第26話 制圧
「ちなみに反対側の機関室は?」
「潰してありますよ?」
『当然でしょう?』とでも言いたげな顔で返答するラフナ。
「ただ、気絶させただけで、そのままです」
「鍵を閉めれば……いや、起き出して機関をどうかされたらたまったもんじゃないな。拘束した方がいいか。ブレア、手錠はあるか?」
「ありますが、あまり数は……」
「そうか……」
少し考える。
ああ、そうだ。
「貨物室に荷止め用のロープがあるはずだ。それを使おう。少し重いから、ブレア、手伝ってくれ」
「はい」
「2人は手錠で機関室員を拘束してくれ」
3人ともが頷く。
「ラフナ、大丈夫だな?」
「はい、お任せを」
美しい所作で頭を下げる彼女に、先程の記憶が薄れる。
早く忘れよう。
貨物室に向かう道中、脳内にわざと濃霧を発生させる。
*
ブレアと二人で貨物室に向かい、ロープを何本か引きずり出してくる。
ひとまず、最初の方に向かった機関室へ向かう。
こちらは拘束し終わっていたようで、ブレアが配管に繋がれていた手錠を外し、機関室から引きずり出す。
おそらく向こうも2人程度だろう。
1本が長いロープなので、4,5人程度ならまとめて拘束できる。
それが終わると、気絶したままの2人の見張りをブレアに任せ、逆の機関室へと向かう。
すると、機関室の前に局員が1人で立っている。
「ラフナは?」
彼に聞くと、青ざめた顔で機関室の扉を指す。
まさかと思い、勢いよく扉を開け、中を改めると――
「あはっ、あははは! 良い顔だわぁ! ほら! 痛いんじゃないですか? 良い顔になってきましたよ? ふ、ふふっ……ふぅ……でも、何か物足りないわね……」
――ラフナが楽しんでいた。
また足で踏みつけている。
どことは言わないが。
キュンとしてしまう。
決して恋心が芽生えた表現ではないことを断っておく。
頭の中にかかっていた霧が、一瞬にして晴れていく。
晴れなくてよかったのに!
「ら、ラフナ……」
声をかけると、こちらに顔を向けるラフナ。
息は荒く、頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。
本来ならドキリとしてしまう表情なのかもしれないが、自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
「あ、艦長……すみません、お恥ずかしい姿を見せてしまいました」
おそろしい姿を見せられてしまいました。
まぁ、その、それは……さておいて……。
「やっぱり、艦長の方で試「さ」ておいて!」
何か妙なことを言い出しそうになったラフナの言を遮るように、次の指示を出す。
「室内からその2人を引きずり出すぞ。おい、手錠を解いてやってくれ」
そう言うと、微妙に内股になった局員が男に近付き、手錠を外す。
そして男達を引きずり出し、大砲などがある開けた場所でまとめてロープで拘束する。
ようやくひとごこちつく。
ふと、これからはラフナに火を点けないように気をつけなければならない、と思った。
*
下の階の船室などに人の姿がないことを確認すると、今度は船尾側の階段から上の階に戻り、左舷の部屋を捜索していく。
すぐ外の甲板には幾人かの乗員が撃ち合っていたので、姿勢を低く保つ。
わずかな衝撃が艦全体を揺らす。
なんだ?
いや、まずは確認を進めるところだ。
≪機関室! 艦長だ! 空賊の船が離れる! 機関発動! 全速で上の空賊を振り払え! ……おい! お前、あいつらの頭だろ! 撃たせないように言え!≫
艦橋への扉が見えてきた所で、そのような声が銃声と共に近くの伝声管から聞こえる。
やはり同士討ちになってたのか。
しかも、その空賊の頭領がこちらの船に乗っている、と。
なるほど、空賊の船がなかなか離れようとしなかったのはそういうワケか。
「こりゃ、空賊ごと捕らえられるかもしれませんね」
後で嬉しそうにブレアが言う。
「生きて帰れればな」
終わるのは当分先だ。
≪機関室! 復唱は!? ……クソッ、俺が見てくる≫
再び伝声管から声が聞こえる。
まずい。中に入ってくるのか。
敵側の内情を知れたのは良いが、中に入ってくる人物との遭遇を避けるため、より姿勢を低くすると、唐突に艦橋の扉が開き、ピオテラが出てくる。
「あっ、おーい! 艦長さん! 何かあったのー?」
「お前、あそこで大人しくしてろって――」
そこまで言いかけたところで、こちらから見て左手にある甲板への扉から、二人の男と二人の少女が入ってくる。
まだ引き渡し終えてなかったか!
