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第38話 お爺様

 『お爺様』と呼ばれた男性がこちらへと駆け寄ってくる。


「ああ、本当にセラチか! 屋敷に戻ったらお前が来ていると話を聞いて、急いで迎えに行くところだったんだよ」

「ありがとうございます。急な来訪をお許しくださいませ」

「何を言う。血の繋がった家族じゃないか。喜びこそすれ、怒る理由なんてなかろう」


 2人は互いに親愛の情を示すように強く抱きしめ合いながら言葉を交わす。

 そののち、男性はセラチの身体を離し、彼女に問いかける。


「お前1人で来たのか? ははは、そうか。1人で旅をさせるのも大事な経験だからな」

「いえ、それは……その……」

「うん? どうした。そんなに暗い表情をして。お前は立派にやり遂げたじゃないか」

「……途中まではお父様と一緒に来たのです」

「ヒュティゴくんが? 途中までとはどういう意味だい? 別の街で降りたのか?」

「……亡くなられました……」


 その言葉を聞いた瞬間、男性は表情を凍りつかせる。


「それは……どういう……」

「おそらく空賊……か何かに襲われて、命を落とされました……」

「……ははは、セラチ、老人をからかっちゃいかんよ。セレースバヒロからここまでの間で空賊など出るワケが……」

「本当に空賊かどうかははっきりしていません。ただ、襲われ、お父様が亡くなられたのは事実です……」

「…………」


 彼はセラチから視線を外し、次の句を継げないまま、口元にたくわえられた白髪混じりのヒゲと共に、口を右手で覆い隠す。

 顔はすっかり青ざめ、口を覆う手がわずかに震えているように見える。


「いっ、痛いです、お爺様……」

「あ、ああ、すまない」


 セラチの肩を掴んだままだった彼の左手が慌てた様子で彼女から離れる。


「お父様から手紙を預かっています。お爺様以外には見せるなと言い残し、わたくしに託されました」


 そう言いながら、彼女は彼に黒い鞄を掲げて見せる。


「……手紙? わたし以外に見せるなとは、どういう……」

「すみません、分からないのです。急なことだったので、詳しい説明はされませんでした」

「……そうか……。それで、襲われてからこの街まではどうやって……?」


 その問いかけには言葉で答えることなく、セラチはこちらへと振り返る。

 彼女の視線の先を追いかけるように男性の視線もこちらへと向けられる。


「彼らに助けていただきました」

「……彼ら……は……どちらの方だ?」

「同盟の商人の方だそうです」

「同盟の……そうか……」


 彼は力を振り絞るようにふらつきながらも立ち上がると、こちらへと寄ってくる。

 そしてオルの手を取り、わずかに頭を下げる。


「孫を助けてもらった上に、私の下まで送り届けてもらい、感謝する。何と礼の言葉を述べたらいいのか分からないが、とにかく、ありがとう」

「あ、はぁ……」


 そうだな。

 商人と言われれば、そいつの方が雰囲気あるよな。

 まぁ、別にそこらへんはどうだっていい。

 セラチを引き渡すべき人物に引き渡せたのだから。

 オルも含めて空気を読んだのか、誰も真の責任者が誰かを告げることは無い。


「とにかく、ここではゆっくり話すこともできない。君達の労もねぎらわねばならない。屋敷まで同行願えるかな?」


 オルはそう言われ、俺の方へと振り返る。

 俺は黙って頷く。

 男性は『あ、そっちだったの』という表情で俺を見るが、今さらどうだっていい。

 どうだっていいんだ。



 *



 男性が乗ってきた豪華な馬車には6人全員が乗ることは出来なかったので、おそらく家令と思われる物腰の柔らかそうな別の男性が、俺たちのためにか、『お爺様』と呼ばれた男性に近くの貸し馬車の店に向かうよう言い渡される。

 それがこちらに来るまで『お爺様』は沈黙を保ったまま立ち尽くし、その間にオルは店の支払いを済ませた。

 オルはオルで釣りとして渡された銅貨を見つめながら沈黙を保ち、誰も何も喋らないまま、馬車の到着を待っていた。

 しばらくすると、『お爺様』の馬車ほど豪華なものではないが、それなりの作りの馬車が到着し、『お爺様』と家令とセラチは豪華な馬車に、そして残された俺たちは新たに寄越されたそれに乗り込む。

