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第44話 夜襲

 寝具を跳ね上げ、廊下に飛び出る。

 同じように音に起こされたのか、近くの部屋で休んでいたラフナも戸惑った様子で出てくる。

 寝衣を身にまとっていたが、その姿は妙に男心をくすぐる。

 いやいや、そんな場合ではない。


「ちょっとー、良い夢見てたのにー」


 ラフナと見合わせ、互いに状況が理解できていないことを確認できたところに、妙に間の抜けた声と共に彼女の部屋の対面にある部屋からピオテラが出てくる。

 そして、怯えた様子のセラチがピオテラのドレスの裾をギュッと掴んでいる。


 ……ドレス!?

 しわくちゃじゃねぇか!

 いくらしたと思ってんだ!


 いやいや、そんな場合ではない。

 あと、なんでセラチが一緒に……いや、それも後回しだ。


 思考があっちこっち飛んでいる最中さなかに再び銃声が響く。


 一旦部屋の中に戻り、窓から外を確認する。

 だが、街の端、そして林に食い込むように立てられている屋敷、しかも部屋が建物側面に位置していたため、2階からでも暗闇にぼんやりと浮かぶ木々以外は何も見えない。

 様子を伺っている間にも銃声が聞こえたが、発砲の際に生ずる煙や閃光も目に映らなかった。

 では、反対側……にしては、音が近い。

 片耳ずつ閉じながら音の方向を探ると、音は右耳の鼓膜を叩く。

 となると、事は建物正面あたりで起きているということになる。


 表の状況を確認しようと廊下を走り、玄関へと降りる階段を横目に通り過ぎ、突き当たりにあった窓から外を覗き込む。

 いくつかの銃声と共に硝煙しょうえんが噴き上がる様子が目に入る。

 煙の発生位置から2つの勢力が互いに撃ちかけあってる事が分かる。


 だが、分かったのはそれだけだ。

 誰と誰が撃ち合っているのか。

 いや、片方は警備隊なのだろうが、片方は分からない。

 さらに、どっちがどっちなのかも。

 そもそも、なぜこんな事になっているのかも。


 混迷がその度合いをますます深めるなか、階下から建物の外壁を叩く音が聞こえる。

 誰かが玄関の扉を叩いているものと思料しりょうされる。

 さきほど通り過ぎた階下へと降りる階段へと戻り、降りていくと、向かい側にもあった階段からマレザンとその護衛2人が同様に降りてくる。

 わずかに視線を合わせた以外は何をするでもなく、4人で玄関へと向かう。


 記憶に新しい正面玄関の扉が目に入ると、テオラキがノックに応じて、今まさに扉を開こうとしていた。

 彼が扉を開くと、守衛と思われる人間が腹の辺りを手で押さえ、這いずりながら入ってくる。

 その彼にマレザンが駆け寄り、声をかけようとした時、銃声が聞こえ、開かれた扉に傷が入り、小さな木片が乱れ飛ぶ。

 マレザンが慌てた様子で守衛を中へ引きずり込み、扉を閉め、鍵を掛ける。


「何があった!? 誰に撃たれた!?」


 声を張り上げ、守衛に問いかけるマレザンだったが、守衛は力なく首を横に振り――


「わかりません……。何も……」


 ――と、俺からはギリギリ聞こえるほどの声で答える。


「他の警備隊員は!?」

「銃声が聞こえて……全員、外に……」


 俺は彼らに近付き、マレザンの肩に手を置くと、彼は青い顔をしながら俺に振り返る。


「まずは手当てを……」

「あ、ああ……そうだな……。テオラキ」

「は、はい」


 守衛に肩を貸して立ち上がらせようとするが、足に力が入らないのか、途中まで身体を起こしたところで、彼は崩れ落ちる。


「きゃぁ!」


 不意に女性の声が聞こえたので振り返ると、明かりを手にした使用人が玄関に降りてきたところだった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 彼女が駆け寄ってきたところで、扉の横にあった窓のガラスが割れる。


「消せ! 明かりを消せ! 姿勢を低くしろ!」

「……あっ、は、はい!」


 マレザンが手で伏せるようにジェスチャーを送りながら声を大にして指示すると、ガラスが突然割れたことに驚き、しばらく固まっていた使用人は急いでロウソクの明かりを吹き消す。


