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第34話 少女の話

 目的地ではなかった。

 正確にはバーリニの北東にあるオロナバルという比較的小さな街だった。


 舷側のタラップから発着場に降り立ち、とりあえず明日までの停泊の手続きをとる。

 すでに夜の戸張は降りきっていたので、これから宿を探し回るのは不可能と考え、乗員には艦内での宿泊を命じる。

 少女のこともあるしな。


 とは言え、夜は始まったばかりだったので、乗員のほとんどは街中へと繰り出していった。

 料理長には艦内に残る人数分の夕食だけ用意してもらった。


「ほら、腹減ってるだろ。遠慮はいらんからな」

「……感謝申し上げます」


 俺とオル、ラフナ、ピオテラのいつもの4人と、少女1人で食堂のテーブルを囲み、夕食を摂る。

 最初は戸惑った様子を見せていた少女だが、食事を勧めるとおずおずと手をつける。

 それを見てから、各々も食べ始める。

 千切ったパンを小さな口に可愛らしい仕草で運ぶ少女に、俺は尋ねる。


「あー……どうだ? この船は」

「へ? は、ほの……んっ、失礼」

「あ、いや、すまん。食べてる途中で話しかけたこちらが悪い」

「いえ、お気になさらず。ラフナさんにも、ピオちゃんさんにも優しくしていただいて、少し落ち着きました」


 ピオちゃんさん?

 持って回った呼称である。


「じゃあ、その、今、君の置かれてる状況は分かるか?」

「……ええ、なんとか」

「良かったら話せる部分だけでいいから、話してもらえないか?」

「はい、承知しました。えっと、そちらのこわひふむむ……ぷはっ……あー、その、理知的な方がオルさんで、いじめはふなひほほぐぐ……ぷはっ……ああ、えぇと……あなたがディムさんでよろしいのでしょうか?」


