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第41話 ラタバ

「探検は楽しかったか?」

「すごく楽しかった!」


 翌朝、空港の管制官に書類を届けに行こうとすると、朝食を摂りに行こうとしてたのか、ピオテラとセラチに出会う。

 俺の問いに対して興奮気味にそう答えてきたのはピオテラだ。

 隣でセラチが大きなお友達の大きな声に驚いたように彼女を見上げている。


「なんでお前が一番楽しんでるんだ」

「え? 楽しかったから」

「そうかもしれないけどさぁ……。もっとこう、年上の威厳とか気にした方が……」


 近くにマレザンがいないからこそ出来る気さくな会話だ。

 結局、セラチはマレザンに願い出て、ピオテラと寝床を共にしたらしい。

 りが合うのだろう。

 というよりも、生きてきた世界がまるっきり違う相手が興味深くて仕方が無い、というのがセラチの思いかもしれない。


「で? セラチは楽しかったのか?」

「うん、わたしもいつか船員になりたいって思うくらいは楽しかったのよ」

「そうかそうか。最初は楽しいぞ」

「最初は……?」

「そのうち嫌になってくる」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ。特にそいつといると」


 俺がピオテラを指す。


「どういう意味だ!」

「色んな意味でだ」

「色んな……もっと具体的に言ってくれないと分からないよ!」

「具体的に言っても傷つかないと思えるなら、言ってもいいけど」

「なっ……んっ……むぅ……」


 自覚があるのは良いことだが、改善しなくても良いということではない。

 近いうちに言い聞かせよう。


「ピオちゃんが機関室に入った時はハラハラしたのよ」


 あとで言い聞かせよう。


「そこがよく機関室って分かったな」

「大きい機械があったから、すぐ分かったのよ」

「さすがセラチ! あたしは全然気付かなかったよ!」


 ピオテラにそうおだてられ? 少し恥ずかしそうにするセラチ。

 今すぐセラチから引き離して鼓膜が破れるほどの声量で言い聞かせたい。


「やぁ、おはよう」


 不意に後ろから声をかけられ、咄嗟に振り返る。

 なぜならば、マレザンの声だったからだ。


「おはようございます、ハラスダハ様」

「うん。セラチが世話になったようだね。えーと……」

「ピオテラだ――」


 彼女に稲光のように素早く目を向け、睨みつける。


「ですのよ」


 セラチの言葉が少し移ったせいで余計に偉そうに聞こえる。

 やっちまったか。

 恐る恐るマレザンの顔色を伺う。


「ははは、まぁ、公的な場ではないから、気を遣わなくて構わんよ」


 その言葉に、ほっと安堵する俺。

 ただ、いずれピオテラには色々と叩き込まなければならないと再認識する。

 あくまで『公的な場ではないから』許されただけなのだ。

 極力、そういう場に出さないようにすればいいだけかもしれないが、不測の事態というのはいつでも、どこでも起き得る。


「ほら、お腹が空いただろう。私のことは気にせず、朝食を食べに行きなさい」

「はい、それでは失礼致します、お爺様」

「うん」


 そう短く言葉を交わしたのち、ピオテラとセラチは食堂に向かって歩いていった。

 残されたのは俺とマレザン。

 うーん、俺がこの場を離れる理由は貰えなかったぞ。

 ど、ど、どうしたらいい。

 俺が表には出さないように戸惑っていると、マレザンが口を開いた。


「本当に世話になった」

「は……」

「あれの母親はあの娘を産んだ時に死んでな」


