旅立ち
勇者検定に受かったものは勇者門から旅立つのが慣例となっている。
マルク達もまた勇者門から旅立ち、穀倉地帯を抜けて草原の街道を歩いている。
河原の一件から数日、旅の準備を済ませた彼らの最初の目的地は、マルクの祖父が住んでいるパッパル村になった。
マルクの祖父であるシオドアは、半世紀前に大魔王を倒した勇者である。
マルクが生まれるよりも前に現役からは退いているが、今も多くの弟子を抱え、数多くの勇者を育て上げている。
当初マルクは、祖父の元を訪れるつもりは無かったが、悪魔との決定的なレベル差を目の当たりにしたため、真っ先に訪れることにしたのである。
「天気も良い事ですし、お昼にしませんか?」
「ああ、そうだな。」
太陽が真上に来ていたのでランが提案すると、マルクが空を見上げて同意する。
敷物を敷き、今朝ランとジークリンデが作ったお弁当が並べられる。
「ねえ、レフト。」
「ん?」
「失敗談とかあったら話してもらえますか?」
ランが恐る恐る聞いてきた。
「何だ藪から棒に?」
「上手くいった話よりも失敗した話のほうが学ぶことが多いと思いまして。」
「ランちゃん、その聞き方はあんまよくないべ、誰しも上手くいかなかった話なんてしたかないべさ。こういう時は、困難を乗り越えた時の話をしてほしいと言った方が良いと思うよ。」
「ん~、ワシに失敗談なんて無いぞ・・・・・・あ~。」
話しながら腕を組んだところでレフトは何かを思い出した。
「なになに?」「どうした?」
目を細めて口を開けたまま固まっているレフトにみんなが食いついてきた。
「まだワシが若かりしころ、酒を飲みながらカードをやって、罰ゲームで人里近くに女装して飛ばされた事があったんだ。」
「女装?!」
レフトの女装姿を想像してマルクが早くも吹き出した。
「最初は冗談かと思ったんだが。あのヤロウ、冗談抜きで本当に飛ばしやがって・・・。」
ちなみにレフトを飛ばしたあのヤロウとは、魔王軍総帥アノレニーシャイである。
「しかも飛ばされた先に人がいてさ、ワシの事じっと見つめてるんだ。」
どこぞの魔法少女を思わせるような、かわいい装飾の杖にピンクのフリフリ衣装。その時のレフトは気が動転していた。
「思わず『私は神だ』って別人装って、神っぽいことベラベラ言ったら本当に信じちゃってさ、神殿は建てるは信者は集めるわで、気がついたときにはもう取り返しのつかない状況になっちゃっててさ・・・・」
レフトは自分の痛い過去を晒し、うつむいて両手で顔を覆った。そして一言呟いた。
「もう、ルクレティア教団ごと滅んでしまえば良い・・・。」
人間の社会では暗黒神として悪名高いルクレティアの名が出てきたのと、レフトの落ち込みっぷりがあまりにも酷かったのでランが心配した。
「悔い改め懺悔しましょう、聖なる父は全てを許してくださいます。」
「いや、大丈夫だ、問題ない。それよりも、お前たちの失敗談を聞かせてもらおうか。クックックック。まずはお前だマルク!」
近寄ってきたランを片手をあげて制止し、半ばやけくそ気味に邪悪な笑みを浮かべ、仲間達の失態を聞き出そうと、腹を抱えて笑い転げているマルクを指差したが、帰ってきた答えはあっけないものであった。
「俺の失敗談?こないだ河原で悪魔にビビッて呆然としてたことだよ。」
「オラも悪魔が怖くてやけっぱちになったことだ。」
「・・・私もです。」
最後にランが申し訳なさそうに手を挙げる。
「お前らずっこいぞ!」
「ずっこいって言われてもねぇ・・・」
まだ若い彼らにはそれ以上の失敗談は存在せず、お互いに顔を見合わせてちょっとだけこまった表情を浮かべている。
「この卑怯者めらがぁぁぁぁぁ!」
一人だけ黒歴史を晒すことになったレフトの叫びが草原に鳴り響く。
一方その頃
魔王軍最高司令官執務室からは殺気にも似た禍々しい気配がダダ漏れしている。
その元凶となるのは近代的な軍装の士官服に身を包んだ少女からである。
魔王軍最高司令官アノレニーシャイは朱殷の髪のかわいらしい少女の見た目をしている。
その少女はかつて戦争の女神と呼ばれていた。
神話の時代、神々と大魔王との争いにおいて、神々を裏切り大魔王の陣営で神話世界を終焉へと導いた混沌の神として人類に語り継がれている。
そんな彼女だが、過去にレフトが神々を裏切った理由を聞いたときに『血肉沸き踊る大戦争をしてみたかった♪後悔はしていない、むしろもう一度やりたい。』と、目をキラキラさせながら答た時にはさすがのレフトもドン引きであった。
アノレニーシャイはイラついていた。
「あのバカが…。」
その原因は第8軍の司令官人事についてである。
「確かに…確かに誰でもいいとは言ったが、さんざんほったらかしにした結果がこれかよ…」
間違いであってほしいと淡い期待を抱きつつ、手元の資料に目を落とす。
一般人の三男坊で職歴はなし。前科は無いが摘発されてないだけで・・・やんちゃ坊主と言ったところか。
窓の外の広場では兵士たちが訓練にいそしんでいる。
その様子をじっと見つめながら、心を落ち着かせる。
「まったく、想定内すぎて腹が立つ。」
そもそも忘れていた人事だ、褒美でも取らせようとして思い出したのだろう。
少しはまともな人材を寄こすなどと淡い期待もなかったわけではないが・・・
「・・・奇跡は早々起こらないか。」
大魔王の行動には溜息しか出ないが、これにより予てからの侵攻計画が実行されることとなる。
「大掃除の始まりだ。」
そうつぶやいたアノレニーシャイの表情には笑みがこぼれている。