第21話 謀議
「あの家だよ」
裏通りをさらに奥の方に進むと、まったく人気がなくなってくる。
そのまましばらくしてピオテラが指示した家を見ると、本当にボロボロになった家だった。
今にも崩れそう、というワケではないが、窓にヒビが入っている。
だが、周囲の家も似たようなものだ。
そう目立つものではない。
「ここは?」
「旧市街ですね。わずかばかりの住民は残っていますが、ほとんどは新市街や、あるいは外に越していったところです」
俺がブレアに尋ねると、そのような答えが返ってくる。
「こんなところがあるなんて知らなかったな」
「用も無いのにこんなところまでブラブラ来れるほど、俺たちは暇じゃないだろ」
「そりゃそうだ。ありがたいことだ」
オルに呟きに対し、俺がそう言うと納得した様子を見せる。
彼の言うとおり、仕事があるのはありがたいことだ。
ただ、今回は図らずも暇な時間が出来てしまっただけのこと。
そしてややこしいことに首を突っ込んでしまったことが、俺達をここまで連れてきた。
「あそこから地下室に戻って女の子を助けては?」
「ダメですね。もちろん、そうしたいのはやまやまですが、その子は助けられても、明日になって居るはずの女の子が居なくなったら何者かに発覚したと考え、対策を講じられます。そうすると余計に悪事を暴く事が難しくなる」
「その子に事の次第を話してもらえば――」
「自供だけでは弱すぎます。警務局に横槍が入っている現状では、特に。自供を元に捜索に入ったとしても、地下室については誰もいなければ何とでも口実はつくでしょう。そうなるといよいよ動けなくなります。できれば、証拠書類や現場を押さえたい、というのが本音です。そうしないと、また形を変えて繰り返されることになりかねません」
「そう……ですか……」
ラフナの提案を一蹴するブレアだが、確かに、結局疑いから逃れ、やり口を変えられるのでは意味がない。
俺がどこか納得できない気持ちを抱えながらブレアを見ていると、彼がこちらに目を向ける。
「私としては、皆さんにご協力していただきたいな、と思うのですが」
「船を襲えと?」
「ええ、そうです」
「馬鹿を言うな。仮に襲ったとしても、証拠がなければ俺たちの方が罪人になる」
「ほぼ確実に証拠が満載されてますよ。夜に襲えば空賊のせいに出来ませんか?」
「夜に機関を動かせば音で気付かれる。気付かれりゃ迎撃される。第一、北に向かうったって、途中にはいくつか街がある。夜はそこに寄港するかもしれないし、どこでその子供を降ろすのか見当もつかない」
「うーん、そうですか……」
しばらくの沈黙ののち、オルが口を開く。
「ピオテラ、前に見た時は子供は何人くらい船に乗り込んでいた?」
「うん? うーん、3人だったね」
「地下の部屋の数はいくつだったか?」
「2つ」
「そうか」
そこまで聞くと、彼は口を閉ざし、考え込む。
「それがどうかしたのか?」
「うん? ああ、いや……昼に先輩が言ってたのがな」
「昼? ……タソルの船の話か」
「そう。お前が旅客船だったか、って聞いたとき、彼は迷わず輸送艦だったと言った。北に向かった、とも言ってたな。つまりは普通の商品でも北に販路を持った、ということだろう」
「そう……だったかな」
記憶があやふやだ。
よく覚えてるな。
「娼婦の稼ぎ場が北。物を売りに行くのも北。タソルが扱ってるのは陶磁器と塩と食料。陶磁器はともかく、塩と食料を最も必要としてるのは?」
「戦場か」
「その通り。途中の街で降ろすということがないわけじゃないだろうが、利益を最大化したいなら戦場近くに、なおかつ直接持っていったほうが良い」
「それで?」
「そこまでは本来なら早く見積もっても往復で4日はかかる」
「……そうだな。まっすぐ飛べるなら2,3日で行けるだろうが、途中に“浮遊岩沈滞域”があるから、西に大きく迂回しなきゃいけないしな」
