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第25話 捜索

 視線を再び外に向けて周囲を見回し、やはり誰もいないことを確認し、乗り込んでいく。

 が、そこで問題に気付く。


 ハッチはしっかりと相手の後部甲板につけられ、簡単に乗り移れる状態だったが、逆に言えば、簡単に乗り込まれる危険性の高い状態だった。

 タソルの後部甲板の上に、こちらの船尾の底が乗っているだけだ。

 まさにケツとケツを合わせるという形になってはいるが、押し込んで移動を妨げられる形ではない。

 先程の報告が確かならばすぐには動き出せないだろうが、状況が落ち着いて前進でもされたらすぐ抜けられる。

 そうなると何もかもがご破算だ。


 まぁ、機関が完全に止まり切ってからの降下ではなかったし、撃ち合いが始まり、下を覗ける状態では無かったからな。

 致し方ない。

 致し方ないが、対処せねばならない。


「オル、すまんが、俺たちが乗り込み終わったら一旦上昇して後進してくれ。しっかりとタソルの船を押さえつけるんだ。このまま貨物室から指揮を執って位置を調整してやってくれ」

「わかった。脱出する場合は前部甲板からになるな」

「ああ、できるものならな」

「おい、頼むぜ」

「わかってる。完全に乗っかるとハッチの位置が高くなるだろうから、貨物室にハシゴの用意と、もし敵に乗り込まれた際は防衛しやすいように、砲の弾薬を除けてバリケードの構築と人員の配置を」

「了解。積荷を積んだままでよかったな」

「あっ……ぐっ……そうなるか……」

「そうなるな」


 少し気落ちした俺を先頭に、5人全員が甲板に降り立ったのを確認したオルは伝声管に駆け寄り、指示を出す。

 すぐさま艦は上昇して後進し始める。



 *



「ラフナ! ラフナ!」


 船の動きを見届けることなく、後部甲板で明かりを灯していたはずの彼女を探し、抑え目な声で幾度か呼びかける。

 ……が、反応は無い。


 やはり捕らえられたか……?

 いや、そう考えるのは早計だ。


 船の上部構造物の壁に張り付き、身を隠しつつ、左舷側、右舷側の甲板を確認する。

 左舷側には一部は銃口を上に向けて俺たちの船に撃ちかけているが、一部は空賊船と撃ち合っているのが見える。


 なんで味方と撃ち合ってるんだ?

