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第5話 検問所にて

 検問所が近付いてきた。

 そびえ立つ石造の塔から、木造の桟橋がいくつか突き出ている。

 そのうちの一つからチカチカと灯火信号が発される。


「あそこだな」

「ああ。両舷、高度このまま。機関微速」

≪右舷、高度このまま。機関微速≫

≪左舷、高度このまま。機関微速≫


 オルが伝声管を通して指示し、両舷に備えられた機関室からそれぞれ復唱が返ってくる。


≪接舷位置、問題なーし≫

「了解。両舷機関、回頭後、降下。右舷微速前進、左舷微速後進。後部搬出入ハッチを降ろせる位置につけてくれ」


 外部を確認している警戒要員から接舷位置が適正である旨の報告を受ける。

 桟橋のあるところより、やや上方で推進機関を使って船首を回頭し、塔の方に船尾を向ける。


≪降下の支障なーし≫


 再び警戒要員からの報告が入り、機関を停止したのち、船体をゆっくりと降下させ、無事に接舷する。


「総員、貨物室に集合。両舷出入り口は使わないので間違えないように」


 オルが各所にそう伝達する。


「ラフナ、書類は問題ないか?」

「はい、問題ありません」

「よし」


 一度俺が確認したが、一人だけの確認ではどうしても抜けが出てしまう場合が多い。

 ダブルチェックは必須だ。


 よし、貨物室へ向かおう。



 *



 貨物室に着くと、俺が最後だったらしい。

 全ての乗員が集合していた。

 迅速な行動は賞賛に値する……が、一部の鼻のいい乗員は口々に貨物室にわずかに漂うニオイに文句を垂れていた。

 ……俺は何も悪くない。


 俺が開閉レバーを回しハッチが開くと、その真ん前に兵員が数人、整列していた。

 一人だけ、その一歩前に立っている。

 彼が責任者だろう。

 ハッチの扉をタラップとして、乗員が俺を先頭に桟橋へと降りていき、整列する。


「エフレクテリ少尉?」

「えっ」


 急に名前を呼ばれ、少し驚く。


「やはりそうでしたか。ご無沙汰しております」


 近付いて握手を求めてきた責任者らしき人物の顔を見る。

 むむ……誰だったかな……?

 見覚えは……んー……あるな。


「……アルサット軍曹?」

「そうです。覚えていてくださってたんですね」


 かつて軍の事務方で俺の直属の部下として労苦を共にした仕事仲間だった。


「当たり前だろう。初めての職場の、初めての部下なんだから」

「光栄です。今は曹長になりました」

「おお、昇進したのか。すごいな」

「おかげさまで。少尉は今……軍を辞されたのですね」

「ああ、見ての通りだよ」

「軍も少尉を手放すとは……なかなかに衰えてますね」

「はは、世辞はいいよ。軍が暇なのは良いことだ」

「確かに。ありがたいことです」


 旧知の仲の人物と思わぬところで出会えることは、存外に心が弾むものだ。


「今はここに配置されてるのか」

「はい、1ヶ月ほど前から。同盟諸国から人員が派遣されてくるので色々な話が聞けて、なかなか面白い職場です」

「そうか。同盟領域内とは言え、アンテルバフ人だけの後方や直隷軍では、なかなか他国の話は聞けないからな。羨ましいよ」

「仰る通りです。でも少尉は、実際に外国まで足を伸ばされるワケですから、私からすればもっと羨ましいですよ」

「うーん、そうかな」

「そうですよ」

「はは。まぁ、お互いの近況報告はこのくらいにして、確認してくれ」


 そう言いながら、書類を渡す。


「はい、そうですね。少々お待ちを。名簿を確認しますね」


 渡された書類を見ながら、乗員の詳細を……とは言っても、いちいち名前や配置などを確認していくことはなく、人数だけ確かめていく。


「……うん、人数は問題ないですね。一応、名簿の写しは取らせてください。少しお時間をいただきます。それを待つ間、貨物については部下に任せますので、私に船内の設備の点検だけさせてください。案内をお願いします」

「ああ、分かった。問題ないそうだ! 各員、配置に戻ってくれ! 副長とラフナは貨物検査の付き添いを」

「了解」

「はい、了解しました」


 指示を与えると、それぞれが船内へと戻っていく。


「やはり、一人でも女性がいると華やかですね」


 ラフナを一瞥して曹長が呟く。


「ああ、ありがたいことだ。ま、仕事仲間だから手は出せないがな」

「ままなりませんな。ははは」


 実は二人目もいるんだがな!

 あれは華やかさと言うよりは姦しさと言うべきだろうか……。

 手を出そうとも思えない。

 奴は何かしら便宜を図ってもらうためか手を出させたがるが、逆効果なのに気付いて欲しい。

 いや、気付いたとしても、もう化けの皮は剥がれ切っているのだから、やはり手を出そうと思えない。


「さて、行こうか」

「はい、少尉。お願いします」

「もう少尉じゃない。くすぐったいからやめてくれ」

「もう染み付いてしまっているので、どうかご容赦を」

「そうか。まぁ、構わないよ」


 軍曹……いや、曹長と連れ立って艦内へと入っていく。


「まさか少尉が商船の船長とは、いささか驚きました」

「実家が小さな商店だったからな。俺の中では意外でも何でもなかったが。言ってなかったか?」

「うーん……すみません、覚えてません」

「いや、わずかな間の付き合いだったんだ。無理もない」

「代わりと言ってはなんですが、仕事振りは強烈に記憶に残ってますよ。書類を捌いていく姿は、まるで別世界の人間かと思ったほどです」

「それこそ、商売人の家に育ったおかげかな」

「なるほど」


 そんな他愛もない会話をしながら、船内の消防設備や自衛用の火器、衛生設備などを確認していく。


「……船員の私室は確認しなくていいのか?」

「ああ、確かに規定にはありますが、そこまで確認していると時間がかかりすぎますからね。よほど胡散臭い奴らの船でない限りは、省かせてもらってます。まぁ、昔からそうみたいですし」

