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第37話 てっぺん

 扱いの酷さを嘆く暇も無く、店内のきらびやかな光景に気圧される。


 あまり店内の商品をジロジロと見回すのも気が引けるところはあるが、諦めがそれを覆い隠し、何より興味がそれを押し潰したので、結局あちこちを注視してしまう。

 下着だけでなく、他にも女性向けの普通の服飾品もあるので案外目を向ける先に困らなかった。

 しかし、どれもこれも意匠を凝らされた服飾品ばかりである。

 針子の腕が良いのもあるかもしれないが、下の街ですらこの調子では、いかにヘイルイゼクが豊かな国であるかを思い知らされる。

 うーん、こういうのも扱ってみても良いかもなぁ。

 などと商人ぶって、気恥ずかしさを紛らわす。

 いや、実際に商人なんだけれども。


「ねぇねぇ、これ見てー。どうかな?」


 急にピオテラに声をかけられたので彼女の方を向くと、女性用の下着を持って自分に合わせていた。


「……どうって?」

「これ、似合うと思わない?」

「どー……だろー……」


 ヘイルイゼクが全盛期を迎えたと言われる200年ほど前から、文化的にあらゆる面で大きな進歩が見られた。

 その中に女性用の下着も含まれてくる。

 それまでは『そんな見えない部分にまで気を使う必要はないだろう』というような認識だったらしいが、ある商店が上下で分離した下着を売り出したところ、爆発的に広まった。

 それからはもう一種の戦争みたいなものだった。

 素材にこだわり、次に材質にこだわり、いよいよを持ってデザインにこだわり……。

 そして世界的な広まりを見せ、現在に至るというわけである。


 ちなみに男性用は多少の意匠的な面での向上は見たものの、女性用ほどの発展は未だに成し遂げていない。

 女性用の発展を見て男性用にも力を入れたところはあったらしいが、かんばしくなかったらしい。

 商売とは実にままならぬものである。


「どうだろうって、結局どうなの?」

「いや、買う必要あるのか? カルノで必要最低限な分は買ってやっただろ」

「女の子にとっては、あれだけじゃ最低限のうちに入らないの!」

「今さら何を……」

「いいから! で、どう? とりあえず、合うか合わないか教えてくれればいいから」

「うーん……まぁ、いいんじゃないかなぁ……」

「ほんと!? じゃあ、これ買おうかな」

「おう、そうし……ちょっと待て。誰が金を出すんだ?」


 そう尋ねると、ピオテラはジッと俺を見つめる。


「ダメ」

「ぬぐっ……」


 あからさまに悔しさを滲ませる表情を見せた彼女だったが、ゴネないだけ進歩したものと受け止めよう。


「いいもん……。お給料出たら自分で買うから……」


 ……ごめんな。それちょっと……いや、結構減額されてるんだわ……。


「艦長、これすごく良いと思いません?」


 不意に横から話しかけられたので、そちらを向くと、ラフナが女性用の靴を持っていた。

 カカトの位置が地面から離れる類の靴だ。

 接地面が揺れに揺れる航空艦に乗るには不適な形の靴だが、社交的な場では好まれるらしい。

 スラリとした美しい脚を持つ彼女にはよく似合いそうだ。


「ああ、うん、良さそうだな」

「やっぱり良さそうですか!? 買っちゃおうかな……」

「これから晴れ晴れしい場に出ることもあるだろうしな。そういう場面では良いと思うぞ」

「え?」

「え?」

「あ、そういう意味ですか……」

「どういう意味ですか……?」


 俺が尋ねると、彼女は何も言わぬまま、潤んだ瞳で上目遣いで見てくる。


「ダメ」

「そんなー」

「社交の場で使うだけなら問題ないが……」

「ちゃんとそういう場でも使いますけど……」

「“も”ってなんだ」


 ぷぅと頬を膨らませる彼女は愛らしいが、心中で考えているであろう、その靴の主な使い道を想像すると恐ろしさしかない。


「いいですよ……。自分のお金で買いますから……」


 しかも代金は俺持ちのつもりだったらしい。

 恐ろしすぎる。

 いや、結局買うのか。

 今度からラフナの靴には注意を払わねばならない。


「あの……大体決まったのよ」


 再び視界の外から声が聞こえ、そちらに目をやると、セラチがわずかに服飾品を抱えている。


「それだけで足りるのか?」

「うん、十分なのよ」

