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第9話 白昼の強襲

「アンカーの伸びてる先はこの船で間違いないか!? 斜面に向かってじゃないのか!?」


 航空艦は非常時、多くは衝突などを避ける目的で、山の斜面にアンカーを刺すことを緊急避難的に行うことがある。

 この悪天候の中だ。

 そうした事態が起こらないことはないだろう。

 さすがに前方の艦にアンカーを刺すなんてバカな真似は空賊しかしない。

 空賊しか……。


≪ええ、そうです! この船です! 間違いないです!≫


 嘘だと言ってよ。

 いくら悪天候で視界が暗く、遮られるとは言え、裏を返せば、まだある程度の範囲は支障なく視認出来る状態だ。

 まだ日が高い……日中なのだ。

 アンカーを刺してくるということは、この艦に乗り込む意志があるということだ。

 その意志があるということは……空賊ということになる。


「その船の甲板に人は見えるか!?」

≪えっと……待ってください……。み、見えます!いくつか、人影が……≫


 ああ、仕掛けてくる気満々だな……。

 しかし、こんな時間から仕掛けてくるものなのか?

 そんなバカな。

 まだまだ民間船は動き回っている時間帯であり、その多くと接近する可能性が高い時間帯だ。

 いくら頭のネジがいくつかぶっ飛んでいる連中とは言え、多少は常識的な判断ができるはずだ。

 はずなんだが……。


「近くに他の船は見えるか!?」

≪見えません!≫


 つまりは、少なくともしばらくは救援や通報の可能性が無いということだ。

 我が艦のみで対処せざるを得ない。

 武装は……ある。

 ただし、最低限の自衛用の銃のみで、砲は無い。

 大砲なんて重い物を積んで積載量に割を食わせるより、より多くの商品を積め、というのが普通だ。

 相手を叩き落す手段はないということだ。

 しかも、銃を扱うことになるのは民間人だ。

 はっきり言って、空賊の侵入を防ぎきる可能性は限りなく低い。

 だが、やるしかない。


 再び伝声管に向かい、声を張り上げる。


「チェック、チェック、チェック! 非常事態を宣言する! アンカーを刺された! 乗り込まれる可能性がある!」


 かつて読まされた記憶のある商会の輸送艦用マニュアルで、こういう非常事態での対応について目にしたことはある。

 ただ、あくまで目にしただけだ。

 自分に限ってそんなことあるわけないだろう、と無意識下で思うのが人の常というものだ。

 俺もそうだ。

 まさか俺に限ってそのような場面に遭遇するわけがないと思った。

 思っていたが。

 思いたかったが。


「機関担当は全員配置につけ! 操舵、監視は規定に従い……」


 規定など覚えているわけがない。

 そう思い直す。

 なぜなら、俺がそうなのだから。


「操舵はいつでも代われるよう艦橋へ! 監視は両舷、及び後方が見える位置での警戒! 監視塔は前方、適時周辺全体を警戒!」


 そこまで言い終えると、頭に血が上っていることに気付く。

 呼吸が荒い。

 心臓が早鐘を打つ。

 落ち着け、落ち着け。

 まだだ。

 まだ始まったばかりだ。


 大きな音を立てて、扉が開く音が聞こえる。

 その音の方へと振り向くと、オルが同じように呼吸を荒げて立っている。


「何が起きた!?」

「わからん!」


 こっちが聞きたい。


「たぶん……空賊だと思うが……」

「こんな時間からか!?」

「だから分からないんだって!」


 お互いに混乱の極みに達している。


「ひ、ひとまず、考え付くだけのことはやろう……」

「あ……ああ、分かった……」


 ああ、嫌だなぁ……。

 5年間、何事もなくやって来たのになぁ……。


 自身の表情は分からないが、俺の顔を凝視していたオルが、何かに怯えるようにうろたえる。

 俺は何か……怖い顔でもしているのだろうか……。


≪右舷機関、総員配置完了!≫

「分かった!」


 伝声管より聞こえてきたその声に無駄な考えから引き剥がされ、了解した旨を送り返す。


≪遅くなりました! 左舷機関も全員揃いました!≫


 すぐさま、もう片方の機関室から報告が入る。


「大丈夫だ。遅くない。両舷、少し待ってくれ。すぐ指示を出す」


 両方の機関室から応答が返ってくる。


「ど、どうする?」


 少し……いや、かなり動揺している様子のオルが俺に問うてくる。

 どうするもこうするも……。

 目の前の窓を見やり、左側の斜面が近いことに気付く。

 彼の顔を一瞥して、すぐに伝声管に向き直る。


「機関室に対し、指示を出す。右舷、全速後進! 左舷、全速前進! 振り払うぞ!」

≪りょ、了解! 右舷、全速前進!≫

≪お、同じく! 左舷、全速後進!≫


 正常に艦を運行したいのであれば、最悪の選択だ。

 急激な動作は船体に対して大きなダメージを与えかねない。

 機関室の人間の躊躇いが、伝声管からはっきりと伝わる。

 だが、まだ足りない。


「操舵、俺が指示したらラダーを振れ。右に」

「……え?」

「ラダーを! 振れ! 右に! 目一杯!」

「は、はい!」


 そう言われ、彼は操縦桿を動かそうとする。


「まだだ!」

「え!? あ! すみません!」

「あ、いや、すまん。『やれ』って言うまで待ってくれ。それと、舵も右に切って、手前に引いてくれ。これも目一杯」

「わ、分かりました……」


 先走った操舵手に苛立ち、つい声を荒げてしまう。

 ああ、これはいかんな。

 上司失格だ。

 ……と、思いつつも、次の展開を想定していく。


 ラダーとは、艦の垂直尾翼についている、左右に船体を振るための装置だ。

 両舷機関室より更に外側に設置されている主翼や、艦体後方に設置されている尾翼などの、地面に対して水平に備えられ、上下左右への動きを大きく補助するフラップ、エレベーターと呼ばれる装置とは対称的な存在だ。