「シーツを持って来てくれ」


 言われたとおりに姿勢を低くしながら近付いてきた使用人に俺はそう頼む。


「え? シーツ……ですか?」

「ああ、寝具に使うシーツだ。頼めるか?」

「は、はい!」


 ワケが分からないといった様子だが、指示を受け、1階のどこかへと彼女は走り出す。

 入れ代わるようにもう1人の使用人が、同僚が横を走り抜けて行くのを見送りながら姿を見せる。


「君! 屋敷内のどこかで明かりがついていないか確認してきてくれないか!? ついていたら消してくれ! それと、外に通じる扉の施錠も確認してくれ!」

「か、かしこまりました!」


 マレザンが彼女に気付き、声を張り上げて命じると、既にただ事ではない状況だと理解したのか、彼女は先程の使用人と同じ方向に走り出す。

 使用人の部屋で明かりをつけているのかもしれない。

 はっきりしているところから、ということだろう。


「お前たちも回ってきてくれ。各部屋と、そこの窓から屋敷の周りも確認を」


 マレザンが護衛の2人にも命じる。


「あとお2人ほどいらっしゃったかと思いますが……」

「外での警備に回していた。世話になりっぱなしも申し訳なかったのでな。上手くやってくれてると良いが……」


 そういう考え方もするのか。

 いや、いい加減、アンテルバフの“それ”と同種のものと考えるのはやめたほうがいいかもしれない。


「と、取って来ました!」


 息を切らしながら、再びもう一人の使用人がシーツを抱えながら戻ってくる。


「よし、ここに広げるぞ」


 腹を押さえたまま倒れこんでいる守衛のすぐそばの床を指差すと、俺と2人がかりでシーツを広げる。

 使用人の部屋用だろうか。

 自分が寝ていたベッドには見合わない大きさのシーツである。

 だが、逆にそれがありがたい。


「ハラスダハ様、テオラキさん、彼の身体を片側だけ浮かせてください」


 テオラキはそれが何を意味するのか分かっていない様子だったが、マレザンは理解しているようでテオラキに指示に従うよう促す。

 半身を動かされた守衛が傷が痛むのか、呻き声をあげる。

 その浮かされた半身に使用人と共にシーツを滑り込ませ、再び無理をおして身体を動かし、完全にシーツの上へと乗せる。


「そっちの2つの角を手に巻きつけるように持って」

「え?」

「私が持とう」


 マレザンが使用人を押しのけ、俺が言った通りのことをする。


「テオラキさん、どこか、彼を寝かせられる部屋は?」

「え、ええ、警備隊用の詰め所があります」

「案内してください」

「わ、わかりました」


 シーツを簡易の担架たんかとしてテオラキの先導のもと、屋敷内を進む。



 *



 詰め所に入ると、守衛を再びゆっくりと転がしてベッドの上へと寝かせる。

 運んできたシーツは真っ赤に染まっている。


 暗闇に慣れた目で傷の様子を伺う。

 わき腹のかなり外側に小さな穴が空いているのが分かる。

 背中側の方にも手を回すと、そちらにも穴が空いている。

 貫通してる。

 かなり近い位置から撃たれたのだろう。

 不幸中の幸いだ。


 傷の位置から考えれば臓器の致命的な損傷は考えにくいが、見た目だけでは判断できない。

 ただ、出血が多い。

 撃ち込まれた身体の前面からの出血は比較的穏やかだが、仰向あおむけに寝かせた状態でも、ベッドの血の染みが広がっていく。

 再度身体を回転させ、うつぶせの状態にする。


「テオラキさん、ここを……」


 先程使ったシーツの一部を引きちぎり、それを適当な大きさに畳むと、傷口に当て、精一杯の力で押さえつける。

 すぐさまその布は赤く染まっていく。


「こんな感じで、強く押さえててもらえますか?」

「そこを……ですか?」


 青い顔をして躊躇するテオラキ。


「私がやろう」


 ためらう彼に代わり、その役を買って出たのはマレザンだった。


「は、ハラスダハ様、そんな……」

「大丈夫だ。慣れてる。それよりもテオラキくん、治療の心得がある者に、誰か心当たりは?」


 マレザンは傷口を圧迫しながら、尋ねる。


「え……あ……いえ、すみません……」

「そうか……。エフレクテリくんは?」

「あー……そうですね……」


 あるっちゃあるけど……。

 どの程度できるのか、どの程度やっちゃうのかが不透明だ。

 あまりオススメしたくない人材だが、可能性があるのは彼女しか居ない。


「呼んできます」

「ありがたい。頼んだよ」



 *



 外からは依然として散発的に銃声が鳴り響く中、部屋から出て、近くにあった階段を上がり、2階へ向かう。

 最後にラフナを見たところへ行くと、先程とまったく同じ場所で、座り込んでいるセラチをピオテラと二人がかりで慰めている様子が目に入る。


