第27話 空賊の聴取
覗き穴から見える空賊の船が、たぶん船内では壁が床になっているほど右舷側に大きく傾いた姿に気付くと、砲撃の手を止める。
右舷側の機関にある“浮揚石”を格納してある容器が損壊したのだろう。
もう動けまい。
あー、楽しかった。
この砲、いいなぁ。欲しいなぁ。どこで手に入るんだろう。
ふと、こちらを見ているブレア達の顔が目に映る。
珍獣を見るような目を俺に向けている。
な、なんだ?
俺、何か変なことしたか?
「あー……とりあえず、乗員を1箇所に集めるぞ。左舷側の連中を移動させよう。そうだな……食堂でいいか。一応、娼婦達にもそのまま待機するように言ってくれ」
耳がバカになってしまっているので、自分の声が身体の中で大きく反響する。
3人を見回すと頷いているので、俺の声は届いてるようだ。
1人は左舷側甲板、1人は娼婦に声をかけに行くため、船内へと入っていく。
残ったブレアが困った顔をして口を動かしているが、まったく聞こえない。
まぁ、先程の問いかけと表情から、おおむね察しは付くので答える。
「うちの船の奴に失敗した場合の指示書を渡してあってな。日が明けたらベオウンの警務局なり軍なりに通報して、ここまで駆けつけてくれるよう書いておいた。朝まで我慢すれば助けが来る」
……かもしれない。
頼むぞ……オル……。
その返答が彼の望んだものか定かではないが、それ以上は何も言わず、俺と一緒に左舷側の甲板へ進んでいく。
拘束されている者、負傷して動けない者、すでに戦意を失くして呆然としている者、気絶している者、おおよそ10名ほどが転がっている。
幸いなことに死者はいなさそうだ。
警務局もやるもんだな、と感心する。
いや、まぁ、そんなものだろう。
武装解除の際に小銃は外に投げ捨てたのか、1丁も見当たらない。
しばらくすると1人が戻ってきたので、4人で銃や警棒を突きつけつつ、それぞれに肩を貸し合わせたりして食堂へと移動させる。
食堂に集め終えたところで船医の存否を乗員たちに問いかけると、ある1人に指をさしたり、顔を向けたりしたのですぐに判明した。
呆然としていた者のうちの1人が船医らしかったので気付けをして同行を求める。
食堂を出ると鍵をかけ直し、警務局の1人に見張りを頼む。
船医には、艦長の脚の怪我をどうにかしてもらわねばならない。
開けた場所に放置していた4人を手錠で2人1組にして拘束した上で、ロープを外し、ブレアともう1人の局員に食堂へ移動させるよう指示する。
食堂の連中もそうだったが、商船の乗員だからだろう、事ここに至って抵抗する気骨がある者は誰もいない。
俺だってそうなる。
船医に艦長を医務室まで連れて行くように、また、艦長を見張っていたラフナに彼らに付き添うように指示する。
ラフナが医務室の場所を聞くと、船医はここからから見えるすぐそばの部屋を指さす。
大の男2人にラフナ1人を付き添わせるなんて、以前なら不安でしかなかったが、今なら安心できる。
安心できてしまう。
いや、やっぱりちょっと不安だ。
別の意味で。
踵を返し、未だに白煙が満ちる機関室内に入ると、ピオテラが彼女の向こう側に見える身体の大きな空賊の頭領の影に小銃を突きつけていたが、彼女にしては珍しく、難しい表情をしていた。
俺に気付くと何か話しかけてきたが、相変わらず聞こえない。
いや、かすかに聞こえるようになってはいるが、はっきりとではない。
手探りでバルブを閉めると、徐々に煙が晴れていく。
大きな身体の頭領だな、とは思っていたが、少女達の姿を探そうとすると少し驚いた。
頭領を庇うように、彼の前方からギュッとしがみついているのだ。
頭領も、2人の少女の肩を強く抱き締めている。
少女達に離れるように諭したが、頑として拒否される。
なんなんだ……。
ともかく、頭領と少女ら2人にも話を聞かねばならないと考え、艦長と同じく医務室まで移動させることにする。
指示を出そうとすると、わずかに鼓膜が震えるのに気付き、振り返るとブレアが1人で来ていた。
「それが空賊ですか?」
若干、遠くから聞こえるが、ようやく聴力が戻ってきたらしい。
「ああ、そうだ」
「あの……少女達が人質になってるみたいですが……」
「離れるように言っても聞かないんだ。むしろ俺たちの方が悪者扱いだ」
「どういうことですか? それ」
「知らん。それを今から聞くんだろ?」
「はぁ……」
