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第28話 艦長の聴取

 部屋を出ると、ピオテラが立っていた。


「あ、終わった?」

「こっちはな」

「まだやるんだ。そっか。艦長さんもいたね」

「そういうことだ」

「で、あたしはここで待ってればいいんだね」

「分かってるじゃないか」

「あたしは学ぶ女だよ……」


 諦観ていかんを多分に含みながら呟くピオテラを横目に、医務室の扉へと向かう。


 医務室に入ると、抑えようとはしているものの、男が痛みに喘ぐ声がすぐに耳に届いた。

 目の前には衝立ついたてが立てられ、おそらく処置が行われているであろう病床は見えない。

 衝立の向こうにいる艦長に話を聞かなければ、と左を向くと、ラフナがいるのが目に入る。


 彼女はおそらく、艦長が処置を受けている姿をジッと見ている。

 だが、その頬は紅潮し、息が荒い。


 ラフナがこちらに気付き、手で部屋の奥へと誘導する。


「今、すごく良いところですよ」


 どういう意味?

 と聞きたいが、やぶをつつきたくないので、口には出さないでおく。


 艦長が横たわるベッドが見えると、ちょうど脚から鉛弾が摘出される場面だった。

 金属製の皿に弾丸の破片が落とされてカランと音が鳴ると同時に、船医が止血のため傷口を圧迫し出した。

 俺たちの気配を感じてか、船医がこちらへと振り向く。


「ちょうど良いところに。動脈に傷はついてないと思うのですが、それなりに出血があるので、念のため股関節の動脈を圧迫してみてください。その間に処置をします」


 船医にそう言われ、彼が出す指示に従い、あれこれと動く。

 しばらくののちに処置が終わり、顔中が汗まみれになりながら息が荒い艦長。

 その彼の横にブレアが椅子に座り、先程と同じようにペンと手帳を取り出す。


「手短に済ませますので、お話を聞かせてください。素直に話していただかないと長引くので、ご協力を」


 ブレアがそう言うと、艦長は何度かに渡って小さく頷く。


「ではまず、先程の取引相手はどういった方ですか?」

「よ、よくは知らない」


 そう言った瞬間、ブレアがペンを傷口近くに押し込む。


「あああぁぁぁ!」


 絶叫する艦長。

 これじゃ拷問だな。

 先程の話を聞いて怒り心頭なのだろうか。

 気持ちは分からないでもないが……。


 不意に、右の方から女性の嘆息が聞こえた。

 ああ、これ以上はいけない。

 ラフナの情操教育上、非常によろしくない。


 ここからラフナを退出させる方法を考えると、食堂にいる負傷者のことを思い出した。

 船医にその事を告げ、負傷者のみを別室に連れ出して治療してもらう事にする。

 そして。


「ラフナ、船医について行ってくれ」

「えっ、でも……もっと……」

「ここはいいから。部屋の前にピオテラも待機してるし。船医と、治療する負傷者を監視してくれ」

「……分かりました」


 渋々といった感じで船医と共に退出するラフナ。


 よし。


 それを見送った後、再びブレアと艦長の方へと向き直る。


「こちらも手短に行きたいんです。ご協力いただけるんでしょう?」

「わ、分かった」

「では、もう一度。取引相手は?」

「く、空賊だ」

「ほう。空賊相手に商売を。何を取り引きしていたんです?」

「女だ」

「女。娼婦ですか?」

「そうだ」

「成年に満たない娼婦?」

「……奴らはクソだからな。そういうのが好みなんだろう」

「ふむふむ。では、彼らに少女を引き渡していたと」

「言っとくが、金でじゃないぞ」

「金じゃないなら何を代価としてたんです?」

「スタグ内の安全な通行だ」

「ほう。どうしてそんな取り引きをすることに?」

「どうしてって……いや、待て。お前ら何なんだ? あいつらの仲間じゃないのか。どうして今さらそんなことを聞く?」

「どうしてって……警務局の人間だからですよ」

