悪逆非道に飽きました
数千年の長きに渡り、世界に恐怖を撒き散らしてきた大魔王は、ありとあらゆる悪逆非道を繰り返し、そしてこんにち・・・
「あ
く
ぎ
ゃ
く
ひ
ど
う
に
!
飽きた!!!!!!!!!!」
魔王の城最深部。
無駄に高い天井と広さをもつ、玉座の間に響き渡る大魔王の声。
周りにいる家臣達は特に驚く様子もなく、淡々と仕事を続ける。もちろん、手を止め大魔王の次の行動を見守る者や、何を言い出してもいいように新しい命令書の用意をする者もいる。
「たった今からワシは嘘をつくことをやめ、善い行いに励む事にした。」
大魔王は左手を高々と突き上げそう宣言した。王座の間にいつもと違う沈黙が走る。
「そういうわけで、ちょっと人間界行ってくる。あとは任せた。」
そう言うと大魔王はテレポートの魔法を使って人間界に移動した。
ワシの名はレフト・タン。
数千年の時を生き、諸悪の根源とまで詠われた大魔王。
悪逆非道の限りをつくし、人間はおろか魔族の隅々ににまで怖れられる災厄の代名詞。
そんなお茶目なワシにも悩みごとがありまして、ここ何十年という間、どれだけ悪事を働いても楽しいという感覚をもてなくなってしまったのです。
初心に戻って・・・とか、いろいろ試してみたが、何をやっても面白くない。
帰ってくる反応は『恨み』か『絶望』。
だいたい顔を見ただけでどんな反応が返ってくるか解ってしまう上に、予想道理の反応を返してくる現状に飽きてしまったのだ。
そんなこんなでつまらない日々を重ねていたのだが、ある時ふと思いついてしまったのだ。
諸悪の根源と言われるワシが善い行いをしたらどうなるのだろうか?
なにぶん初めての試みでどうなるか不安でもあったが、試してみらたこれが何とも愉快でしょうがない。
ある者は感謝をし、ある者は驚き、またある者は警戒心をあらわにし、罵声を浴びせてくる輩もいる。
同じことをしたにもかかわらず、相手の反応は千差万別で結果が読めない。
こんな楽しいことがまだこの世に残っていたことに驚いた。そして、この新しい楽しみをもっともっと味わいたいと思うのは自然の流れである。
だが、ここでひとつの問題が発生した。
この国においてワシの知名度は100%。
変身隠ぺいを駆使したところで正体がばれる確率は90%を超える高確率。
さらには、諸悪の根源が善い行いをしても、悪事の前の仕込みでしかないと思われてしまう。
善人ぶって近づいてどん底まで突き落すなんて、基本中の基本ですからね。
自国において今更善い行いをします。と言っても誰も信じてくれないと確信を持って断言できる。
信じてもらえるまで善い行いをするという手もあるが、別にワシは改心したわけではなく、ただ楽しみたいがために善い行いをするのだからそこまで手をかける気にはなれない。
そういうわけで自国ではなく他国・・・つまり人間側の支配地域で善い行いをすることにきめました。
緑豊かな森の中を突き抜ける街道に大魔王は降り立った。
「ここから始まる魔王の善行・・・物語のタイトルはこれで決まりだな。」
ありきたりなタイトルであるが、きっとのちの世の誰かがこれからおこる大冒険を英雄譚として書き残すであろう。
そんなことを夢想しながら、指を鳴らして人間と同じような服装に早変わりした。
ワシほどの魔力の持ち主であれば、詠唱、儀式、集中。そんなことはしなくても大抵の事は魔力だけでなんとでもなるのである。
指をならすのだって、そのほうが様になるから。つまりカッコイイからやるというその程度なのである。
いつでも好き勝手出来るよう、あらゆる国の文化と言語と流行は常に完璧に把握している。
誰も連れてこなかったため『一人』で『手ぶら』で『森の中の街道にいる』事の違和感があるが、今回はしかたないと結論づける。
「ん~、どっちが王都だったっけかな?」
はるか上空からの視界に切り替え現在地を確認する。
