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第13話 ひっかける人々

 大通りを外れ、裏路地の方へと足を向ける。

 街には多くの酒場はあるが、やはり行き慣れたところへとついつい足を運んでしまう。

 というのも……。


「おー! 艦長ー!」

「遅かったですね!」

「先にやらせてもらってまーす!」


 乗員達との交流の場だからだ。


「お、艦長、また愛人連れですかい?随分とお気に入りなんですねー」

「なははは、どーもー」

「違うって言ってんだろ!」


 未だに誤解されているらしい。

 いや、解こうとしたはずだぞ?

 ピオテラも嬉しそうに応じるんじゃないよ!


 とりあえず、乗員の横のテーブル席に着く。


「ご注文は?」


 若い女性の店員が注文を取りに来る。


「俺はビールで……オルは?」

「シードルで頼む」

「好きだねぇ……」

「俺は頭を動かす性質だからな。糖分が必要なんだよ」

「さようで。ラフナは?」

「あ、私もシードルで」

「はいはーい! あたしは……何がいいの?」

「えっ」

「えっ」

「……酒、飲んだことあるよな?」

「あるけど……落ちてたやつ拾って飲んだら『びぇ~』ってなっちゃったから、そういうの以外は分かんない」

「落ちてた? ……ああ、かっぱらってきたってことか……。じゃあ、苦いのと甘いの、どっちがいい?」

「甘いの!」

「じゃあ、シードルで……」

「シードルって?」

「リンゴの酒だよ。甘くて炭酸が……あー、シュワシュワしてる」

「お、よさそう。じゃあ、それで」


 店員に向かってエール1杯とシードル3杯、あとは適当に酒のさかなを頼む。


 空港に降り立ってから、あちらへこちらへと足を運んでいた間、何も飲んでいなかったので水分が待ち遠しい。

 まぁ、酒なのですぐ抜けて行ってしまうが……。

 今日は色々ありすぎて身体が疲れ切っている。

 さぞかし染みる酒になるだろう。

 普段の量でも悪酔いしかねないので、程々にしておこう……。


「お待たせしました~」


 店員がやってきて、先ほど注文したとおりの品が供される。


「よし、乾杯!」


 俺の音頭に合わせて4人でカップを鳴り合わせる。

 横からも一部の乗員達がやってきて同じように合わせていく。

 出来上がってんなぁ……。

 おそらく、空港からここまで直行してきたのだろう。


「わお! おっ肉~♪ おっ野菜~♪ さっかなかな~?」


 ピオテラが嬉しそうにナイフとフォークを使って綺麗に皿に取って行く。

 ……ちょっと取りすぎじゃない?

 あと、ちゃんと食器使えるんだな……。なんか意外。


「ん~……なんかこのシードル、味が薄いな……。水でかさ上げしてんのか?」


 ふと呟いたのはオルだ。

 そう言われると自分が飲んでいるビールも味わいがやや薄く感じる。


「うーん? 大部分が北の方に行ってるってことか……?」

「まぁ、そういうことかな」


 戦争で必要になるものは武器や弾薬、食糧だけではない。

 兵士たちの娯楽についても考慮せねばならない。

 その中の一つが酒で、それも北の方へと流れて行っているということだ。

 軍人の多くは男性なので、それに関係した産業もそちらへと流れていく。

 そうすると、その産業に従事する人々も様々なものを何かしらを求めるようになる。

 倍々ゲームだ。


 戦争とは巨大な消費市場だ。

 そこへ何かを持っていけば持っていった分だけ売れる。

 それこそ、飛ぶようにだ。


 だが、それはあくまでも一時的なモノに過ぎない。

 戦争が終わればその市場は浮かんできた泡のようにポンと消えて、そこでの儲けに集中していた商売人は一気に客を失う。

 さすがにいずれは終わるものだと分かっているはずだから、それに備えない商人は皆無だと思う……が、どうだろうか。

 よほど浪費でもしない限り、元手は残るのでどうにでもなるか。


 しかし、戦地になって荒廃した地域、兵員として集められたせいで人手を失った産業などの負の影響は長く尾を引く。

 破壊された職場や住居、砲弾や兵士に踏みにじられた農地、職と共に生活の糧を失った人々や永久に失われてしまった人的資源、そして何よりも再びそのような事態が起こるのではないかという恐怖感。

