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第24話 砲撃

≪前部甲板、監視につきました!≫


 貨物室の扉を開けると同時に、伝声管から声が聞こえてくる。


「艦長だ。了解した。繰り返すが、輪郭がはっきりしたら報告を」

≪了解です≫


 輪郭がはっきりと見えるほどなら、十分に砲撃の射程範囲内だと考えていい。


「やぁやぁ、いよいよ鉄火場ですね」


 楽しそうにブレアが話しかけて来る。


「おかげさまでな」

「あれ? ご納得いただけたのでは?」

「半分だけな」

「それで十分です」

「十分じゃない!」


 ええい、こんな時も軽口を叩きおって。

 なんでそんなに余裕があるんだ。

 持っていた銃と弾薬を降ろしつつ、心中で毒づく。


≪艦長! はっきりと見えてきました!それと……今気付いたんですが、後部甲板の明かりが見えなくなってます≫

「なに?」


 捕らえられたか?


「いつ消えた?」

≪すみません、船自体に注意を払っていたのと、左舷ではまだ明かりが点いてるので、そっちに気を取られて……≫

「……そうか」


 詳細は分からない、と。

 まぁ、いい。どうせ助け出すのだ。

 大事な商品なのだから、そう簡単にどうこうはしないだろう。

 ただ、こちらに気付かれた可能性は……いや、もう1隻の船の機関が動いてるなら音だけでは気付かれまい。

 まだ距離はあるし、下手をすれば会話の声でもかき消える程に小さいはずだ。


「輸送艦に近付いてるもう1隻の船はまだ動いてるか?」

≪ゆっくりとですが動いてます≫


 それなら、なおさら聞こえない。

 ただ、急いだほうがいいのは確かだ。


「了解。機関室、ケツを相手に向けるぞ。左舷、中速前進。右舷、中速後進。前部甲板の監視、後部甲板に移ってくれ。止める時は……後部の監視から指示を出してくれ」


 各部署からの応答を受け取る。


 ここから見えれば一番良いのだが……。

 ハッチを完全に開けば……いや、それだと余計な抵抗を増やし、艦の姿勢の安定が損なわれるような……などと考えていると、修理したてらしい色の違う2箇所の壁面が目に入る。

 接着面は綺麗に揃えられ、釘で簡易的にふさがれている。

 本当に簡易的だな! 素晴らしい仕事だ!

