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第40話 出発

 翌朝、街の北部にある、つまりは宿から程近い空港に着く。

 船の整備はまだ終了……どころか、始まってすらいないであろう時間帯である。

 昨日は業務の終わり間際に伝えたせいで全ての工程を終えられているとは思っていない。

 細やかに要望を伝えつつ、速やかに整備を終えられるよう努めよう。

 鬱陶しがられるのは目に見えているけれど。


 ちなみに乗員への予定変更は昨夜の内に俺が伝えた。

 さぁ、不満を口にして報酬を引き上げるぞと意気込んで立ち上がろうとした彼らに、それぞれ帝国金貨1枚を出すと告げると、皆が皆、呆気にとられて元の姿勢へと戻った。

 楽勝だった。わははは。

 ……気持ちは分かる。


「エフレクテリくん」


 空港塔へ入ろうとした間際に、突然名前を呼ばれて驚いた。

 誰何されたほうを見ると、深々と帽子をかぶった男性と、その横には少女が立っていた。

 男性には見覚えがある口ひげと、少女は昨日贈った覚えのある服装である。

 その服装はただの一般人、加えて、足元に置かれている皮革ひかく手提てさげ鞄を見れば旅行客そのものである。


「準備はもう済んだのかね?」

「ああ、いえ、すみません、まだ……。ただ、お約束どおり今日中には発てるように手配してあります」

「そうか。あとどのくらいかかる?」

「それも、まだはっきりとは……」

「そうか……。いや、かしてすまない。少なくともハルザンローエに無事に辿り着けるようにしてもらわないとな」

「え、ええ、努力します」


 何とも気の早いことである。

 貴族は庶民に対しては、もうちょっと横柄な態度をとるもんじゃないのか、と思わないでもないが、随分と急いでいる様子だったのを思い出す。


「お2人だけで?」

「ああ、うぅむ……不要だとは言ったのだがな。今も幾人かは労働者に扮して護衛についているし、幾人かはついて来る事になった。構わんか?」

「ええ、当然の措置かと存じます」

「すまないね」

「いえ。……ここでは目立ちます。空港の待合室へ」

「そうか。うん、そうしよう」

「では、私は一度離れます。これ以上、一緒に動く姿は見せないほうがよいかと」

「分かった」

「ああ、そうでした。今回の滞在にかかった費用を書面にまとめました。ご確認を」

「うむ」


 ご確認を、とは言ったが、書面に目を通す様子はついぞ見られなかった。

 俺は何か別の用件でもあるかのように倉庫の方へと向かうが、2人が空港の中へと姿を消すと、しばらくの間を置いて、中へと入っていく。


 発着場に出て、整備の責任者にできるだけ早く出発したい旨と、整備に付き添うことを告げると、案の定、嫌な顔をされた。

 どこかで手を抜くつもりだったり、整備項目を増やして利益を上乗せしたりするつもりだったのだろう。

 別に責めはしない。

 大体どこの空港の整備係でもそういう部分はあるのだから。

 同じ立場なら俺だってそうする。


 艦内の主要な部分を整備の責任者と回っているうちに、ドカドカと豪快な足音を立てて乗員が乗り込んでくる。

 主要部分に問題ないことを確認し終え、整備係の人間を追い出すと、各所を回り、人員に過不足がないかを確認したのち、ラフナに待合室まで領主とセラチを迎えに行くよう指示を出す。

 しばらくすると、ラフナと旅装の2人、そして同じく旅装をした護衛と思われる4人ほどが乗り込んでくる。

 ブレアの時もそうだったが、ガタイが良いし、顔つきもいかめしい。

 こんなのが乗り込んだのを見ただけでもやばい船だと思われるんじゃなかろうかと憂慮してしまう。


 その“憂慮”は“杞憂”というものだ、と自分に言い聞かせ、各部署に問題の有無を確認する。

 そのあと、整備係の人間に支払いの証書を渡すと、出入り口の扉を閉ざし、艦橋へと向かう。





 艦橋にはオル、ラフナ、機関長、操舵手はもちろん、マレザンとセラチの姿もあった。

 あれ? なんで艦橋に?