「ラフナ」

「あ、艦長……」

「来てくれ。怪我人だ」

「……どのような?」

貫通創かんつうそうだ。分かるか?」

「分かります」

「出来るか?」

「出来ます。道具さえあれば」

「よし、ついてきてくれ」

「はい」


 立ち上がり、セラチから離れ、こちらに来るラフナだったが、チラリと後ろを振り返る。


「ピオテラ!」

「……え!? なに!?」

「任せていいな?」

「え? ……あ、うん、任せて」


 さっき見た時よりも強くピオテラに抱きついているセラチに一瞬目を向けたあと、ピオテラに視線を送ると、彼女は俺の言葉の意味を悟る。

 そして彼女も、さらに強くセラチを抱き締める。


「できればでいいが、近くの部屋に入ってろ」

「うん、わかった」


 彼女が頷くのを見届けると、ラフナと共に階下の部屋へと戻って行く。



 *



 途中で屋敷内の確認を命じられていた護衛2人と鉢合わせて、一緒に部屋に戻る。


「連れてきました」

「……ああ」


 部屋に入り、そう告げると、マレザンは短く応答する。

 屋敷内を見て回っていた使用人も戻ってきていたようで守衛とマレザンの周りで、テオラキを含めて3人が彼らの姿を呆然と眺めている。


「ハラスダハ様、代わります」

「ああ」


 ラフナにそう言われ、彼は圧迫をやめ、ラフナは真っ赤に染まったシーツの一部をよける。

 どろりと血が流れ落ちる。

 そして傷口を躊躇ちゅうちょなく手でまさぐるラフナ。

 守衛が痛みにあえぐ。


「針と糸を。お裁縫用ので構いません。あと、沸騰ふっとうさせたお湯もお願いします。あっ、と、度数の高いお酒もあればお願いします」


 誰も答えない。


「あなたと、あなた」


 ラフナが使用人の女性を指差して、怒気を孕んだような声音で指示する。


「え? あっ! は、はい!」

「わ、わかりました」


 ラフナの指示に頷く2人。

 咄嗟とっさに、ある可能性が俺の頭をよぎる。


「湯を沸かす時、外に光は漏れるか?」

「えっと……漏れるかもしれません……」

「じゃあ、光の傍に居ないように。気をつけて」


 俺の忠告にも2人はうなずき、あわただしく部屋の外に出る。


「テオラキさん、秘密の地下通路とかはないんですか?」

「え?」


 俺が問いかけると、彼は意識の外から声をかけられたせいか、驚いた様子でこちらを見る。


「脱出経路です。状況が分からない時は逃げるに限ります」

「……えぇっと……」

「彼は知らないよ」


 テオラキの代わりに答えたのはマレザンだ。


「当主しか知らないはずだ。私が知る限り、どこの領主家でもそうしている」


 それもそうか。

 誰も彼も知っているのでは意味がない。


「でしたら、セラチェリエ様は……」

「おそらく知らされていないだろう。遺書に書き残すか、引退する時に口頭で伝えるのが通例だ。遺書は既に書かれてはいるだろうが、どこにあるのかは分からない。少なくとも、セラチが持っていた鞄の中には無かった。先代のヒュティゴ……セラチの父の死は、彼自身、想定外の事だったのだろう」

「そう……ですか……」


 そんなもの探している余裕はない。

 あー、あー、あー……えーと……だったら……。


「どこからか、こっそりと出て行くことは出来ませんか?」


 テオラキに問いかける。


「一応、四方に小さな通用門はあります。普段から閉め切っていますが、鍵は私の部屋にあります」

「お前たち、周囲の様子はどうだった?」


 テオラキの回答に続けて、マレザンが護衛の2人に尋ねる。


「何者かがいる様子は見えませんでしたが、暗い上に、植え込みなどに視界をさえぎられてる所が多く、安全だとは確言かくげんできません」

「私もです」

「そうか……。一か八かになるな……」


 護衛の言葉を聞いて、難しい顔をするマレザン。


「そういえば、奴らはなんで屋敷に侵入できたんです? 門は閉まっているはずでしょう」

「考えられるのは……守衛用の門を抜けられたものかと……」


 俺が疑問を口にするとテオラキが答える。


「正門横の? そこも閉め切っているのでは?」

「ある程度決まった時間に交代の為、一時的に開けます。そこを狙われたのかも……」

「狙われた……」


 下調べ済みってことか?


「だとしたら、四方の出入り口も見張られてる可能性があるか……」


 マレザンはますます難しい顔になる。


「……退けないのなら……」


 彼はポツリと呟く。

 何を言わんとしているのかを理解し、図らずも彼の言葉を継いでしまう。


「退かせますか」

「うむ」


 やんなっちゃう。

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