大魔王と少女ラン
森の街道に微妙な空気が流れる。しばらくの沈黙の後、喋り始めたのは少女の方だった。
「先ほどはありがとうございました。」
肩まで届く甘栗色のストレートヘアをなびかせて、少女が頭を下げる。
背丈のほどはやや小さめで、整った目鼻立ちに幼さが残る、どこにでもいるありふれた美少女それがこの少女に対する第一印象だった。
「なぜ賊を成敗できる実力があるのにそれをしなかったのですか。」
囲まれた状態から相手の包囲を掻い潜り、リーダーの男の所まで何事もないように行く。
簡単にやってのけたが、実際にそれをやるにはかなりの実力と経験がなければ出来ないだろうし、殺意をもって攻撃されたのなら反撃するのが当たり前の行動だ。。
「力でねじ伏せる事には飽きた。それにワシは善い行いをしに来たのに、力で押さえつけることが善い行いと言えるのか?」
「悪知恵を与えただけだと思いますが・・・。」
「かもしれんな。だが、誰も傷つかずに済んだんだ、善い行いをしたと言う事にしておこう。」
笑顔で答えてみるが、少女の心境は複雑なようである。
「何でしょう?この釈然としない気持ちは・・・。」
「気にすんな気にすんな、良くあることだ。」
「ぅぅ~。そうですね。そう言う事にしておきましょう。」
少女も釣られて笑みを浮かべる。
「これからどこに行くんですか?」
「ん?ワシか、特にあては無いが、人の多いところにいけば善い行いをする機会も多いだろう。」
「それなら私が通ってる教会に身を寄せてみてはいかがでしょうか?」
「教会か。ふむ、それもいいかもな。よろしく頼む。」
「はい。」
少女は笑顔で答える。
「ところでお名前を伺ってもよろしいでしょうか?教会に紹介するにしても名無しのゴンベさんでは困りますし。」
「ワシはレフト・タンだ。よろしく。」
「レフトさんですね。私はランと申します。以後よろしくお願いします。」
ランと名乗った少女ははぺこりとお辞儀する。
「ランか。たしか花言葉は優雅な女性だったかな。」
「えぇ、まあそういう意味もありますわね・・・」
ランの表情に影が差す。あまり触れられたくない話題なのだろう。
「意味なんてこれから自分で足して行けばいい、大切なことはお前がこれからどうなりたいかだ。」
「え?あ、はい。」
「これからよろしくな。」
「はい。よろしくお願いします。」
森の街道を抜け、穀倉地帯の先に王都チュロードリスの外壁がそそり立つ。
高い塀と堀によって何世紀にも亘って魔族の侵入を防いできた、人類にとって最前線の防衛拠点である。そして同時に勇者発祥の地としても有名である。
勇者門と名づけられた大門で入国審査をやっている。
「チュロードリスへようこそ。」
長かった入国審査が終わり、先に入国審査の終ったランが出迎えた。
「大通りをまっすぐ行った突き当りが、私の通っている教会の大聖堂になります。ここからじゃ見えませんが、大聖堂の向こう側にはヴィクトール城があります。夕日に染まるお城が綺麗なんで観光スポットとしても有名なんですよ。」
「ほぉ~。」
そんな名所説明を聞きながら大通りを歩いていると、正面から大量の荷物を持って歩いている女性にランが気がついた。
「おば様、こんにちわ~」
手を振りながら駆け寄って行き、少し立ち話をしたのち名前を呼ばれた。。
「レフトレフト~ちょっと来て~。」
「ん?なんだ、どうした?」
「おば様が買い物しすぎちゃって、困ってるから荷物持ってあげて。」
「断る。何でワシがそんな大量の荷物を持たなきゃならんのだ。」
「お手伝いは善い行いの基本中の基本ですよ。」
「ちッ!なるほど、そう言う事なら喜んで持たせてもらおう。」
軽々と持たれていたその荷物は、渡された瞬間に尋常ではない重みを発生させて地面に引き寄せられていく。
思わず魔法で重さを軽減するが、次々と渡される荷物によってバランスがとりづらい。
会話の弾むランとおば様の少し後ろを荷物の山と化しながらよろよろと付いて行く。
「レフト、こちらは私の家のお隣に住んでるジークリンデおば様です。」
「ジークリンデですよろしく、この度はランちゃんを助けていただいてありがとうございます。」
「ああ、よ・・よろしくたのむ。」
意外とバランスを取るのが大変なのである。
「おば様が今夜の夕食ご馳走してくれるって。よかったねレフト。そういえばおば様、マルクはどうしてます?」
「あの子なら勇者検定に受かって、今頃は王様に謁見してるんじゃないかしら。」
「ウソ、ほんとに合格しちゃったんだ。」
ランは少し動揺しているようだった。
「その勇者検定ってなんなんだ?」
「知らないんですか?大魔王を倒す勇者を育て、支援するための資格試験ですよ。この検定資格を持ってると国から援助を得られたり、税制面で優遇されたりその他にも色々な特権がついてくるんです。」
「ああ、なるほど。最近やけに勇者を名乗る輩が多いと思ったら、そう言う事だったのか。」
ここ十数年、魔王軍から上がってくる報告の中に、勇者を名乗る一団を討伐したと言う報告が相次いでいた。
人間側の陽動作戦ではないだろうかとか、戦意高揚政策の一環なのではないだろうかなど様々な憶測が流れていたが、大魔王であるワシの圧倒的な魔力の前にはいかなる策略も無力なため、特に気にすることもなくほおっておいた懸案だ。
「勇者検定に合格するとまず王様に謁見します。その後、教会で祝福を受け、冒険者の酒場などで仲間を集めて旅にでるのが慣例となってます。各地で人々を助け、修行を行うのです。」
「ほう、そんな決まりがあったとはしらなかった。」
「ランちゃんはウチの子と一緒に行ってくれるんでしょ?」
「はい、もちろんです。」
「あの子ったら勇者検定に受かったって言っても、まだまだおバカだからランちゃんみたいなしっかりした子が一緒に行ってくれると助かるわ。」
「そう言っていただけるとうれしいです。」
ランは少し照れているようだ。
尋常ではない量の荷物を持たされたワシの両腕が、限界に達する前にジークリンデの家に着いた。
荷物を家の中に運び、やっと一息つけると思い椅子に腰掛けたのだが、
「さあ、教会に急ぎましょう。」
「ちょっと待て、少しぐらい休ませろ。」
「あれしきのことで疲れたなんて情け無いですよ。」
「元から情けなんて持ち合わせちゃいないさ」
微笑みを浮かべながらプラプラと手を振る。
「善は急げって言うじゃないですか。さあ、行きましょう。」
「ワシは悪の権化だから・・・」
「子供みたいに屁理屈こねないでください。ほら、行きますよ。」
ランに引きずられるように無理やり連れ出された。