 あれ……とはセラチのことか。


「その母親も私の一人娘だった。せめてセラチ以外にも、もう一人出来ていれば、私の領地を引き継がせる予定だったが……ままならないものだ」

「はぁ……」

「私の領地は……我が領邦の総督に願い出て、別の家を立てるしかなかろうな……。まぁ、頃合いか……」

「そうなんですか……」

「……あ、いや、すまない。君には関心のないことだったな」

「い、いえ! そんなことは」

「ははは、本当に気にしなくていい。老骨の愚痴だ。聞き流してくれ。それより、私も船内を探検してみてもいいかな? 輸送艦は初めてなんだ」


 彼から『探検』という言葉が出てきたことに少し驚く。

 どこかで聞かれていたのだろうか。

 今空港に降り立とうとした左舷側とは反対の出入り口のところに、こちらから向かって右手に通路があり、ちょうど物陰となっている。

 おそらくは、そこからだろうか。


「私にお伺いを立てる必要は無いかと存じます。ご随意に……」

「うん、ありがとう」

「ただ、乗員に何か無礼がありましても、何卒ご容赦を」

「それを言われに来たんだ。わかってる。このように、気を遣われる立場というのも、なかなかに気を遣うものだ。苦労は理解できる」

「そうおっしゃっていただけると助かります」


 本当に助かる。

 本来、貴族のような……一般的に位の高いと思われる人間とやり取りするのは、商会の中でも位の高い人物に限られている。

 俺や乗員のような現場の人間に、そのような教育や心構えなど、まともに施されてはいない。

 ただ、俺は元軍人で上官が貴族階級であったことが多く、オルは……詳しいことは分からないが、教養はある。

 ラフナも今のところ失点らしい失点は見せていないが、それもよく分からない。

 彼女が居る場面では俺かオルが矢面に立っていたからだろうか。

 うーん……まぁ、問題が無いのならそれでいい。

 もう少しの間だけの付き合いなのだから。


 ともかく、俺から離れていくマレザンの姿を、頭を下げて見送る。

 彼が来た方向だろう通路から、わずかに護衛が姿が映る。

 セラチにはつけなくていいのだろうか?

 ……つけてたらピオテラもセラチも動きづらいか。

 マレザンなりの気遣いかもしれない。

 とにかく、俺は空港の管制官に書類を出し、離陸の許可を貰いに行く。



 *



 空港から飛び立ってから数時間後、ラタバに到着する。

 浮遊島はないし、領都とはいえ、バーリニと比べるのは間違いだと思えるほどの小さな街だ。


 船からマレザン、セラチ達が降りて行く。

 そのマレザンに向かい、別れの言葉を告げる。


「無事に送り届けられて安心致しました。事情は分かりませんが、上手く事が運ぶことをお祈り申し上げます」

「いや、こちらこそ無理を言ってすまなかった。よければ屋敷での晩餐ばんさんに招待したいが、受けてくれるかね?」


 送ってすぐ退散!


「いえ、そのように過分なお気遣いは……」

「おっと、当主はセラチだったな。どう思う?」


 そう言うとマレザンは隣のセラチに問いかける。

 セラチは頷きながらこちらに目をやり、口を開く。


「是非いらしてくださいまし。お爺様はお礼をなさったのに、私が礼をしないのでは領主家の当主としておかしいと思いますもの」

「そう申されましても……」


 セラチは悲しそうな顔をする。

 横からオルが俺に囁きかけてくる。


「受ければいい。どうせ今からバーリニに戻ろうにも、回廊内で夜を明かすことになる。俺もこの街に商材がないか見て回りたいし、ウィルラクの用事の期限にはまだまだ余裕がある。1日くらいの寄り道は構わんだろう」