いや、そりゃそうか。
わざわざ攻撃を受けてる船に乗り移ろうと思うバカはいまい。
事情は分からないが、安否を確認できたのはありがたい。
男二人のうち、身なりの良い方は艦長、ガタイが良い方は……おそらく空賊の頭領。
彼らは銃を持ったピオテラの存在を認識すると、4人揃って慌てたようにさらに奥へと駆け出す。
彼らを目で追っていたであろうピオテラの顔の動きから察するに、階下へ降りたと判断する。
ピオテラの元に駆け寄り、話しかける。
「下に降りて行ったな?」
「うん」
「銃は持ってたか?」
「小さいのなら」
「そうか。撃たれなくて良かったな」
ただ、そうなると銃撃戦になるのは間違いないな。
しかも、拳銃だと何丁持っているか分からない。
「俺が先頭に立つ。ついてこい。ブレア達は甲板に出ている連中の武装解除を。暗いから、装填中に近付けば制圧も容易いだろう。姿勢は低くな」
そう言うと、全員が頷く。
「ピオテラ、ラフナ、ついてこい」
「わかった」
「はい」
拳銃を構えつつ、三人で階段を降りていく。
降りてすぐのところには居なかったので、おそらく通路を進んだものと考える。
右手の通路を覗くと、薄い暗闇の中に後を警戒しながら進んでいる4人が見えた。
膝立ちになって、半身を隠しながら小銃を構えるが、向こうから銃弾は飛んでこない。
まぁ、こちらからも見えにくいからな。
お互い様だ。
内部の構造を思い出しながら、機関室への通路に差しかかったと思われるあたりで、わざと命中しないように撃つ。
すぐさま4人は右の方へと姿を消す。
あそこで右に入れるのは機関室への通路しか考えられない。
よし、いいぞ。予定通りだ。
そう思ったのも束の間、向こうから銃撃を受ける。
「ピオテラ、ここから相手に撃ち続けろ。お前ははっきり的が見えるだろうが、当てないようにしろ。奴らを釘付けにしてくれるだけでいい」
「クギヅケ?」
「要するに動けないようにしろってことだ」
「あー、なるほど? ……まぁ、とにかく撃ち続ければいいのね」
「当てないようにな」
「わかったー」
「ラフナ、俺の銃も渡すから、ピオテラの代わりに装填してやってくれ。俺は回り込んで奴らの背後を取る」
「はい、頑張ります」
「ピオテラ、装填はラフナに任せて、できるだけ絶え間なく撃ってくれ。あ、それと、撃つ時はラフナに一声かけるように。お前には耳栓を貸してやる」
「ほいほい、ありがと」
そう言ってピオテラはすぐに耳栓をし、先程の俺と同じように構え――
「撃つよー」
――発砲する。
「こんな感じ?」
「それでいい」
「私もそれで大丈夫です」
「そかそか。じゃあ、次々どんどんだー」
2人がそれぞれに与えられた仕事を始めるのを見届けて、俺も動き出す。
*
左手の通路を進み、未だに気絶したままの機関員が拘束されてる場所を通過し、後部甲板側まで回り込む。
そこから少し左舷側通路を覗くと、二人の男のうちの一人がピオテラに向けて短い間隔で拳銃を撃っているのが見えた。
3……いや、4丁くらいかな。
正確な数は分からないが、射撃間隔から複数持っているのは分かった。
ここからだと、拳銃を撃っている一人の男の背中が見える。
あれは……艦長か。
たかが、いち輸送艦長に拳銃を複数持たせるとは。
本当にタソルは儲かってるんだな。
ここからなら容易に当てられるが殺しちゃダメだ。
ブレアとオルに怒られる。
ピオテラの射線を考えながら姿勢を低くし、わずかに身を乗り出して狙いをつける。
