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第16話 端緒

 ピオテラを連れて支店に戻る。

 先の話し合いの通りに、彼女を一時的に雇ってもらうためだ。

 少なくとも、帝国籍の取得が終わるまでは。

 こっちの自分勝手な都合でお願いするのは心苦しいが、いやいや、商会のためなのだ、と自分に言い聞かせる。


 どうやら来客への対応中らしく、しばらく待たされることになったが、それほど時間が経つ間もなくオルと共に応接室へと通される。

 応接室から出てきた見知らぬ人物と軽く会釈を交わし、すれ違う。

 まだまだこちらの国では顔を広げられていない商会ということを実感させられるなぁ……。


「やぁやぁ、朝ぶりだね、ディムロくん」


 皮肉か? 皮肉なのか?

 いや、邪推に過ぎる。

 気持ちが妙に後ろ向きだ。


「すみません、一日に何度も」

「ああ、いや、嫌味に聞こえたかな。どうかそんな悪い意味で受け取らないでくれ。うちの従業員は優秀でね。私がいなくてもいいんじゃないかってくらい業務が進む。だから、誰かと話せるのは楽しみにしてるんだ」

「そうですか。そう言って頂けると助かります」

「ははは。で、今回の用件は何かな?」

「えーっとですね……」


 ピオテラを匿うことになった経緯は伏せつつ、優秀な人材を見つけたからというていで、商会で雇って欲しい旨を伝える。

 俺の話を補強するように、オルがあれこれと有りもしない長所を上げつらう。

 え? それ本当にピオテラのこと?

 と思わずにはいられないことも含め。

 “目端が利き、大胆さの中にも慎重さを併せ持つ”なんて冗談にもほどがある。

 あいつの慎重さなんか見たことないぞ。


「ほう、君がそんなに推すほど良い人材なのかね。どこで見つけてきたんだ?」

「多くの人と交わりを持つ。商人としては当然のことかと」

「ははは、確かに。まぁ、オルエニくんがそう言うならそうなんだろう。で?どういう使い方をすれば妥当なのかな?」

「見つけたのは同盟の方でです。ディムロ艦長には事後承諾でご許可いただきましたが、私の判断で船に乗せました。引き続き、見習いとして我が艦で様子を見させてもらえれば」

「ふーむ、そうか。ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。やはり私の目に狂いがあったと思ったら、こちらの裁量でクビにするということもご許可いただいてよろしいですか?」

「うん、そうだね。任せるよ。一応、商会への所属の届出は出してもらってくれ」

「はい、もちろんです。一応お引き合わせしますか? こちらの作法は知らないみたいで、無礼を働くやもしれませんが」

「いや、いいよ。彼女に恥をかかせるのも悪いしね」


 スラスラとこちらに都合の良い条件がまとまる。

 さすがオルさん……尊敬します……。

 腹芸は不得手だなぁと実感させられる。

 もちろん、こちらの意図なんて支店長が知る由もないのだが。

 あー、早く火薬庫を手離したい。


「あ、それと、すみません、支店長。もう少しこの街に留まることになりました。整備に時間がかかるみたいで」

「そうか。宿の支払いはこちらで持つよ。もちろん、限度はあるがね」

「ええ、もちろん承知しております。ご迷惑のかからない範囲でなんとかします」

「うん、そうしてもらえると助かるよ」


 俺がそう言うと、笑顔で応じる支店長。

 その貼り付けられたような笑顔に、彼もなかなか歴戦のツワモノといった印象を受けてしまう。

 不意にオルが支店長に向けて声を発する。


「そういえば、先ほどすれ違った方がいらっしゃったのですが、どうも見覚えの無い方で……最低限の礼儀は尽くしたつもりですが、どなたなのでしょう?」

「ああ、件のタソルの支店長だよ。週に1度はやってきて、互いの領分は侵さないよう言い含めてくるんだ。まったく、いやらしい奴だ」

「それは……心中お察しします。ああ、そういえば、整備関係で空港に行った際のことなんですが、タソルが旅客業を始めたようですね。羽振りがいいのはそのせいじゃないんですか?」