 慌てた様子で交互に少女の口を抑えるピオテラとラフナ。

 彼女に目を向けると、さっと顔を逸らす。

 仲良くなったようで何よりだよ。


「そうだ。俺がディム、こいつがオルで合ってる」

「それは良かったです」

「君の名前は聞かせてもらえるかな?」

「そうでした。お名前を伺っておいて名乗らないのは淑女ではありませんね。あたしはセラチェリエと申します」

「セラチェリエさんね」

「セラチで構いませんよ」

「分かったよ、セラチさん」

「子供にさん付けはどうかと思いますけれども……」

「……変にわきまえてるんだな。どうも良いトコのお嬢様みたいだが、こっちはただの野暮ったい平民だ。そっちこそ、堅苦しいのは抜きにしてくれ」

「……承知しま……分かったのよ」

「うん、それでいい」

「ふふっ。こんな話し方、家族や親しい友人にしかしたことないのよ」

「ああ、それで構わない。俺たちは友達だ。困ったことがあるなら言ってくれ」

「年上の友人を持つなんて初めてなのよ。……うん、分かったのよ。あたしが話せる……というよりは、分かる範囲でお話しするのよ」

「分かる範囲ってのは、どういうことだ?」

「ご覧のとおり、あたしはまだ子供なのよ。……パパがしんっ……死んでしまったのは、うん、理解してるのよ……」


 少し言葉に詰まる彼女。

 辛い思いと一緒に込みあがってきた何がしかをゴクリと飲み込むと、再びこちらを見据える。


「パパに託されたのよ。分かる範囲、と言ったのは、あたしも事情をよく分かってないのよ。とにかく、この中の手紙をお爺様に届けるように言付ことづかっただけなのよ」


 そう言いながら彼女は、相も変わらず大事そうに提げていた鞄に目をやる。


「手紙の内容は見たのか?」

「見てないのよ。見たところで、たぶん分からないと思うのよ」

「そうか……。ちなみにファミリネームはなんて言うんだ?」

「それは……」


 言いよどむのを見て、すぐさま切り替える。


「いや、いい。じゃあ、お爺様、というのは誰だ?」

「えっと、その……」

「言いにくいか」

「ごめんなのよ。言っていいものか、分からないのよ」

「いいんだ。話せる部分だけ聞かせてもらえればいい」


 その『お爺様』とやらが分かれば、彼の元へと送り届けてやれるのだが。


「警務局……はダメなんだよな」

「うん。とにかく、お爺様に手紙を届けることと、お爺様以外には見せちゃいけないってパパが……言い残したのよ」


 ああ、いかん。

 なんかややこしいことになりそうな雰囲気だ。

 しかし、危険を回避するためにも聞くのは避けられない。

 覚悟を決めろ、俺。


「それはどういう意味だ?」

「分からないのよ」

「うーん……そうか」


 八方手詰まりの感がある。


「あー、いいか?」


 そう言いながら、オルが小さく手を挙げる。


「……どうぞなのよ」


 若干怖がっているのだろうか、セラチが控えめに頷く。


「どこからどこへ向かう途中だったんだ?」

「それは……うん、シェラスボクからバーリニに向かってたのよ」

「シェラスボク……セレースバヒロ領邦か。……もしかしてシェラスボクの領主家のご令嬢か?」

「あっ……ううん、違うのよ。領主家の生まれなのは違いないけれど……」


 セレースバヒロ領邦とは帝国と東のシュカドナーヴォの国境の南側に位置する、同盟領域と同じように三方を山に囲まれ、帝国側からは2箇所の回廊を挟んで両国との間に位置する地域だ。

 回廊と言っても、帝国・同盟間ほど峻険しゅんけんな山々ではなく、高高度を進める小型の艦ならば飛び越えていけるほどのものだ。

 ここもまた、帝国と東の歴代国家との係争地けいそうちであったが、現在は帝国領となって100年近くになる。

 ちなみに、同じ国家の領土同士を繋ぐ回廊は“国内回廊”と呼ばれ、軍の通行に問題はなく、治安は高い水準で保たれている。

 つまり、小型の旅客船ならば間違いなく安全に抜けられるものだということだ。


 まさか回廊を抜けた先で襲われるとは思ってなかっただろうが……。

 ああ、そうだ。


「誰に襲われたか分かるか?」

「ううん、分からないのよ。嵐の中だったし、パパもよく分かってないみたいだったのよ」

「うーん、そうか……」

「あー、すまんが、さっきの話をもう少し詰めさせてもらっていいか?」


 俺とセラチが話していると、横からオルが割って入ってくる。


「バーリニに向かうと言っていたが、そのお爺様とやらもバーリニ近くの領主家の人間ということでいいか?」

「……うん、そうなのよ」

「ここらへんの領地と言えば1つしかないんだが……」

「あっ」

「……ふぅ……」


 オルはため息をつきながら、眉間を押さえる。


「どういうことだ?」

「……バーリニ付近で空港を持つ他の領主家の街は無い。このオロナバルもその領主家の統治下にある。ここを越えてバーリニで降りた方が近いということは、その領主家に近い人間ということになる。『お爺様』と言うほど老齢で領主家の血筋となると、領主そのものか、それにかなり近しい人物だ」

