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第23話 追跡

 様々な物品の調達、根回し、急な予定の変更に難色を示す乗員への説得を終え、カルノでの3回目の朝を迎えた。

 正直言って疲れた。

 だが、今夜こそが最も激動の時間になる。

 考えるだけでふさぎ込んでしまいそうだ。


 空港に辿り着くと、入り口の前にブレアが一人で立っていた。


「おい、人を出すんじゃなかったのか」

「出しますよ。私を含めて3人。離れて待機させてます。見慣れない3人組の男達のところに、ディムさんが割って入っていくと悪目立ちしませんか?」

「そういうものか?」

「そういうものじゃないですかねぇ。まぁ、念には念を、ってことで」

「うーん、そうか」


 こちらも、娼婦に扮したラフナとの関与を匂わせないために、距離を離してついてこさせている。

 そういうものかもしれない。

 そこで話を打ち切り、塔を登っていく。


 発着場に出ると、すぐにタソルの船が目に入る。

 そこには既に数人、妙齢の女性2人と、少女が2人並んでいる。


「おい、3人揃ってからの出港じゃなかったのか」


 声を抑えながらオルに話しかける。


「おそらく船の発着を基準に置いてるんだろう。言ったじゃないか、推測だって」

「……ああ、そう……だったかな」

「そうだよ。それに、考えてみれば、そう安定的に供給される類のもんじゃないだろうし」

「確かに」


 そんな話をしていると、発着場出入り口にラフナの姿が見える。

 彼女がチラリとこちらを見たので、小さく頷く。

 彼女は頷き返すことなく、タソルの船の方に近付き、おそらく乗員と思われる人物に話しかける。

 二言三言、言葉を交わした後、彼女は列に並ぶ。

 どうやら受け入れられたようだ。

 安堵に胸をなで下ろす。

 いや、彼女を生きて取り戻すまで安堵はできない。してはいけない。


 しばらくして、その列は船の中に入っていく。


 それを見て取った後、俺たちも船の中に入っていく。

 最後に乗り込むはずだったブレアの後から、さらに二人の男が飛び込むように入ってきた。

 二人とも何か鞄を持っている。


「おい、その中に何が入ってるんだ?」


 すぐ後ろにいたブレアに問いかける。


「何って……拳銃ですよ。10丁ほど。あとは警棒をいくつか。乗り込むんでしょう?」

「ああ……警務局の人間なら手に入るか……」


 確かに、拳銃は狭い船内では取り回しやすいだろう。

 ただ、短い銃身のために弾道が安定せず、かなり近い距離でも命中率は劣悪だし、装填にもそれなりに時間がかかる。

 数丁をまとめて携帯するのが常識なので、10丁という数でも乗員全員に配ろうという意図は薄い。

 陸海空のいずれで戦うにしても、軍では銃身の長い小銃の方が重要視されるので、拳銃は作られる数が少なく、割と高価だ。

 必然的に、持つのはせいぜい指揮官か、警務局員の一部に限られる。


 余談だが、『警棒』という言葉にビクリとしたピオテラが面白かった。



 *



 正午頃、発着場からタソルの船が出港し、ある程度距離が空いたのを見計らって、艦橋から出港の指示を出した。


 やはりこの時間から北に向けて出港する船は少ないのか、前方のタソルの船はしっかりと識別出来ている。

 カルノに向かう船とは幾度もすれ違ったが、時間的に考えて、スタグの手前にあるベオウンやその近辺の街からか、さらにその北にある航路上の街を早朝に出発してきた船だと考えられる。

 ベオウンまではおよそ4時間。

 そこに着く頃には、まだ初春のこの時期では視界が赤く染まる時間帯だ。

 もしベオウンに寄港する様子が無いのならば俺たちの推測が正しいことになるが、さて。


「オル、俺は砲の配置を検討して来る。指揮は任せる。追跡しつつ、行き違う他船と衝突しないように気を配るだけでいい。くれぐれも付かず離れずの距離を保つように」

「わかってる。任せてくれ」

「うん。よし、ピオテラ、手伝え」

「えぇー……」

「いいから」


 渋るピオテラの腕を掴んで引っ張っていく。

 やわらかい。

 よくもこんな腕で一昨日のあの動きが出来たな、と思わないでもない。


 貨物室に向かう途中で、伝声管で各部署から手隙のものを2名募る。

 貨物室には警務局の3人がいるので合わせて7人。

 砲の配置を検討するだけならこんなには必要ないが、主な目的は大砲の撃ち方などを教えることだ。

 まぁ、多少は荷物の配置も変えなきゃならないだろうから、ちょうどいいだろう。

 さらに、夜目がきく警戒要員を今の内から休ませておくように、とも伝える。


 またの急な予定変更にぶつくさ言われてるだろうな、と思いつつも、気にしないでおく。



 *



「やっぱり、肉体労働をしてる時のピオテラは輝いて見えるなぁ」

「んひひひ、そうでしょう?」

「うん、眩しいよ」


 汗の水滴が。


 結局、装填作業と弾薬を広げるためのスペースが不十分だと感じて、積荷をあれこれ動かした。

 途中で昼食を摂りつつ、大砲を台車に乗せたまま、各員に装填・射撃手順などを教え込んだ。

 それが一通り済んだ頃には貨物室内からでも分かるくらいに日が傾いていた。


 大砲の取扱い方を教えた乗員は不可解な顔をしていたが、軍に転職する時に有利になるから、と言い聞かせておいた。

 それでも、明らかに納得出来ていない表情だったが、休息を命じると嬉しそうに自室か、あるいは食堂へと戻って行った。

 それを見送ると、貨物室の伝声管からベオウンに立ち寄らないこと、全乗員の飲酒を禁じることを伝達すると、伝声管から一斉に反発の声が返ってきたが、次の寄港では全面的に奢ってやると言うと、静かになった。

