サラと大魔王
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マルクは一つ、心に決めたことがある。
仲間にする戦士は、馬鹿でかい武器を持った戦士ではなく、カジュアルな戦士でもない。ましてや防御よりも露出を重視した女戦士でもない。
仲間にする戦士は分厚い板金鎧が似合う逞しい戦士にすると。
それは戦士である彼の父親の影響によるものであった。
今、マルクの視線は一人の戦士に釘付けになっている。
フルフェイスの鉄仮面をかぶり、全身板金鎧で身を包んだ古い置物のような戦士がテーブル席に座っている。
マルクは吸い寄せられるように戦士の正面に座った。
「俺の仲間にならないか?」
突然のことに驚いた戦士は周りを確認した後、答えた。
「もすかすて、オラの事け?」
マルクはその強い訛り具合にも驚いたが、もっと驚いたのはその戦士が女性だったという事だった。しかし、女性だからと言って、全身板金鎧は理想の戦士象そのものである為、マルクの決心は鈍らなかった。
「そうです。あなたに俺の仲間になってほしいんです。」
「せっかくだどもお断りするずら。オラにはやらなけりゃならなねぇ事があるだ。それにお前さんをまきこめねぇだよ。」
「やらなきゃならないことって何ですか?」
戦士はうつむいて考えたあと自分の事情を話し始めた。
「オラはもうすぐ悪魔と戦わなきゃならないずら。そんな危険なことにおまえさんみたいな若ぇ子をまきこめねぇだ。」
「悪魔の1匹や2匹どうってこと無いよ、俺は大魔王を倒す勇者なんだから。」
「悪魔の事を軽く見てはダメだべ。それに前途有望な勇者様ならなおの事巻きこめねぇだ。」
交渉が暗礁に乗り上げようとしたとき、突如レフトが乱入してきた。
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「ビバッ☆バンキンヨロイィィィ!」
前衛的な戦士装備の中にクラッシックな板金鎧を見つけてしまったからには飛びつかずにはいられない。
抱き着いて頬ずりしている自分に気が付いて我に返る。
「やっぱ戦士は分厚い板金鎧だよね~♪そうだ、君を絶滅危惧種に指定して手厚く保護しよう。うん。」
「ちょっ、離れてけろ、はずかしいだわさ。」
「うお、女だったのか、これは失礼。ところで、話はどこまで進んだんだい?」
田舎訛りが激しい女性の声が鎧の中から発せられた。
鎧のせいで表情は見えないが、知らない男に抱きつかれて動揺しているらしい。
板金鎧から離れて、マルクにどういう話をしていたのかを確認する。
「まずは自己紹介だな。ワシはレフト。で、そっちがマルクでこっちがランだ。」
自己紹介ついでにパーティー構成もつたえる。
「オラの名前はサラ。各地を回りながら傭兵をしてるずら。」
「で、悪魔と戦わなきゃならない理由って何なんだ?」
ワシが好き勝手やってるせいで魔族と人間は常に戦争状態であると言っても過言ではない。
ただ、ここ数十年はワシが引きこもっていたこともあり、停戦状態が続いている。
と言っても、軍の実権は魔王軍総帥のアノレニーシャイが握っており、総帥の提案をワシが許可する形で魔王軍が動かされている。
人間とのかかわりを軍で厳しく管理しているため、よほどの理由があるのだろうと興味がわいてくる。
それに絶滅危惧種だからな、手厚く保護せねばな。
サラは左手の手甲を取り、薬指に浮かび上がった紋章を見せた。
「以前、悪魔と戦ったときに呪いをかけられただ。オラが二十歳になった時、オラの前に現れて命を奪うと、その悪魔は言っていただ。あの時はオラの先生が命がけで悪魔を退けてくれただども、その先生はもういないから・・・・。この絶望的な戦いにおまえさんがたを巻き込むわけにはいかねえずら。」
俯いて話すサラからは、何かあきらめて絶望している人と同じ雰囲気が漂っている。
「そんな悪魔俺が返り討ちにしてやるよ!!」
「今のおまえさんに勝てる相手じゃないだがや!!」
マルクが威勢よく答えるとサラが机を叩いて反論する。
「まあ、落ち着け。そう熱くなるな。」