「そうか」


 まだ胸は支える必要は無いのか、飾り気のない小さい綿のショーツばかりである。

 上流階級のそこらへんの習慣にはあまり明るく無いので、彼女が良いというのなら良いだろう。

 だが、彼女の着ている服が少し気になった。

 船底を這いずりまわり、ピオテラに乱雑に洗われたであろう服は上流階級の少女にしてはややみすぼらしさを感じさせる。


「ついでに気に入った服があれば買っていいぞ」

「ホント!? あ、や、でも……」


 どうにも子供が本来持っているべき程度の図々しさが足りない気がする。

 上流階級というのも、なかなかに気疲れしそうな立場だなぁ。


「子供が遠慮するな。1着だけだが、まとめて選べばいい」

「……うん、ありがとうなのよ」


 少し困惑した様子だったが、嬉しさを多分に孕んだ笑顔を俺に向ける。


「ちょっと! 扱いに差があると思うんですけど!?」

「私だって艦長がよろこぶと思って選んだのに……」


 ピオテラとラフナから非難が巻き起こるが、俺に対する扱いが酷いのになんという言い様か。

 あとラフナの言う『よろこぶ』の意味が少しおかしいのでは、と感じるのは気のせいだろうか。


「まさかディムくんって……そういう趣味の人なの!? そうか……だからあたしなんかに興味が……」

「違います!」

「え!? じゃあ、あたしに興味津々ってこと!?」

「それも違います!」

「意味分かんないよ!」


 そんな妙な言いがかりを付けられてる間も、そしてそれが一段落したあとも、セラチは服を選ぶのにひたすら悩んでいた。

 俺に対する非難をし飽きた2人の女性陣がそれに加わり、彼女らなりのアドバイスを送り続けたのが、その懊悩に拍車をかけたのもあるだろう。


 用を終えて店を出る頃には、日はすっかりてっぺんを通り過ぎた頃だった。



 *



 外に出た途端、『待たせすぎだ』とオルにどやされる……と思ったが、そんなことはなかった。

 彼は虚空を見つめ、指で顎をさすっていた。


「おい、オル」

「おぉっ!?」


 思考の外から急に声をかけられて驚きの声を上げるオル。


「お、おう……早かったな……」


 いや、全然早くないと思うんだけど……。

 どれだけ考え事に没入していたのだろうか。


「飯に行くぞ」

「ん? もうそんな時間か?」

「そんな時間だ」

「へぇ……」


 彼は別に殊更ことさら驚くようなこともなく、心ここにあらずという感じで相槌を打つ。


「うーん、確かに、腹が減ってるような気も……」

「どれだけ没頭してたんだ……」


 何をそんなに考えるような事があるのだろうか。

 少し不安にならないでもない。


「まぁ、とにかく、食いに行くぞ。ちょうど席も空き始める頃合いだろう」


 俺が音頭を取り、食堂へと足を向ける。



 *



「あー、糖分が脳に染み渡る」


 そう嬉しそうに呟いたのはオルだ。


「オルくんってそういうの好きなんだね」

「おう」

「なんか可愛いね」

「かわっ……頭脳労働には必要なんだよ」


 ピオテラの言葉に彼は言い訳じみた言葉を返す。

 ちなみに食べているのは、焼いたチーズに果実のジャムを添えたものだ。

 女性陣とオルは迷わず注文していたが、俺は遠慮申し上げた。


 晴れ渡った空から差す春らしい陽光が、今いるオープンテラスを照らしている。

 少し午睡ごすいをしたい心地になる。


 馬車や人通りが多い道路側には俺とオルが座り、その対面に女性陣が座っている。

 どうしてそのような形なのかと問われれば、道から舞い上がる土ぼこりを防ぐためとかなんとか。

 要するに女性との会食の際のよく分からない習慣みたいなものだ。

 言われてみれば『なるほど』と思わなくも無いので、特段不可解だとは思わない。


「このまま昼寝したい気分だ……」

「ディムくん、まだ街巡りは始まったばかりだよ」

「マジか……。じゃあ、あとは任せるよ。俺は宿に戻……いや、ついていくだけにするから……」


 ピオテラを1人にはできない。


「じゃあ、俺が一足先に戻って、領主からの呼び出しに備えるとするよ」

「お前……」


 オルがそう提案して来るが、彼の中で甘い物を食べられた事で用件を済ませたという事らしい。

 薄情な。


「会計は俺が持つから」

「……まぁ、それなら……」


 彼にしては珍しく、率先して金を払うという。

 迷惑料……?

