第46話 背後
その間は一瞬だっただろうか、それとも数拍置いてからであったろうか。
とにかく、敵が存在するはずがないと思い込んでいた方向から銃弾を撃ち込まれ、慌てて右手にあった部屋に駆け込む。
装填の作業中だったテオラキが俺の姿を認めて声をかけてくる。
「どうしたんです?」
「う、う、う、うひ……うしろ……後ろ! 敵に回りこまれてる!」
「……え?」
彼は、俺が言った事の主旨を理解できていないようで、不思議そうな声色で聞き返してくる。
その声に気が抜かれたのか、沸き返った頭が少しだけ、その熱を下げる。
つまり……つまり、こちらが打ち倒して敵の数を減らしたのではなく、敵が回りこんだために数が減ったのか。
……まぁ、そうだな。
そうするだろう。
俺だってそうする。
予想外の方向に敵が現れたのなら、その敵を撃退……それが出来なくとも牽制には動く。
見えた勝ち筋に浮かれたのか、その程度の想定すら出来ていなかった。
自分の幸せな頭を呪いたい。
いや、耐えるだけでいいじゃないか。
これだけの騒ぎだ。
俺たちだけで勝てはしなくとも、耐えていれば、いずれ警務局が駆けつけて、それで決着だ。
しかし、だからと言って放置したままでは、耐え切れるかどうか怪しい。
どうやって入り込んだ?
……分からない。
施錠は確認したはずだ。
確認した人間は無事に戻ってきていた。
問題はなかったと考えていい。
扉をぶち破った?
音は聞こえなかった。
しかし、ここは屋敷側面の扉から程遠いし、加えて、轟く銃声で聞こえなかっただけの可能性は十分ある。
では、どこから?
うーん……まずはそこを確認して、増援を防ぐために侵入口を押さえたいな。
屋敷前面でのやり取りは外の連中に任せればいい。
屋敷内には非戦闘員、怪我人、さらには重要な立場のある人物さえいる。
内部に入り込んだ敵を排除するのが優先だ。
なんとか回り始めた頭で、そこまで状況を整理すると、未だに渡り廊下から外に向けて撃ち続けているマレザンとその護衛の一人に部屋から声をかける。
「ハラスダハ様! 後ろに回りこまれてます!」
「……なに!?」
俺が言ったことを理解して驚いた受け答えではなく、“何か言ったのは”分かったが、“何を言ったのか”は分かってないものだ。
「後ろから! 撃たれました!」
聞こえてないと分かっていつつも荒げた声を上げるのに加えて、ジェスチャーで後背の敵の存在を知らせる。
その俺の動きを見て取った彼はちょうど装填を終えたところで、廊下奥に向かって発砲する。
すると、屋内に響き渡る銃声が離れたところから返ってきたのが聞き取れた。
敵は硝煙と閃光でこちらの位置を定めていたと考えてもいいかもしれない。
逆にそれらを確認したマレザンはこちらに声を投げかけてくる。
「おそらく一番奥の階段付近にいる! すぐに排除できない!」
こちらからも同様な方法でしか確認できない距離に敵がいるらしい。
つまりは、すぐに表の味方の支援に戻れないということ。
だが、すぐに詰め寄られることもない。
思考する猶予が与えられたと前向きに考えよう。
数的な優劣が不明なまま、位置的な優位に酔っている間に、それが封じ込められた。
こちらのわずかな優位性が崩された状態で、相手が数の上でも圧倒的に優位だとしたら、いよいよ耐え切れなくなる。
早急になんとかしなければ。
そんなことを考えながら、いつの間にか下を向いていた視線をマレザンに戻すと、彼は近くにいた護衛に指示して、向こう側の廊下への警戒に回す姿が目に映った。
さすが、よく分かっている。
同じ部屋の中にいて外に向けて撃ち続けていたもう一人のマレザンの護衛に声をかけて、彼と一緒に屋内の敵を釘付けにするように頼む。
俺は他にも回り込もうとする敵がいないかを確認するために室内の屋敷側面を覗き込める窓から外を見る。
暗くてよく見えないが、屋敷の裏手の方へと目を向けると、若干の明かりが漏れているのが見える。
あれがどこかは分からないが、明かりが灯った部屋があるのだろう。
扉を破られた、というよりは、あの部屋から入り込まれたと思うべきか。
あそこから進入したとして、そして最も近い階段を上がり、こちらを牽制しに来たと考えれば、こちらから見て最も奥側の階段に敵がいるというマレザンの話に信憑性が増す。
無理矢理こじ開けて、その先に何が待ち受けているか分からない施錠されている扉から侵入するか、すぐそばに室内に明かりが灯っていて、中の様子が分かるところから侵入するか。