彼もワケが分からないと言った様子で、空返事をするに留まる。
「艦長を医務室まで運んであるから、そこでまとめて話を聞こう」
「えっ、あっ、それは」
そういうと、慌てた様子の彼が口を耳元に寄せてくる。
「それはまずいです」
「何がまずいんだ?」
「2人で適当に話を合わされたら真相が分からなくなります」
「ふーん、そういうものなのか」
「そういうものですよ。商会はともかく、軍ではそういうの習いませんでしたか? 戦時捕虜の扱い方とかで」
「習っ……たような、習わなかったような……」
「曖昧ですね……。まぁ、とにかく、そういうことなんです」
「了解した」
ちょうど機関室から出て目の前に医務室の横の空き部屋があったので、そこに入るよう頭領に指示する。
彼……と2人の少女は大人しく従う。
「そういえば、もう1人の局員は?」
「捕縛した乗員の数が数ですからね。2人で見張ってもらうことにしました」
「ああ、正解だ。さて、じゃあ、話を聞いていこうじゃないか」
「そうですね。ではまず、艦長から……」
「あ、艦長は今、治療中だ。後回しにした方が良い」
「分かりました。では頭領の方から行きましょう」
「おう」
「うん」
「…………」
俺が首肯すると、ピオテラも同意の声を上げる。
彼女に向けて両手の平を胸元に構えて、お断りの姿勢を取る。
「絶対ややこしくなるから……」
「えー」
「お願い」
「あたしも聞きたいー」
「外で見張ってて。いざという時、ピオテラなら俺たちのこと守ってくれるって信じてるから」
「あ、そう? んひひ、そこまで頼られちゃしょうがないなぁ……」
「助かるよ」
扱いやすくて。
*
頭領を挟んで少女2人が並んで座っているベッドに向けて、ブレアは椅子に座ってペンと手帳を取り出し、俺は小銃を持ったまま立つ形となった。
相変わらず頭領は少女2人の肩を抱き、少女2人は頭領にしがみついている。
「では、お話を聞かせてください。こっちは30名以上乗り込んでますし、あなたの船は沈めましたから救援には期待しないでください。正直にお願いしますよ」
ブレアがそう切り出すと、言われた頭領は黙って頷く。
30名以上って……5分の1以下しかいないんだけど。
まぁ、そういうハッタリも大事か。
「悪いが、まず、こっちから1つ聞かせてくれ。お前らは何者だ? この近くで商船に偽装して襲い掛かる手口の同業者は知らないんだ」
「ああ、えーと……私は警務局の人間で、彼は商……」
ブレアの頭頂部に思い切り手刀を振り下ろす。
「警務局の人間です」
「警務局か……。分かった。ちゃんと話そう。同業者に好き勝手されるよりは、俺が法廷に引きずり出されるだけで済むなら、それが一番良い。この娘達にとってな」
頭領はそう言うと、少女達を抱き締めていた力を弱める。
「随分とその娘達にお優しいんですね」
「当たり前だろう。子供を守らない大人なんていない」
何かすごく真っ当な事言い出したぞ、この犯罪者。
「素晴らしいお考えです!」
なぜか犯罪者に握手を求め、手を差し出すブレアと、少し戸惑いながらその手を握り返す頭領。
なんなんだ、こいつら。
「失礼。では、話を進めましょう。まず、あの商船と取り引きを行っていたのは事実ですね?」
「事実だ」
「どういう取り引きを?」
「少女達を引き取る代わりに、スタグ内を安全に通行できるよう先導と護衛をする、という取り引きだ」
「金銭のやり取りは?」
「子供を金で買えと? バカを言うんじゃない。あいつらとは違う」
「あいつらとは?」
「タソルのクソどもだ。相手は知らないが、俺たちに襲われるまでは子供達をどこかに売り飛ばしていたらしい」
「それは許せないですね!」
「ああ、許せん。半年以上前になるか、奴らの船を襲ったときに小さい女の子が何人も乗っていたんだ。貰うもの貰ってさっさと立ち去るつもりだったが、『こいつらは何なんだ?』と聞いたら『商品だ』と言いやがった」
「最悪ですね」
「まったくだ。初めは殺してやろうかと思ったが、流儀に反するから思い切り殴るだけにした。その上で『他の船でもこういうことをしてるのか』と聞いたら『してる』と言う。毎回襲って助け出すことも考えたが、はっきり言って、そうするには船も人も足りない。あるいは金を出して引き取ろうかとも考えたが、聞けばべらぼうな値段だったし、こちらはそんなに持ち合わせはないし、そもそもそういう取り引きは、やはり流儀に反する」
