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第3話 泥棒にゃん娘の昔話

 部屋にあった伝声管でオルを艦長室へと呼び出し、ラフナ、女と連れ立って船内を進む。


「背丈は同じくらいだったので大丈夫だと思ったんですけど、その……サイズが……」

「……そうか」


 ラフナの体つきは……その……控えめに言えば……控えめだ。

 そういうこともあるだろう。


「まぁ、問題ない。検問に着けば、すぐにでも服を貰えるはずだ」

「え!? ほんと!?」

「ああ、ホントだぞ」

「いくらくらいするの?」

無料タダだ」

「へぇ~。そんなサービスがあるんだ。すごいね」

「ああ、すごいぞ。色んな人が着てるやつだ」

「流行りモノなんだ!? すごい! 何? それを着て外国に行けば広告塔になるみたいな?」

「いや、同盟領域内でも注目の的だぞ。『囚人服』って言うブランドなんだけど」


 ガッと肩を掴まれる。

 えらく力のこもった眼光でこちらを覗き込むが、俺が睨み返すとすぐに肩を離し、両手が力なく垂れ下がる。

 睨みつけていた彼女の瞳が潤いを増し、眉がその端を下げていく。


「お願いぃ……」

「お願いされてもなぁ……」

「何でもするからさぁ……」

「何でもするんだな?」

「!! う、うん! うんうん! なんでもするよ! な、何!? ちゃんと予習はしてるから……」

「降りろ」


 ガクリと彼女の首がうなだれる。


「ケダモノめ。監獄に行けば嫌でもそういうチャンスに巡り合えるかもしれんぞ」

「えぇ~……せめて初めてはこう、文明的な人が……」

「犯罪者が贅沢言うもんじゃないよ」

「うっ……」


 そんな会話をしながら、艦長室へと辿り着く。

 自室なので遠慮なく扉を開け広げる。


「よう、遅かったな」

「悪い。ちょっと事前交渉をな」


 オルが先に着いており、室内中央にあるソファの片側に座っている。

 艦長室は艦橋からの方が近い。自然なことだ。


「まだそんな格好させてんのか」

「合う服がないらしくてな」

「ふーん……そっか」


 興味なさげな相槌を打ったあと、彼はラフナの方をチラリと見て、何かに納得するようにわずかに頷く。

 今はラフナの顔を見ない方がいいだろう。

 彼女の不興の巻き添えを喰らいかねない。


「ま、座れ」


 本来なら床に正座でもさせたかったが、もうしばらくの付き合いだ。

 そこまで邪険にする必要もないと考えて、女を向かい側のソファに座らせ、その隣にラフナが腰掛ける。

 ……なぜか自然にラフナが入り込んでいるが、まぁ、いいだろう。

 女に余計なことを喋らせなければ意見は多いほうがいいし、何より同じ女性の意見が入れば女も受け入れやすくなるかもしれない。

 そうした判断の下、同席を咎めることはしないでおく。


「……あんまり座り心地良くないね」

「安物だからな」


 彼女の失礼な発言に、真面目に返答するオル。

 その彼の隣に、俺が腰を下ろす。


「じゃあ、まず、お前……うーん……名前を聞こうか」

「ピオテラ」

「それはファーストネーム?」

「うん」

「じゃあ、ファミリーネームは」

「ボルニチカ」

「ピオテラ・ボルニチカね……歳は?」

「20」

「職業は……泥棒で、住所は不定でいいな?」

「んまぁー、そうだねぇ……3年前までは王国の端っこのほうにあった森で両親と一緒に猟師をやってたんだけど、道だか街だかを広げるとかどうとかで追い出されちゃった」

「ふーん……で、泥棒に転職したと。その両親はどうしてるんだ?」

「わかんない。二人が猟師をやめるのやめないのの話をして喧嘩になっちゃって、気付いたら二人とも出てって、そのまんま」

「なんだそりゃ」


 夫婦喧嘩で子供を放り出してそのまま失踪か。

 色んな家庭があるんだなぁ。


「家で待ってたのに、ずっと帰ってこなかったのか?」

「え? いや、二人とも居なくなったから、よっしゃ街に出て遊ぼうと思って、すぐに出てった」

「…………」

「一人で街に行くのは絶対に許してもらえなかったからね~。憧れだったんだ」


 同情しかけたが、その思いはすぐに引っ込む。


「でも結局、近くにあるはずだった街には着かなくて、さんざん迷った挙句に知らない街に辿り着いたんだ。何日くらいかかったかな? けど、色んな草や木の実や川魚を食べる事が出来たし、ピクニックみたいで楽しかったよ! 何回かお腹壊したこと以外は……」


 すごい生存能力だ……。

 猟師ってみんなそうなのか?