戦う気満々のマルクと、マルクの実力を見切ってやめさせようとするサラの平行線な会話をさえぎる。
大体の事情が分かったワシは二人の不毛な会話を途中でやめさせた。
「二十歳になるまでどれくらい時間があるんだ?」
「たぶん2ヶ月ぐらいずら。」
「ふむ。ならばまずは腹ごしらえだな。ジークリンデさんが夕飯作ってくれるっていう話だから、ご馳走になりに行こうか。」
「ちょ、いつの間にそういう話になってるんだよ。」
「マルクが王様にあってる間によ。」
ワシははサラを無理やり立たせ、肩を組んで歩き始めた。
「な、何するだ。オラはいくとは言ってねえだ。」
「運命に絶望してるヤツは黙ってついて来い。ワシが運命だ!!」
サラは困惑しつつも黙っているのでそのまま連れて行く。
「何それ意味わかんないよ。てか、誰もついてこないよ。」
すかさずランが突っ込みを入れてくる。
騒ぎながら移動しようとする三人を見ながら、マルクはつぶやく。
「おまえら、俺の家だってこと忘れてるだろ。」
それは筋金入りの甲冑娘だった。
鉄仮面のマスクを少しずらし、ごく自然に食事を摂ろうとする様はまさに甲冑が食事をしているようであった。しかし、そんな行儀の悪い食べ方をジークリンデが許すはずも無く、サラの目の前にジークリンデが投げた果物ナイフが突き刺さる。
「サラちゃん、食事のときは兜脱ごうね。」
ジークリンデはにっこり微笑む。
「食事時にナイフが飛ぶのかこの家は!?」
「母ちゃんは食事のマナーに厳しいからな。ふつーふつー。」
「あら、私はナイフなんて投げられたことはありませんよ。」
明らかにおかしいはずであるが、ランとマルクにとってはこれが日常風景らしい。
「どうしても脱がなきゃダメだか?これがないと不安なんだべが」
「ダメです。」
仁王立ちで凄むジークリンデの気迫に、サラは渋々と鉄仮面を脱いだ。
輝くような金色の髪が鉄仮面を脱いだ瞬間に広がる。何千年と生きてきたが、今まで美人だと思っていた者が猿に思えるほど、サラの美しさは圧倒的だった。
一同サラの方を向いたまま唖然となっている。ただ一人マルクだけは特に関心も無い様子で食事を続けていた。
「あんまりジロジロ見ないでけろ、恥ずかしいだ。」
サラは急いで食事を済ませると、また鉄仮面をかぶってしまった。
「あ、こら、二人とも良く噛んで食べなさい。」
あまりの美しさに見とれてしまったジークリンデは注意するタイミングを完全に外していた。ランにいたってはフォークを持ったまま、いまだにボーっとしている。
「なるほど、そう言う事だったのか・・・。」
これで呪いの正体が確定した。謎が解けて一人で納得したあと、もくもくと食べているマルクに声をかける。
「どこかこの辺に広い場所ないか?食事が終ったらサラの呪いを解くから、完全武装で準備しておけ。」
「お、戦闘か。それなら河川敷の広場がいいんじゃね。おっしゃ、腕が鳴るぜ!!」
「・・・へ?何かやるんですか?」
ようやく我に返ったランが素っ頓狂な声を上げる。
「ん~、どっちかと言うと三文芝居だ。」
「・・・ちょっと待つだ、なんか危険なこと考えてるんじゃないだか?皆を危険なことに巻き込むわけには・・・」
「大丈夫!!ワシに任せておけ。」
サラの口の位置に指差を当てて彼女の言葉をさえぎった。
その後、それぞれが戦闘の支度を整え河川敷に移動する間、呪いの説明をおこなった。
「一般的に呪いを解くには2種類の方法がある。一つは教会に多額の寄付をして、徳の高い僧侶の祈りによって強制的に解除する方法。
だがこれはとてつもなく高い金額を請求され、とても一般人が個人で払えるような金額ではない。
なので、今からやるのはもう一つの方法。その呪いに適した、正式な手順を追って解除する方法だ。
手順が分からないから苦労するのであって、分かってしまえば簡単に解けてしまうんだよ。
ただ、場合によってはかけた本人が確認しに来る事もあるので、解呪の際には注意が必要だ。」
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
河原に着くとマルクがやる気満々で剣を振り回し始めた。