前線の後方基地と目される街までは片道2日程度。
軍を直接、あるいは軍に近い商会を相手にできれば、途中の街で降ろすより余程金払いがいいだろう。
だが、“浮遊岩沈滞域”に潜伏している可能性のある空賊の存在を考えて、安全を期すならば4日かけねばならない。
途中の街で降ろして、その先は別の商会や支店に任せてしまった方がいい。
だが、タソルはその間の街に支店を持ったとは聞いてないし、仮に持ったとしても余計な時間がにかかる。
寄港することを含めれば4日では済まなくなる。
さらに言えば、民間の商会が持つ輸送艦の数は限られている。
その時間で、その輸送艦で安全性が高い航路で、別の街へ、別の物を売りに出たほうが余程効率がいいだろう。
「タソルが船を何隻持っているかは判然としないが、タソルとうちの規模はそう変わらない。ところが北に向かう船がわずか2日の間に2隻出た。同盟からの輸送も考えれば、北に比重を重く置きすぎている」
「確かに、そうなるか。だとすれば4日は重いな。一度、物を貯め込んでから……いや、塩はともかく食料は怪しくなるか。せめて3日くらいじゃないと……でもそれは無理だろう」
「おそらく、“浮遊岩沈滞域”を突っ切ってる」
思わぬ言葉に愕然とする。
「馬鹿な。空賊の絶好の隠れ家だぞ」
「ブレア、“浮遊岩沈滞域”で、前に軍の空賊掃討が行われたのはいつぐらいか分かるか?」
「この領邦からも戦地に戦力をかなり持ってかれてますからね。ここ1年の間ではそんな話は聞いた覚えはないです」
“浮遊岩沈滞域”とは、船の機関にも使われている“浮揚石”の大きな塊がいくつも漂っている地帯である。
それぞれの岩の間には船が通れる隙間はあることはあるが、そこを通り抜けるには高度な操艦技術、指揮、頑強な船体が必要となる。
それでも、しっかりと調べればかなり安全に通れるルートを見つけることは出来るが、そんなところは地形を知り尽くした空賊の襲撃の格好の的となる。
だが、そんなリスクまみれのところを通ろうと思う商船は普通はいない。
そのため、“浮遊岩沈滞域”を迂回して軍の哨戒が巡回しやすい、つまりは治安を維持しやすいルートを公的な航路に設定し、そこを多くの民間船が往来するのである。
とは言え、その“浮遊岩沈滞域”から空賊が出張ってきて襲撃が行われる事も多い。
そのために、軍は度々掃討を行うが、ある程度は撃破できても、そんなややこしい地形で逃げ回られては殲滅には至らない。
それでもなんとか追い出すことには大概成功するが、いつの間にかまた戻ってきたりしている場合が多い。
その掃討が1年間以上も行われていない可能性があると言う。
そこを通るリスクは計り知れないだろう。
ブレアからその話を聞いたオルは俺に向き直る。
「商売は速度が重要だろ?」
「それは分かるが、いくらなんでも」
「通行証があれば?」
「通行証? 空賊がか? そんなもの出すわけ……あっ」
「そういうことだ」
そういうことになるのか。
金のやり取りがなかったとしても代価として安全な通過を保障するものなら、実質上、完全に人身売買と言える。
誰が好き好んで空賊相手に商売をしようなんて思うものか。
あんな特殊な人間たち相手に……特殊な……うわぁ……。
「閉じ込める場所が2つ。1部屋はもう埋まってる。明日に残りの1部屋も埋まるかもしれない。2人は閉じ込めておいて、3人目が来た時に“出荷”する。その出荷が昨日行われた。もしそうなら、次は明後日になる可能性がある。まぁ、あくまで推測だが……」
「推測の域の話では動きたくない。船の修理がいつ終わるか不透明だ。」
「そうだよなぁ……」
「明後日だと思います」
不意にラフナが口を挟んでくる。
「どうしてそう言い切れる?」
「ピオちゃんがタソルに忍び込んでた時に話しかけられた人達に聞きました」
聞いた……?