胴体はダメだ。
当たり所が悪ければ致命傷になる。
この船の船医がどの程度の腕を持ってるか分からないからな。
そもそも、いるのかすら。
狙うのは……動きのそう激しくない脚で良いだろう。
利き手でない左手で撃つのは不安だが、四の五の言ってられない。
右手の指で左耳を塞ぎ、引き金を引く。
銃声。
撃った後、すぐに身体を隠し、もう1丁を取り出し、戦果を確認しつつ、狙いを定めるために半身を乗り出す。
が、思わずギョッとする。
後ろから撃たれたことが分かったのか、無傷のままの男が右手に持っていた銃口をこちらに向けつつあった。
開けた場所を通ったときに動く影か見えたか、あるいは足音が聞こえてしまっていたのかもしれない。
自分の迂闊さを呪いながら、一縷の望みに賭け、脚に狙いを定め続ける。
撃たれる。
そう覚悟した瞬間、相手が構えていた銃が弾き飛ぶ。
ピオテラか。
相変わらず、信じられない腕だ。
しかし、男は左手にも持っていた銃で、再びこちらを狙ってくる。
だが、もう遅い。
俺の拳銃が火を噴くと、彼は崩れ落ちる。
もう一人、と思ったが、姿が見えない。
しかも拳銃用の弾薬を貰い忘れていたことに気付く。
仕方なく相手の出方を窺っていると、ピオテラが放つ銃声の隙間を縫って、何人か……おそらく空賊と少女2人の足音が聞こえた。
足音が遠ざかっていくように聞こえたので、奥に退いたのだろう。
「ピオテラ! ピオテラ!」
「なーにー!?」
「もういい! 撃たなくていい! ラフナと一緒に来い!」
「わかったー!」
そう言うと、通路の向こう側に二人が姿を現す。
俺は先に移動し、機関室への通路を覗く……が、誰もいない。
室内に入ったか。
足元の艦長を見ると、呻き声を上げながら足を押さえている。
殺さずに済んでホッとする。
一見すると出血はそう酷くはないが、あとで弾丸をえぐり抜いて止血しなければならない。
脚とは言え、鉛弾を身体の中に入れたままだと余りよろしくない。
通路を挟んだ向こう側の壁に、近付いてきたピオテラとラフナが身を寄せる。
「悪い人は?」
「機関室の中だ」
「よーし」
「待て待て」
中に進もうとするピオテラを制する。
「なに?」
「俺が行く。2人とも、この男が下手に動かないか見張っててくれ。それと、装填済みの銃を2丁くれ」
2人が頷き、銃を受け取ると、俺は地面に這いながら機関室の扉へと向かっていく。
「あはは、イモムシみたいだ」
「ああ……踏みたい……」
後から何か腹が立ったり、怖くなったりするような言葉が聞こえたが、気にせず進む。
おそらく、中では少女達を前に出して盾にしているだろう。
扉の前に辿り着き、呼びかけるが、しばらく待っても中からの応答はない。
こうなると扉を開いての制圧を決断する。
扉は外開きになっているので、それを開くのに合わせて壁に身を寄せ、一発撃たせる形を思いつく。
少女らに突きつけられている場合を考えれば運任せな面もあるが、撃たせられれば、その後は銃を突きつけて終わりだ。
そして、その計画通りに動いたが、中から銃声はしなかった。
ダメか。
せめて相打ちには、と思い、膝立ちの姿勢まで起き上がり、銃を構え、引き金を引き絞りながら男を探すと――
「撃たないでくれ!」
――少女達を後ろに、庇うように、空賊の頭領が姿勢を低くして手を広げていた。
拳銃をこちらに向けていないどころか、少女らにも向けていない。
そもそも持ってすらいない。
はぁ?