「なに? そんな話は聞いてないが……」

「あれ? そうなんですか? うーん、おかしいな……。さっきお会いした際もそのような話は?」

「いや、何も聞かなかったな」

「そう……ですか。分かりました。ありがとうございます」

「気になる話だね。こちらでも少し探りを入れてみよう」

「はい、是非」

「ふぅむ……」


 支店長は天井を見上げ、ソファの端の手すりに波打つように5本の指を軽く打ち続ける。

 が、間もないうちにその動きを止め、再びこちらに視線を戻す。


「さて……他に用件は?」

「いえ、これくらいです」

「そうか。ああ、そういえば茶を出すのを忘れていたね」

「お構いなく。急に伺ってしまったこちらの落ち度ですから」

「はは、そう言ってもらえると助かるよ」

「はい。では、また何かあれば伺わせてください」

「ああ、待ってるよ。どうせ暇な老骨だ。いつでも尋ねてくれ」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 俺の出番はほとんどなく、支店長との会談を終える。


「あっ、そういえば」


 俺は思い出したかのように支店長に振り返る。

 いや、実際に今思い出したのだが。

 彼がこちらに目を配る。


「こちらから出る輸送案件とかはないんですか?」

「ああ、いや、大丈夫だよ。今はまだ商品の買い付け中で、物が揃ってないんだ。それに今日にも新しい便が着くはずだから、急な案件が入ったらそっちにお願いするよ。気にせず、船を万全の状態にしたら南へ飛んでくれて構わんよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 それでは、と軽く頭を下げ、部屋を辞する。


「どうだったー?」


 扉を出てすぐ目の前で壁に背中を押し付けていたピオテラが声をかけてくる。


「大丈夫だったぞ」

「わぁ! 嬉しいな!」

「よかったね、ピオちゃん」

「うん!」


 今にも飛び跳ねそうに喜ぶピオテラと、共に喜びを表すラフナ。

 仲が良さそうで何よりだ。


「さて、じゃあ、まず届出を出しに行くぞ」

「届出?」

「この商会に所属しますって届出だ。あー、字は書けるよな?」

「大丈夫大丈夫」


 そんな話をしながら窓口に行き、書類をもらい、記入台で必要事項を記入していってもらう。


「きったねぇ字……」

「うるさいな! 泥……棒に字なんか書けなくてもいいんだよ。あと猟師も……」


 ピオテラが思わず大声で『泥棒』と言おうとしてしまったのに気づいて、途中から小声になる。

 本当に迂闊だなぁ……。

 『慎重さ』ってなんだろうか。

 いや、途中で声を落としたのはこいつにしては珍しい『慎重さ』だったか?