「領主って……会えるものなのか?」

「さてな。それはあくまでも可能性の一つだし、俺たちは送り届けるだけで終わりだ。会う必要があるのは彼女だけだ」


 オルはセラチを一瞥するが、彼女は恐縮するように俯く。


「いずれにせよ、明日にはバーリニにとう。都合のいい事に領主家の屋敷はバーリニにある。彼女を領主家の屋敷に届けて、それで仕舞いでいいだろう。どうだ? ディム」

「わかった。そうしよう。いいか? セラチ」

「うん……」


 彼女は下を向いたまま頷く。


「あー……すまない。結論は出たんだ。これ以上は何も込み入ったことは聞かないでおくよ」


 少し間を置いて、セラチの内心に思いを馳せたのか、オルが追及の手を止めると宣言する。

 これ以上、余計な情報を耳に入れてしまうのを避けたいという気持ちもあるのだろう。


「それよりも気になったんだが、なんでそんな格好をしているんだ?」


 相も変わらずラフナのブラウス1枚のみの格好が気になったのか、彼は特に臆することも無く疑問を口にする。

 その問いかけに顔を上げかけていたセラチは再び俯く。

 今度は恥ずかしそうに、頬を赤く染めて。

 事情を知らないとは言え、この話はこの幼い淑女には酷な質問だろうと、俺は抑えにかかる。


「淑女には色々あるんだよ」

「色々? そりゃなん――」

「オルくん! デ……デロ……なんだっけ?」

「デリカシー」

「そう! プロフェシーがないぞ!」

「デリカシー」


 学ぶ女じゃなかったのか?


 ピオテラが場の空気を乱したおかげかどうかはともかく、自然な流れで俺達の今後の予定などについて詳しく詰めていくことになった。

 主な話者は俺とオルとラフナに限られ、ピオテラとセラチは蚊帳の外に置かれた感じではあったが、2人は2人で何事かを喋り、楽しそうに笑っていたのでよしとする。


 その後、少しばかりの時間が経って解散と相成る。

 セラチはラフナ……に下手なことを吹き込まれないように、ピオテラの部屋に送り込んだ。

 セラチも何か嬉しそうだったので正しい判断だったのかもしれない。


 俺も全乗員の帰還を確認したのち、自室に戻った。

 何名かがかなり遅くなって帰ってきたので、かなり夜も深まってからだったが。



 *



 翌朝、わずかな補修と補給を行ったあと、バーリニに向けて発ち、数時間ほどで到着した。

 発着場に降りるとピオテラがはしゃぎ始める。


「すごい! 浮遊島だ!」


 彼女が目を輝かせて指をさす方向には、その名の通り、大きな島が同じくらいの大きさの湖の上に浮いている。

 浮遊島は数多くの、あるいはいくつかの巨大なレビトンを内包し、地面を引き剥がしてできたものだ。


「同盟領域内にもあるだろう」

「王国にはなかったし! うわ~、話には聞いてたけど、実際に見るとすごいなぁ。大きいなぁ」

「今からあそこに行くんだぞ」

「え!? そうなの!?」

「セラチを送り届けにな」


 多くの人が居住できるほどの広さを誇る浮遊島を擁する領地の主は、おおむね浮遊島上に屋敷を置いている。

 かつて島の人々の国が政府機関を置いていただけあって、行政区画としてほぼ完璧に整備されていたものを流用したからだ。

 島の人々と地の人々が長い年月をかけて和解と融和を達成したあと、各所でこのような形が取られるようになった。

 いざという時、防衛に向いているという理由もあるだろう。

 実際に、小さな航空艦ごときでは積めないし、逆に小さな航空艦ごときは軽く叩き落とせるような大きさの大砲を据え置かれているであろう砲台が、ここからでも随所に見える。

 帝国の首都も同様だ。

 ここのものよりも更に大きく、堅牢なのだが。


 とりあえずは3日の滞在を空港に申請し、まずは取引相手の商会へと向かう。

 宿の確保のためだ。

 商会が運営している、あるいは懇意にしている宿は紹介さえあれば割安で泊まらせてもらえる。

 商談がまとまらなくても紹介はしてもらえるので、乗員には一時的に艦での待機を指示する。

 機関長を含めた幾人かにはその間に艦の整備の必要項目について、空港に常駐する整備関係者との折衝せっしょうを依頼しておく。


 宿泊先が決まり次第、各員に通知する必要があるので、乗員には夕方近くには一度空港塔に集合してもらうこととして外出を許可する。

 この3日間の強行軍で随分と苦労をかけた。

 息抜きも必要だろう。


「セラチ、屋敷に向かう前にこちらの用事を済ませたいんだが、いいか?」

「うん、構わないのよ」

「すまんな」

「無理を言ってるのはこちらなのよ。気にしないで」

「あ、ああ」


 うーん、聞き分けが良すぎる子供ってのも、なんかやりづらいな。

 いや、ありがたいんだけれども。

 誰かさんに半分……いや、4分の1だけでも……。

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