 艦長に……いや、金に忠実で大変よろしい。

 商業関係者の鑑だ。

 さて、どうやってうやむやにしてやろうか。


 ブレア達3人には貨物室での待機を指示し、乗員達の期待をそでにする方法を考えながら艦橋に戻ると、窓からは灯り始めたばかりであろうベオウンの街明かりが見えた。

 艦の進路はベオウンへの寄港を想定している。

 が、前方にはタソルの船は見えない。

 少し焦ってオルを問い質す。


「おい、タソルは」


 オルが右前方を指差す。

 その指の先にある、右前方に目を凝らすと、目的の船が見えた。


「寄港するつもりはなさそうだな」

「ああ。それに、急に速度を落としてる」

「そうなのか?」

「少し近付きすぎたかもしれんから、こちらも速度を落としつつ、ベオウンへ進路を向けた。まだ日が残ってる中、あからさまにあいつらと同じ方へ進むのは追跡を気取られると思ってな」

「なるほど。賢明だ」

「艦長殿からそう言われるとは光栄だよ」


 そうは言いつつも、オルは難しい表情のままだから、本心からの言葉ではないことは明らかだ。


「お前の中でどうかは知らんが、俺はラフナの救助を最優先にするぞ」

「ああ、それでいい」


 彼は俺の言葉に、心ここにあらずという風に返答する。

 彼なりに、緊張しているのかもしれない。


「ベオウンを過ぎたら高度を上げていこう。襲うなら上を取っておいたほうが良い」


 俺がそういうと彼が反応する。


「不審がられないか? さすがに誰かには見られてると思うんだが……」

「不審がられて通報が行っても、もう日が落ちる間際だ。警務局なり軍なりが動き出すのは翌朝からだろう。それに、この速度ならベオウンを横切る頃合いに、だいぶ暗くなってくる。ちょうどいい。それに暗くなれば監視は上に注意を向けることが、ほぼなくなる」

