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第17話 疑を論ずる議論

 どういう事だ?


 子供連れなら疎開元に戻るということのほうが納得が行く。

 だが、そうすると娼婦の斡旋という話は筋が通らなくなる。


 2つの可能性が示されたが、その2つともに否定する材料が出てきた。

 いや、すべては推測に過ぎないのだが。


 子供に娼婦の真似事をさせるのか?

 いやいや、さすがに子供ったって男子もいるだろう。

 それならば疎開元に戻るだけだと断定できる。

 それでも十分おかしな話なんだがな。

 一応、女性陣二人に聞いてみることにする。


「子供って、当たり前だが男の子もいたよな?」

「私は……その、言われてみて初めて、『あ、そういえば』って程度しか見てなかったので、なんとも……」

「うーん? うーん……そもそも親子だったのかな? 家族なら子供と手を繋いだりするでしょ? そういうの無かったし。男の子はー……覚えてる中ではいなかったなー。子供って言ったって、幼女というより少女って感じの子達が多かったような気がするよ」


 ますます分からなくなってきた。

 やはり娼婦の斡旋?

 にしたって、少女って……。

 そういう趣味の方がいらっしゃるのは知ってはいるが、そんな若い子がそのような仕事に身を投じようと思うだろうか。

 世に例外は数多あるとは言え、だ。

 なんなんだ。


「……人身売買?」


 オルがポツリと呟く。


「はあ!?」


 思わず荒れた声で聞き返す。


「このご時勢で?」


 まさかまさかと呟いていたのはその可能性を考えていたってことか。

 それこそ意味が分からない。

 人身売買……つまるところは奴隷制ということになってくるが、そんなモノはかつての大戦おおいくさ以来、世界各国が忌避してきたものだ。

 特にその戦いの中心的な舞台だったヘイルイゼクでは建国以来、強く制限されてきたことだ。


 かつて、浮遊島に住む『空の人』が『地の人』を支配していた時代があった。

 支配していた……というよりは、『隷属させていた』という言葉の方がより実態に近いだろう。

 『空の人』のために、『地の人』同士が傷つけあい、殺しあう時代が数百年続いた。

 その後、『地の人』は『空の人』に抗い、勝利し、尊厳を取り戻した。

 直後には『地の人』が『空の人』を迫害する場面が幾度かあったらしいが、それよりも長く時を経て、現代ではそのような迫害は無意味だとの共通認識に至った。

 いくつかの紆余曲折を経て、そのような結論を辿り着き、『人が人を隷属させること』ということに対して、忌避感が生まれたのだ。

 だが、不思議なもので、それが人間のさがであるかのように、いくつかの歴史上の国々では奴隷階級というものが設けられたが、その制度はことごとく失敗、或いはそれこそが国際社会での批難や迫害の対象となった。

 そして今に至り、そしてそれがほぼ全世界的な常識となった。


 そんな中で人身売買を行うなど有り得ない……ワケではないだろうが、とてつもないリスクを伴う。

 いくら儲けのためとは言え、手を出そうとも思わないことが商売屋として正常な思考だろう。

 逆に言えば、人間の奥底に潜むそういった嗜虐的な欲求が全くに葬り去られたこともないので、そこに付け込めば巨額の利益を……ということは考えられるが、リスクに見合わない。

 よほどの後ろ盾がない限りは。


 後ろ盾……後ろ盾ねぇ……。

 タソルに?

 何が?

 いや、まだそうと決まったわけではない。

 否定材料は出てきても、否定しきれてはいない。

 しかも人身売買だって?

 実にバカバカしい話だ。


「とてもじゃないが、そうとは思えないな」


 俺はそう結論付け、発言する。


「……なんにせよ、ここは議論をぶち上げる場じゃない。どこかへ移動したほうがいい」


 オルがそう提案する、

 俺はそれに同意し、ラフナも同意する。

 ピオテラはよく状況を把握してなかったみたいだが、頷く。

 既に今夜の予約を取った宿に足を向ける。

 日はてっぺんをとうに通り過ぎていた。



 *



 いつぞやのように、ピオテラとラフナは並んでベッドに腰掛け、俺は椅子に座る。

 司会進行のためか、前の俺のようにオルが立っている。

 壁に寄りかかってはいるが。


「良い香りの部屋だ」

「そうか?」


 俺が思わず呟くと、実に不思議そうな声音でオルが聞き返してくる。

 そりゃそうだろう。

 あんな自然に嫌悪感を抱いてしまうようなニオイのある部屋よりは何億倍もマシだ。

 この部屋まで来る際に、昨夜俺が寝ていた部屋を通り過ぎたが、入室禁止みたいな札がかけられていた。

 申し訳ない。

 ……いや、なんで俺が申し訳ない気持ちにならなくちゃいけないんだ?

