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第22話 準備

 ラフナは一度決めたら、ひたすら意固地になるらしい。

 こんな彼女を見るのはこれで2度目だ。

 何度も説得を試みたが、頑として首を縦に振らなかった。


 あと横からピオテラが噛み付いてきて、上手く言いくるめられる言葉が思いつかなかったのも一因である。

 オルが態度を不鮮明にしたままだったのも不可解だった。

 結局、説き伏せられた……というよりは、押し切られたのは俺の方だった。


「ロープなんかで拘束される可能性もあるんだぞ」

「ないんじゃないかなぁ……。大事な商品を傷つける商人がいるか? 稼ぎ場に連れて行くだけって話なんだから、下手に拘束しようとして暴れられたら運行に支障をきたす可能性だってある。せいぜい閉じ込めてある部屋の鍵をかける程度で済ますんじゃないか。どうせ航空艦に乗るなんて慣れてない連中なんだから、そう簡単には逃げ出せないだろう」

「空飛ぶの化粧箱か。だが、それでも可能性が無い事はないんじゃないか」

「まぁ、そうなんだが……」

「大丈夫です」


 こんな感じで、オルと俺が危険性についての議論や説得を、ラフナは『大丈夫です』の一言で切り伏せ続けた。


「せめて拘束された時のことを考えて、小さいナイフをどこかに仕込んで行ってくれ。危ないと思ったらパラシュートを探し出してすぐに逃げてくれ。パラシュートの置き場はどの船も似たようなものだから大体は分かるだろう?」

「はい、わかりました」


 説得の中で通ったのは、その2点のみだった。

 最悪の場合は、襲撃してラフナの救出だけでもしなければ、と心の内で決意する。


 俺の言説がことごとく叩き折られた頃にはだいぶ夜もふけていて、翌朝から準備に入るという事のみを決めて、その場は解散と相成った。



 *



 翌朝。


 この件を支店長に伝えるためにウィルラクの支店に向かうと、店の前でブレアに出会った。


「念のためにタソルの識別旗も必要じゃないしょうか。夜間とは言え、月が出ていれば多少は視界も通るでしょうし。手に入ります?」

「識別旗か……。近付く際には重要かもな。そのものを入手するのは無理だが、同じ色のものを用意して塗料でそれっぽい標章を描けば十分か。ただ船体の標章はどうにもならん」

「どうにか隠すことは?」

「空港で消したり隠したりするには不審すぎるし……航行中に窓から布をぶら下げて部分的に隠すのがせいぜいだな。襲撃の混乱でそこまで見る余裕を無くせれば良いが、それは祈るしかないな」

「それとスタグ付近に停泊したところを襲うなら武器もいるでしょう? 空賊が出張ってくるかもしれませんから。銃や大砲は積んであるんです?」

「自衛用に申し訳程度の銃は積んである。大砲は商品としてなら積むが、攻撃するために備え付けてるのは無い」


 色々な商品が集まり、作られ、輸出されていく同盟ではあるが、武器に関しては帝国の方に一日の長がある。

 どの商会も大なり小なり、帝国産の武器を買い付けて同盟加盟国の軍に売っている。

 もちろん、同盟と帝国間の協定では、その武器や技術を別の国に売りつけるのは禁止という条件で。

 当然、多少の漏えいはあるだろうが、そんな準禁制品に関わろうとは思わない。


 ただ、砲を載せるにしても……。


「大砲も用意した方がいいでしょう。甲板に設置するとかは?」

「甲板に載せるには吊り上げなきゃならん。かなり目立つ。かと言って、内部に設置するにも撃ち出すための覗き穴なんか輸送艦にはない。今から空けてたんじゃ、それも目立つ上に明日には間に合わなくなる」

「ディム、いざって時はどうせ逃げるんだから、後に向けて撃てればいい。貨物室のスペースは空いてるだろ?」


 そう来たか……。


「じゃあ、いけますね。どの商会から調達できます?」

「大砲なら一応うちで扱ってる」


 ブレアの言にオルが乗っかり始めてる。


「元軍人のお前から見て何門ぐらい要ると思う?」

「動きを止めるために機関部かプロペラを破損させるとして、小口径なら3門、中口径なら2門だな。相手の船の強度が分からないから、両方を1門ずつが良いかもしれん。当たればの話だが」

「数撃ちゃ当たるだ。もっと積めばいいだろう」

「スペース的な問題だよ。横一列に並べて固定しなきゃいけない。弾薬も広げて置かなきゃいけない。装填作業用のスペースもいる。必要十分な数かと問われれば不十分でしかないが、それが限界だ」

