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第39話 慮外

 話の流れがまったく理解できず、マレザンの顔を見れば喜色を浮かべており、オルの顔を見ればわずかに驚きを浮かべていた。

 なんでお前も驚いてるんだ。

 余計に理解に苦しむ事となる。


「すぐにでも発ちたい。早急に準備を願えるかな?」


 そう口にするマレザンに、驚きから困惑へと表情を移したオルが答える。


「今すぐに、ですか……?」

「今すぐだ」

「……あー……えー……今から発つと、おそらく、どんなに急いでも回廊内か、その手前で夜を過ごすことになります。いくら国内回廊とは言え、空賊に襲撃される危険性は高まります。それに……付近に空賊が出没する可能性があることも分かりましたし……」

「では明朝、できるだけ早くに、ではどうだ?」

「……ディム、どうだ?」

「え? ああ、そう……ですね……。精一杯努力はさせていただきますが、はっきりとしたことは……」

「むぅ……いや、それでいい。君達の船はどこにある?」

「北側の空港に停泊しております」

「わかった。君達の船の乗員には制服などは支給されているかね?」

「は……いえ、皆、雑多で質素な服装です」

「そうか。では服はこちらで用意すればいいな」

「はぁ……」


 未だにマレザンの中でどういう計画が立てられているのかがさっぱり分からない。

 仮に聞いたとしても、確かな返答は得られないだろう。

 話の流れから察するに、オルはこの依頼を受ける気でいるらしい。

 艦長権限で突っぱねてもいいのだが、支払われる金額と、相手が他国のとは言え、お貴族様であることがそう言い出しづらい空気をかもし出している。


「ちなみにだが……ヒュティゴ……セラチの父親の事なんだが、亡骸なきがらと船はこちらへと運んできてくれたのか?」


 その質問に対しては俺が答える。


「いえ、申し訳ありません。遺体を収容するスペースも、我が艦に該船を曳航する力も無かったので、昼食後にこちらの警務局に通報し、回収を依頼するつもりでした」


 スペース云々(うんぬん)は事実だが、後者はまったくの嘘である。

 曳航してくることが不可能では、まったくなかった。

 ただ、時間が惜しかったし、セラチをあの場から早く引き離したかった……という理由が思い浮かぶが、マレザンからすれば所詮言い訳にすぎないだろう。

 いずれにせよ、こちらの勝手な都合に合わせた判断だ。

 はぐらかす。


「そうか。それは良かった」


 マレザンは心の底からそう思ったようなニュアンスで呟く。


 え?

 良かった?

 何がだ?


 セラチの心中をおもんばかり、わずかな苛立ちを覚える。

 いや、これは俺のひとがりな思いやりだろう。

 本来なら出来たことなのだ。

 こちらの都合で見捨てたようなものだ。

 ……このように思うことこそ、セラチに対して、そしてその父親に対して、礼を失することではなかろうか。


 しかし、マレザンも自身の発言に配慮が欠けていたのに気付いたのか、ふとセラチの方を見やる。

 だが、彼女は気遣いは無用とでも言うかのように、小さく首を横に振る。

 それを見たマレザンは安堵した様子を見せ、こちらに視線を戻す。


「回収と調査は、私の方から個人的に信頼できる警務局の人間に頼むことにする。君達は気にしないでくれ」

「気にしないでくれとおっしゃられても……」

「あー……各都市の警務局は領邦総督の……つまりは中央の管轄下にある」

「はぁ……そうなのですか……」

「そうなんだ。つまりは、そういうことだ」


 どういうことだ。


「はぁ……」

「すまない。出来れば、すべてをつまびらかにして君達からの信頼を得なければならない場面なのだろうが……これ以上の厄介事は御免だろう?」


 分かってらっしゃる。

 さすがはお貴族様。

 察することが仕事のようなものなのかもしれない。

 だからって、それをこちらに求められても困る。

 それはともかく。


「承知いたしました。出来るだけ早く準備を整えてお送りできるよう手配いたしましょう」

「ただ、乗員にとっては予定外のことです。彼らも雇われている身です。急な予定の変更に不満が出て、準備が滞るおそれがあります。彼らを納得させるためにも、もう幾らか……そうですね、金貨20枚ほどを追加でいただいても?」


 俺の言葉に間を置かずして、続けてオルがとんでもないことを言い出す。


「……いいだろう。額面が額面だ。小切手を用意しよう。すぐに用意して渡すから、ひとまずはこの街の銀行に預けると良い。帰りにこの街に立ち寄って受け取り、同盟に戻る際にどこかの街で現金化してくれ」


 そしてマレザンが二つ返事で承諾する。

 両者のとんでもないやり取りに、少し唖然としてしまう。


「もちろん、そうさせていただきます」


 今度は驚いた様子も無く、オルは軽く頭を下げる。


「よし、話は以上だ。明朝、北側の空港の入り口付近で待っている。ああ、こちらでの滞在中にかかる費用はすべて私の方で持とう。金額を書面に書き出しておいてくれ。ささやかではあるが、それでセラチをここまで無事に送ってくれた礼と代えさせてくれ」