 あ、いや、そういえば、何も指示はしてなかったな。

 それよりも彼らの滞在する部屋はどうすべきか……。

 艦長室……はまずいだろう。

 示しがつかないとか、そういうのではなく、できれば書類なんかをあさられたくないという気持ちがある。

 もちろん、そういった分別が彼らに備わってないわけないだろうが、なんというか、気持ち的な問題が一番の原因だろうか。


「いや、すまない。航空艦の艦橋は久しぶりなものでな。興味本位で連れてきてもらった」


 俺の心中を知ってか知らずか、そのように切り出すマレザン。


「久しぶり……というと?」

「私も航空艦の艦長だったこともあるのでな。軍艦だがね」

「ははぁ……なるほど……」


 やはり軍隊経験者だったらしい。


「軍艦と言っても立派なもんじゃないよ。巡航艦程度だ」


 巡航艦と言えば航空艦隊における役割は非常に重く、広い艦である。

 軍艦は大きく分類すれば小型艦、突撃艦、砲艦、駆逐艦、巡航艦、戦列艦に分けられる。

 要するに、上から数えて2番目に重要な役割を持つ艦種である。

 それを『巡航艦“程度”』と言ってのけるところに、お貴族様の優遇っぷりが窺い知れる。


 余談だが『小型艦』というのは、役割に応じて細かく分類されるものなので、詳しい話は長くなるのでよそう。

 それに国家ごとに区切りが曖昧で、さらには帝国の軍人ではなく、今は商人である俺には知れることではない。


「ところで、なんですが」

「うん?」


 話を目の前の問題に切り替える。


「お部屋などはいかがいたしましょう?」

「ああ、なんだ。そんなことか。深刻そうに見えたから、もっと大事な話かと思ったよ」


 輸送艦に貴族を乗せるなんて初めてだし、そもそも貴族の、それも帝国の人間の扱い方なんて知っているワケがない。

 そういう顔になるのも致し方ないことと思って欲しい。


「もしかしたら、目的地までに一晩この船で過ごしていただくことになるかもしれません。できれば私の艦長室を使っていただきたいところなんですが、それは、その……」

「ああ、分かっているよ。空いている船室で構わない。セラチと私が一緒の部屋なら文句はない」

「2段ベッドの部屋でよければ空いております」

「うむ、ではそこで」

「申し訳ありません」

「なに、陸軍に居た時は地面に直接寝転がっていたこともある。それに比べれば天国のようなものだ」

「それは……なんというか……失礼しました」

「ははは、そんなにかしこまらないでおくれよ。無理を言っているのはこちらだ。こちらこそ、申し訳ない」

「あっ、いえ、とんでもないことでございますれば」


 言葉が何かおかしい。

 チラリと視界に入ったオルが顔を背けて肩を震わせている。

 ちくしょう。

 代わってくれよ。

 最初はお前が代表だと思われてたんだからさぁ。


「では、準備も整いましたので……」

「ああ、出発してくれたまえ」

「はい」


 伝声管に向かい、出発を指示すると、ややあってフワリと浮かび上がる感覚を覚える。

 向かうは北東。

 セレースバヒロ領邦へと繋がる回廊。

 何も無ければ、少なくとも夕刻までには回廊を越えられるだろう。

 抜けたあとは南東へと針路を向けて、しばらく進めばハルザンローエ領となる。

 貯水槽は満タンにした。

 多少急ぎ足でも、そこまでは十分に持つはずだ。



 *



 日が完全に落ちかける前に、ハルザンローエ領の領都・ラタバの一つ手前の街へと辿り着く。

 せめてマレザン、セラチのためだけにでもと宿を取ろうとしたが、すげなく断られた。

 途中、乗員に出すものと同等の昼食・夕食を摂る機会があったが、セラチは経験済みだから問題ないだろうが、マレザンからは何の文句もなかった。

 うーん、さすが陸軍経験者。

 マレザンが文句を言わないのなら護衛達も文句は言わない。

 実に教育が行き届いている。


「これだけー!? もうちょっと! もうちょっとだけ!」


 彼らがその場にいなかったことが不幸中の幸いだが、実に教育の行き届いてないピオテラとの対比はすべきではないのだろう。


