第18話 偵察
タソル商会の前に着き、物陰で様子を伺っていると、服装からして従業員と思われる男性が出てくる。
ピオテラと顔を見合わせると、彼女は頷く。
その表情は自信に満ち溢れてる。
不安と言えば不安だが、本人がやる気なので引き止めることはしないでおこう。
失敗して当然で、何か得られれば御の字だと思えば心の平安は保たれる。
肩で風を切り、堂々と向かっていく……が、途中でなんかクネクネしだした。
ああ、色仕掛けね……。
引っかかってくれるかな……。
引っかかってくれるといいな……ピオテラの尊厳のためにも……。
そのまま男に近付き、声をかけると男性が彼女の方へと向き直る。
だが、何か言葉を交わす様子もないまま、彼女が引き返してくる。
関係者と思われると色々不味かろうと思い、覗かせていた顔を引っ込め、彼女の帰還を待つ。
間もなく、彼女が戻ってきて発した第一声は。
「好みじゃなかった」
「そこからかよ!」
思わず両耳を引っ張る。
「いたいいたいいたい! ちょっ、やめて!」
「色で引っかけようとした側が、好み云々で自分から色を引っ込めてどうすんだ!」
「しょ、しょうがないじゃん! ほら、やる気とかさ! 大事じゃん! 結果に繋がるじゃん!」
「そこまで求めてないから! なんで相手を選んでるんだ! 普通に話を聞いてくるだけでいいのに!」
「お前ら、ちょっと静かにしろ。最初から期待してなかったから。お前もそうだろ? ディム」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した俺達を制するオル。
「そりゃ、そうなんだが……」
「期待されてなかったんだ……」
ひどくショックを受けた顔をするピオテラ。
なぜか妙に心苦しくなるからそんな顔はしないで欲しい。
お前に期待していたのはお前だけだったのだ。
その点をあらかじめ察していて欲しかった。
……無理な相談か。
「ピオちゃん、大丈夫だよ。ピオちゃんは可愛いんだし、次は上手く行くよ!」
そうでもなかった。
ラフナが彼女を元気付ける。
まだやるのか……?
「ラフナ……うん! あたし頑張る!」
「いや、もういい。何度も話しかけてちゃ顔を覚えられる。今後に支障が出てくるかもしれん」
気を取り直したピオテラに冷や水をぶっかけるオル。
もっともなご意見。
「様子を伺うだけでも十分だ。しばらく出入りする人物を確認しよう。何かおかしな点があるかもしれん」
「ああ、そうだな……」
多少の脱力感を覚えながら、力ない声でオルに同意する。
「おい、あれ」
いつの間にか意識がやや遠くに行ってしまい、ただぼんやりと店の輪郭を眺めているだけになっていた俺にオルが話しかけて来る。
その声に意識を手繰り寄せられ、店の方へと改めて視界を定める。
すると、二人の男女がやや薄汚れた服をまとった女性……というよりは、少女を連れて中へと入っていく姿が目に映る。
「なんだありゃ」
「さてな」
オルと短く言葉を交わす。
なんだろうか。
「気になりますよね~」
後から急に男の声で話しかけられる。
ドキリとしてオルと一緒になって咄嗟に振り返る。
そこにはキャスケット帽をかぶった細身の背の高い男が立っていた。
帽子のつばを持ち上げ、わずかに吊り上がった目をうっすらと開いているのが、彼の眼鏡越しに見える。
「ああやって時折、愛らしいお嬢さん方が誰かに連れられて店に入っていくんですよ」
「へ、へぇ……そうなんですか……。いや、見目麗しい女性が見えたものですから、目で追いかけてしまって。ははは」
オルが苦笑いで言い訳をするように言葉を返す。
言い訳そのものなんだが。
「ほう、そうなんですか。見目麗しい女性を二人も連れて、浮気性なんですね」
そう言いながらピオテラとラフナに目を配る。
「みめうるわしい?」
「可愛いってことですよ」
ピオテラが男に尋ねると、彼は彼女にその意味を教授する。
「え!? あたし可愛い?」
「ええ、もちろん」
「可愛いって! ほら! 選ぶ権利あるじゃん!」
嬉しそうに俺とオルに先ほどの失態を挽回せんと詰め寄るピオテラ。
「仮にそうだとしても、選り好みする場面ではなかっただろ! ちゃんと情報を聞き出せなきゃ意味無いんだよ!」
「ぐぬ……」
思わず反論してしまう。
「情報? 聞き出す?」
不意に男の声が聞こえ、ハッとして彼を見る。
しまった。
迂闊なことを口走ってしまった。
後悔するがもう遅い。
「何か探ってるんですか? タソル商会関係で」
「ああ、いや、ははは」
核心を突かれ狼狽して、何も言葉が出てこない。
オルの方を見るが、彼も先ほどの苦笑を顔に貼り付けたまま動かない。
再び男の方へ視線を戻すと、彼はタソルの支店の方へと目を向けている。
「儲かってるらしいですね。先ほどからひっきりなしに馬車が止まったりして」
「そ、そうですねぇ」
「おかげで色んな商品が仕入れられてるらしいですよ。あそこから卸される塩は、このカルノでの食卓には毎食上がってるみたいですし」
「いやぁ、し、塩は大事ですからねぇ」
「まったくです。パンにも、肉にも、スープにも。味覚に彩りを添えてくれる。他にも陶磁器なんか扱ってるそうで。同盟産のは洗練されていて美しいですね」
「おっしゃる通り……ですね……はは……」
帝国の食器は実用性ばかり追及したのか、その意匠は無骨極まりない。
戦争ばかりしているのだ。
あまり凝ったものを作る余裕はないのかもしれない。
いや、あくまでそれは庶民用であって、上流の人々はそれなりのものを使っているだろう。
決して帝国で美術的な価値を持つものが、まったく作られていないというワケではない。
むしろ、長い歴史を持つが故に、比較的平穏な地方での産品は同盟の物よりも実用的で、意匠に優れている物すらある。
それらの安定した販路は喉から手が出るほど欲しい。
……いや、そういう話をしている場合ではない。
「タソルが儲かってるのが羨ましいですか?」
「え、ええ、まぁ、それなりに」
「なんで儲かってるか気になります?」
「そ、そうですね。気にならないと言えば、嘘になります」
「それでは、儲かってる原因を知りたくて探ってると?」
「あー……あはは……まぁ、そんなとこですかねぇ……?」
何か尋問されているように感じてくる。
これ以上、余計な事を口走っていないか気になるが、動揺が邪魔をする。
「では、お仲間ですね」
男はそう言うと、ニコリと笑いかけて来る。
「あ、そうなんですね……。ははは……は?」
「初めまして。私はブレアエス・ゴータチェニと申します。カルノ市警務局で警務少尉をやっております」
そう言うと彼は胸から取り出した警務局所属を示すバッジを見せたあと、帽子を取り、それを胸にあてる仕草を見せる。
帽子を取った際に溢れ出た少しクセを伴った茶色い髪が、本来の形を取り戻していく。
服装が一番の要因だろうが、その柔和な笑顔からも、とても警務官には見えない。
たぶん、俺は今、アホ面を晒していると思う。
だって、周りを見回すとみんな揃ってアホ面してるんだもの。
あのラフナですら、アホっぽく見える。
貴重な表情だ。型を取って石膏像にしたい。
と思っていたら、ピオテラの顔が青くなって逃げ出そうとしたので、腕を掴んで引き留める。
「と、止めてくれるな!」
本能ってすごいなぁ。