 まぁ、突然もう1隻、お互いの予定にない船が現れて、挙句の果てに攻撃を加えられては混乱してしまうのも仕方の無いことかもしれない。

 はっきりしたことは分からないが、都合が良い。


 右舷側には……誰も見当たらない。

 再び左舷側に目をやるが、誰もこちらに来る気配はない。

 銃撃戦と、再び動き始めた第3者の船に注意が行き過ぎて、まだ侵入に気づかれてはいないだろうと判断する。


「中に入るぞ」


 甲板から内部に入るための扉をそっと開け、近くに誰もいないことを確認し、銃を構えつつ入っていく。

 全員が中に入ったところで、こちらの船がのしかかったであろう衝撃を感じた。


 入ってすぐのところに下り階段があり、左右に目線をやれば、それぞれに通路がある。

 下の階は後回しにし、乗員のほとんどが注意を払っているであろう左舷側はひとまず避け、右舷側から内部の捜索を開始する。

 前方に向かっては俺とピオテラ、後方に向けては警務局の3人という配置だ。

 分かれて捜索した方が手っ取り早いのだが、命中率が悪い銃の特性上、その銃口の数が多いほうが良い。


 少し進むと、乗員用の船室や食堂と思われる幾つかの扉が目に入り、最も手前の部屋の中を覗くと、床にうずくまっている一人の女性が見えた。

 ラフナ……ではないな。

 しかし、内部は暗く、はっきりとは確認できない。

 ノブを回すと鍵が……かかっていない。

 拳銃を取り出し、相手に向けつつ、そっと開ける。


「乗員……じゃないよな」


 武器も持っていないし、服装からしても、とてもそうとは思えないが。

 声をかけると、その女性は顔を上げ、俺が構えている拳銃を見ると息を飲む。


「娼婦か?」


 そう問いかけると、彼女は繰り返し大きく首を縦に振る。


「もう4人いたはずだろう。どこにいる?」

「お願い……撃たないで……」


 そう言われて彼女に向けていた拳銃を腰のベルトに差し直す。


「大丈夫だ。助けに来ただけだ。で、他の4人の女は?」

「は、はっきりとはわからないです。別々の部屋に入れられましたから……でも、すぐ近くの部屋だと思います……」

「そうか。ちなみにお前は拘束されたり、この部屋に閉じ込められたりはしなかったのか?」

「いえ、そんなことはされてないです。出歩くなとは言われましたが。お昼ご飯も食べさせてくれましたし……」


 大事な商品として扱っていたようで何よりだ。

 他の4人についても無事……ではないな。

 引渡しの最中だった。

 そう考えると、彼女がここにいるのも、ラフナが甲板にいたのもおかしくなる。

 ということは、少女2人のみを渡していたということか。

 特殊だなぁ。


 だが、まずはラフナだ。

 彼女を見つけ出さなければ。

 この女性については、ここに居てもらえばいいだろう。

 連れ回すには、まだ予断を許されない状況だ。

 脱出する時に連れて行けばいい。


「ここにいろ。外に出るなよ。あとで迎えに来るからな」


 ……運が良ければ、の話だが。


「念のため、そこのパラシュートを背負っておけ。甲板への出方は分かるな? 飛び降りたらすぐにぶら下がってるヒモを引っ張るんだぞ」


 俺の言葉に素直に頷いた彼女をそのままに、部屋を出る。


「誰だ!」


 俺が部屋から出てすぐに、左から声が聞こえた。

 そちらに顔を向けると、暗闇の中に、銃を構えた男がわずかに見える。

 こちらは全員が全員、武器を下ろした状態だった。

 すぐには対応できず、突然のことに善後策を考える余裕もない。


「見たこと無い顔だな。どこの担当だ……?」


 小銃を構えつつ、じりじりと近付いてくる男に何も対処できずにいると、後ろでカチリと……銃の撃鉄を上げる音が聞こえる。

 その後に、俺の腰の右あたりから銃身がゆっくりと生えてくるのが見えた。

 拳銃ではない……ということは、ピオテラか。

 と思うと同時に、すぐさま男の頭が激しく振動し、倒れていく様が目に入る。

 その向こう側に見えたのは、高く足を上げている女性の姿。

 その足が下ろされていくと、そこに立っていたのは……ラフナ!


 蹴ったのか。頭を。

 あと……その……見えてますよ。


 だが、ハッとして、思い切り腰から突き出ていた銃身を押さえつける。

 しかし、発砲までは止められず、通路の右下に通っていた配管に命中し、白い煙が噴き出す。

 船内に張り巡らされている機関の余剰蒸気を通し、暖房用に使われている配管だ。

 一気に白煙に視界を妨げられる。


「ラフナ! ラフナか!?」

「そうです! 艦長ですか!? ご無事ですか!?」

「お前の方こそ!」

「無事です!」


 煙の中からラフナの姿が飛び出てくる。

 さぁ、思い切り抱きしめあって再会を喜び合おう……と思ったら、俺を押しのけてピオテラが飛び出し、抱きつく。


「ラフナ! よかった!」

「ピオちゃん! ピオちゃんも来てくれたんだ」

「うん、うん」

「ありがとう。嬉しいよ」

「うん、あたしも嬉しいよぉ」


 ああ、友情はかくも美しきことかな。

 いや、それはいい。

 蒸気の流れを止めるために、目に付いた近くの配管のバルブを閉めると、ラフナに向けて問いかける。


「ラフナ、娼婦はどこにいる? 1人は見つけた。もう1人は?」

「わかりません。たぶん、船室のどれかにいるとは思いますが……」


 彼女が振り返った後方を見ると、広がりきって薄くなった煙の向こうに、まだいくつか扉が見える。


「まだ船内は危ない。隠れててもらわないと」

「はい」

「ラフナはこの部屋で待って……」

「私も行きます」


 …………。


「おい、ラフナ……」

「行きます」

「いや、それは危な……」

「言ったでしょう? 大丈夫ですって。慣れてるんです、こういうの」


 どういうの?


 分からないが、ついていくと言うのなら、ついて来させるしかない。

 彼女は言い出したら聞かないのだから。

 こんなところで押し問答を繰り広げている余裕はない。


「少女らは?」

「いえ、まだ見つけられていません」

「そうか……」


 やはり引き渡されるのは少女達だけと考えるのが妥当だろうか。


「どこにいたんだ?」

「船が正確にこちらに近付いてくるのが分かったので、もう誘導は必要ないだろう、念のため合流するまで部屋に戻っていようと思いまして」

「この男と鉢合わせなかったのか?」

「ちょっと寄り道をしてたので……」


 寄り道?

