーローは距離を詰めてあの光の円を発生させてその中にバケモノを吹き飛ばした。


「きっとできる! 俺はそう信じてるから!」


 彼はそれだけ言い残して、結局何者なのかも名乗らないまま自身も光の円の中に入って行ってしまった。その直後に光は収縮して消滅した。

 何事もなかったかのように雪は降り続けている。


 花火を見たような気分だった。

 わずか1分ほどだったが、あまりにも超常的な出来事だった。危うく死にそうになったというのに感動すらしていた。

 ふと夢かと思って頬を叩いてみたが、寒さもあって凄く痛かった。


 思い出したように渡されたブレスレットに目を向けた。

 くっついている装置は下半分が半透明なケースのようなもの、上半分が青い宝石のような石になっている。押し込んでスライドさせれば、ぴったりとハマりそうだ。


 『この世界を守ってくれ』

 そう言われていい気分はする。正直興奮もしてきた。

 いつものくだらない妄想が現実となったのだから。


 けど、どうして僕なのか。どうして世界の命運的なものが僕なんかに託されたんだ。

 さっきみたいなバケモノと戦わなくちゃいけないのだろうか。今後あんなのが僕を襲いに来るのだろうか。

 そもそもあいつら誰なんだよ。


 急にドッと疲労感が押し寄せてきた。

 至極当然の疑問は尽きなかったが、ひとまず身体を温めるためにすぐそこに差し掛かっていた家に帰ることにした。





 帰宅後、僕はすぐに風呂に入った。

 熱々の湯に浸かると、体中の冷えや疲れがじわじわと消えていってこの上なく心地よかった。


 風邪を引かぬようにしっかり髪を乾かした後、そっと祖父の部屋を覗いた。

 祖父は消灯もせず、テレビをつけたまま机に突っ伏して寝ていた。

 いつも早い時間にきちんと布団の中で寝ているのに。珍しい事もあるものだ。

 押し入れから出した毛布をかけて、消灯してそっと部屋を出た。


 考えるのはやめて、今日は僕も早く寝よう。

 全ては僕の幻覚かもしれない。明日起きれば、全て無かったことになっているかもしれない。

 そんな妄想をしながら二階の自室の扉を開いた。


「あ。ねえ、30点はマズいでしょ。もう少し勉強したら?」


「うわあああっ!!」


 久々に大声を上げてしまった。

 着ているワンピースも髪の色も青白い、全くもって見知らぬ女の子がなぜか僕の部屋でひどい点数のテストを眺めていれば、並の人間ならまず声を上げるだろう。


「だっ、誰だよお前!」


 そこであることに気づいた。机の上に置いていたはずのブレスレットがない。

 あれとほぼ同じ色合いの彼女を見て、僕の妄想は確信を得た。こんな時だけ、勘が良いのだ。


「まさかあのブレスレットか……?」


「ふふーん、そうだよ♪」


 首からクリスタルのような宝石をぶら下げている彼女は、腹立たしいほどの笑顔を浮かべると全身を青白く光らせた。

 眩しくて瞑った目を開くと彼女の姿はなく、左腕にブレスレットが装着されていた。


「このブレスレット、ていうか私はジュエライザー。あなたにクリスタルライザーの力を授ける者だよ」


 ブレスレットの青い石の部分が声とともに光っている。

 立ち尽くしていた僕はとりあえずベッドに腰掛けるも、状況は一向に飲み込めなかった。


「えっと……君は誰だって?」


「ジュエライザーだよ。石海正義(まさよし)くん、あなたにクリスタルライザーの力を授けるよ」


 ダメだ、わからない。無垢な笑顔の彼女に僕は頭を抱えた。

 運命の出会いのような場面、実際に起こるとうまく対処できないものなんだな。さすが、妄想と現実は違う。


 けど、この不思議な少女との出会いが僕の残り少ない人生を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。


「はあ……何がどうなってるのか教えてもらうよ。それから、僕の名前は石海正義(せいぎ)だ」

今回は序章です。

次回から本編に入ります。

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