「うーん……承知いたしました。謹んでお招きにあずかります」

「それはよかった」


 俺の承諾に喜ぶマレザン。

 ふと見れば、セラチも嬉しそうな顔をしている。

 不承不承ふしょうぶしょうではあるが、まぁ、これでいいのかもしれない。


 再び、オルが口を開く。


「では、こちらに滞在する間の乗員たちの宿も探さないといけないので……」

「セラチ?」

「分かっておりますわ、お爺様。宿の方はこちらで手配いたします」

「なんと! それは……ご厚情を賜り、感謝申し上げます」


 オルは驚きの声を上げはするが、その表情は当然だとでも言うかのようなもので、とても驚いているようには見えない。

 相変わらずである。


「では、晩餐には乗員の皆様もお誘い合わせくださいませ。皆様が十分に入れる広間もありますので」

「そういたします。ただ、そのような場に慣れていない者が多いので、辞退申し上げることもあるかと思います。それは、どうかご容赦のほどを」

「そうですね。お疲れのところを無理に招いて気疲れさせてしまっては本末転倒というものですね」

「あ、なら私は……」

「責任者が行かなくてどうする」


 領主の歓待も商材探しも全部オルに投げればいいと思ったのに、許されないらしい。


「いやー、お貴族様の食べ物ってどんなのだろう。楽しみだなぁ」


 ふと声を上げたのはピオテラだ。


「お前はダメだ」

「なんで!?」


 一番行っちゃいけない人間が行く気満々である。


「ピオちゃ……ピオ様もいらっしゃってくれるのですね。嬉しいです」


 対して、セラチは喜ぶ。

 ああ、これは避けられない。

 教育係兼監督責任者である俺の意思如何(いかん)に関わらず、行かねばならないことになる。

 ああ、ああ、もう。



 *



 思わぬ停泊のための諸々の手続きを済ませて空港から出ると、馬車が1台あり、そのそばに居た青年がこちらに駆け寄ってくる。


「セラチェリエお嬢様!」


 どうやらヤサラフォル家の人間らしい。


「もう先触れが届いていたのか。歩いて行くつもりだったのだが……」


 すでに迎えが来ていることに驚いた様子でマレザンがそう呟く。

 あの郵便局……本当にご苦労様です……。


「よく私だと分かりましたね」

「私がお嬢様を見間違えるはずもありません」

「長い付き合いですものね」

「確かに、いつものとはまた違った風情のお召し物ですが、よくお似合いです」

「そうかしら? きっと贈っていただいた方のセンスが良かったのね」


 そう言いながら、セラチはこちらをちらりと見る。

 贈りはしたが、選んだのはお前だぞ。

 なんだか子供らしからぬ、妙につやっぽさを感じる記憶改ざんである。

 ……と思ってしまうのは、自意識過剰というものだろう。


「こちらの方々は?」


 セラチの視線を追ってこちらに気付いた青年は、彼女に問う。


「ここまで連れてきていただきましたの。こちらは同盟の商人の方で、こちらはお爺様……イバサベラ領主・ハラスダハ家ご当主のマレザン様ですわ」

「それは……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ハルザンローエ領主・ヤサラフォル家の家令を務めております、テオラキ・ウラトゥーシと申します。以後お見知りおきを……」


 そう慇懃いんぎんに礼をする彼……テオラキだが、その下げた頭の向かう先は主としてマレザンである。

 そりゃそうだ。


「随分と早い出迎えだが」

「はい、朝早くに先触れをいただきましたので。ハラスダハ様がいらっしゃる事も伺っておりましたが、お顔を存じ上げておりませんでしたので、ご無礼を……」

「いや、いい。気にするな。早速だが、屋敷まで送り届けてくれ。やらなければならないことが山ほどある」

「はい。失礼ですが、ヒュティゴ様はどちらに……?」

「それについて話すことも含めて、屋敷で行う」

「は、はい……」


 おそらく領主家にも格の違いがあるのかもしれない。

 彼はひどく恐縮した様子で、それ以上マレザンに何かを聞くことはしない。


「宿についてはこちらを書状を宿の主人に渡してくれ。諸事上手く進めてくれるだろう」


 既に用意してあったのか、ヤサラフォル家の印章が入った封筒が俺に渡される。

 この流れはある程度折り込み済みだったということか。


「迎えについては夕方には送るが……人数が分からんのだったな。馬車を何台か……」

「いえ、無用に願います。屋敷の場所については宿の主人に聞けば分かりますか?」

「この街の人間なら誰だって知っているだろう。分かった。君達が来たら滞りなく迎え入れられるよう取り計らっておこう。いいな? セラチ」

「もちろんです」

「よし。では、また夕方に会おう」

「承知いたしました。またお目にかかれることを楽しみにしております」

「うむ。それでは、失礼するよ」


 そのマレザンの一言に、領主家に関する面々は馬車に乗り込み、屋敷へと向かって行った。

 その馬車を見送りながらピオテラがポツリと呟く。


「うんうん。楽しみだなぁ」

「……どういう意味で?」

「色んな意味で!」


 もっと具体的に言ってくれないと分からないし、不安でしょうがない。

 だが、まぁ、セラチの実家で下手なことはすまい。


 しないよな?

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