 向かう先は、やはり浮遊島への昇降を行う塔であった。


 下の街の道は思ったよりも整地が成されていないのか、馬車の中は思ったより揺れる。

 俺とオル、それにラフナは特に話す事も無く黙ったまま揺られているが、ピオテラだけは楽しそうに目を輝かせて馬車から見える過ぎ行く町並みを嬉しそうに眺めていた。

 ……のも束の間、顔が青ざめ始めた。


「吐きそう」


 ポツリと呟いたピオテラの言葉に、彼女以外の人間が一斉に床から足を上げ、彼女から離れる。


「……大丈夫だよ……まだ全然余裕だよ……」


 そう彼女は言うが、実績があるので……あるがゆえに、誰も元の姿勢に戻ろうとしなかった。

 彼女の目の前に座っていた俺が黙って隣のオルと席替えをしようとしたが、断固として拒否された。



 *



 発着場に着き、馬車から降りると、『お爺様』はセラチの肩を強く抱きしめ、セラチは彼にすがり付きながら目を赤くらしていた。

 どの程度までかは分からないが、今までの経緯いきさつを伝えたのだろう。

 そして、伝える中で、俺たちには見せまいと我慢してたものが噴き出してきたのかもしれない。

 何も言うまい。

 問うまい。


 島の上へと昇り、発着場を出ると、再び豪華な馬車が用意されていた。

 もちろん、俺たちが乗るための、比較的質素な馬車もすぐに用意された。

 それに乗り込み、しばらくすると、午前中に見た景色が馬車の窓に映され、それが流れて行き、門の前に立っていた守衛がうやうやしく頭を下げている姿もチラリと目に入る。

 門を過ぎてからもしばらく馬車は進み続けたが、間もなく止まる。


 前方を走っていた豪華な馬車からセラチ達が降りるのを見て取り、俺たち庶民4人組も降りるが、ピオテラは相変わらず青白い顔をしていた。


 屋敷に入ると、何とも豪奢ごうしゃな……ではなく、思っていたよりも質実剛健しつじつごうけんと言った内装が目に入る。

 これは領主の趣味によるところが大きいだろう。

 軍事大国でもある帝国では、上流階級のたしなみであるかのように、一定の地位を与えられてではあるものの、戦地を経験するのが一般的なものだそうだ。

 粗末な寝床で夜を明かし、粗末な食事で腹を満たす。

 軍事を知らずして政事に携わるべからず、というような不文律ふぶんりつがあるとかないとか。

 まぁ、繰り返すようだが、同盟の人間が知る必要はないことだ。


「へへ……どれにしようかな……」


 それでもピオテラのお眼鏡にかなう物があったのか、彼女は青白い顔のまま物色をし始める。

 本能ってすごいなぁ。

 視線をあちこちへと移す彼女の頭を掴み、やめさせようとするが、彼女の柔らかな髪がそれを阻む。


 ピオテラの動きに注意しつつ、『お爺様』……いや、“領主”とセラチの後をついて行くが、途中で家令に別室へと通される。

 当然の措置だ。不満があろうはずもない。

 これから領主とセラチの間で交わされるのは、俺たちにとっては外国の人間には軽々(けいけい)に聞かせてはいけない類の話なのだろう。

 むしろ、こちらから願い下げだ。


 別室に通されると、すぐさまメイドがやってきて、お茶と、そのウケの準備をし始める。

 オルとラフナは何かそわそわし出したが、ピオテラは椅子に座る前にトイレの場所を聞いて退室していった。

 お茶と焼き菓子が用意されると、オルとラフナは美味しそうに口へと運んでいたが、俺はチビチビと飲み、食べ進めるに留まった。

 あまり腹は空いてない。


 ぐるりと部屋を見渡すと、大きな肖像画が2つ飾ってある。

 一際大きいほうは領主ではない。

 おそらく、皇帝の肖像画だろう。

 つまりここは正式に来賓を迎える応接室ということになる。

 なんともまぁ……。


 しばらくしてピオテラが戻ってくる頃には、茶菓子が7割方失われた状態だった。

 その状態を見て取り、彼女は潤んだ瞳で待機していたメイドに潤んだ瞳を向ける。

 具体的に何かを言われるまでもなく、メイドは頭を下げ、再びお茶が用意される。

 茶菓子はまた別のものになっていた。

 今度はピオテラも含めて、3人で目を輝かせている。


 ピオテラとそのメイドは、おそらく同年代くらいと推察されるが、なんというか、教育の大事さがうかがい知れたような気がする。

 ああ、そういえば、こいつの教育係には俺が指定されていた気がする。

 根気強くやって行かねばならないのかもしれない。

 遠慮や作法など知ったことではないとでも言うように、菓子をバクバクと口の中に放り込む彼女を見ながら、そう思った。



 *



 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 部屋には時計など無かったので、日の傾き具合で計ることしかできないのだが、割と長い時間を置いてから、部屋に領主とセラチが入ってくる。