 それらの復旧や解消には長い時間と労力、金が必要となってくる。

 そんな風に言えば、引き続き巨大な消費地は残ってるように思えるが、消費をしようにも代価も買い手もない状態だ。

 誰がそんなところで商売になると考えるだろう。


 もちろん、国家の中央政府はそれらの復旧に支援の手を差し伸べる。

 そこでまた消費が行われるようになるのだが、程度の差こそあれ、その負担は全国民にのしかかって来る。

 食糧、資材、嗜好品など種々様々な物がそちらへと集中し、全国的に物価が上昇していく。

 これは帝国全土での消費の鈍化が予想される。

 生活必需品は買わざるを得ないが、贅沢品や嗜好品に対する消費は鈍化せざるを得ない。


 また、復興のための特別税が課されたり、最悪、物資調達の大義名分を掲げて、見かけの額面を増やすために平価の切り下げを目的として貨幣の改鋳が行われ、通貨の価値を下げてくるおそれが出てくる。

 そうなると、いよいよ外国からの輸出入に携わる俺達には不都合極まりない。

 第一、そのような弱みに付け込んで儲けようとするのは商人としてはともかく、一人の人間としてはあまり良い気持ちにはなれない。


「もう5年以上、押し合いへし合いをやってるんだ。いい加減、お互いに嫌になる頃合いだろう」


 オルがつまらなさそうに言う。


「だと良いけどなぁ……」

「まぁ、俺たちがあれこれ言った所で、決めるのはヘイルイゼクとフラッシェルキのお偉いさん達だ。流れに身を任せるほかないさ」

「嫌になるな……」

「ああ……さて、暗い話はここまでだ! さぁさぁ、どんどん飲もう! せっかく薄くなった酒だ! たらふく飲まんと酔うに酔えんぞ!」


 話の途中で、ふとピオテラがしていた“話”が思い起こされたが、すぐにもオルの声にかき消される。

 相変わらず切り替えが素早い。

 彼の言葉に同意し、空いてしまっていたカップを掲げ、同じ物を注文する。


「あー! あたしもー!」


 シードルの入っていたであろうカップを上げ、同じように注文するピオテラ。

 うーん、無邪気……というか……天真爛漫……というか……能天気……どう表現すれば適切だろうか。

 だが、今はそれが羨ましい。

 肩の力を抜くのに酒に頼らざるを得ない我が身にとっては是非見習いたいものだ。

 ……見習っていいのか?


「ねーねー、君……あれ? 君、なんて名前だっけ?」

「あれ? 言ってなかったか?」


 問われて思い返してみる。

 言った……はず……いや、言ってなかったか?


「あー……前にも言ったかもしれんが、ディムロだよ。ディムロ・エフレクテリ」

「でぃむ……エフェフェフェリ?」

「エフレクテリ! ディムでいいよ」

「ディム! ディムくん! そうかー。ディムくんかー。まぁ、これからよろしくお願いね」

「おう。明日までだがな」

「そんな冷たいこと言わずにさー」

「ええい! 絡みつくんじゃない!」


 そんなやり取りをしているうちに、手元のカップが空いているのに気付き、3杯目を注文する。

 同時にピオテラもカップを掲げる。

 ペース早いなー。

 人のことは言えないが。


 4杯目を空けると、ようやく脳がしびれてきた。

 ああ、気持ちがいい。



 *



「艦長! ごちそうさまでーす!」

「俺ら楽しみに行ってきますんで、艦長も愛人さんと楽しんでくださいね!」

「だから、違うっつってんだろ! 勘弁しろよ! もう……許してくれよ……頼むから……」


 泥酔……には程遠い状態で酒場を出る。

 会計はすべて俺に押しつけ……上司として当然ながら任された。

 紙幣が2枚飛んで行ったが、気にはするまい。

 また南へ飛べばすぐに取り返せる。

 飛んで行ったのなら追いかければいい。


 外に出ると、あたりはすっかり夜の戸張が下ろされている。

 まだ店を開けている酒場や宿屋、商店などの明かりが視界を支える。


「じゃ、宿に向かおう」

「なははは! よーし! 楽しむぞー!」


 一緒に出たピオテラがすっかり出来上がったのか、楽しそうに声を張り上げる。


「ちょっと! しーっ! しーっ! 楽しまんからな!」

「え? ダメなの?」

「ダメに決まってるだろ。もうちょっと自分を大事にしなさい」

「えー? なんでー?」

「なんでもファンデもない!」


 少しは恥じらいというものを持って欲しい。


「ダメだってさー、ラフナ。せっかく朝まで遊ぼうと思ったのにぃ……ねぇ?」

「ですから、それは……」


 あっ、そっち……?