「ああ……アンカーを降ろすなら高度を低くした方がいいし、付近に停泊する船舶や、派手にやらない空賊なら下かほぼ同じ高度から近付いてくるからか」

「それに砲弾の飛距離も伸びる」

「そうなのか?」

「石を投げる時、真横に投げるのと、上に放り投げるのとで、どちらがより遠くに飛ぶ?」

「ははぁ、なるほど、そういうことか」

「そういうことだ。ただ気流や気温がややこしくなるのは注意せにゃならん」

「そうだな」


 そんな話をしている間に、ベオウンの街を横目に通過し、空はますます黒みを帯びてくる。

 頃合いを見計らって貨物室に向かい、待機していたブレアら警務局の者と共に、ウィルラクの標章を隠すために窓から布を垂れ下げ、タソルを模した旗を掲揚する。

 そして再び、俺は艦橋へ、3人は貨物室へと戻る。


「休んでいた警戒員は監視塔へ。全艦内に灯火管制を敷く。明かりを全部消してくれ。機関、方位30に回頭する。左舷、半速前進。右舷、微速前進」


 伝声管で指示を出すと復唱が帰ってくる。

 しばらくすると、監視塔からも配置についた旨の報告が入る。

 ちょうど、その報告が入った頃合いで船首が方位30に近付いた。


「両舷、高度を上げつつ中速で前進。復唱は不要だ。操舵、補助翼で上昇を助けてやれ。監視塔、前方に1隻だけ船がいるはずだ。見えるか?」

≪見えます≫

「他に船は?」

≪……いえ、見えません≫

「よし。前方のそいつを追跡する。夜になってもだ。目を離すな。こっちの船首の陰に隠れそうになったら言ってくれ。上昇を止める」

≪えっ、あっ、はい≫


 困惑した声で答える警戒員。

 事情を知らない艦橋にいる連中も驚いた表情で俺を見ている。

 言いだしっぺは俺じゃないから。

 そんな目で見ないで欲しい。


「両舷機関室、聞こえていたな? 指示を聞き逃すなよ」

≪りょ、了解≫

≪了解です≫


 機関員も動揺しているようだ。

 ちょっとした申し訳なさを感じていると、急にピオテラが話しかけてきた。


「あのさ、あたしも手伝おうか?」

「お前が?」

「うん。あたしも夜目には自信あるよ」


 そう言えば、そういう生業だったな。


「頼む。前方の甲板に出て、タソルの船を見ててくれ。艦内の甲板に出るところ近くに伝声管があるから、何かあったらそれで呼びかけてくれ」

「わかった」

「寒いぞ。防寒着貸してやるから、着ていけ」

「うん、ありがとう」


 自室から出してきて望遠鏡と共に渡してやると、彼女はすぐに着込み、前方の甲板へと向かっていく。


「晴れてて良かったな」

「それはそうだが、本当の意味で良し悪しが決まるのはこれからだ」

「そう……だな」


 オルの一言に応じたが、少しとげとげしかったかもしれない。

 俺も緊張してきたのだろう。



 *



≪該船の明かりが消えました≫


 しばらくして、監視塔から報告が入る。


「わかった。まだ見えるか?」

≪ええ、見えます≫

「動いてるか?」

≪ええ……っと……止まり始めてるように見えます≫

「よし、そのまま監視を続行」

≪了解です≫

「機関室、高度を維持したまま速度を落とす。両舷、微速前進」


 少しでも音を小さくするための措置だ。

 高さも上を取っているので、上方への警戒が十分でなければ、たとえ音が聞こえても気付くのは遅れるはずだ。

 気付いた頃には十分接舷できる距離につけるはず。

 動き出そうとしてもこちらが全速で追いかければスタグに入られる前に余裕で追いつく……はず。


「機関室、復唱は?」

≪右舷、微速前進、了解≫

≪左舷も微速前進、了解です。あの……艦長?≫

「なんだ?」

≪まさかとは思うんですが……空賊の真似事でもするつもりですか?≫

「……あー……その通りだ」


 ここまで来て誤魔化す必要はないし、誤魔化せないだろう。

 伝声管の向こう側からはっきりと息を飲む音が聞こえる。

 艦橋の人間も、顔ははっきりと見えないが、こちらに一斉に振り向いたことは分かった。


「でかい商売のためだ。殺し合いをするつもりはない。向こうに乗り込むメンバーは元から事情を知っている者のみで行う。危なくなったら逃げられるよう手は打つ。心配するな」


 全体に向けてそう呼びかけたが、誰も答える者はいない。

 まぁ、そうだろうな……。


「さて、ラフナの出番だな……」


 思わず呟く。

 上手くやってくれよ……。

 強くそう願う。

 少なくともお前だけでも助けるからな……。

 などと、胸中でカッコつけてると、不意に監視塔から報告が入る。


≪該船、船尾に灯火! 小さい……ランプか何かだと思います!振られてます!≫


 上手くやってくれたらしい。


「わかった。機関室、高度このまま。両舷、半速。出来るだけ速く近付け」

≪該船、おそらく左舷でも灯火を確認!……該船から左方向に離れた場所でも灯火!もう1隻船が見えます!≫


 なんだと?


「ここで引き渡すのか?」

「空賊?」

「そういうことになるかもな」


 オルの呟きに対し、俺が推測を口にすると、彼は同意を示す。

 ここで来るのか。


「総員、持ち場近くにあるパラシュートを装着! 監視塔、別の者と代わって貨物室へ。おそらく空賊だ。先に仕留める。貨物室から砲撃を行うので、夜目のきくお前に弾道観測を頼みたい。昼間に砲撃手順を教えた2人も貨物室に!」

≪りょ、了解です≫

「ピオテラ!」


 呼びかけるが応答はない。

 向こうの船に集中しすぎて伝声管からの声が聞こえてないかもしれない。


「オル、ピオテラを貨物室まで呼んでくれ」

「わ、わかった」


 そう言うと、彼は前部甲板へと駆け出す。


「機関長、これに書いてある事が起きたら、この指示書どおりに動いて、逃げてくれ」


 そう言いながら書類を渡すと、無言で彼は頷く。


≪監視塔、交代しました!≫

「了解。向こうの船は見えるか?」

≪あー……うっすらとは……≫

「わかった。すぐに監視塔からはこちらの船に隠れて見えなくなるから、そこから離れて前部甲板で監視に当たってくれ。配置についたら報告を頼む。さらに該船と、その近くにいると思われる空賊の船の輪郭がはっきりと見えるようになったら再び報告を。その後も指示を出すから、伝声管に注意を払ってくれ」

≪わ、わかりました!≫


 伝声管のフタを開けっ放しにして行ったのだろう。

 移動する際の音がはっきりと聞こえてくる。


「聞いたとおりだ。機関室、このまま前進を続けろ。指示を出したらすぐに止まれるように構えといてくれ」

≪右舷了解!≫

≪左舷同じく!≫

「よし。手隙の者は銃を取りに来い! すまんが、殺し合いになるかもしれん! 銃を手にし次第、左右どちらの舷側での撃ち合いになるかわからんから、すぐにどちらにも行ける位置で待機!」


 それだけ伝声管に向けて言い終えると武器庫の鍵を開け、自分の分の他にもういくつか銃と弾薬を引っさげ、パラシュートを背負い、更に自室から白紙の紙束とペンを持ち出して貨物室へと向かう。

 我ながら随分と早足だ。

 持っている物の重さのせいか、あるいは昂ぶっている感情のせいか、床を踏み鳴らす音がやたらと耳に響く。

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