 至れり尽くせりである。


 カルノで警務局に吹っかけて中小の大砲を引き渡した時に受け取ったのは金貨10枚にも満たない。

 それに輪をかけて吹っかけたオルにも驚いたが、それを快諾したマレザンにも驚きだ。

 まったく、どうかしている。


 それほど急ぐ用事とは一体なんなのだろうか。

 嫌な予感はするが、送ってすぐ退散すれば巻き込まれずに済むだろう。

 はかる必要は無い。


 送ってすぐ退散。


 送ってすぐ退散。


 よし。


 ただ、セラチがこれ以上つらい目に遭うようなことは、どうか避けて欲しい。

 柄にも無い、とは自分でも思うが、切にそう願う。



 *


 金貨100枚などというとんでもない数字が書かれた小切手を受け取ったのち、話し合いは終了する。

 セラチは当然ながら屋敷に留まることになり、4人で宿へ戻ることとなった。

 馬車で送ってもらえるようだったが、ピオテラの必死の拒絶により、致し方なく徒歩での帰還と相成る。

 下の街に降りると、女性陣2人にはよくよく言い聞かせて宿に直行させることにした。

 翌朝の出発に備え、俺は銀行に小切手を預けると共に、空港に整備項目の変更を、オルは商談を済ませた商会に買い付け注文の変更を、それぞれ伝えに行くことにする。


 貨物に関しては、いずれも足の早い物ではないが、早くても2日ほど貸し倉庫を借りることになる。

 その費用も含めてマレザンに請求すればいいのではとオルに提案したが、彼はなぜか否定した。


「それとこれとは別だ」


 彼は彼の中で申し訳なさ……いや、商人としての矜持きょうじや分別とかがあるのかもしれない。


「けど、戻ってきた時に予定数が揃ってないとまずいと思うんだが……」

「……よし、倉庫を借りよう」


 ……まぁ、時期的にも額的にも予想外の臨時収入を目の前にして浮かれているのだろうか。

 彼にしては珍しく、少しブレている気がする。

 気持ちは分からないでもない。

 いずれにせよ、彼は商売相手へと貸し倉庫の手配と搬入についての打ち合わせについて商会に向かった。


 俺が銀行と空港で所用を済ませ、宿に戻ると、オルが待っていた。


「飯に行こうぜ」


 なんとも律儀な……いや、何か話でもあるのだろうか。

 ともあれ、断る理由もないので同道することにする。


「勝手に話を進めて悪かったな」


 注文した料理が目の前に供され、いざ手を付けようとした時に、彼が開口一番にそう切り出す。


「……いつものことだろう」

「ん、まぁ、そうかもしれんな。ははは」

「商売に関しては全面的に信頼してる。その方が儲かる、と判断したんだろ? 文句は……無いことは無いが、あの金額では飛びつくのも理解はできる」

「いや、あの額を出すとは思ってなかったんで驚いた」

「やっぱりか」

「やっぱり? 顔に出てたか?」

「ばっちり」

「修行が足りんな。せいぜい30から40ほどを想定していた」

「それでも随分な額だな……」

「今回の行商行で上げられる金額より、ちょっと多いくらい出してもらえるなら十分だったんだがな……。2倍以上に膨らんだのは嬉しい誤算だ。帝国貴族を侮っていたよ」

「ま、向こうは商売人じゃないからな。値切るという概念も無いんだろ」

「確かに、それはあるだろうな」

「それにしたって破格だ」

「違いない」

「美味い話には裏があるぞ」

「分かってる」

「ホントかなぁ……」

「危ない時にどうにかしてくれるのがお前だからな。俺はその点でお前を全面的に信頼してる」

「できれば危ない場面に出遭いたくないんだが」

「同感だ。……今までこんなことに巡り合うことなんて無かったのにな」

「な」

「あの女が来てから、鉄火場だらけだ」

「ピオテラね……」

「疫病神なのか、幸運の女神なのか」

「あえて言うなら、悪運の女神といったとこじゃないか」

「ああ、うん、確かに」


 彼の言うとおり、彼女が来てからというもの、わずかな期間に2度も酷い目に遭った。

 だが、1度目はともかく、2度目は大きな利益へと繋がった。

 いや、まだはっきりとは分からないが、少なくとも大きなチャンスが舞い込んだ。


「ま、今後同盟に戻れるかは分からないんだが……」

「……ああ、そうだった……」


 失念していた。

 そうだ。そうだった。

 場合によっては俺たちは同盟側で何かしらの理由で付け狙われたり、下手したら指名手配でもされてる可能性があるんだった。

 俺たちが害をこうむるだけならともかく、立ち回りに失敗していたとすれば商会にすら被害が及びかねない状況は依然変わってはいないだろう。


「カルノに戻った時、さいはどの数字を出しているかな」


 ぼやくように呟くと、オルは俺の肩を叩く。


「深く考えるな。帝国でやっていく原資げんしは手に入る目途めどがついた。最悪の場合でも、なんとかやってけるさ」

「だといいけどな……」

「悪いほうばかりに考えたってしょうがないぞ。どうせ考えるなら、どうすれば悪いほうに行かなくて済むかを考える方に頭を回せ」

「そう……だな……」

「『良き結末を迎えたければ、しき結末へ至る道の下調べを綿密にすべきだ』」

「誰の言葉だ?」

「さてな。昔の偉い人だろう」

「いいかげんな……」

「だが、真理だ。と、思うよ、俺は」

「うぅん……まぁ、そうかもな」

「そうだとも」

「ちなみに、こんな言葉を知ってるか? 『愚か者は、やたらと過去の賢人の言葉を引用したがる』」

「わははは! いいぞ、その調子だ。ちなみに誰の言葉だ?」

「さてな」

「クククッ……」


 さぞ愉快そうに、そして励ますように、彼は俺の肩を数度叩く。


「はぁ、笑った笑った。さぁ、飯だ。腹が減っていてはロクでもない考えしか出てこんぞ」

「違いない」


 それからいくらかの会話を交わしつつもぺろりと食事を平らげ、宿への帰路に就いた。

 送って、それで終わりなんだ。

 だのに、報酬は目も眩むほどだ。

 あれこれ思い悩む必要はない。

 気楽に行こう。

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