「コラ、むやみに剣を振り回しちゃ危ないでしょ。」
それをランがたしなめると、それが気に入らなくてマルクがランに突っかかって睨み合いになる。
「二人ともケンカはやめるだよ」
オロオロしながらもサラは仲裁に入る。
「おまえら仲いいな~。」
「「良くない!」」
ワシががケラケラ笑いながらチャチャを入れると、二人同時に否定の声が上がる。
「さて、冗談はそのぐらいにして本題にはいるか。」
マルクの剣に手をかざし、魔力をこめると剣が淡い光に包まれる。
「これで少しは心強いだろう。」
光る剣をゆっくりと振り回し、その光の軌跡に見とれるマルク。
そんな三人から数歩離れた所で、サラが左手の手甲をはずし準備が整った事を皆に伝える。
「では、今からやる事を説明するぞ。まずサラにかかっている呪いを解く。
呪いを解いたあとヤツがでてきたら、ワシが魔法を封じる。
そのあと合図したらマルクは切りかかれ、それで舞台が整う。ランとサラはマルクを援護してやってくれ。」
3人は思い思いにうなずく。
さてと三文芝居の始まりだ。
こほんと一息ついてから真剣な表情で話し始める。
「では呪いを解こうか。サラ、呪いをかけた相手の事を強く念じながら、紋章の浮き出た部分に意識を集中させろ。そして今からワシが言う事を復唱しろ。」
サラが意識を集中したのを確認して、その言葉を言った。
『この度の婚約の儀、謹んでお断りいたします。』
ワシの後に続いてサラがその言葉を言い終わると、左手から黒い光が渦を巻いて立ち上り消滅した。
サラは慌てて薬指の紋章を確認する。
「消えてるだ・・・。」
呪いの紋章が消えたことにサラは驚いている、それが喜びに変わる前に足元の地面に赤い色の魔法陣が浮かび上がる。
「やっこさんのお出ましだ。」
ワシは叫びながら、少し離れた所にいるランとマルクの後方に下がる。サラもマルクのところまで下がると、外してた手甲を装備しなおし剣を抜く。
魔法陣が空間をゆがめ、地面に暗黒の穴が開く。その穴から悪魔の魔力が吹き出してきて辺りの空気を重苦しい嫌なものへと変えていく。
ワシもあたりに充満する魔力に合わせて同じ質の魔力を放出する。
そうすることによって悪魔に対してワシの存在を気付かせるためだ。
周囲の空気はさらに重苦しくなっていき、マルクの背中に明らかなる動揺が見られる。。
「前だけに集中しろ!来るぞ!!」
悪寒を感じて後ろを振り向こうとしていたマルクに、声をかけて制する。
暗黒の穴から真っ黒な悪魔の手が突き出され、地面を掴み頭に2本のつのをはやした姿が浮かび上がる。
真っ赤な目がぎょろぎょろと動き辺りの様子を確認している。
「なぜ・・・なぜだぁぁ!!!どうして・・・断ったぁぁ・・・」
悪魔がサラに視線を合わせたが、ワシの存在に気が付いた様子はない。
余計な事を言われる前に一言釘を刺しておくべきだろう。
ワシは悪魔の心に直接語りかけた。
『黙ってワシの話に合わせろ』
上半身だけでも2メートル近い悪魔は悲痛な叫び声を上げながら姿を現したが、辺りを包んでいる魔力にワシの魔力が含まれている事に気づいて凍り付く。
悪魔を睨み付けて、『話を合わせろ』と、再度心に語りかけると悪魔の心が無言で何度もうなずいているのがわかる。
色々な意味で凍り付いたその場の雰囲気を最初に崩したのはサラだった。
「うぉぉぉぁぁあああ!!」
その場に満ちた重圧に耐えられず、さらに悪魔の姿を見て恐怖に支配されたサラは悪魔に切りかかった。
がむしゃらに剣を振るうが、悪魔の皮膚にはじかれてまったく効いていない。
「マルク!切りかかれ、勇者であるお前が切りつければ悪魔は退散する!」
サラが飛び出したのは予想外だった。
さらに予想外の出来事は、マルクは武器を構えたまま呆然と立ち尽くしていることだった。
その横ではランが腰を抜かして地面に座り込んでいる。
ここに来てワシはあることに気が付いた。
周辺に放出された魔力の量は、ワシに向かってくる勇者が冷や汗を流して警戒する程度の量なのだが、今のマルク達にとっては尋常ではない量の魔力が満ちていると感じるのではないだろうか?