そこでふと思い出す。
そう言えば、二人組の男に絡まれてたな。
「『北でもっと稼げるから行かないか』と。当然断ったんですけど、去り際に『気が変わったら明後日“この図形”が描かれてる船が出るから、港に来てくれ』と言われたんです」
「その図形がタソルの標章だった?」
「ええ、そうです」
「当たりだ」
オルが顔に喜色を浮かべてに言う。
推理が当たって嬉しいのか、それとも他の何かに喜んでいるのか。
「で、どうします? 協力していただけるなら、こちらから無理をおしてでも人員を出します。逮捕拘禁するなら警察権もあった方がいいでしょう。今、令状を取ると動きがバレるので、事後令状を取る形にすればいけるはずです。まぁ、軍に通報する手もありますが……そっちも圧力がかかってる可能性もありますし、それがなかったとしても掃討するための準備に時間がかかると思いますが」
「早くて5日だな」
「そうなんですか?」
「元軍人だからな。おおむね想像はつく。まずは出動の許可の取り付けに始まり、許可が出てから物資の集積、艦と人員の召集、それらの手続き。しかも戦力も物資も北に割かれてる。必勝を考えるなら、戦力が集まらなければ動きすらしないだろう」
「なるほど……」
動けたとしても5日では済まないかもしれないな。
「ディム、1隻押さえればいいんだ。俺達だけでもいける。他船の環視の中、真昼間からスタグに入って行こうとは思わないだろう。まずはスタグに入れる範囲で停泊するはずだ」
「そういえば、俺たちが見たタソルの輸送艦の出発は正午近くだったな」
「北へ向かう航路だと、日が落ちる頃には一番スタグに近いところで停泊してもおかしくない時間帯なのかもしれない」
「夜に襲撃できるし、空賊のせいにもしやすいと」
「ああ」
「では、ご協力いただけるんですね?」
一連の話を聞いていたブレアは彼の中でそう結論づけたらしい。
「協力しよう」
オルがそう答える。
……え!?
決断が早すぎる。
彼の耳に口を寄せ、小声で問いかける。
「なんでそんな積極的なんだ?」
「ん? ああ、まぁ、商売だよ、商売」
「はあ?」
「この件でタソルが退潮すれば?」
「……ああ……」
要するに、これが原因でタソルが引き上げざるを得なくなれば、商っていた品目やその販路が宙に浮くことになる。
西のフラッシェルキか東のシュカドナーヴォに別の販路を持っていたとしても、取引量を減じざるを得ない。
そこに入り込もうと言うワケだ。
欲を言えば、帝国側で輸送に携わっていた人員と艦も引っ張ってこれるかもしれない。
それらを出来るだけ押さえようというわけか。
嬉しそうだったのはそのせいか。
「協力しようぜ。時には一か八かの勝負に打って出れるかどうかってのは軍人にも必要だろう?」
「今は商人だ」
「ククッ、そうだったな」
だが、お前ほどじゃない。
商人は厄介ごとを避けるのが常道とピオテラに言い聞かせた俺の立場がないじゃないか。
「明日、支店長に伝えよう」
「信じてもらえるかな」
「『タソルが帝国から引き上げるかもしれないから注視してくれ』と伝えるだけで十分だ。本店にもその点を連絡してもらえれば、向こうでもいち早く動けるだろう」
「商売は速度ね」
「その通り」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら俺の問いかけに応え終えたオルは、ブレアに視線を戻す。
「艦長にもご納得いただけた。協力する」
「おお! 助かります!」
納得しきれてないんだが、オルがそう言うと、喜色満面という字面どおりの表情を浮かべるブレア。
「では夜襲を仕掛ける準備をしないといけませんね」
「あっ」
『夜襲』という言葉を聞いて問題点に気付いた。
「どうやって夜間にタソルの船まで接近するんだ?日の高いうちに横付けするんじゃ怪しまれるどころの話じゃないぞ」
「あー……失念していた……。うーん……。ブレア、何か案は?」
「先程も言いましたが、航空艦に搭乗した経験がない私に聞かれても……。潜入して、明かりで誘導すればどうです?」
「それが出来れば最善だが……まず、どうやって潜入するんだ。悪知恵の働くオルくんや。何か良い手はないかな?」
「人聞きの悪い。うーん……さてな……」
3人で頭を抱え込む。
「私が行きましょう」
「「えっ!?」」
突然名乗り出たラフナにオルと俺が一緒になって驚く。
「一度娼婦として誘われたんですから、誘いに乗ってあげるんです」
「いや、上手くいくかどうかなんて未知数だぞ。いくらなんでも危険すぎるんじゃ……」
「上手くいかせてください。私、艦長とオルさんのこと信じてますから」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが……」
「大丈夫です。私自身、上手く立ち回れる自信はあります」
「えー……っと……ちょっと考えさせて……」
最善手……なのかもしれないが……。
どういう立ち回りをする予定なのか分からないが。
女性としては魅力的なワケだが。
が、が、が……むむむ……。
色々な考えが浮かんでは消えていく。
そのように悩んでいると、ピオテラが勢い良く手を挙げる。
「はいはいはい! じゃあ、あたしも行く!」
「お前は女性としての魅力がだな……」
「どういう意味!?」