大抵のことは魔力を使うことによって出来てしまう。便利な能力なのであるが見方によっては物事をつまらなくしてしまう一因である事は知っている。
どこまで使うか。それが悩みどころだ。
そんな事を考えていたら、森の中から一人の少女が勢い良く飛び出してきた。
「賊に追われています!!あなたも早く逃げてください。」
少女は驚いた表情でワシを見ていたが、そう言い残して少女は走り去る。
が、数歩進んだところで、ワシが微動だにしないのに気がついて戻ってきた。
「何ぼさっとしてるんですか!あなたも早く逃げてください。」
そう言いながらワシの手を掴んだ瞬間、森の中から見るからにむさくるしい男達がけたたましい叫び声と共に飛び出してきた。
「ィィィィィイッヤッハァー!!!!逃げられると思ったら大間違いだぜ!!いい加減観念しな。」
男たちは慣れた動きですばやくワシらを取り囲み、退路を断つ。
じわりじわりと圧力をかけながら距離を詰めてくる。
これは完全に追いはぎのあれですな。次にいう言葉は女を渡して身ぐるみおいてけ。
「女をこっちに渡しな。そしてお前は命が惜しかったら身包み全部置いて行ってもらおうか。」
その言葉を聞いて盛大なため息がでる。
「つまらん、つまらん、つまらん。まったくもって非常につまらん!!」
そう怒鳴りながら驚いて固まる少女の手を払う。
リーダーと思しき男に向かって歩くと、手下の男たちは抵抗の意思ありと見て切りかかってくる。
ごく普通の追いはぎの対応。それを力でねじ伏せるありきたりの対応で楽しめるのか?否。絶対に否である!!
切りかかってきた男たちの間をあっさりとすり抜け、リーダーらしき男とガッシリと肩を組み、満面の笑みを浮かべて話しかける。
「良いか兄弟、」
さわやかに微笑みかけて話しかけたつもりだったが、男の顔が引きつっているのが分かる。
まるで悪だくみをする時の邪悪な笑みを見せられたあとのような表情である。
「相手から全てを奪おうとすれば、相手だって全力で抵抗するじゃないか。力をあわせて相手を圧倒できるウチはまだ良いが、相手に圧倒された場合どうなる?それこそ一家離散、おまんまの食い上げだ。」
「・・・てめぇ何が言いたい。」
「まあ兄弟、最後まで話は聞けぇ。」
警戒する男に、今度はさわやかに微笑みかける。(本人談)
「全部よこせって言うから抵抗されるんだ、だったらちょっとだけよこせって言えば『まあしょうがないか』って事になるだろ。ちょっとだけよこせと言われてるのに命を賭けて抵抗するバカはいない。むしろそんなバカなら身包み剥がしてよろし。」
金貨を一枚見せ、男の手の平に乗せる。
「これはあの女の分の『通行料』だ。これでワシらは道中の安全を手に入れられる。賊に襲わないと約束してもらえるんだ、傭兵を雇うよりも安全で確実だと思わんか?しかも殺してしまえばそれっきりだが、通行料なら通るたびになんどでも入ってくる。兄弟手分けして回収に向かうこともできる。こんなうまい話は無いと思うぞ。」
しばらく考えた後、男は手に置かれた金貨を握り締め、うなずいた。
「確かに兄さんの言うとおりだ。」
「だろ。後は役人に袖の下を渡すのを忘れるなよ、兄弟。」
「賄賂ですかい?」
「大義名分は大切だ。賊としてではなくこの街道の平和を守る自警団として、通行料を取ってるんだ、と言う建て前を作るための必要経費だよ。何事もスマートに事を運ぶべきなのだよ。」
ワシは口角をめいっぱいあげて最高の笑み(本人談)を披露する。
「な、なるほど。」
「そういうわけで、安全にこの道を通らせてもらうよ。」
「どうぞどうぞ。」
リーダーの男の肩を放して、呆然としている少女の背中を押して歩き始めると、若い男から呼び止められた。
「ちょっとまった、まだあんたの分の通行料が払われてない。」
「授業料ってことで勘弁してくれ。」
顔だけ振り向いて、片手を上げて答えると、納得できない若い男を制して、リーダーの男が答える。
「兄弟から金は取れねえだろ。」
その男の笑みはやけにさわやかなものだった。