 フラップ、エレベーターとは違い、ラダーとはあくまで艦の上下動を除いて左右に進行方向を徐々に変化させるためだけの補助の補助みたいなものだ。

 その全ては編んで頑丈にした鉄製のワイヤーや滑車などで繋がれており、操縦桿一つで動作させることが出来るが、非常に重い。

 いずれにせよ、あくまで補助的なものであり、基本的には両舷機関の出力、及び動力の根本となるモノによって旋回、上昇や下降を行うのが一般的だ。


 だが、今はその全てを使わねばならない状況だと判断する。


「船を思い切り振り回すぞ! 総員、衝撃に備え!」


 伝声管で注意を喚起する。

 幾分かの間を置き、左前方の斜面がギリギリ離脱可能になるであろう位置まで来たことを見計らったのち――


「操舵! ……やれ!」

「は、はい!」


 ――伝声管に口元を寄せたまま叫ぶ。


 一気に船が傾き、衝撃に備えろと言いつつ、備えていなかった俺は左へと転がる。

 テーブルとは違い、固定されていなかった椅子や計器も跳ね飛んでくる。

 痛い。

 傾きが幾分か収まったあとに立ち上がると、下を向いたままの頭から、いくらかの血が零れ落ちる。

 切ったか。

 まぁ、しょうがない。


「操舵! 姿勢を戻せ!」

「は、はい!」


 徐々に船の傾きが水平を取り戻していく。


「よし……次は……」


 あたりを見回すと、オルが必死に艦橋のそこかしこに設置されている手すりに縋り付いている。

 だが、平静さを失っているようには見えない。

 大したものだと感心する。


 再び伝声管に近付き、各所に確認を取る。


「後方警戒! 聞こえるか!」


 呼びかけるが、応答はない。


「後方警戒!」

≪は、はい!≫


 2度目の呼びかけに、後方の監視についていたであろう者が言葉を返してくる。

 よかった。

 ちゃんと対応してくれたか。


「後の小型船はまだ付いて来てるか? アンカーは刺さったままか?」

≪は、はい、ついてきてます! 刺さったままです!≫

「チッ……」


 振り払えなかったか。


≪でも、向こうの甲板に見えてた人数が減ってるように思えます!≫

「そうか、分かった。あー、すまんが、両舷で監視についてた奴らの安否を確認してくれ。監視塔、後方への注意を増やしてくれ」

≪監視塔、了解です≫

「オル、アンカーの刺さっている場所を確認してくれるか?」

「ああ……了解」

「両舷機関、進行方向を回廊に沿わせろ! 左旋回! 操舵はもう大丈夫だ。機関室に任せろ」

≪了解!≫

≪了解です≫

「わ、分かりました」


 指示を出した各所から応答を得る。


 姿勢を安定させ、再び回廊を帝国へ抜ける方向へと船首を向ける。


≪両舷の監視員、無事です!≫


 伝声管から報告が伝わる。


「了解、よかった。怪我はないか?」

≪大丈夫です! ピンピンしてます!≫

「そうか。引き続き頼む。もう無茶な機動は取らないから安心してくれ」

≪分かりました!≫


 伝声管の位置的に聞こえていたかどうか怪しい箇所があったので不安があったが、大事には至らなかったようで一安心である。

 だが、敵は依然、ぶら下がったままだ。

 報告が確かであれば、いくらかは人数を減らせたようだが……。

 接舷を覚悟せねばならない。


「武器庫を開ける! 手隙の者は取りに来い! 迎え撃つぞ! 防寒を忘れるなよ!」


 指示を出し終えると自室に入り、防寒服を着込む。

 次に艦長室のすぐ横にある武器庫の鍵を開け、銃と弾薬を取り出していく。

 寄港するたびに商会の担当者に確認をしてもらっているので動作は問題ないと思うが、先ほどの動きでいくつかの銃は転がり、弾薬入れのバッグも落ちてしまっている。

 念のため、それらは排除し、適正な位置を保っていた銃、弾薬のみを選別する。


 艦橋の外から慌しい、いくつもの足音が聞こえ、幾人かが入ってくる。

 ……5人……俺と、まだ戻って来ていないオルを含めて7人か。

 それぞれに銃と弾薬の入った肩下げバッグを2つ、点火用の火薬が入った筒を1つずつ手渡していく。