「初めて市場を見た時は感動したな~。いつもはお肉屋さん? みたいなお店しか行かなかったからね。いっぱい人がいて、色んなものを売ってて、馬車もいっぱい通ってた。空飛ぶ船の港なんか本当にすごかった! 空飛ぶ船なんて森の中から、たまに小さく見えるだけだったから。目の前で見たらすごく大きくてビックリしたよ」


 楽しそうに話すなぁ……。

 結構悲惨な目に遭ってると思うんだけど……。


「でね、市場で何か買おうと思ったんだけど、お金がなくてさ。獲物でも獲ってきて売ろうかなって思ったんだけど、銃がなくて。でも、その銃を買うお金もない。その時、雑貨の露店が目に入って、これだと思ったね。どこからか何か借りてきてお金に換えればいいんだって」

「その発想はないだろう」

「今にして思えば確かにそうなんだけど、だいぶ切羽詰ってたんだ」

「うーん……」


 そこまで追い詰められた経験がないからか、理解に苦しむ。

 しかし、自分がその立場になれば……同じことをしていたかもしれないと思わなくもない。


「本当に……もうそれ以上……耐えられなかったんだ……」


 眉間にシワを寄せ、拳を握り締め、俯き、すごく辛そうな表情をしているように見える。

 拳と共に、声を震わせる。

 なんだかんだで、やっぱり大変だったんだな……。


「目の前に美味しそうなお肉や野菜や果物が並んでるのに食べられないことが……」


 こ、こいつ……なぜ、こうも執拗に俺の同情を跳ね除けるのか……。


「食べ物を盗めば手っ取り早かったんじゃないのか?」


 オルが疑問を差し挟む。


「あっ」

「…………」

「ほ、ほら、農家の人とか、牧場の人とかに悪いじゃん……?」

「他は湧いて出てきた物だとでも思ってるのか……?」

「ん……まぁ、ほら……それは、その……」

「確かに、足しげく食料品店に盗みに入って、チマチマと持ち出して仕事がやりにくくなるよりは、金を稼いで買う方が、食べ物の手に入る量も、仕事が出来る期間も増えるよな」


 なぜかオルのフォローが入る。


「そ、そう! そうそう! そう……だよね?」

「…………」


 俺に尋ねられても……。

 足りねぇなぁ……色々と……。


「じゃあ、銃を盗めば狩りで生計を立てられたんじゃないですか?」


 今度はラフナが疑問を口にする。


「あー、それはダメだった」


 試したのか……。


「大体の所は厳重に保管してるし、盗めそうだった事も1回あるんだけど、店の人に見つかってバンバン撃たれてさ。怖くなってそれっきりだよ」

「ほーん……なるほどね……」


 彼女の話を面白く感じてきたのか、若干ニヤつきながら呟くオル。


「まぁ、それはともかく、やりにくくなる度に街を移動しながら、ある程度お金に余裕が出来た頃にようやく銃を買って狩りをしてみたんだ。けど、あ、こりゃダメだ、シケてんなーって思ったね。効率が悪いのなんの。銃は即売っ払った。移動するとき邪魔になるから」