 大変遺憾である。


「さて」


 と、オルが切り出す。


「我らが新しい仲間、ピオテラくん……はよく分かってないだろうが、タソルの動きについて、ちょっと話し合おう」


 いやらしい言い方だ。

 だが、当の本人が気付いてないので良いだろう。

 ちらりと表情を伺うが、何の変化もない。

 そういうところは純粋で……なんというか……好感が持てる?と言えばいいのか?

 それはさておき、俺とラフナはオルの発言に頷く。


「ディムはどう思う?」

「そうだな……。まぁ、そういう商売の斡旋って言われれば納得が行く範囲だ。だが、子供連れというなら疎開元に戻るという話も納得できる。どちらかではあるだろう。ただ、人身売買というのは……ピオテラの話を加味しても信じがたい」

「そうか。じゃあ、ラフナは?」

「どちらにしてもあの暗い表情はなんだったんだろうって思います。そういうお仕事をされてる方なら稼げる場所にいけるんですから嬉しいでしょうし、例え戦場近くとは言え、家族の元に戻るならあそこまで暗い表情はしないと思います。でもピオちゃんの言う事が確かなら、その、とても信じられないのですが、そういうこともあるのかな、と……」

「見てなかったんだが、ラフナがそれほどに気にするほどの顔だったのか。うーん……」


 顎に指をすりつけ、考える仕草を見せるオル。


「あたしの意見は?」


 不服そうな声色で発言するピオテラ。


「いや、お前に聞いたってさぁ……」

「あー! 失礼しちゃうんだ!」


 そう言われて彼女はオルに抗議の声を上げる。


「あたしだって見てたんだよ! みんな子供に気付いてなかったじゃん! あたしの意見も聞いた方がよくない?」

「あー……うん……そうだな。よし、言ってみろ」

「なに、その上から目線」

「ええい! めんどくさい! 悪かった! 聞かせてください!」

「んふふー、しょうがないなぁ」


 オルを下手に出させて余程嬉しかったのか、妙に得意気な顔をするピオテラ。


「あのね、さっき言ったことに加えて、思い出したことがあるんだ。女の子達の服。大人の人はそれなりに身なりは良かったけど、女の子達はあまりよくなかったんだ。それも含めて考えると、家族とはとても思えないよ。やっぱり、娼婦さんって考えた方が自然だと思う」