「うーん……」


 考え込むオル。


「装填をやりやすくするためにスペースを空けたいし、速度を出すために船を軽くしたいが、今積んでいる荷物を降ろすのも手間だし、保管する倉庫も新しく借りなきゃいけないだろ? それらの手続きにも時間がかかる」

「ああ、確かに……それは時間も金ももったいないな」


 金が絡むと妙に素直だなぁ。


「まぁ、威嚇程度にでもなれば十分さ。夜間なら追跡も厳しくないだろうしな。振り切る自信はあるぞ」

「空賊が来なかったとしても、襲撃に失敗したらどうする?」

「相手のケツにケツを合わせれば逃げ切れる。空賊が奴らに味方してるなら、空賊の救助を待つほうが得策だろうし、ムキになって追ってこようとは思わんだろう。合図については……まぁ、任せてくれ」

「おう、頼りにしてる。で、大砲を仕入れるにしても、誰が金を出すんだ? ブレア」


 俺たちの二人の話を漫然と聞いていたようだったブレアが、オルに問いかけられハッとした表情を見せる。


「ああ、そうですね。えーっと……警務局の予算から、と言いたいところですが、先般申し上げた事情からお金も動かしづらくて……。その……貸していただけません?」

「はあ? ……チッ、利子はつけるからな。あと、船が破損したり、最悪落ちた場合の損害も補償しろよ」

「それは……」

「なんとしてでも口実を作って金を引き出せ!じゃなきゃ、この話はナシだ!」

「わ、わかりましたよぅ……」


 オルの一喝に恐縮するブレア。

 金が絡むと自分の感情にも素直だ。


 失敗しても金銭的な被害は軽微で済ませたい。

 成功すればウハウハ。

 ただし、人的被害については慮外っぽい。

 なんとも商人らしいというか、ドライというか……。

 人的被害の軽減は俺が努めるほかない。


 そういうことで、その商談も含めて話をするために、ブレアを置いて支店へと入る。



 *



「やぁ、昨日ぶりだね。忙しそうで何よりだ。それで、今回は?」


 俺とオルが入室してすぐに、相変わらずひっかかる物言いをしてくる支店長。

 だが、1回の寄港でこれだけ支店長に会うのも珍しい。

 彼の言には皮肉よりも驚きのニュアンスが多分に含まれている気がする。

 そんなことは気にもせず、オルが切り出す。


「実は、昨日お会いした客が武器をお求めでして」

「帝国の人間が帝国の武器を? 工廠に直接行った方が早いんじゃないかね」

「ちょっとワケありだそうで」

「ワケあり? 下手な事に首を突っ込んでるんじゃないだろうね」

「まさか」


 そのまさかです。

 ガッツリ突っ込んでます。


「公的機関の方なのでご安心を。急に入用になったそうなんですが、軍の方からは渋られてるみたいで、輸出用に確保してるところから買い付けたいとの申し出を受けまして」

「はぁん……なるほどねぇ。で、いかほど?」

「中口径を1門と小口径を1門。あと弾薬3ダース分と、帝国製の測量器具一式を」

「少ないね。小口だと値が張ることになるが」

「構わないそうです。目一杯色をつけてもらいましょう」


 何か恨みでも……あるかもしれないな。


「うん、そうか。支払いは口座間で? 現金で?」

「現金だそうです。物を確認してから、私どもを通して払いたいと」

「ふむ、分かったよ。ちゃんと契約書は作ってくれよ」

「もちろんです。それと、この件とは別の話がありまして……」

「うん?」


 あまり深く突っ込まれないようにか、話題を切り替えるオル。


「タソルが帝国側から引き上げるそうです」

「バカな。儲かってるという話しか耳にしてないぞ」

「引き上げる間際の追い込みでもかけてるんじゃないかって話で」

「……なにかまずいことにでも手を出してるのか?」

「さぁ、そこまでは……」

「にわかには信じられんな」

「私もです。ですが、注視してみるだけなら問題ないでしょう?」

「まぁ、そうだね」

「帝国からの引き上げが確実になったなら、同盟・帝国の双方での彼らの販路を奪えるチャンスです。念のため、本店の方にも連絡を入れると良いかもしれません」

「何か証拠があれば説得力があるんだが」

「そんなものをほいほいと見せるバカな商人はいますか?」

「そりゃそうだが」

「何もなかったらそれで手仕舞い、何かあればすぐ動けるようにしておくべきです」

「ふむ……分かった。では明日入港する船に持って帰らせよう」

「それでは遅きに失します。今、我が商会でもう1隻寄港中の船がありましたよね?それで今日中に送るべきです」