「予告状を書く時に必要なんじゃないのか?」

「へ? そんなバカなことする泥棒がいるの?」

「いや、いないいない。せいぜい演劇の中でだな。ははは」


 オルがからかう。

 ふとしたところでピオテラの手が止まる。

 覗き込んでみると『住所』という欄だった。


「あー……オルの住所書いとけ。こいつが見つけてきたことになってるからな」

「なっ! おい、お前の愛人だろう。お前の住所書かせろよ」

「いつまで引っ張るんだ。じゃあ、お前の住所の一部を適当に変えて書けばいい」

「しょうがねぇな……。ま、あんまり細かくは見られんだろうから大丈夫だろ」

「いざとなったらオルの愛人でしたって言えばいい」

「おい、意趣返しにしたって悪趣味だぞ」

「ははは」

「ちょっと! あたしを選ぶ人は良い趣味してる人だと思うんだけど!」


 オルとちょっとした冗談をからめながら対策を練り終えるとピオテラが怒り出す。

 そんな雑談を交えつつ、オルが住所を教えながら記入を終え、提出する。

 支店長に話は通してあるから、と伝えると、受付は大して目も通さず決裁の方へとまわす。

 よし、これでいい。


 支店を出ようとすると、扉が開き、背の高い細身の男性が入ってくる。


「おや、ディムロくん」

「あ、どうも。お疲れ様です」


 輸送艦の艦長としては先輩にあたる人だ。


「これから出発かい?」

「いえ、まだです。船の整備に手間取ってまして」

「あー、そうなのか。じゃあ、僕の出発も遅れそうだな」

「すみません。また明日整備の人達と会う予定があるので、その時にでも先輩の方を優先してもらえるようお願いしておきますか?」

「うーん、そうだな。急ぎじゃなければお願いしてもらっていいかな? 商会の輸送案件がないなら早めに西に向かいたいんだ」

「帝都の方ですか?」

「それよりもちょっと手前だけどね」


 そんなやり取りをしていると、オルが横から口を出す。


「もし良ければそっちでの為替レートを調べてきてもらえませんか?」

「何か懸念でも?」

「ええ、ちょっと帝国デナルが下落してるみたいで……」

「うわ、なんだそりゃ。困るなぁ……。分かった。調べてみるよ」

「ありがとうございます。自分たちは南へ向かうので、おそらくそちらが先にこっちに戻られることになると思いますから、この支店に言付けてもらえれば」

「ああ、了解だ」


 帝都に近ければ近いほど、帝国内での正確なレートが分かる。

 良きにしろ悪きにしろ、確度の高い情報が欲しい。


 オルと話していた彼は不意に俺を見て、話しかけて来る。


「そういえば、タソルの船が北に向かう航路に入って行ったんだが、新しい商売でも始めたって話は聞いたかい?」

「北? 北ですか? ……いえ……。ただ、支店長が『最近羽振りが良くなった』という話はしていましたね。ちなみにその船は旅客船でしたか?」

「いや、輸送艦だったね。タソルは旅客業には携わってないだろ?」

「えぇ……まぁ、たぶんそうなんですけど……」

「歯切れが悪いな。まぁ、支店長に色々聞いてみるよ。いや、ありがとう」

「いえ」

「それじゃ、また今度ね」

「はい、それでは」


 話を適当なところで切り上げ、支店を出る。

 すぐさまオルが疑問を口にする。


「逃げてきた奴が逃げてきたところに戻るのか?」

「そんなバカな」


 そう、そんなバカな話があるわけがない。

 なんだ? どういうことだ?


「やっぱり、夫がいるところが良いんじゃないですか?」

「え?」


 ラフナが急に声を上げる。


「女性ばかりでしたから、そうなのかなぁと」


 …………。

 つまり?


「……娼婦の斡旋じゃないか?」


 オルが応じる。


「そんなことしていいのか? タソルの扱う……言い方は悪いが、商品ではないだろう」

「斡旋業者は別だ。あくまで移送を依頼されてるだけだろう。それなら何もおかしくはない」

「ふぅむ……」


 そういう流れなら、確かに何もおかしいことはないだろう。

 言われてみれば、昨夜見かけた限りでは街中の娼婦の数が減っているなとは感じた。

 しかし、戦場近くに送るとは……なかなか悪徳な業者じゃないのか?


「しかし、輸送艦で送るとは相当に乱雑な扱いだな……」

「オル……空港でも言ったが、さすがに内装は旅客用にしてあるだろう。物じゃあるまいし」

「まぁ……そうだな。そう願いたいね」


 俺もそう願いたい。

 そうでなければおかしいとすら思う。


 しかし、タソルの羽振りが良くなったのはそういうことか。

 危険な戦場近くまでの輸送を行うのだ。

 それなりの手当てもつくだろう。

 真っ当な商売……とは言いがたいが、金のためなら、という商人の考え方も分からないでもない。

 いかんな。まだ商人としての覚悟が足りてないということか。


「俺ならそんな商売は御免だがな」


 オルが俺の心の中を見透かしていたかのように呟く。

 彼ですら忌避感を抱く類のものなのか。

 良かった。俺は真っ当な商人ということの証だ。

 ほっと胸をなで下ろす。


「でもさ、子供にもそういうことさせるの?」


 ピオテラが不思議そうに、そんな一言を吐く。


「子供……?」


 あれ? そういえば……。


「そういえば……ちっちゃいお子さんもいましたね」


 ラフナが俺の内心を継ぎ足す。


 思わずオルを見る。

 彼も俺を見ていた。

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