「そうなのか」

「ええ、そこまで神経質になってたらキリがありませんよ。本当に胡散臭かったら、私より長くここで勤めてる人間が注意を促してきますから。それが無かったという事は問題ないということですよ」

「なるほどなぁ……」


 表には出さないように気をつけて、胸の内でほっと安堵する。

 例の密航者のせいで後ろめたいことはあるのだが、自分達の指揮官がその船の責任者と親しそうにしているのを見て、注意を躊躇ってしまったのかもしれない。

 だが、今はそれがありがたい。

 我が身の幸運に感謝しよう。


 ……いや、総合的に見れば、不運の方が大きい気がする。

 主にピオテラのせいで。


 その不運の源が隠れている部屋の前を通る。

 余計なことはするなよ……絶対するなよ!


 ……何事もなく通り過ぎた。

 すごいぞピオテラ! えらいぞピオテラ!

 あとで燻製肉をあげよう!

 向こうが透けて見えるほど薄く切ったのを1枚だ!

 え? 2枚?

 ははは……まつ毛全部引き抜くぞ。


 ……いや、そんなことは出来て当然だ。

 なにせ自分のためなのだ。

 これまでがこれまでなので、少し感覚がおかしくなっている。

 肉は与えないでおこう。

 いや、食事も……それはラフナが怒りそうだな。



 *



「問題ないですね」


 船内の必要最低箇所を見て回った曹長は俺に一言そう告げる。


「そうか。そりゃ良かった」

「部分的に水道管に錆が見えたので、気になると言えばそのくらいですね」

「うーん、そうか。次に寄港した際に一度しっかり点検してみるよ」

「そうしてください。回廊内で動けなくなったら目も当てられませんから」

「確かに」


 航空艦の推進力は水を通すことによって得られる。

 正確には水道管で水を加熱部に通して、その蒸気で機関を動かすのだ。

 水道管が破裂すれば自然、機関まで水が行き届かなくなる。

 そうなれば、そこを修復するまでは立ち往生せざるを得なくなる。

 それが回廊内で起こったとしたら……考えるだけでも恐ろしい。


 二人で貨物室まで戻り、タラップを降りようとする。

 ふと曹長が鼻を引くつかせる。


「……なんか臭いますね」

「ああ、ちょっとな……」


 俺は何も悪く……すみません……。

 曹長が近くでオル、ラフナと談笑していた兵士を手招きで呼び寄せる。


「積荷に問題は?」

「ありませんでしたよ。あ、臭いですか?どうも誰かが吐いたらしくて……」

「そうか……」


 二人がひそひそと言葉を交わす。

 もう少し声音を秘した方がいいのではないだろうか。

 ま、積荷に関しては何も後ろ暗いことはない。

 気になるなら徹底的に調べて、どうぞ。

 ハッチを開いて大々的に換気したので、回廊を抜けるまでにはニオイもほとんどなくなるだろう。


「いや、お手間を取らせました。ありがとうございます」


 曹長が良い笑顔でこちらを振り返り、感謝の言葉を述べる。


「こちらこそ、しっかりとした働き振りを見せてもらったよ。この調子ならいずれは艦長様だな」

「ははは、頑張ります。では、お気をつけて」

「ああ、ありがとう。また今度、お互い非番の時にでも飲みに行こう」

「ええ、是非」

「それじゃあ」


 握手を交わし、別れの言葉と代える。

 曹長の後ろでは兵士たちがぞろぞろと検問所内へと戻り始めている。

 彼も踵を返し、戻っていく。

 はぁ……やれやれ……なんとか無事にやり過ごした……。


「あっ」


 オルとラフナと共に俺も船内に戻るために後を振り返ろうとした時、曹長が何かを思い出したかのように声を上げ、再びこちらに歩いてくる。

 な、なんだ。

 まだ何かあるのか。

 やましいことなんて少ししかないぞ!


「ついさっき帝国側から来た船の船長に聞いたんですが、向こう側は随分と天気が荒れてるみたいですよ」

「あ、ああ、そうなのか。高いところでは雹になるかな」

「まだ初春ですからね。その可能性もあるかもしれません」

「雨ならまだしも、雹は降らないで欲しいな……」

「大きい物だと船体を傷つけますからね……」

「ああ……いや、ありがとう。助かるよ」

「いえ、お気をつけて。無事のお帰りをお待ちしてます」


 彼は挙手礼をして再度の別れを告げる。

 制帽を被ってないし、そもそももう軍人でもない。

 軽く手を挙げて返礼とする。


 と、その時……。


 白い何かが降ってきた。


 雹……?

 いや、それにしてはふわりと落ちてきたな。

 雪……ではないよな、さすがに……。


 落ちてきた物を目で確かめると……。


 ブラジャーだった。


 ……結構……オシャレな下着ですね……。

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