慌てて銃口を逸らす。
しかし、逸らした勢いで誤って引き金を引き切ってしまい、結局発砲してしまう。
配管か何かに当たったのか、白煙が噴き出し、視界を覆う。
「もうやめてくれ! せめてこの子たちの身の安全の保障だけはしてくれ! 空賊同士のよしみで頼む!」
視界をまったく失わせる大量の煙の中から懇願された。
誰に?
……空賊だよな?
艦長は後ろで倒れてるし……。
「あー……分かった。保障する」
「あ、ありがとう! どうか酷いことはしないでやってくれ! それを確約してくれるなら、俺は殺されてもいい!」
「いや、抵抗しないなら何もしないが……」
さっぱり状況が掴めない。
どういうこと?
「ねー! 悪い人はー!?」
後から声が聞こえる。
「あー……大丈夫だ! 来てくれ!」
俺が悪い人みたいな形になってるけど。
「もー! 全然前が見えないよ! この煙どうにかして!」
「どうにかって……ちゃんと排煙窓があるから、バルブを閉めてしばらくしたら……」
いや、この量はおかしい。
機関がダメになったかもしれない。
そんな考えを巡らし始めた矢先、不意に身体が浮き上がるような感覚を覚える。
……なんだ?
やはり機関が……?
「あっ……あぁー!」
やばい!
失敗した時の合図が、まさにこれだった!
『……白くても黒くても、とにかく大量の煙が下から昇ってくるのが見えたら、または……』
ばっちり当てはまる!
しかも、ちょうど銃撃戦が行われている真下の機関室から!
真下にある船からの合図はそれが一番分かりやすいだろうという判断だった……が。
やっちゃった。
たぶん、この感覚はうちの船が離れ始めた証左だ。
残念ながら『今のはミスなので取り消しね』という合図は決めてない。
「な、なに?」
姿を表したピオテラが俺の声に驚いている。
「こいつらを見てて! ちょっと見てくる!」
「何を――」
ピオテラの疑問に答えることなく、途中に居たラフナを避け、後部甲板へと駆け出す。
*
甲板に出て上を見上げると、すでにこの船から離れ始めているウチの船が目に入る。
「お、おおおぉぉぉ~……」
変な声を出てしまっていた俺の後ろから、声がかけられる。
「ちょっと! ディムさん! どうなってるんです!?」
「ぉぉ~……」
「おぉーじゃなくて……」
振り返るとブレアと、警務局の2人が立っていた。
なんと答えればいいのだろうか。
「なんであなた方の船が離れてるんです? 我々はどうやって脱出を? まだ空賊の船も近くにいるんですよ!」
空賊の船……あっ、それはまずい!
機関がダメになったかもしれない以上、このまま動けずに仲間に知らされて応援が来たら何もかも終わりだ!
ちくしょうちくしょう!
上手くいきかけてたのに!
「ブレア! ついて来い!」
「え?」
「いいから! 2人も! 空賊船を叩き落すぞ! 質問に答えるのはそのあとだ!」
「えっ、あっ、はい」
3人を伴って急いで船内に戻り、覗き穴を蹴り開き、レールに乗っていた砲を押し出して固定し、覗き穴から良い按配の位置に見えた空賊船に対して砲撃を開始した。
耳をふさごうとも思わず、狂ったように砲の調整をし、撃ち続けた。
時折ブレアが肩を掴んで何事かを喋っていたが、何も聞こえない。
いいから、さっさと装填しろ。
「あーっはっは! 落ちろ落ちろ! 落ちなかったら許さんぞ! 全部お前らのせいだからな! 死んで詫びろ! 死んでも詫び続けろ! わははは!」
なぜか今までにないくらいの精度で何発も機関部や船体に命中し、空賊船は船体の傾斜をより深めつつ、幾人かがパラシュートで飛び降りる中でも射撃し続けた。
パッと散る火花、噴き上がる砲煙、乱れ飛ぶ木材、時折咲く白いパラシュートの大輪。
「いいぞ! 綺麗だぞ! 散り際は美しくなくっちゃな! イィヤッフゥー!」
うーん、なんだか凄く楽しいぞ。




