9話 news
「ふわぁ…」
朝の7時。とにかく眠い。ひたすら眠い。
本来なら8時まで寝ているが、どういうわけかこの時間に目が覚めてしまった。
「昨日は何しとったっけ…」
周りに詰まれたダンボールを一瞥し、ため息を吐く。
布団の近くには日用品が散乱し、開封後の畳まれた空きダンボールとクシャクシャに丸めてあるガムテープが辺りに広がり、足の踏み場がないほどだった。
「あー、せや、荷物適当に引っ張り出して力尽きたんやっけ…」
眠い目をこすり、布団の周りの雑貨を片付ける。
テレビをつけると何か騒ぎが起こっている。殺人事件のリポートを行っているようで、レポーターや記者やらがあわただしく動いていた。
「…ふぁー…」
物騒な世の中だな…と思いつつ、ダンボールから荷物を取り出す。
テレビのほうに目を通すと先日通った商店街で殺人事件が起こったという。だが今の事件を捜査しているエイジには関係のない話である。
「…よし、こんなんでえぇか」
ガムテープをまとめてゴミ箱に投げ入れ、ダンボールを整理し終えたその後は朝食を取りながらテレビをしっかり見ると世界で一番忙しいといわれる司会者が8時またぎで商店街の殺人事件についてリポートをしていた。
「──実はこの、中村隼人という方、この町では相当名の知れていた暴力団関係者だったそうです。」
「──暴力団同士による対立が濃厚でしょう。しかし、手足に加えて喉を切るというあたり、かなり非人道的な行為と言えますね。」
「…中村隼人 …中村隼人やと!?」
調べていた事件の中の容疑者の一人。
このニュースにより、暴力団の関係者であることをはじめて知ったが殺害されたことも知った。
「くっ、一から犯人絞り込みの必要がありそうやな…。」
コーヒーを一気に飲み干し、上着を着なおして家を出る。
しばらく歩くと誰かとぶつかる。見るといかにも人生に疲れたといった感じのサラリーマンだった。
「あ、おはようございます」
「…おはようございます」
一拍置き、反射的に挨拶をしてしまう。そのサラリーマンは挨拶をすると駆け足で駅のほうへと向かって行った。そのスピードはかなり速く、さすがはサラリーマンといった感じである。
「…あれが犯人…なわけないか。…つーか誰やろ?」
「あ、先輩、おはようございます」
「おう …もう10時やけどな…」
警察署につくと先に八坂がいた。
俺のように言うほどの遅刻をしないあたりは流石だなと思うふざけ面のエイジだったが八坂は慎重な面持ちである。
「先輩、今日のニュース、見ましたか?」
「あぁ… 中村隼人が殺害された、やろ。こちらとは扱う事件が違って管轄外やから捜査はできないが…。例の元男子生徒をやった奴らと同一と見て間違いないやろうな…。」
「これで犯人候補は宮野君、三城君に絞られましたね」
「…いや、可能性はそれだけやない。宮野、三城以外に考えられる奴がおるはずやで?」
「…あ!」
前原も犯人の可能性が挙がる。
前原診療所は助手などを雇っていない。加えて前原本人はいつもフラフラとどこかへ出かけている事が多い為、一人でいる時間はかなり多い。それ故にアリバイのない人物とも言える。
「じゃあ、前原君の可能性もある?」
「そういうことやな。…前原さんの所にアリバイ実証せなあかんわ。行くで」
「は、はい!」
前原診療所。
再びこの変な場所に来るとは誰が予想しただろうか。いや、誰も予想できなかっただろう。
中に入ると例によって前原の姿はない。
「…ここにいないって事はやはり高町事務所にいるんでしょうか…」
「…行くか。」
歩いて数分、エイジと八坂は高町探偵事務所のドアを開ける。
その中にはやはりというべきか否か、美月だけではなく前原もいて、お茶などをすすっている。
「やぁ、真崎さんに八坂さん。」
なんともないといった感じで前原は気軽な挨拶を行う。
「お前、病院の本職どないしとんねん…」
「今は、昼休みです」
確かに時間を見ると12時を回っているが今はそれどころではない。
「あんた方2人は今日のニュースを見たか?」
「えぇ、中村君が殺害された、との事ですね」
「そこで前原さん、あんたは推定犯行時刻の今日の深夜2時近く、何をしていた?」
前原は驚いたような顔をする。
「僕を疑ってるんですか?」
「…はっきり言うと前原君、あなたも犯人の線が高くなっているの。…嘘をつかないで言ってほしいんだけど、アリバイは?」
「深夜2時は…診療所で寝ていました。お二方が帰った後、急患が何名か来ましたが夜の10時に閉め、その後はずっと診療所で夜を明かしていました。」
「ふむ…。」
「ところで、容疑者は誰に絞られたの?」
「今のところは宮野って奴と三城って奴の2人や。」
「宮野…? 三城君はまだ覚えてますが宮野君っていたっけ…?」
「さぁ、僕もぼんやりとしか覚えていませんね」
前原の記憶力はとても優れているという話はいつの日かに美月に聞かされていた。その前原が覚えていないということは相当存在感が薄い奴だったのかと認識する。
「…なるほど。」
今までの出来事を整理する。
事の発端は東京に飛ばされてすぐの出来事。
最初は単なる殺人・婦女暴行だけかと思いきや、それは違った。事件による被害者は八坂や美月らの高校の当時のクラスメイトら(エイジにはまったく関係のない話だが)。
捜査の結果、犯人は元クラスメイトだと推測できる。問題は犯人の動機だが、女性を犯すことだけではない。現に昨晩に元クラスメイトであった中村隼人が殺害され、そしてそれ以前にも高町烈が昏睡状態となっている。
この点からすべてのクラスメイトに危害を加えるつもりだろう。やはりクラスメイトに対する復讐だろうか。ありえない事ではなく、人の心はそうやってどのようにも曲がっていく。
鹿島に貰ったCD−ROMを調べたところ、殺害されたもの以外で所在はわかるがすべてが周辺に住んでいるために絞り込むのはやはり難しい。
「…犯人は一体…。」
「先輩?」
「え?」
気がつくとエイジと八坂は警察署の机に座っていた。
考え事が長引きすぎたせいなのか、これまで何を行っていたかはすっかり覚えていない。
「あれ、俺らいつここに来た? 高町の事務所行ってたんちゃうんか」
「そうやってずっと考え込んで… もうこんな夜遅くなってしまいましたよ?」
時間を見ると午後8時。
なんか無駄な時間をすごした気がしないでもない。自分は一体何をやっていたのかと自問自答したくなってしまう。
「…はぁ、今日も無駄な時間すごしたかもしれんな…。帰るか」
「では、お先に失礼します。」
「暴行犯うろついてるかもしれんから気ぃつけや」
「はい」
当時のクラスメイトばかりを狙う…。これだけでも事件の異常さが知られる。
それらのことからニュースにならない。そのあたりをうまくやっている警察はさすがだなと関心する。だが、そういうことをしているから被害が増えているとも言える。
暴行だけでなく殺害も行っているためにクラスメイトに対する復讐…。しかも無差別と来ている。
「…俺も帰るか。そこそこ情報がまとまったし」