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第7話 暗中模索

 オルに促され、善後策を話し合うことになった。


「あー、えーっと……まぁ、なんとか、あの場は切り抜けられたわけだが……今後に起こり得る事態と、その対応について、ひとまずの方針を決めよう」


 そう提案しながら、部屋にいるオル、ラフナ、ピオテラへと目を配っていく。


 オルはまだ怒りが収まらないのか、目を閉じながら腕を組み、俯いている。

 俺の呼びかけにも何ら反応を示すでもなく、静かに椅子に腰掛けている。


 ピオテラはベッドに座り、怯えるように、あるいは申し訳なさそうに体を小さくしながら膝の上にギュッと握り締めた拳を置き、目線を足元に落としている。


 ラフナはと言えば、そんなピオテラの隣に座り、慰めるように彼女の拳に優しく手を重ねながらも俺と目を合わせ、静かに頷く。


「……うん、まぁ、とにかく、俺が考え付く限りの今後想定される事を挙げていくから、不足とか対応策があれば遠慮なく口を挟んでくれ」

「はい」


 ラフナのみが応答する。


「一応あれこれと弁明はしたが、アルサット曹長……検査の責任者だった奴もかなり混乱していた。まぁ、それは俺達も同じだったが……。だから正直、しっかりと伝わっていたかは分からない。伝わっていたとしてもかなり苦しい言い訳だったしな。昔馴染みではあるが、あまり便宜を図ってくれることは期待しない方がいいだろう。周りは騒がしかったし、その男以外に検査に関わっていた他の兵士達は既に引っ込んでいた。あの会話を聞いたのは彼一人だけだったのが救い……と思いたいが、どうなんだろう……」

「……それで?」


 未だ目を見開くことなく、耳に全神経を集中させるように黙していたオルが短く言葉を発する。

 怖い。


「あ、ああ、それで、だな。いや、まだちょっと、さっきの状況を整理させてくれ。喋りながら思い出して、懸念を洗い出したい」

「分かった」

「すまん」


 彼は耳に届くほど大仰な音を立てながら息を吐き出し、再び黙り込む。


「えー……もう回廊に進入したし、追ってくることはないだろうけど、今後同盟に戻るのはかなり難しいかもしれない。咄嗟に金を渡して共犯関係を築いたつもりだが、彼との付き合いはわずか1年ほどだったし、通用するかどうかは不明だ」


 俺が知る限りでは融通が利かないほど頭の固い人間という印象はないが、今と昔では人柄も変わって来るだろう。

 非常に面倒な話だが、根底はともかく、外面は周囲の環境に合わせて変えていかなければならない。

 5年……いや、4年という月日は、そうなるには十分すぎる期間だ。

 宮仕えは異動が多いしな……。

 紙切れ一枚で、短期間にあちこちへ飛ばされるのはなかなかにしんどい。


「ピオテラを商売女に仕立てて切り抜けようとしたが……実際に名簿に載ってない商売女を連れて検問を通過したという話を聞いたことはある。だが、あくまで風の噂程度のものだ。本当かどうかは俺には分からない。だから、その言い分が通ったようには思えない」

「それは事実だ。うちの所属ではないが、自慢げに俺の実家で話していた奴を見たことがある」

「そうなのか?」

「ああ。俺がウィルラクに入った後も、何度か同じような話を聞いたことはあるが、それでややこしい事になった、という話は聞いたことがない」


 そう言えば、そもそもそう切り出したのはオルだったな……。

 上手く切り抜けられたと思える材料が出てきたので、安堵感を覚える。


「そうか! それなら問題ないと思ってよさそうだな!」

「いや、そうでもない。ややこしい事になって商売から弾き出されたせいで話が伝わってこなかった可能性もある」

「ぐっ……そ、そうか……うん……なるほどな……」


 一筋の光が見えたと思ったが、すぐさま光源を閉ざされる。


「まぁ、俺がその話を初めて聞いたのはウィルラクに入る前……少しあやふやだが、10年くらい前の話だから、長い平和の中でそういう点で緩みが出ていることも無くはないだろう」

「うーん……それは、あまり期待しない方がよさそうだな……。楽観論に過ぎる」

「そうだな。結局のところ、検査官の匙加減ひとつに寄るところが大きい」

「昔馴染みのよしみで曹長が気を利かせてくれてるとありがたいんだが……そこまで望むのは酷だな……」


 彼だって生活がかかっているのだ。

 保身を図ったところで、俺達にそれを責める権利はないだろう。

 いや、そもそも、そうすることが彼に課された職務なのだ。


「あの、帝国側の検問の通過には支障はないんでしょうか?」


 ラフナが疑問を口にする。


「ああ、それは問題ない。同盟側と帝国側の検問所が情報を共有することは皆無と言って良いほどだし、仮に共有したとしても、さすがに他国の組織に照会をかけるのは手間だからな。……また誰かさんが下手を打たなければ、の話だが……」