 いや、そんな性質たちではない。

 ああだこうだとモメる時間を惜しむほどに、落ち着いた場所で考えたいことでもあるのだろう。

 だが、厚意には甘えることにする。


「ま、あと何日かかるか分からんからな……。宿泊の延長も考慮に入れんといかんかな……」

「ごめんなのよ……」

「遠慮のしすぎだぞ、セラチ。子供は大人に甘えるのが仕事だ」

「子供……そう、そうなのよね……。うん、甘えさせていただくのよ」

「おう」


 どういう環境に育てば、このように周囲の機嫌に繊細な気を配ってしまうような子供になってしまうのだろうか。

 何度目かは分からないが、何か、憐憫れんびんの情のようなものを抱いてしまう。


「そういえば、領主様って何爵様なの? 男爵? 伯爵?」


 そう問うてきたのはピオテラだ。


「あーっとな……」


 帝国は周囲の多くの国々と違って爵位というものはない。

 その土地に根ざして古くから領主の地位にある者や、その地位に相応しくないと中央に判断された場合は、その土地の別の名士を領主に任じる事もあるらしい。

 世襲制、という言葉がやや軽い意味で取られがちな体制だ。


 かつて帝国も中小の国家に分かれていたが、その各国ともに、それぞれ王や首長をいただいていた。

 合意の下での合併もあれば、軍事的な制圧で帝国に加わった国もあったが、それぞれ版図はんとの大きさや帝国の主軸になったヘイルイゼク王国に対する貢献度など、個々別々に違いがあった。


『うちの国はこれほどヘイルイゼクに尽くしたのに』


『我々はあれほど大きな国だったのに』


『私はもう以前の国の王ではなく皇帝の臣下なのに』


 当初は貢献の度合いを基準として爵位を下賜していたが、その不明瞭な基準で与えられるくらいについての不満が鬱積うっせきし、大小は別として幾度いくたびかの内乱が発生した。

 それぐらいならいっそ、ということで各地の名門の家柄の人間に爵位という権威を与えずに、あくまで領主という名でその地を統治させる形とした。

 いわゆる苦肉の策というか、場当たり的な対応であったが、これで統治がスムーズに進むことになったのだから皮肉なものだろう。


 ただ、領主に任せきりでスムーズに行くわけが無く、領地の集合体として“領邦”というくくりを設定し、そこに総督を中央から派遣することによって集権を図った。

 総督に任命されるのは極力、赴任する領邦と縁が無く、中央と強い繋がりを持つ者が、中央議会、枢密院すうみついん等の意見を汲み上げた皇帝が行うものらしい。

 任期は数年程度で終わり、それが栄達の条件のようなていを成している。

 もっと細かい事情があるらしいが、同盟の人間としてはそこまで深く知ろうとは思わない。


 以上のような話をピオテラに伝えると――


「ふーん……」


 ――と、いつの間にか俺に向けていた目を甘味の乗った皿に移し、物を口に運びつつ、空返事をするだけであった。


 口内の水分を無駄に乾かしただけの徒労感を覚える。

 その感覚に押し付けられるように背もたれに身体を預けると、後ろからは馬車が行き過ぎる音が聞こえる。


「わぁ、豪華な馬車ー。あんなのいつか乗ってみたいなー」

「憧れますねー」


 ピオテラとラフナの声につられ、後ろに振り向くと、彼女らが言うように大きく、豪華な馬車が通り過ぎる。

 一部には金箔が貼られ、それが日の光を反射し、目に痛い。

 あんなものに乗る機会は一生ないだろうし、あんなものを持つのは金の無駄としか思えないあたりに、自分が庶民たる所以があるのかもしれない。


 などと考えていたら、急に馬車が止まり、中から立派な衣装に身を包んだ初老の男性が慌てた様子で降りてくる。


「セラチ!」


 その男性はよく知った名前を声高に叫び――


「お爺様!」


 ――よく知った声がその呼びかけに答えた。

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