どちらを選ぶかは……まぁ、俺なら後者を選ぶ。
守る側としては部外者が入ってくるなら扉から、という考えにまずは至るから、侵入者を防ぐために監視するとしたら外へと繋がる扉だ。
それを避けたのかもしれない。
あくまで、俺の考えならば、なので、奴らにはもっと複雑かつ繊細な考えがあるのかもしれないが。
「テオラキさん!」
「えっ、あっ、はい、なんですか?」
事態が飲み込めず、銃を抱えたまま、ただ呆然と突っ立っているだけになっていた彼に声をかけ、手招きで呼び寄せる。
「ここから外を覗いて、屋敷後方を見てください。明かりが漏れてます。何の部屋か分かりますか?」
「えっ、外に顔を出すんですか……?」
「一瞬だけ! 一瞬だけでいいです」
「わ、分かりました」
外に頭を出すという行為に命の危険を感じてか、少しためらうテオラキだったが、懇願してなんとか確認してもらう。
そっと顔を出して外をぐるりと見回した彼はこちらに視線を戻す。
「調理場ですね」
「調理場……」
……ああ。
ラフナが依頼してた湯を沸かした時につけた火が漏れていたのか。
消さなかったか、それとも沸かしている途中で侵入されたか。
後者だとしたら使用人は……いやいや、そんなことは後回しだ。
とにかく、侵入経路は分かった。
出来れば押さえたいが……。
それはともかく、今覗いた窓から、調理場のほうへと撃ち下ろす。
反応は……ない。
回り込んできたのは今、屋内に来ている分で全てと考えて良いかもしれないが、さらなる増員に備え、テオラキに側面の監視を依頼する。
やはり意を汲んで、といった様子ではなかったが、願い出た通りに動いて貰えることになった。
部屋から転がり出て、マレザンの元へと向かう。
向こうはこちらの位置が分からないのなら、こちらが発砲しなければ無闇に撃ち返しては来るまい……と、祈りながら。
案の定、無事にマレザンの元へと近寄ることが出来た。
向こう側の廊下の様子は、という意味を込めて護衛の一人が構えているほうを指し示す。
「分からん! が、少なくとも応射はない!」
俺も耳が聞こえなくなっていると思ったのか、耳に思い切り口を寄せて声を張り上げるマレザン。
銃声と同じくらいに脳を震わせてくる。
こっちはまだ若いんだ。
ご老体の耳と同じと思ってもらっては困る。
しかし、状況は把握できた。
さて、どうすべきか。
このまま、マレザンには敵が撃ってきていた廊下側から撃ち続けてもらい、その間に護衛と俺で回りこんで挟み撃ち……と行きたいところだが、相手の数が分からない。
2人で足りるかどうか。
そうだ。
表が均衡状態になって手隙の者も出ただろう。
彼らに呼びかけて、幾人かをこちらに回してもらおう。
そう考え、敵が来たのとは逆の廊下の奥に向けて構えていた護衛に声をかけ、1発撃ってもらう。
……よし、反応は無い。
それでも警戒して、思い切りテオラキ達がいた部屋とは逆側の部屋へと駆け込み、窓から外に声をかける。
「ヤサラフォル家守備隊か!」
「……そうだ!」
今さらながら敵味方を間違えていなかったことを確認できて安心する。
本当に今さらだが。
あまりにもな大声を張り上げてでは敵にも聞き取られ、こちらの意図を察されるおそれがあるため呼び寄せる。
「君らのほうから屋敷に向かって左手の部屋から呼びかけてる! こちらの真下まで来れるか!?」
「……少し待って欲しい!」
その返答からしばらくして、人影がこちらへと近付いてくる。
実は敵でした、下からバーン、ギャーってことを考えて頭を引っ込めていたが――
「来たぞ! なんだ!?」
――どうやら杞憂だったようだ。
「屋内に入り込まれた! 数人……2人ほど中に回して欲しい! 動ける者はいるか!」
「2人なら……ちょっと待て! そもそもお前は誰だ!」
ごもっとも。
「今日招かれた客の1人だ! 少なくとも今撃たれてないんだから味方と思ってくれてもいいだろう!?」
返答はない。
ご納得いただけた……だろう。
続けて言葉を投げかける。
「今から向かって左手の扉の鍵を開ける! 合流して欲しい!」
「……分かった! しばらく待って欲しい! 選抜する!」
「了解だ!」
さて、鍵を開けに行かねばならない。
部屋の扉のところに戻ると、護衛がこちらの姿に目を向けてくる。
ちょうど良いので、奥へ一度射撃して欲しい旨をジェスチャーで伝えると、彼は頷き、撃つ。
さらに、俺もしばらくの間を置き、撃つ。