 それが誰か、を確認するのではなく、銃の状態などを見ながら渡していく。

 渡す前に、着火用の火打石の存否や状態、撃鉄が稼動するかどうか、弾薬を銃身に押し込むための“さく杖”という棒に変形が無いかなどを目視で確認する。

 だが、あくまでもパッと見なので確実とは言えない。

 そのために、人数よりも多く持っていって保険をかける。

 5人に2丁ずつ、計12丁を渡し終わったところで、自分のを……ん?12丁?

 顔を上げて見てみると、ラフナが両肩にバッグと筒をかけ、銃を持っていた。


「お、おい、ラフナ……」

「手隙です」

「いや、でも……」

「手隙です!」


 …………。


「……撃てるのか?」

「一応、商会の人間は最低限の訓練は受けますので」

「いや、それはそうなんだが……人に向けて撃ったことは?」

「そんなこと言ったら、ほとんどの皆さんはそうじゃないですか?」


 ……確かに。

 そもそも軍にいた俺ですら両手で数えられるほどしか経験がない。

 とは言え、女性だ。

 あまり荒事に関わらせたくないと思うのが男心ではないだろうか。

 そりゃ人数は多いほうがいいが……。


「見てきたぞ!」


 悩んでいると、オルが駆け込んでくる。


「どこに刺さってた?」

「後部ハッチだ」

「……まぁ、そこだよな……」


 後から近付くなら、最も表面積の大きいハッチの開閉扉が絶好の打ち込み場所になるのは当然だ。

 ただ、その扉の中は大事な積荷が満載だ。

 そこでドンパチはしたくないなぁ……。


「外せそうだったか?」

「いや、試してはみたが、返しがしっかり噛んでいて外せそうになかった」

「そうか……」


 あ、そう言えば……。


「積荷の状態はどうなっていた?」

「固定してあったからほとんどは無事だが、いくつか木箱が落ちていたな」


 ぐぬっ……ガラス細工だったらオジャンだな……。


 伝声管に向かい、現況を確認する。


「後方警戒、相手の船はどうなっている?」

≪……あ、はい! えっと……アンカーを巻き上げ始めてますが、風か何かで左右に振られて上手く近づけないみたいです!≫


 少し間をおいて、応答があった。


「ラムは見えるか?」

≪ラム? お酒ですか?≫

「衝角だ! あー……船首にツノみたいなのはついてるか?」

≪ちょっと待ってください……ついてます! 立派なやつがついてます!≫


 立派なのか……。

 いや、その表現はいらないんじゃないか?

 しかし、ラムがついているということは壁をぶち破って貨物室に入ってくる可能性があるということだ。

 ぶち破った場所に架橋し、侵入する流れが考えられる。

 ……が、速度は出ていないらしいし、船体の外壁は頑丈に作られている。

 突破は無理か。

 安心材料が増える。


「よし、後部甲板に出て撃ちかけるぞ。オル、俺たちは少し多めに銃と弾薬を持っていく。手伝ってくれ」

「了解した」


 返事を聞き終えることを待つこともなく、バッグと筒を多めに渡し、俺は銃を6丁ほど抱える。

 ぐっ……重い……。


「あ、あの、私が運びましょうか?」


 ラフナがそう提案して来るが、はっきり言って持てるとは思えない。

 ……あ、閃いた。


「ラフナ、少しずつでいいから武器庫から随時、銃と弾薬を運んで来てくれないか?」

「えっ、あ、それは……」

「頼む」

「……はい、分かりました」

「ありがとう。あちこちに転がってる物はダメかもしれないから、それは避けてくれ」


 彼女は黙って首肯する。

 よし、これで少しでも荒事から遠ざけられる。

 彼女も俺の意志を汲んでくれたのだろうか、少し遠慮がちに同意する。

 それに、指揮する人間が現場に遅れるのはまずいからな。

 そう考えれば、これが正解かもしれない。


 オルと俺は他の人員と同じ量だけを持って、後部甲板へと走り出す。


 さぁ、鉄火場だ。

 せいぜい足掻いてやろう。

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