「警務局!? いつから警務局が空賊の真似事なんかあああああぁぁぁぁぁ!」


 再び、えげつないペンさばきを見せるブレア。


「手短に行きましょう。寄り道は大怪我の元ですよ」

「わ、わかった! 分かったから! はぁ……はぁ……」

「で? どうしてそういう取り引きをすることに?」

「く、詳しくは知らない。ただ、そういう話になったと上から聞いたんだ」

「上からと言うのは?」

「それは……」

「タソルの、カルノ支店の、支店長?」

「……そうだ」


 一瞬の迷いがあったが、ブレアが手帳からペンを離すのを見て、また痛い目に遭わされるのを恐れてか、結局タソルの支店上層部の関与を認める艦長。

 こりゃあ、タソルはダメだな。

 オルの目論見もくろみ通りになる。

 もうちょっと突っ込んでみようと、俺が口を出す。


「本店からの指示では?」

「……いや、そんな話は聞いたことがない」

「そうか」


 俺が口を差し挟んだことに驚いたのか、ブレアがわずかに振り返る。

 オルの目論見以上のことにはならなそうだ。


「ちなみにいつからこういう事を?」

「さてな……。俺は元々、同盟と帝国の間の行き来だけだったんだ。ところが、ある時、支店長から帝国側で輸送に従事するように言われたんだ」

「言われたのはいつ頃?」

「……3ヶ月以上前だな」

「どういう風に言われたんですか?」

「スタグが通行できるようになったから、その航路でどんどん北へ物を運べと言われた」

「スタグ内を通れるなんて馬鹿げた話だと思わなかったんですか?」

「思ったさ。最初に指示を聞いた時はビビったが、指示通りに動いたら、その通りになった。それからは……なんというか、慣れたな」

「指示とは?」

「女を……子供を差し出せばスタグ内を通らせて貰えるから、そうしろという指示だ」

「少女を空賊に渡すことにためらいは?」

「商品と考えてしまえば案外割り切れええええぇぇぇぇ!」


 唐突にペンを凶器に変貌させるブレア。


「失礼。ペンが滑りました」


 どう滑ればそうなるんだ……。


「はぁ……はぁ……なんなんだ……」


 本当に。


「商品と考えた、ということは、ご自身が一種の人身売買をしているという認識があったと」

「…………」

「人身売買はご法度なのはご存知ですよね?」

「ああ」

「よく関わろうと思いましたね」

「ふん。稼ぎが良かったからな。法と金、どちらがより直接的に自分を助けてくれるかを考えれば、ためらう必要もないと思うがね」

「まぁ、そういう場合もありますね」


 あるのかよ。


「空賊との間で契約書の取り交わしはしてたんですか?」

「するわけないだろう。あいつらとの契約書なんて誰に見せるんだ。契約書は保管する必要があるが、犯罪の証拠を大事に保管するバカがどこにいる。第一、そんなもので空賊を縛ることなんてできるとは思えない」

「確かにそうですね。しかし、よくそれで取り引きを続けようと思いましたね」

「やれって言われたからやってただけだ。奴らがやることやってくれるなら、それでいい」

「空賊が態度を豹変させて襲いかかってくるとは思わなかったんですか?」

「そんなこと思ったこともない……と言ったら嘘になるが、奴らの要望にしっかり応えてるうちは大丈夫だろうと思ったんだ」

「なるほどなるほど……そうですか……。では仮になんですが、契約書を作ったとしたら、あなたならどこに保管します?」

「あ? だからな、そんなもの作るわけ……」

「仮にですよ、仮に」

「まぁ……そうだな……。支店の金庫だろうな」

「他には?」

「他に? うーん……隠れ家……は盗人に入られちゃ通報しにくいな。いや、何を盗られたか説明すると余計に……うーん……どこかの地面に埋めるとか……あー! そんなもん知るか! いででっ」


 大声を出して傷に響いたのか、脚を押さえる艦長。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないだろう……。で? 俺が言った中に正解はありそうか?」