「貧窮……あー……あまりにも金がないもんだから、そういう仕事を始めたと?」

「そういうことじゃないかなぁ。あたしはもっと気楽な方法を選ぶけどね」

「民警に追われるのが気楽か?」

「あぅ……」


 再び、してやられるピオテラ。

 相変わらず詰めが甘いようで安心した。


「民警……民警か。そうだな、まずは民警に話をする方が筋だよな」


 オルの言葉に反応して気付いた。

 そうだよ、なんで俺達で対処しようって話になってるんだ。


「ああ、確かに。違いない。そうしよう」

「そう……そうですよね」

「あ、あたし、ここで待ってるから。頑張ってね」


 身元はもう証明できるし、この国ではどうこうされないと思うんだが……。

 まぁ、苦手意識ってやつか。

 ピオテラ自身がそう言ったように、ここに置いて行くとする。


「気をつけてね! 棒振り回して追いかけられないようにね!」

「いや、俺ら、そういう風にされる心当たり一切ないから……」


 いつの間にか一味に加えられていた。



 *



 まるで相手にされなかった。


 いや、その言い方は正しくないな。

 どうやら民警は民警でいぶかしがって探りを入れていたようだ。

 普通に娼婦の斡旋、年若い貧窮した女性には心苦しいがそういう商売を業者が紹介して、同意した上で契約を結ぶ。

 それを業者に頼まれて、業者持ちのわずかな依頼料で向こうへ連れて行ってるだけ。

 むしろ慈善事業の部類に入るでしょう?とまで言われたそうだ。

 何度かその女性らを確認したが、法的に、あるいは常識的に考えて問題のある年齢の者はいなかったらしい。


「すっきりしたな」


 俺がオルの顔を見てそう言うが、彼の顔は一向にすっきりしていない。


「すっきりしないな……」


 やはりすっきりしていないらしい。


「どの点ですっきりしてないんだ」

「長く商売をやっている人……この場合は支店長ほどの人に『羽振りが良い』なんて口にさせるほど、外からでも儲かって見えるんだぜ? それが業者からのわずかな依頼料で? 慈善事業で? おかしいじゃないか」

「そうかもしれんが……」


 では、どうだと言うのだ。


「うーん……」

「やはり私達で探りを入れてみますか?支店長もそうしてくださるみたいな話はしてらっしゃいましたが、ここまで来ると私もちょっと気になってしまいます」


 腕を組んで悩むオルを後押しするように、ラフナがそう提案する。


「うん。できれば、そうしたいな。ディム、どうだ?」

「……お前がそこまで言うなら、そうすればいい。但し、船の修繕が終わるまでだぞ。あと、支店に迷惑がかからない範囲でだ」

「そりゃ分かってる。俺は生粋の商人だぜ。ちゃんとわきまえてるさ」

「ああ、そうだな。信じてるよ」

「おう」


 そこまで話して、宿に戻ろうと民警の庁舎から取って返そうとすると、近くの建物の陰からピオテラがヒラヒラと手を振っているのが見えた。

 ため息まじりで近付いていく。


「どうだった?」

「問題なし。普通の商売だったって話だ」

「ふーん……つまんないの」

「つまる、つまらないの話じゃない。仮に実は問題があったとしても、これ以上は民間人の出る幕じゃないってことだ……が、オルが気になってしょうがないらしい。俺らだけでちょっと調べてみることに決めたよ」

「おっ、いいじゃんいいじゃん。たのしそー」

「あのなぁ……商売ってのは厄介ごとを避けるのが基本だぞ」

「そんなの知らないよ」

「ぐっ……」


 仮にも同じ商会に所属している人間としてその発言は……。

 いやいや、本当に『仮に』だったな。

 腹を立てる必要はない。


「だが、時にはバクチに出たほうが大きな利益に繋がることもあるぜ」


 オルが珍しくピオテラに乗っかるような事を言い出す。


「そうそう。大きく張って、大きく儲けよー!」

「おお、それこそ成り上がる商人の秘訣だぞ。ピオテラも分かってきたな。お前を誉めそやす機会が来るとは思わなかったぜ」

「なっはっは、もっと誉めておくれ。あたしは誉められて伸びる性質たちだから」

「まぁ、それは伸びてもすぐ意味がなくなるモノだがな」

「まぁた、そんな寂しいことを言う……」


 シュンとして彼女はそうぼやく。


「まぁ、いいや。とりあえず、これからどうすんの? 夜までまだまだ時間はあるし」


 かと思えばケロッとした顔で立ち直る。

 うーむ、見習いたい。

 いや、見習って……いいよな?さすがに。


「そうだな……。出来るだけ情報を集めたいが、どこから手をつけたものか」

「じゃあさー、そのなんちゃらかんちゃらってとこのお店に行こうよ。いっそ、そこの人に直接聞いちゃえばいいじゃん。悪い事してますかー? って」

「タソル商会な。いきなり本陣に突撃か……。まぁ、ちょっと様子だけでも伺ってみるか。さすがに話を聞くのは無理だがな」


 なんだろう。

 オルがピオテラに染まって行ってる感じがする。

 ちょっと困りますよ、ピオテラさん。

 うちの知恵袋をそっちに引きずりこんでもらっちゃ。


「大丈夫! あたしに任せといてよ。実は良い考えがあるんだ。パパーッと話を聞き出してあげちゃう」

「ほう……なんか自信ありげだな」

「あるあるー」


 そう意気揚々と言いながらピオテラは先頭を切って歩き出す。


「タソルはそっちじゃねぇぞ」


 ホントに大丈夫?

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