 うーん……まぁ、無事だったのならどうだっていい。


 そう思い直すと、倒れている男に目を移す。

 こいつ……どうしようか……。

 起きられたら面倒だな。

 ブレア達なら手錠を持っているかもしれない。

 それを借りてどこかに……。


 などと考えていると、その男のそばに鍵束が落ちているのが見える。

 それを拾い上げ、試しに近くの部屋の鍵穴に1つ1つ差していく。

 そのうちの1つが、船室の鍵だと判明する。

 おそらく動き回られないように閉じ込めに来たのかもしれない。

 ちょうどいい。


 すぐそばの空いている部屋に男を放り込むと、施錠して閉じ込める。

 航空艦では、非常時は叩き起こすために、問題を起こしたときは謹慎させるために、外からしか施錠できない仕組みだ。


 ついでに、彼が持っていた銃を拾い上げると、俺たちの使っているのと同じ物なのが分かる。

 弾薬も持って来ているものが使えるということだ。

 ありがたい。

 念のため、外に向けて発砲してから弾を込め、ラフナに渡す。

 どこまで上手く使えるのか分からないが、用心のためだ。


 移動を再開してすぐに、途中の部屋でもう1人の女性を見つけたので、部屋の鍵を開け、このままここで待機するようお願いする。

 どうやら、ほとんどすべての所で、この鍵束のうちのどれかが通用しそうだ。

 おそらく、この船の艦長の指示でマスターキーを持って女らを閉じ込めに来たと考えられる。

 船内のあらゆるところに入り放題というワケだ。

 これを手に入れられたのは大きい。

 が、ピオテラの役割が1つ減ってしまったな。



 *



 前方の突き当たりまで辿り着くと、左手には左舷側へ繋がる通路と甲板に出るための扉、そして階下に向かう階段、目前には艦橋に右舷側通路から真っ直ぐに入れる扉が見えた。

 左舷に注意しつつ、艦橋の扉をゆっくりと開け、中を覗きこむが……誰もいない。

 全員、外の撃ち合いに出払っているのだろうか。

 艦橋から外を望むと、俺たちの船のハッチの扉と思われる壁が上辺に見える。


 艦橋に入ると、すぐさま武器庫の鍵を閉め、艦長室へと入る。

 ブレアは書類を捜したがったが、今はまだ、その余裕は無い。

 安全を確保してからだ。

 ピオテラが何かを見つめていたので、その視線の先を追うと、金庫があった。

 先程手に入れた鍵束を試すが、どれも合わない。

 まぁ、そりゃそうか。

 となると、ピオテラの出番だ。


「……開けられるか?」

「うん。金庫ってややこしいのが多いから、ちょっと時間かかるかもしれないけど……」

「そうか。よし、開けててくれ。その間に俺たちは船内を見回ってくる。ブレア、護衛に1人つけてやってくれ」

「わかりました」

「開けるだけでいいぞ。開けたらすぐどこかに隠れろ」

「どこかってどこ?」

「そうだな……。ああ、ここでいい。ここで大人しくしてろ。たぶん、一番安全だ。敵が来たら、いきなり撃ち合おうと思うなよ。机の下にでも隠れてやりすごすなりして、逃げられそうなら逃げればいい」

「わかった」


 重要なものが多くある艦長室でのドンパチは、常識的な商人ならためらうからな。

 いきなり撃ち合いになる可能性は低く、最悪、降伏する猶予も与えられるだろう。

 確実とは言えないが、確率は比較的高いと言える。

 そのことも言い含めておく。


 それから、4人で部屋から出る。

 次は……左舷側の部屋を……いや、まずは機関室をどうにかしよう。

 機関室員は常に待機させているはず。

 制圧して、船の移動をできないようにしなければ。



 *



 艦橋を出て、すぐ傍にあった階段を降り、まずは左手に見えた通路を進む。

 途中、一部開けた場所に中口径……いや、小口径?

 どちらとも言いがたい大砲とアンカー射出機と、それぞれを出すための2つの覗き穴が備えてあるのを見つけた。

 近くには弾薬と測量器具一式も置いてある。


 アンカーは分かるが、大砲?

 ……まぁ、スタグの中を進むのだから用心のためなのかもしれない。

 船の高度を上に取っておいて良かった。


 それはともかく、人気ひとけはまったくないように感じる。

 構造は上の階とほぼ同様だが、開けた場所から進んですぐのところで機関室へと繋がる通路を見つける。

 そこへ入る手前で局員の1人を警戒として置き、足音を忍ばせ、ゆっくりと近付き、拳銃を持った俺とブレア、そしてラフナで確認しに行く。

 すると、そこには2人の男が倒れていた。


「どういうことだ?」

「私がやりました」


 後を振り返ると、ラフナが小さく手を挙げている。


「ら、ラフナが……?」

「得意なんですよ、こういうの」

「へ、へぇ……」


 寄り道って、ここか……。

 そして、『こういうの』ってのは、銃撃を行った形跡がないことから、格闘技と思われる。

 どこで習ったのだろう。

 まぁ、機関室を潰しに行くのは良い判断だ……と、元軍人の俺は思う。


 彼女の知られざる一面が、また明らかになった。


「ぐっ……」


 2人の男のうちの一方から、声が上がる。

 そちらへと再び向き直ると同時に、横から人影が飛び出す。

 ラフナだ。

 その勢いのまま、足で彼の手を踏みにじる。


「うがぁっ!」

「ダメじゃないですか、大人しく気絶してないと……。もっと痛い目に遭っちゃいますよ? あっ、今度はもっと強めにしましょうか? ふっ、うふふ……ふふふふ」


 そう言いながら彼女は更にグリグリと男の手に足をねじり込んでいく。


「いぃっ!」

「お、おい、ラフナ……」

「あっ、ごめんなさい。時間がないんですよね」


 そう言うと、手を踏んでいた足のつま先で彼の顎を蹴り上げる。

 彼は意識ごと蹴り飛ばされた。


「ああ、痛そう。でも大丈夫ですよ。慣れれば良くなってきますからね。ふふふ……」


 そう言いながら男を見下ろす彼女の目は、妖艶、という言葉が似合う光を帯びていた。


 また彼女の知られざる一面が……知りたくなかったよ……。

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