「ぐっ……」


 俺がピオテラにジトリとした視線をやりながら話すと、俯いたままずっと静かにしていた彼女がわずかに反応を見せる。


「しかし、そうだな。帝国まで抜けちまえば、同盟の法は及ばなくなる。ひとまずの危険はなくなるだろう」

「だからと言って、ウィルラクに残れる可能性は未知数だ」

「まぁ、そうなんだがな……」


 オルがしっかりと穴を突いてくる。

 思うところが無いことは無いが、この不可解な状況ではありがたい。


「とにかく、当初の予定通りにカルノに向かおう。そこで支店から本店の方に照会があったかどうか問い合わせれば、俺達の今後の身の振り方も決めやすくなる」

「ああ、確かに。商品の件もあるしな。俺達個人のものじゃないんだから、今後がどうなるにせよ、納めるものは納めなきゃならん」


 オルに提案され、同意する。


「カルノ?」


 不意にピオテラが聞いた覚えがないとでも言うように、その単語に反応する。


「……回廊を抜けた先の、すぐ近くにある帝国の街だよ。そこにうちの商会の支店がある」

「へぇ……」


 少し多めに吐息を漏らしたのち、ピオテラの疑問にオルが答える。

 落ち着きを取り戻してきたのだろう。

 こういう切り替えの早さが、彼が優れた商人たる一つの由縁だろう。

 尊敬に値する。


「もし照会があってウィルラクの立場が危うくなりそうなら……俺をクビにしてもらう。いや、自然とそうなるか。まぁ、そうなったら帝国に籍を移して、適当な職を探すとするよ」


 責任者は俺だ。

 俺の首一つで商会の傷が少しでも浅くなるのなら、それは本望だ。

 口惜しくはあるが、致し方のないことだろう。


「あ、あたしも君について行くよ。元はと言えばあたしのせいなんだし……」

「いらん」


 ピオテラが顔を上げ、決意のこもった顔でそう提案してくるが、当然ながら断る。


「そもそもお前はうちの商会の人間じゃないだろう」

「そ、そうだけど……やっぱり、責任感じちゃうし……」

「責任を感じるなら、帝国の検問を抜ける時に大人しくしててくれればそれで十分だ。それ以上、お前に何も期待しない」

「や、養ってあげるからさ……」

「物取り以外に何か取り柄はあるのか?」

「あるよ! 狩猟には自信があるよ!」

「帝国に籍を移す手続きが終わって、どこぞで狩猟の許可が取れるまでの間に飢え死にしなければいいがな……」

「ぬっ……むぅ……」


 帝国領内での狩猟の在り方はさっぱり分からない。

 だが、アンテルバフと同様に許可を取る必要があるかもしれない。

 養ってもらうにしろ、それがいつからなのか、いつまでなのか、どの程度稼げるのか、まったく不明だ。

 そんなものに期待できるほど、俺は楽観的ではない。

 辺鄙なところまで行って、隠れてやる分には……いや、そもそもピオテラは帝国籍を取得できるのか……?


「ま、俺も付き合うぜ」


 唐突に、オルがそう宣言する。


「は? なんでお前まで……」

「一緒にピオテラを庇うところを見られてる。照会をかけられて大きな問題になるなら、俺も引っかかる可能性が高い。商会を追い出されて牢屋に入れられるぐらいなら、帝国で商売を始めたほうがマシだ」


 確かに……そうなるかもしれないな……。


「この船は返さなきゃならんが、どこか帝国の商会に所属するか、二人の手持ちの金を合わせて、それを元手に陸路で交易を続けるか、露天商を開くなりすれば、ひとまずの糊口は凌げるだろう」