 ちなみに、陸海空三軍の中でもっとも厳しい環境に置かれるのは陸軍だ。

 そこを経験したことがある人間の多くは『食えるだけありがたい』と言うのは本当のことらしい。

 同盟領域で本格的な陸軍を持つのは国境沿いの国々だけなので、そうではない故国アンテルバフでは陸軍の拡充にあまり積極的ではなかった。

 せいぜいが国王の身辺警護の近衛ぐらいしか、陸軍の名を冠した部隊を目にした記憶しかない。


 ただ一つ、無茶な頼まれた事だなと思ったのは、ラタバのヤサラフォル家の屋敷に先触れ……つまりは、今から誰々が何時いつにそちらへ着きます、ということを民間の郵便局から朝一で送って欲しいということだった。

 業務も終わりかけの頃合いだったので、この行程の間に書かれたであろう書簡を渡された時は慌てて船外へと飛び出し、頼みに行った。

 最初はすごく嫌な顔をされたが、封筒に封をしていた蜜蝋みつろうにヤサラフォル家の印章が入っているのを見ると、『今から出します』とか言い出したのでなかなか愉快だった。

 わはは、貴族の後ろ盾を思い知ったか。

 いや、思い知ったのは俺の方だ。

 すごいな……。


 本来は民間であれば、この街の商会やそこに近しく、ラタバに向かう輸送艦などに便乗させるのが通例ではあるが、この時間帯からではそれも使えない。

 ということは、早馬を出すということだろう。

 うーん、文字通り、格が違うんだな。

 『朝一に送る』どころか『朝一に着いている』ということになるかもしれない。

 ま、どちらでもいい。

 こちらから無茶を言い出したわけでもないのだから、気に病む必要はないだろう。


 船に戻ると、ピオテラとセラチが楽しそうに話しながら船内を歩いていた。


「何してるんだ?」

「ピオちゃんに船内を案内してもらってたのよ」

「そゆこと。勝手にしてないよ。頼まれたんだよ」

「セラチ……ヤサラフォル様にか?」

「ヤサラフォル様って……かしこまった場ではないし、お爺様もいないから、セラチで構わないのよ」

「そうです……そうか。そのお爺様は許してくれたのか?」

「うん、外に出なければ良いっておっしゃってくれたのよ」

「外に出なければ? うーん、まぁ、ハラスダハ様がそうおっしゃったのならいいか」

「そうそう、ハラダスナ様が言ったんだから問題ないよ」

「ハラスダハ」

「ハラ……ハス……よし、セラチ、次はどこ行こうか」


 ……まぁ、あまり会話を交わす相手ではないから構わないだろう。

 というよりは、交わさせない。


「できれば、船の上から周りの景色を見て回りたいけど、外になっちゃうよね……」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっとくらいいいでしょ」

「良くない」


 この艦の中で最も従わなければならない相手は、外国の、とは言え、貴族のマレザンだろう。

 2番目は……俺? それともセラチ?

 微妙だな……。

 とにかく、ここは帝国の領土であることから、郷に入っては郷士に従え、ということを肝に銘じねばならない。


「行き先は任せるが、機関室には行くなよ。あそこは危ないからな」

「危ないって?」

「下手に触られたら空港塔に突っ込む。船が沈む」

「よし、機関室は行かないでおこうね、セラチ」

「うん、わかったのよ」


 俺は艦長室で翌朝、空港への提出書類をまとめねばならなかったので会話はここで打ち切った。

 ある程度はラフナが進めてくれているだろうが、決裁は俺がせねばならない。

 ピオテラが急かす中、別れ際にセラチが俺に小さく手をヒラヒラと振った。

 俺も小さく振り返す。

 狭い船内だが、ちょっとした探検ごっこと思って楽しんでくれたら幸いだ。


 ……あれ? 言うほどピオテラって船内に詳しかったっけ?

 ……まぁ、いいや。

 やるべきことをやるのが最優先だ。

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