「君達が行けばいいんじゃないか?」

「私たちの船は回廊でボロボロになりまして、整備班長の言では明日明後日までは動くに動けないそうです」

「そうか……分かった。なんとか頼んでみよう」

「なんとかじゃなく、絶対にそうさせてください」

「う、うん、分かったよ」


 机に手を突き、身を乗り出して迫るオルに気圧されてか、少しのけぞる支店長。

 あとは商品倉庫から武器を引き出す書類を書いてもらい、恭しく頭を下げて退室する。

 なお、支店長から、その“公的機関”とのつながりを深めるよう去り際に一言付け加えられた。


 オルが店内で大砲についての契約書を作る際に、布の経費と、損害について関与を伏せた上で、完全に補填するという条項を差し込んでいた。

 しっかりしてるなぁ。



 *



 支店を出てブレアに話はついたことを告げると、彼はタソルの監視につくと告げ、去って行った。

 途中でラフナの仮装用の服を買いつつ、彼女は明日に備えて目立つのを避けるために一旦宿に戻し、空港へと向かう。

 服飾店でピオテラがおねだりしてきたが、なんとか黙ら……優しく諭して引き下がらせた。


 輸出用商品の保管庫として借りている倉庫の人間に書面を見せ、大砲と必要と思われる弾薬、測量器具などを発着場までゴンドラで運ぶよう手配する。

 その後、塔を登って発着場に辿り着くと、整備班長を探し出して話しかける。


「班長、見積もりはできました?」

「おう、出来てるぞ。大事なところは既に取り掛かってる。ハッチの取り替えは明日までかかる。材木の寸法を測るところからだからな。他の必要じゃないところは言ってくれ」


 そう言いながら、いくつか抱えていた書類の中から、俺たちの船に関する書類を渡してくる。

 ハッチの取替え以外……機関、補助翼の修繕と調整、ワイヤーや配管の交換、汚水の除去、銃・弾薬の補充、貯水槽への給水等々。


「ハッチは全面取替えせずに、簡易的に穴を塞ぐだけで十分です。それと機関の調整、汚水の除去、銃火器関連以外は省いてください。給水も8割で十分です」

「はあ?南へ飛ぶんだろ?うちの商会は途中にねぇんだから、商会持ちで済ませられるここで全部済ませてけよ」


 そう言いながら班長はおかしなものを見る目を俺に向ける。

 汚水の除去、給水は船を少しでも軽くするためだ。

 南へ飛ぶなら出来るだけここで済ませたいが、今行く予定なのは全速力なら1日で行って帰ってこれる場所だ。


「少し急ぎで北のベオウンに行く予定ができまして」

「ベオウン? 何かあったか?」

「ええ、まぁ、急ぎの仕事を頼まれまして」


 話していると、ゴンドラから大砲2門が運ばれてくる。


「あれです」

「大砲? 帝国のものを帝国に運んでどうするんだ」

「さて、どうするんでしょう。俺たちは頼まれた仕事をするだけですよ」

「ふーん……まぁ、いいや。また戻ってきたら今度はしっかり直させてくれよ」

「ええ、その時はお願いします」


 そう言いながら書類を返すと、班長は不必要だと言われた項目にペンで横線を引いていく。


「よう、お前ら」


 急に別方向から話しかけられ振り向くと、先輩にあたる輸送艦長が立っていた。


「僕の船の方を優先してくれるんじゃなかったのかい?」

「いやぁ、すみません。こっちも急ぎの用事が出来まして」

「まぁ、いいけどね……。僕も急ぎの用事が出来ちゃったし。まったく……せっかく色々持ってきたのに、売り払う前にとんぼ返りとは」

「いやぁ、お互い大変ですね、ははは」

「じゃあね。僕はもう出るから」

「はい、お気をつけて」

「ああ」


 本当にすみません。

 文句はオルに言ってください。


 彼が自分の船に入っていくのを見届けたのち、未だ穴の空いたままのハッチを開けて、大砲と弾薬を中に運び入れてもらう。

 無理を言って、大砲の運搬用の台車も借りて持っていくことにする。

 それが無いと配置ができない。

 今、設置しだすと、いよいよおかしく見えるからな。

 が、中の積荷が思わしくない配置だったので、俺の指示の下、オルとピオテラの3人で移動させる。


「こ、これ、女の子の、やる……仕事じゃない……よねっ」

「水滴がしたたる女の子は美しく、尊く見えるなぁ」

「え? そう? んふふふ、しょうがないなぁ……」

「助かるよ」


 扱いやすくて。

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