 ラフナとピオテラが座っていた席を空け、そこに2人が腰掛ける。


「余計な前置きは省かせていただく」


 今度は俺を見据えながら、領主が口を開く。


「既に分かってはいるだろうが、私がこの領地の主、ハラスダハ家当主のマレザンだ」

「同盟はアンテルバフ王国のウィルラク商会のディムロ・エフレクテリと申します。以後お見知りおきを」

「うむ。それで、彼女が……」


 そう言いながら、彼はセラチの肩に優しく手を置く。

 それに反応することなく、彼女は俺を見据えたままだ。


「セレースバヒロ領邦にあるハルザンローエ領の主、ヤサラフォル家当主のセラチェリエだ」


 ……彼女が長子だったのか。


「ハルザンローエ?」


 不意にオルが口を挟む。


「失礼ですが、ハルザンローエとは、セレースバヒロ領邦の南端にあるハルザンローエですか?」

「君は?」

「失礼しました。同じく、ウィルラク商会の者で、エフレクテリが指揮を執る輸送艦の副艦長、オルエニ・ハセナトグと申します」

「承知した。君の言うとおり、ハルザンローエは領邦の南端にある領地だ」

「私は彼女が……ヤサラフォル様がシェラスボクから発ったと伺いましたが、シェラスボクは領邦の北端に程近い領地だと記憶しておりますが……」

「そうだ。回廊は無いが、山をへだててシュカドナーヴォとの国境に位置している」

「ハルザンローエ領にも空港はあるはず。なぜシェラスボクから……?」


 知らず知らずの内か、オルはセラチの方へと目を向ける。

 しかし、彼女の口からではなく、マレザンの方から答えが返ってくる。


「身の危険があったからだ」

「身の危険……」

「念を入れたのだろうが、及ばなかったようだ」


 明らかに悔しさを滲ませて、マレザンは指を絡ませ、握り締めた両手を、俯きがちに額に押し付ける。


「それで」


 俺が口を開く。


「我々にそのような話をする理由を伺っても?」


 嫌な予感がする。

 いや、これはもう確信とすら言える。

 俯いていたマレザンは顔を上げ、真剣な顔つきで俺を見る。


「私たちをハルザンローエまで送り届けて欲しい」

「うへぇ」


 思わず口に出してしまった。


「っくしょん! 失礼しました。ただのくしゃみです。……私たちは一介の商人に過ぎません。それも同盟の、です。送るにしても輸送艦では、それこそ身の危険とやらを防ぐ手立ては無きに等しい。帝国の臣民、それも領主として堂々と行かれたほうが余計な手間も省けるでしょう」

「同盟の船だからこそだ」

「と申されますと……?」

「我が領の御用艦をはじめとして、帝国のものと分かる船でセレースバヒロ領邦に入るのは避けたい状況なのだ」

「何を避けると?」

「それは……」


 言って良いものかどうか、いつぞやのセラチのような仕草で彼も迷う。

 少し血の繋がりを感じさせる。

 不意にオルが横槍を入れてくる。


「我々も我々の用事、つまるところ商売があります。そのように急に申し付けられても、予定を消化できなくなります」

「それは――」

「予定を消化できないということは利益を上げられないということです。これは商人にとって死活問題です」

「だが――」

「貴族の方に従う義務があると思われるかもしれませんが、自国の商会にならいざ知らず、同盟に所属する我々にはその義務はありません」

「ぬ……む……」


 オルが早口にまくし立て、マレザンの反論を許さない。

 金が絡んだ時のオルの恐ろしさを知るがいい。

 いいぞ、もっとやれ。

 厄介事を吹き飛ばせ。


逸失いっしつ利益の補償として帝国金貨80枚でどうです?」


 え?


「頼まれてくれるか。わかった。いいだろう。決まりだ」


 え?

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