否。この状況からして出しすぎたのは明らかだ。
「やっちまった・・・」
ボソッと呟いたあと、仕方ないので前にいるマルクのケツを蹴飛ばす。
「うはっ、何するんだ。」
「ほら、とっとと行け!」
「うっせぇ!分かってるよ!!」
マルクは半ばやけくそに悪魔に向かって突っ込んだ。
それに合わせて悪魔に囁く。
『その子に切られて帰れ』
マルクは大きく振りかぶって悪魔に切りかかる。
「タァァ!!」
マルクの剣は悪魔の頭を捕らえた!が弾かれた。しかし、悪魔は目から血の涙を流し、断末魔の叫びを上げた。
「グゥヲォォォ、口惜シヤァ!!!!」
切られたダメージは全くない。しかし、サラの事を諦めなくてはならない悔しさは血の涙を流すほどに並々ならぬものがあるであろう。
過去のワシだったら腹を抱え、転げまわって笑うほどの不幸っぷりである。
が、今のワシにとってはあまり面白い話ではない。
サラにとっては良い話でも、この悪魔に対しては良い行いだったのかと言われれば、答えは明らかである。
何か別のもので埋め合わせするしかないよな・・・。
少し思案してみると、第8軍の司令官の人事を頼まれたまま、ほったらかしにして忘れていたことを思い出した。
あまりのほったらかしぶりに、魔王軍総帥アノレニーシャイから、誰でもいいから送ってくれと泣いて頼まれたほどである。
全くの無名の悪魔が一軍将に抜擢されたら・・・苦労はあると思うがうちの軍団は優秀だからな、何とかなるだろう。
『アノレニーシャイによろしく言っとけ。』
悪魔の心に直接囁きかける。
悪魔はうめき声をあげ、片手で頭を抑えてもう片方の手でサラをあしらいながら、出てきた穴に沈むように帰っていった。
霧が晴れるように暗黒の穴は消え、それに続いて赤い魔法陣も消える。。
悪魔が消えた後もサラは何度も何度も悪魔がいたあたりの地面に剣をつきたてた。
「俺たち勝ったのか?」
マルクは呆然と立ち尽くしていた。
「ああ、そうだ。お前の活躍によってワシらは勝ったんだ。」
「そうか・・・勝ったんだ。」
信じられないといった表情で笑ったあとマルクは、狂ったように何度も地面に剣を突き刺すサラを安心させようと声をかける。
「サラ、もう大丈夫だから。」
その言葉を聞いたサラは動きを止める。そして、地面に突き立てた剣に持たれかかるように、地面に崩れ落ち涙を流して泣いた。
涙を拭おうとしたが鉄仮面が邪魔で拭えなかったので、鉄仮面を脱いだ。
サラの方はマルクに任せて、ワシは座り込んだままのランに声をかける。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか・・・ただ、涙が止まりません。やだ、あんまり見ないでください、はずかしい・・・」
ランは手で顔を覆い隠し、下を向いてすすり泣いた。
こういう時はなんと声をかけたらいいものかと思案していると、けたたましい笛の音が河原に全体に鳴り響く。
「コラァ!!お前ら、何やっとるかぁ!!」
「やべ!!クラークのおっちゃんだ。」
チェインメイルの上に青いサーコートを着た一団が駆け寄ってくる。
イタズラをしてはクラークに追いかけられるという幼年期を送ったマルクにとっては条件反射的にその言葉が口からこぼれたが、今回はなにも悪さをしてないので逃げずにその場にとどまった。
老いてますます壮健と言う言葉が良く似合うクラークは数人の衛視を引き連れて、笛を吹きつつ怒鳴り声を上げている。
「マルク、またお前か!!今日という今日は許さんぞ!!確保しろ!」
たちまちマルクは衛視に囲まれ手錠をかけられ逮捕された。
「ちょっと、今日はまだ何も悪いことしてないよ。」
「夜に河原で騒いでたら、ご近所さんに迷惑がかかるだろうが!」
クラークは地面に突き立てた剣のそばで泣いているサラと、うつむいたまま座りこんで泣いているランの二人を指さして、さらに怒鳴る。
「それに女の子を二人も泣かせておいて、なにが何もしてないだこの馬鹿者が!連れて行け!!」
クラークは他の衛視に連行の指示を出すと、レフトにも手錠をかけた。
近所迷惑と言う些細な悪事を働いてしまったレフトは、軽いショック受けて呆然としていたため、あっさりと逮捕された。
「一番年上のあんたがちゃんとしてなきゃダメだろうが!連れて行け。」
マルクは懸命に、今あったことや言い訳を並べたり、ランとサラに同意を求めたりしたがクラークはまったく話を聞こうともせず、ゲンコツをマルクの頭に落とした。頼みのランたちも後から後からあふれ出る涙で会話どころではなかった。
そんなこんなでランとサラは衛視隊に保護され、ゆっくりと休養をとらされたので、マルクとレフトは牢屋の中で一晩を明かすことになった。