 自由だなぁ……。

 いや、そういう話をしたいんじゃない。

 いつの間にかピオテラの盗み働きに対するダメ出し大会みたいになってきてる。


「あー、わかった。ピオテラの経歴はよーく分かった。なんだかんだで大変だったんだってのは分かった」

「え? 大変? 別に……あ、いや、うん、そう、大変だったんだ。辛かったなー。苦しかったなー。可哀想だよねー。ホントあたし可哀想! 可哀想じゃない?」

「別に」

「えぇ!? 可哀想じゃん! ここで見捨てちゃったら後味悪いでしょ!?」

「大丈夫。ちゃんとお勤めを果たせば、今度からは大手を振って明るい陽の下を歩けるぞ。よかったな。そうなったら一緒に遊ぼう。美味しい甘味を食べさせてやるぞ。ほら、すごく後味が良い」

「うえぇ!?」


 彼女は知る由もないが、俺の同情をすべて回避してくれたのだ。

 判断を覆す要素は何も無い。


「同盟側で降ろされたら殺されちゃうかもしれないんだよ!? ここまで情を交わしといてそれはないんじゃないの!?」

「交わしてねぇ!」


 俺が投げかけた情を、明後日の方を向きながら第六感でも備わっているかの如く見事に“かわし”続けた奴の言えた事ではない。


「殺される……って、なんですか……?」


 ラフナが反応する。


「あー、それはだな……」

「そう! このまま検問で降ろされたら殺されちゃうかもしれないんだ! だからお願い! 助けて!」


 突破口を見つけた窮鼠の如く、ラフナの言葉に食いつくピオテラ。

 まずいまずいまずい。

 余計な事を喋らせてしまった。

 女性同士、俺が望まない形で何かしら相通じてしまうかもしれない。

 同席させたのは間違いだったか。

 ラフナがピオテラに同情を抱いてしまう前に、楔を打ち込まねば。


「あのね! あたしね! ちょっとよく分かんないけど――」

「こいつといると危険ってことだ。命に関わる」

「えっ……」


 下手なことを喋り出しそうになったピオテラを遮り、要点を切り出す。

 先にも述べたとおり、ラフナが俺たちの商会に入ってからどれだけ時間が経っているのかよくは知らない。

 最低でも俺の下に来てから1年以上経っているのは確かだが、その間に商人としての常識や嗅覚が備わっているかは不明瞭だ。

 もしそれが欠けているとすれば、情にほだされる可能性がある。

 直接的な表現で抑え込むしかない。


「こいつはやばい情報を抱えてる。実物に例えれば禁制品……奴隷や偽造貨幣、密造薬物なんかだ。そんなものが見つかってみろ。話は俺たちだけじゃ済まない。商会全体に関わる」


 俺たちが所属するウィルラク商会は新興の組織だ。

 同盟領域内に必要最低限の網をようやく張り終え、外に進出し始めたばかりの弱小商会だ。

 だが、新興ゆえに勢いがある。

 こんなところでつまずくわけにはいかない。


「そんなにか……」


 事前にそういう話かもしれないと、ぼやかして伝えていたオルが呟く。


「そんなにだ。むしろ、ここでちゃんとした法的機関に拘束されれば彼女は無事で済むかもしれないし、俺達も余計ないざこざに巻き込まれないで済む」

「そうか……」

「うーん……」

「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁぁ!!」


 考え込む二人を見て危機感を覚えたのか、ピオテラが急に立ち上がり、吠える。


「牢獄の中で……具体的にどういうものかは知らないけど……不自由な思いをするのは真っ平御免だよ!」

「今までが自由すぎたんだ。反動だと思って諦めろ」

「いぃぃぃやぁぁぁぁ!!」

「ええい! 今、空の上から落とされないだけでもありがたく思え!」

「ぐっ…………ぐぬぅ…………」

「それこそ、自分の手を汚すという点で後味が悪い。だから、ちゃんと地に足が着くところで降ろしてやるって言ってるんだ」

「で、でもぉ……」

「デモもストもない! ……さっきも言ったが、本当に身の危険を感じるなら大人しく捕まったほうがいい。逮捕されるんじゃなく、保護されると考えろ」

「ううぅぅぅ~……」


 ピオテラは糸が切れた人形のようにストンと椅子の上に腰を下ろす。


「……せめて帝国側まで送ってあげたらどうです?」


 ラフナが不意に口を開く。

 ああ……懸念が現実のものとなってしまったか……。


「……うん……俺もそうした方がいいと思う」


 ……え?

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