「う、うーん……そうか……」


 彼が傍にいてくれるなら、これほど心強いことはない。

 だが、それはいくらなんでも、と申し訳なく思う気持ちもある。

 その両方の思いに、葛藤で心が揺れる。


「わ、私も……」


 遠慮がちに手を挙げながら、ラフナが口を開く。


「私も、一緒に行きます」

「……えぇ……?」


 ……なぜ彼女がそんなことを言い出したのか、さっぱり分からず、妙に上ずった声で聞き返す。

 検問所ではピオテラを庇う素振りはまったく見せていないはずだ。

 むしろ知らなかった、という立場を取っている。

 彼女が商会に残っても、おそらく誰も不思議には思わないだろうし、責める者はいないだろう。


「その……ようやく人となりを知れたお二人ですから……置いていかれるのは寂しい……というか……」


 若干、説得力に欠ける言い回しだ。


「と、とにかく……私はそうします。そう決めました」


 妙に強い決意を込めた言葉で、彼女はそう断言する。


「……まぁ……君がそれでいいなら、それでいいさ」

「はい」


 オルが彼女の気持ちを汲み取るかのように応じる。


「お前もいいよな?」


 オルが俺にそう問い掛ける。

 彼女がそう決めたのなら、俺にどうこう言うつもりはない。


「……ああ、構わない」

「ありがとうございます!」


 なぜか心底嬉しそうに、慇懃に礼を述べるラフナ。

 いまいち彼女の心の内は分からないが、そうしたいのなら、そうすればいい。


「ピオちゃん! 一緒に頑張ろうね!」

「え? 頑張るって……?」

「一緒に体を張って、二人を養おうね!」

「いっ!?」

「「えっ!?」」


 まずピオテラが驚き、続いて俺とオルが驚いた。

 彼女は何を言っているのだろう。

 体を張るって……どういう意味だろう……?

 検問所で俺をガチビンタしたことといい、いまいち彼女の真意が計り知れない。

 少し頬に朱を差して、ピオテラに笑顔を向け続ける彼女に、少し不気味さを覚える。


「う、うん! あたしも頑張って養うよ!」

「「いらん」」

「ぐぅっ……」


 俺とオルが同時にお断りを入れ、ピオテラは悔しそうに口をつぐんだ。

 そういえば……と、ふと思い出す。


「艦橋に戻った時、ピオテラの事を聞いたら、俺の愛人だと言われたんだが……」

「ああ、服を取りに行く時にあちこち歩き回ってたら色んな人に会ってさ。いちいち誰だって聞かれるもんだから、会う人会う人みんなに、艦長の愛人だって言って見逃してもらったんだ」

「!?」

「あたしにしては、なかなか機転を利かせたでほ……ひはひひはひ」


 思わず彼女の両の頬を引っ張る。


「お、お前……どれだけ……」

「ひはいほ!へーほんほへほはい?ほっほははひへ!」

「あぁ……?何言ってるか分からんなぁ……?」

「は、はひははうひほほひっはははぁ……?」

「悪いのはこの口かぁ……?えぇ!?」


 十分に伸ばしきったところで、パッと離す。


「うぅ……ご、ごめんなはい……」


 かなり痛むのか、頬をさすりながら素直に謝るピオテラ。


「……ふぅ……まぁ、とにかく決には達した。カルノに向かい、商品を降ろし、本店に確認を取る。出来るのはそのくらいだ。まずは回廊を無事に抜けることに集中しよう」

「ああ、そうだな。後のことは後で考えればいいさ」

「よし、それぞれやるべきことをやろう」


 俺とオルが頷き合い、ラフナに目を向けると、彼女も笑顔で頷く。

 視界に入ったのでピオテラにも目を向けると……。


「ん! 頑張る!」


 視線に気付いたのか、フンスと鼻息を荒くして握り締めた両手と共に決意を表明する。


「いや、お前はいいから……」

「あ、そ、そう……?」


 少ししょんぼりとした感じで勢いを失う。


「とにかく、まずはカルノだ」


 皆それぞれが頷き、立ち上がり、部屋を出て行く。

 当然だが、ピオテラはそのまま待機だ。


「ちょ、ちょっと下着をつけるから早く出て……あ、見たい? んひひ、しょうがないにゃ……」


 振り返ることも無く、オル、フラナと共に扉を出て、力強く閉める。

 一拍遅れて中からわずかに衣擦れの音が聞こえてくるが、それ以外は静かなものだ。

 向かうべき場所へ向かおうとすると、ラフナが振り返り、俺を押し留める。


「あ、あの、艦長……」

「ん? なんだ?」

「さっきはその……いきなりぶったりして、すみませんでした……。私なりに何とかしなきゃと思って……」

「ああ……いや、構わないよ。あれに救われた部分もあるだろうし……」


 あるのか?

 あるだろうか?

 ……それはまだ分からない。

 すべては支店に着いて、本店に確認を取ってからだ。


「まぁ、その、この船の皆を思ってしてくれたことだろ? 礼を言わせてくれ」

「い、いえ……とんでもないです。……こ、こちらこそ、ありがとうございました」


 彼女はそう言いながら、軽く頭を下げる。

 ピオテラに比べて、なんと気遣いのできる女性だろう。

 仮に職を失ったとしても、彼女が傍にいるのなら安らぎも多く得られるかもしれない。

 そう思いながら彼女を見つめると、一度外した視線を俺に戻し、口を開く。


「その……とても……気持ち……よかった……です……」

「はは、そうか。それはよかった」


 彼女は最後に一言添えて頭を軽く下げ、背を向けて歩き出した。

 ちょっとしたすれ違いがあっても、こうやって先んじて後腐れを解消してくれる彼女は、得がたい存在だ。

 彼女に幸多かれと願う。


 ……ん……?

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