 皮肉のつもりだったが、この場に限っては心底ありがたく感じてしまったのが悔しい。


 銃を発砲する際に反動を抑えるための、肩に当てる“銃床ストック”と呼ばれる部分を何度も何度も思い切り、修理箇所へぶつける。

 やがて、真新しい木材が外へと飛んでいく。


「何やってんだ、ディム」

「ディムくん……怒るのはいつものことだけど、そんなとこに八つ当たりしなくても……」


 と声をかけられ、振り向くと、オルとピオテラを始めとした数人が立っていた。

 いつから見ていたんだろう。


「俺を怒らせるのはお前ぐらいで、それにこれは八つ当たりじゃ……いや、良い。入って来い」


 彼らを招き入れると、出来た穴から外を覗く。

 よし、見えるな。


「後部監視! 艦長だ。先程の指示は訂正する。機関停止の指示は俺が出す。復唱は不要」


 と、伝声管で各署に伝える。

 中速で、とは言ったが、輸送艦の形状的に回頭は遅い。

 穴に頭を突っ込むようにして左のやや下方へと目を向けていると、やがて2隻の船が視線の直線上に入ってくる。

 伝声管に駆け寄り、機関を停止させる。


「後部監視! 相手の船はしっかり見えてるか?」

≪見えてます。空賊らしき船の方が船首の先をもう一方にくっつけてる感じです≫


 空賊船は衝角ラムで突っ込んだ場合、船首から乗り移るための架橋がある。

 それも、襲撃に失敗して逃走する場合に橋をすぐに上げたり、外せる構造のものだ。

 おそらく、それで引き渡しを行うのだろう。

 取り引きはしつつも、お互いの信頼関係の希薄さを感じさせる。


「プロペラは?」

≪止まってます≫


 いつ止まったのかは判然としないが、空賊船の機関が止まり切った時に回頭が続いていたとしたら、確実に音が伝わったことになる。

 ただ、軍艦ならいざ知らず、夜間では上方への警戒が薄くなりがちな上に、お互いに近付くのに気を取られて、こちらの正確な位置はまだ掴めていないと考えていい。

 とは言え、手早く、素早く、迅速に動かなければ……あれ? 全部同じ意味だな。


「分かった。引き続き頼む」


 あれこれ考えつつも了解した旨を伝えると、大砲の射線と、弾道観測の邪魔にならない程度までハッチを開く。

 冷たい風が貨物室の中を舐め回す。

 寒い。


「ピオテラ! 乗っかれ!」


 台車に乗ったままの大砲を指さし、命令する。


「え!? ここで!?」

「そうだ!」

「こんなところで!?」

「ああ、こんなところで……勘違いしてるな!? そうじゃない! 相手の船に大砲を向けたいから砲身にまたがって見て欲しいの!」

「あ、そっちか。そっちね」

「こっちしかない! もういいから!」


 ピオテラの肩を掴んで無理矢理、小口径の砲身にまたがらせ、さらには抱きしめさせる。


「うー、冷たい。人肌が恋しい」

「それはあとにしろ! 今は砲身が恋人と思え! さっき渡した望遠鏡は持ってるな?」

「うん」

「今から大砲を回すから、そのまま真っ直ぐの方向を見ながら、片方の船の左側にくっついてる右向きの船の機関……プロペラが見える位置になったら言ってくれ」

「はいはーい」


 気の抜けた返事をする彼女だが、そんなことにいちいち目くじらを立てている場合ではない。

 台車を持ち上げ――


「重ッ……オル、手伝ってくれ」

「お、おう」

「まーたそういうこと言う!」

「いいから! 相手の船を見ててくれ!」

「……はーい……」


 ――2人がかりで回していく。


「そこ! ここ!」

「どこ!?」

「ここ!」

「ここでいいんだな!?」

「うん!」


 台車から砲を降ろす。


 次に、同じようにして中口径砲も回して設置する。

 4人がかりで。

 何かピオテラが不満そうだが、中口径砲はそもそも重いから……しょうがないから……。


 測量器具を取り出し、相手との距離、高低差を割り出す。