「さて、どうでしょう」

「チッ……他には?」

「素直になってくれたようで嬉しいですよ。そうですね、次は……」


 手帳にペンを走らせながら、何を聞くべきかを考えているのだろう。

 ブレアが少しばかりの沈黙ののちに、口を開く。


「空賊と取り引きする前に人を売り払っていたことはありましたか?」

「……いや、知らないな」


 ペンを手帳から離すブレア。


「待て待て待て! 本当だ! 知らない! 本当に知らないんだ!」

「本当に?」

「本当にだ! 俺自身、この件以外でそういうことをした記憶も、同僚からそんな話を聞いたこともない! 頼むからその物騒なのをしまってくれ!」

「物騒って……ただのペンですが……」

「いや、まぁ、そうなんだが……はぁ……まぁ、いい。で? それがどうした?」

「娼婦も売り飛ばしていたりは?」

「売り飛ばす? あれはただ斡旋業者に頼まれて運んでただけだ。少なくとも俺はそう聞いたし、空賊に要求されたことも、引き渡したこともない。わざわざ自分から好きこのんで空賊相手に売りに行く奴はいたがな」

「娼婦を降ろした後のことは何かご存知で?」

「俺が知るわけないだろう。業者に引き渡して、それで終わりだ。その場で金銭のやり取りなんかなかった」

「ふむ……ああ、そうだ。少女達はどこから連れてきてたんです?」

「さてな……貧しい家から、食い扶持に困って奉公に出されてきたってのは聞いたことがある」

「詳しくは分からないと」

「そうだ」

「そうですか。あー……まぁ、とりあえず、これくらいですかね。また何か聞きに来ますから、大人しくしててくださいよ。逃げようとしても、部屋の前には見張りが複数いますからね」

「この脚じゃ逃げるに逃げられねぇよ……」

「はは、まぁ、そうですね。では、また後で」


 そう言い残すと、俺たちは部屋から退出した。


「さて、もう1度、空賊の頭領さんに話を聞きますかね。ああ、そうそう、お嬢さん方の話も聞かないと」

「まだ何か聞くのか?」

「聞きますよ。何度でも。疑問を感じた点や不明な点を思い出したりしながら、いくらでも繰り返します」

「ほーん……」

「真実とはそうやって執拗に突き詰めて行って、ようやく辿り着くものです。地味で退屈かもしれませんが、まぁ、お付き合い願いますよ」

「へいへい」


 廊下にいたピオテラを見ると、つまらなさそうに小銃と一緒に壁にもたれかかっていた。


「よう、フクスウさん」

「なにそれ。あたしのこと? どういう意味?」

「頼れる見張り役ってことだ」

「ふぅん……」


 おだてれば調子に乗るはずの彼女だが、退屈が極まったのか、気の抜けた返事しか返ってこない。


「どうした? 元気が無いぞ」

「寒いし、眠い」


 あちこちで配管をぶち破ったせいで暖房の効きが悪くなっているのだろう。

 確かに、肌寒い感じがする。


「もう少しの辛抱だ。我慢してくれ。俺も一緒に我慢してやるから」

「はぁい……」


 俺が我慢してるんだからお前も我慢しろっていうのは、我ながらおかしな言い草だ。

 おそらく俺が何を言ってるのか理解しないまま、彼女はただ漫然と返事をする。


 その後、ブレアは先の自分の言葉通り、頭領のいる部屋と医務室を何度も往復した。

 もちろん、俺を伴って。

 何度かピオテラがうとうとしているのを見かけたので、その度に呼びかけて無理をおして起こした。

 ある程度、話がまとまった頃合いで、ブレアは艦長室から紙を持ち出してきて証言をまとめた書類を作成し、頭領と艦長、そして少女らに内容を読み聞かせた上で、サインをさせた。


 ブレアは頭領の部屋では終始和やかな雰囲気で、ついには少女達とも談笑したりするまでになったが、医務室では何度もペンと艦長がベッドの上で踊った。

 いよいよ意識が朦朧としてきた中で、その光景を見ながら、悪いことはしないでおこうと心に誓う俺であった。

次回更新は11/14予定です。

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