 そっちなんだ……。

 ここに来て恥じるべきは俺だったということにされる。


「クッ、ククク……残念だったな」


 唐突に肩を組んできたオルが耳元で笑う。

 う、うるせぇやい。

 これっぽっちも残念なんかじゃないやい。


「……さっさと宿に行くぞ。明日も色々あるからな」

「えー? もう終わりー?」

「終わりだ。監視役のラフナは明日も一緒に動くからな。もう休ませたい」

「しょうがないなぁ……」



 *



 宿屋に着くと、主人が嬉しそうに声をかけて来る。


「やぁやぁ、エフレクテリさん、一番乗りですね」

「まだ他の乗員は誰も来てないのか?あれだけ色々あったのに元気だなぁ……」


 そんな話をしながら主人に予約証を渡す。

 ここでの宿賃は商会が支払うという証書にもなっている。


「ちょっと一人増えるから、その分を支払わせてくれ」

「はいはい、お一人様追加ですね~。いや~、いつもご利用ありがとうございます」


 大通りから外れて裏手の方にあるこの宿は客の入りが悪い。

 近くにも似たような宿があるせいで余計にだ。

 陸路でのほぼ個人経営の行商、あるいはうちの商会のように自前の宿や寮を備えていない人々が利用するくらいだろう。

 あとは宿代をケチりたい旅行客とか……?


 鍵を渡され、番号が書かれた部屋へと向かう。

 扉を開けると、ベッドが1つと小さな机と椅子が1つずつ、上着掛けと弱冠頼りない金庫が1つのみの質素な内装だ。

 その頼りない金庫に乗員に渡す金の預り証などが入った鞄や財布などを放り込んで鍵をかけ、その鍵を首にかける。

 私物の入った鞄はベッドのすぐ脇に放り投げる。

 他の乗員は2人1部屋だったり、3人1部屋だったりするので、個室というだけでも上等と言えば上等だ。


 窓から外を覗くと幾人かの女性が通りがかる男性に声をかけて回っている。

 いくら大国とは言えど、貧しい者はいるものだ。

 誰かが得をすれば、誰かが損をする。

 致し方なし。

 あれはあれで立派な需給ある産業だしな。


 ふと部屋が少しかび臭い気がしたので、窓を開けて換気をする。

 春に入ったとは言え、まだまだ寒い夜の空気が入り込む。

 部屋の中の埃が舞い上がり、少しむせる。

 ちゃんと掃除しろよ……と思わないでもないが、まぁ、値段相応だということだ。


 ……あれ?

 窓を開け、外を見回すと、前回来た時より男にまとわりつく花びらが減っているように感じる。

 うーん?

 ここにいた連中も北の方に行ったのだろうか。

 歩いて……?

 いや、さすがにそれは無理がある。

 斡旋業者にでも連れて行かれたか。


 まぁ、需要があるところに行く方が実入りも多かろう。

 悪い業者に引っかかってなければいいのだが。


 いや、他人の儲けに気をかける必要はない。

 まずは自分達の儲けを考えよう。

 聖人君子になれるほど、まだまだ余裕はないのだ。


 そう思いつつ、窓をしめ、幾分か嫌なニオイを薄めたあと、身を軽くしてベッドに潜り込む。

 明日は乗員に給金の預り証を渡して……支店長と話をして……整備班と船の修繕の見積もりを……あと、ピオテラの今後を……。

 そう考えているうちに、間もなく、眠りに落ちた。



 *



 扉の開く音がした。

 ゆっくりと動き始めた五感が誰かが忍び寄る気配を感じ取る。

 わずかに床、そしてベッドが軋む音が聞こえ、誰かが俺に覆いかぶさってくるのを肌で感じ取る。

 まさか……ピオテラか!?

 そう思い、目を見開くと……ピオテラだった。


「お、おい、お前……やっぱりケダモノ……」

「あ、ごめん……ディムの部屋か……」

「お、おう。いや、そうじゃなくて、お前……いくらなんでも……」

「あー……トイレ……どこかな……?」

「は?」

「探してるんだけど……分かんなくて……鍵が開いてたからここかなって思ったんだけど……」


 あ、鍵を閉め忘れてたのか。

 迂闊だった。


「いや、だからってなんで覆いかぶさって……」

「ちょっと、トイレの場所を聞きたくて……」

「覆いかぶさる必要はないだろう!」

「ちょっ……大声出さないで……もう……」

「あ、ああ、すまん。と、トイレな。分かった。案内するからちょっとどいて……」

「もっ……限界……」

「え?」

「おぼぼぼえええぇぇぇぇぇ……うぇっ、ゴホッ、ゴボッ」

「…………」


 なんか……あったかい……。

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