 火薬の量は、砲弾の重さは……などを考えたりしながら、近くの程よい高さの木箱の上で紙にガリガリと数字を書き出していく。

 ふと思い出し、観測員の2人と、後部監視に確認を取る。


「ピオテラ、さっきから相手の船は動いてないな?」

「うん」

「お前は?」

「動いているようには見えません」

「後部監視、相手の船は動いてないか?」

≪動いてません≫

「よし」

「ちょっと……」


 何か不満そうな顔をしたピオテラが声をかけて来る。


「あー……信頼してないワケじゃない。こういうものだ」

「あ、信頼してくれてるんだ」

「そういう部分ではな」

「そっかぁ……んひひ」


 言われてポリポリと頭をかくピオテラ。


 動いてない、ということは見つかっていない事とほぼ同義だ。


「2人とも、今から小さいほうの大砲を打つから、飛んで行った先を教えてくれ。相手の船のプロペラより上下左右、どっちにずれてるかを見てくれ」

「うん、わかったよ」

「わかりました」


 夜目が利くという2人から返答をもらい、装填を開始し、終える。


「砲の真後ろに立つなよ。尾栓……あー、大砲の後のフタとか、大砲そのものが吹っ飛んでくるかもしれないから」


 狭い航空艦での運用を考えてか、以前は砲弾も火薬も前から入れる方式だったのを、帝国は後方から入れる仕組みを作り上げた。

 さらに撃った反動を抑え込む機構も。

 各国もそれに追従した。

 だが、いずれもまだまだ発展途上で故障は多い。

 帝国のものでも、他国と比べて比較的マシという程度で、事故の可能性は十分にある。

 それに備えての指示だ。


「耳を塞げ!」


 全員が安全な位置に移動したのを確認し、自らも用意していたコルク栓で両耳をふさいでから、大砲の尾部から伸びるヒモを思い切り引っ張る。

 刹那、コルク栓で耳を塞いでも聞こえる轟音と、その振動が身体に伝わってくる。

 風があるせいか、噴き出された煙は素早く散っていく。

 耳栓を外し、ピオテラともう1人の観測員に問いかける。


「どこへ飛んでった?」

「船尾に当たりました!」

「センビって、船の後ろの方ってことだよね?それなら、あたしもそう見えたよ」


 一発目からか。

 運が良い。


「機関室! 両舷、半速で後進! 真上に取り付けるよう、後方監視の指示に従って方位を修正しつつだ。後方監視! 機関室へ方位修正の指示を逐次頼む」


 それぞれから復唱が返ってきたのを確認して、小口径砲のレバーに書かれている数値を見る。

 その数値と、半速で後進している場合の速度と10秒ごとにどれだけの距離を進むかを概算し、再び紙に数字を書き出していく。


「ブレア! 部下と協力して昼間に教えたとおりに小口径砲を撃ち続けろ。観測員の報告を聞いて砲口を動かしてくれ。2つのレバーを動かすと回る歯車の両方に数字が書いてあるから逐一読み上げてくれ。あ、撃つ度に声を上げて周りに耳を塞がせるのを忘れるなよ。ヒモを引っ張るときに塞げないほうは……なんとかしてくれ」

「わ、わかりました」

「オル、中口径砲に装填してくれ。他の二人も手伝ってやれ。観測員2人は、着弾までは時間があるから、撃つ瞬間はちゃんと耳を閉じろよ。中口径からの3発以内で決めるぞ」


 それぞれが頷くのを確認する。


「よし、ブレア撃ち始めてくれ」


 ブレアに視線を向けてそう言うと、彼は頷く。


「撃ちます!」


 彼の声が聞こえる度に耳栓をし、撃ち終えると右耳の栓を外す。


 さて、これで俺たちの存在はバレた。

 迅速に動こう。


「観測の2人、どうだ!?」

「真ん中の、下の方を通って行ったよ!」

「俺もそう見えました!」

「よし。ブレア、その調子で続けろ。下の方のレバーで砲の向き、右のレバーで上下させて合わせて行け。今なら……砲を少し右、上に向ける形で。やり方は昼間にも教えた通りだ。覚えてるな?」