反応は……やはりない。
いけるな。
渡り廊下へと戻り、マレザンに声をかける。
大きな声で、耳元で。
「ハラスダハ様! 外の連中と合流します! ここから奥へ撃ち続けてください!」
「……おお! 分かった! 挟み撃ちだな!」
「しーっ!」
銃声が散発的に響き渡る中、その心配は無用なのだろうが、あまりにも大きな声だったので敵に聞こえやしないかと焦り、思わず人差し指を口元で立てる。
それを見て、彼は黙したまま何度も首を縦に振る。
その姿は妙に愛嬌がある。
それだけ伝え終えると、護衛と共に左手の廊下を進み、最も近くにあった正面玄関へと出る階段を降り、周囲を警戒しながら、なんとか屋敷側面の扉へと辿り着く。
施錠を解くと、既に外で待ち構えていたのか、すぐにドアノブが回される。
ちょ、ちょっと……ああ、合言葉とか決めておけばよかった。
今から入ってくるのが敵か味方か分からない。
慌ててドアノブを押さえる。
「どうした!? 早く入らせてくれ! 外側からも回りこまれてるかもしれないんだ!」
その発言は明らかに襲われた側のものだったが、やはり怖いものは怖い。
「きょ、今日来た客人は誰と誰だ!?」
「は!? えー……セラチェリエ様の祖父と商人だ!」
よし、味方だ。
そう思って扉を開け、引き入れたのち、再び施錠する。
「なんなんだ……」
「すまん、合言葉を決めておけばよかったな」
「……ああ……」
初めは苛立ちを含んだ言葉だったが、俺が自分の行動の意味をそれとなく伝えると、納得した様子を見せる。
「まぁ、お互い様だ。で? 俺たちはどうすればいい?」
「調理場から侵入された可能性がある。もしくは向かい側の扉だ。増援を防ぎたいから、どちらかを見て……どちらでもなかったら更に他の場所を見て、侵入口を確認できたら、そこを押さえて欲しい」
「侵入した連中は?」
「2階だ。最も裏手の方にある階段から上がってきたらしい」
「……あそこか。全員で向かったほうがいいんじゃないか?」
「できればそうしたいが、挟み撃ちする方が挟み撃ちされるんじゃ意味がないだろう」
「まぁ……そりゃそうか。わかった」
「頼む」
それだけ会話を交わすと、守備隊の2人は調理場に向かって駆け出す。
ラフナと怪我人の様子が気になったので、俺と護衛は近くにあった詰め所に立ち寄ることにする。
扉を開くと、驚き、また、怯えた表情で中の人々がこちらへと振り返る。
だが、見知った顔だと分かると、わずかに安堵した様子を感じ取るが、やはり怯えの方が勝っているようだった。
湯を頼まれた使用人がいる。
どうやら湯を沸かしていた最中に襲われたワケではなかったようだ。
何よりだが……火は消して欲しかった。
いや、それは望みすぎだし、今頃言っても詮無きことだろう。
そして振り返った人々の中には当然、ラフナも含まれる。
彼女は激痛に喘ぎながら負傷した守備隊の者に付き添っている。
彼に目を向けながらラフナに尋ねる。
「どうだ?」
「多量の出血は止められました。ただ、ちゃんとしたお医者様に診せてあげないと、今後どうなるか分かりません」
「そうか……」
「まだ銃声が聞こえますが、こちらに来られたということは一応の決着が?」
「いや、敵に入り込まれた。それを排除しに行く」
「人手が要りますか?」
「要るが……君はここに残ってくれ。怪我を診れる人間が怪我をしたのでは目も当てられん」
「……わかりました」
屋内のような閉所での戦闘で白兵戦……というよりは、格闘に心得のある彼女がいてくれれば心強いのだが、それは許されない状況だ。
他に、この部屋の中で戦力になりそうな者はいない。
致し方なし。
「敵が入ってきたら、問答無用で撃たれると判断できた時以外は抵抗するなよ」
「わかってます」
「よし」
まぁ、咄嗟に出来るような判断ではないだろうから無茶振りなのは分かってはいるが、戦う以外の選択肢があることを頭の隅に置いといてもらう。
「行くぞ」
「おう」
後ろに立っていた護衛に声をかけ、部屋を出て行く。
相も変わらず聞こえてくる怪我人の苦痛に呻く声が後ろ髪を引っ張る。
彼の容態が心配というよりは、出て行くときにわずかに耳に届いた――
「大丈夫ですよ。死なせません。ああ……それにしても……ふふふ……すごく良い声……絶対に死なせませんからね……ふふふふ……」
――と言う声の主、ラフナがそばにいるせいで。
中の人々が怯えていた一因でもあるだろう。
うーん、ままならない。