「なるほど。それで、少女達を引き渡してもらう代わりに、スタグ内の通路を開放し、護衛も買って出たと」
「ああ。ついでに、彼女らを食わせる分だけでもと思い、いくらかの物資を格安で譲るよう脅した」
「脅した?」
「その時の船のお偉いさんを人質に取ってな。『もしこの条件で手を打たないなら、今後はお前らを集中的にやるぞ』ってな。それから一度、引き返させて上役に相談してこさせ、話は決まった」
「契約書とか取り交わしたりはしましたか?」
「最初の1枚だけだな。それ以降は一度もない。空賊との契約書なんて信頼に値しないとでも思ってたんだろう。いちいち手間だしな。俺たちもそれで不満に思ったことは無い。最低限、子供さえ引き渡して貰えればそれで十分だと思った」
「なるほど。ちなみに、今まで引き取った少女達は?」
「ほとんどはアジトで保護している。一部は近くの街々に潜伏してる、特に信頼できる仲間の伝手で、どこかの孤児院や子供が欲しくてもできない家庭に身請けしてもらった」
「また売り飛ばされるとは思わなかったんですか?」
「彼女らの近況を調べて、略奪品を売りに行く度に報告させるようにした。何件か問題があったが、その場合は力づくで奪還した」
「警務局に通報すれば良かったのでは?」
「お前らは動き出すまでに時間がかかるだろう。それに、通報に行って背後関係を調べられたらこっちも危なくなる」
「まぁ……そうですね。ちなみに娼婦達も乗っていたはずですが、彼女らの扱いはどうしました?」
「彼女らは、ちゃんと生業を持ったいい大人だ。聞けば自分らの意思で北に向かうってんだから、それを引き止める必要はないだろう。まぁ、何人かは、たまにうちへ小銭を稼ぎに来る奴もいるがな。第一、そんな奴らまで引き取ってたんじゃ、こっちは物資も金もなくなるし、タソルもそれで儲けが少なくなっちゃ手を切るだろう。そうなるとまた、子供達が酷い目に遭う。それは避けたかった。あと、そんな女らを引き取って部下どもにワイワイやられちゃ、子供達のじょ……よ……ほうそうきょういく?」
「情操教育?」
「あ、そう、そんな感じのに悪影響が出るだろう?」
なんだ、この犯罪者。
「ふむ……そうですか。分かりました。ありがとうございます。では、次はお嬢さん方に……」
ブレアが視線を移すと、少女の1人はフルフルと首を横に振る。
「ごめんなさい……まだちょっと落ち着いてなくて……」
「あたしも……」
「そう……ですか。では、またのちほどお話を聞かせてください」
手帳を閉じると、ブレアはそう告げる。
不意に頭領が口を開く。
「ところで、この娘達はこれからどうなる?」
「ちゃんと保護します。こちらは国が関わってるんですよ? そう悪いようにはしませんし、できませんよ」
「そうか……。よかった……」
そう言いながら、2人の少女の身体を抱き寄せる。
「ただし、今のことをしっかりと法廷で証言してくださいよ。彼女たちのためにも。アジトで保護している少女達や、部下のためにも」
「そう言われちゃ弱いな。分かった。約束しよう」
今度は頭領から手を差し出し、ブレアが握る。
お互いに良い笑顔で、やりきった男の顔で。
「おじさん……」
「大丈夫だ。お前らはこのおじさん達がちゃんと助けてくれる」
少女の1人が頭領に話しかけると、頭を撫でながら彼は彼女に優しい笑顔を向け、優しい声で諭す。
「また後でもう一度、お嬢さん方にお話を伺いに来ます。もちろん、あなたにも。その時は、どうぞよろしく」
「ああ、分かった」
少女2人と寄り添いながら、力強く頷く頭領と弱々しく首を縦に動かす少女ら。
そして、それに満足げに頷き返すブレア。
まぁ、色んな人間が居るんだし、空賊の中にも良い奴がいたっておかしくはないか。
彼のような頭領の部下になら、優しくしてやれるだろう。
そんなことを思いつつ、俺とブレアが部屋から出ようとすると彼は何気なく振り返り――
「う、微笑ましいですね」
「ん? あ、ああ。そうだな」
――と呟いたので、思わずテキトーに返事をする。
なんで急にそんなことを言い出したのか分からない。
いや、確かに微笑ましいが……。
頭領と少女を見ながら呟いた彼の表情に、若干の不可解さを覚える。
何か収まりの悪い、妙な感じがするが、考えすぎだろうか。
おかしな対談だった。
次回更新は11/12予定です。