「わ、わかりました。……撃ちます!」


 慌てて耳栓をすると同時に、再び轟音が鳴り響く。

 周りでせわしなく装填する作業の動きを、床の振動から感じる。


 そこから適時、後方監視・観測班と砲撃班の間で修正のやり取りをしつつ、3度目の砲撃を終えたところで、一点、確認を取る。


「後部監視、該船に移動してる様子は見えるか!?」

≪見えません!≫

「観測!」

「見えないよ!」

「同じくです!」


 受け渡しの最中だったのだろうか、あるいは安心しきっていたところに突然攻撃を受けて、混乱しているのだろうか。

 砲撃を受けて回避行動や反撃を開始しないのはおかしい。

 発砲の閃光で、位置を把握されてはいるだろうが、上を取っているのだから、反撃しようにもできないか。

 が、理由はどうあれ、この場合はありがたい。


 あれこれ書き込んだ紙は置いたまま、その場を離れ、計測器具で相手との距離を測る。

 既に紙に書き出して必要な数字は頭に叩き込んだ。


 それらを頭の中で計算しながら、中口径砲のレバーを動かし始める。

 砲の尾部からはすでにヒモが垂れ下がり、装填済みであることを示している。


「撃つぞ! 耳を塞げ!」


 全員がそうしたかを確認する間を置かず、思い切り引っ張る。

 小口径砲よりも更に大きな轟音。

 耳栓の上からでも鼓膜に響く。


「装填してくれ!」


 オルを中心とした乗員3人に依頼する。


 耳栓を外し、ピオテラに問いかける。


「どこに飛んでった?」

「え……? えっろれぇ……」


 これまで以上の大きな音に驚いたのか、ろれつが回ってない。

 しかし、声は聞こえているようなので耳は塞げたらしい。


「お前は?」

「船首の方に当たりました!」

「よし」


 それだけ聞くと、問い合わせてる間に装填を終えていた砲を再び操作する。


「撃つぞ!」


 と叫んだものの、周囲を気にすることなく、ヒモを引っ張る。


 轟音。


「あー……ピオテラ?」

「えっとねぇ……けむり……みえる……」

「お前の方には何が見える?」

「機関室に命中したようです! 白煙が立ち上ってます! あと、該船が手前に傾いてるように見えます! 輸送艦と接触してるせいか、お互いに動けなくなってるようにも……」

「よし」

 

 どうやら片舷の機関室を潰せたらしい。

 2発で潰せるとは嬉しい誤算だ。

 しかし、動けなくなったのは良いが、下手をしたら空賊の応援が輸送艦に乗り込んでくる可能性も考えられる。

 いや、船が傾き始めた以上、渡るに渡れなくなってるかもしれない。

 どうなっているかは分からないが、ここまで来た以上、引き返すことはできない。


「機関室! 両舷、全速で後進! 該船と接触している輸送艦の真上につく! その後、降下して乗りかかるぞ! 上手く乗りかかれたら、そこからはわずかに降下を続けろ! 相手を押し込み続けて移動させるな! 後部監視! 真上につきそうになったら言ってくれ! 機関室はそれに応じて停止し、降下!」

≪う、右舷、了解!≫

≪……左舷も了解です!≫

≪後部監視、了解!≫


 その交信を終えると、貨物室内に吹き込む冷気が徐々に勢いを増す。

 望遠鏡がなくても、相手の船の姿形がはっきりと見えるようになってきて、しばらく。


≪真上につきます!≫

≪了解! 右舷、機関停止! 降下開始!≫

≪左舷、同じく!≫

「後部監視! 着弾した艦はどっちに見える!? 左舷!? 右舷!?」

≪右舷です!≫

「わかった! 銃を所持している乗員は右舷に集合し、空賊に撃ちかけろ! 返信は無用だ! 急げ!」


 そう指示して間もなく、タソルの輸送艦に乗れたのだろう、艦に大きな衝撃が走る。


 貨物室にいる全員に相手の待ち伏せを考えて銃を構えさせ、ハッチの開閉レバーをある程度回し、全開にすると、目前に相手輸送艦の後部甲板が映る。

 が、誰もいない。

 機関を停止させて静けさが増した中、おそらく空賊の船とだろう、銃で撃ち合っている音が耳に入る。


「乗り込むぞ! オル、今後の対応については艦橋の機関長に書面で渡してある。それに従って指揮を執ってくれ」

「俺は行かなくていいのか?」

「俺が死んだら誰が指揮を取る?荒事は俺の仕事だ」

「商人なのに?」

「元軍人だからな」

「今は商人じゃなかったか?」

「そうだったか? ははは。まぁ、頼むよ」

「……わかった」


 それだけ会話を終えると、ブレアの方に向き直る。


「拳銃を2丁貸してくれ」

「はいはい、構いませんよ」


 既に腰のベルトに幾つか差しこんでいたうちの2丁を寄越す。


「ピオテラ、お前は右舷に行って空賊への牽制……あー、撃つのに加わって来い」

「あたしも行くよ」

「お前は遠くから撃つほうが得意だろ?」

「あたしも行く」

「航空艦内で戦った経験は?」

「こないだの一度きり」

「それなら……」

「あたしもラフナを助けたいんだ。それに、鍵を開ける必要もあるかもしれないんでしょ? こないだ貰ったやつ、ちゃんと持って来てるよ」

「……分かった。離れるなよ」

「うん」


 長々と説得している余裕はもうない。

 それに、銃の腕も確かだし、開錠もできるし、動きも機敏だし、狭い船内でも何かしら役に立ってくれるだろう。

 いや、そう考えるとめちゃくちゃ役に立つんじゃないか?

 ……まぁ、そうでなくても、乗り込む人数は多いほうが助かる。


 しかし、こいつも頑固なところがあるんだな。


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