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第12話 カルノでの雑事

 空港塔の中での手続きを終え、外へと出るために階段で降りていく。

 途中途中で見える窓からは、様々な物を積んだゴンドラが上へ下へと動いている様子が見える。


「同盟側での空港でも思ったんだけどさ」


 しばらく静かにしていたピオテラが口を開く。


「あのゴンドラに乗せてもらえないの?」

「乗りたいのか?」

「うん」

「もしかしたら、頼めば乗せてもらえるかもしれん」

「え!? ホント!?」

「もしかしたら、だ。それに、こういう出入りの多い港では間違いなく断られる。もっと利用が少ない空港じゃないとな。まぁ、そういうとこでも無理だと思うけどな」

「あー、そうなのか……」


 彼女は非常に残念がる。

 俺も小さい頃は憧れたが、商業が活発な王国では乗せてもらえるはずがなかった。

 王国に限らず、同盟領域内はどこも似たようなものだろう。

 商業港が軍港を兼ねている場合も多い分、余計に。


 塔を出ると、そこは塔の上に比して尚、賑やかな場所だった。

 周りには倉庫が立ち並び、積荷を運ぶ作業者が出入りを繰り返している。

 ところどころでは、商談だろうか、それなりに身なりの良い人間同士が談笑している姿が見える。

 税関の事務所などが入った建物も、倉庫に混じって建てられている。


「さて、支店に向かいますかね」

「ああ、そうだな」


 オルが俺の言葉に応じる。



 *



 両脇から迫り来るような威圧感のある倉庫街を抜けると、大きな通りへと出た。

 多くの人々、多くの馬車が行き交っている。

 空を覆っていた雲はすでにまばらになっており、夕日が街を赤く染め上げている。

 雨が上がって間もないせいか、足元は若干ぬかるんでいる。

 時折見える水溜りを避けながら、大通りを西へと向かう。


 立ち並ぶ商店や宿屋、酒場などを横目にしばらく歩くと、ウィルラクの標章をかかげた店に辿り着く。


「ピオテラ、ちょっと待ってろ」

「はーい」


 ピオテラを店外に留めて、オル、ラフナと共に中へと入る。


 店内に入ると、幾人かが忙しなく歩き回っている奥に窓口が見える。

 カウンターの中には一人、割と年を食った女性が手元にペンを走らせながら俯いている。


「どうもー」

「あら、エフレクテリさん。半月ぶりですね」

「ああ、それくらいになるか」


 挨拶を交わしながら、書類を差し出す。

 その書類とは、うちの商会が発行した輸送契約書だ。


「時間通りにお着きになったんですね。回廊の中は天候も悪かったでしょうに」

「そうだな。俺らも多少遅れると思ってたんだが……。まぁ、輸送屋としては時間には厳しくないとな」

「ふふふ、仕事熱心ですね」


 そう言いながら彼女は書類に目を通していく。


「はい、担当者のサインも大丈夫ですね。こちら、報酬証書です。いつも通り、同盟銀行まで持って行ってくださいね」

「ありがとう。……ラフナ、金額の分割依頼書はいつも通りでいい。用意してあるな?」

「はい、あります。ご確認を」


 書類を渡され、ザッと目を通す。

 輸送契約の報酬額はほぼ一定なので、事前に銀行側へ報酬の分割を依頼する書式は既に記入済みのものが用意されている。

 稀に、契約を交わした時点より報酬が上乗せされていたりするが、今回はそんなことはなかった。

 もし違っていれば新しい書類を作成しなければならない。

 報酬は乗員への手当ての分と、輸送艦の名義で商会が開設してくれている口座に入金する分に分割される。


 輸送艦名義の口座とは、商会からの契約で輸送を行っている際の整備費や被った損害については商会が補償してくれるが、独自の判断で売買や輸送を行う場合の資金についてはそこから出納することになる。

 独断交易の際の損害についてはもちろんのことだが、商会との契約の中で輸送艦側に何か著しい瑕疵があり、商会からの補償が減額された場合の補填も、その口座から出すことになる。

 だが、独断での交易で得られた金については、すべてその輸送艦の乗員のものとなる。

 なぜそんな事が許されるのかと言えば、それが販路拡大に繋がる可能性があるからだ。

 いわゆる“営業”というやつだ。

 これが非常に旨味となっている。

 もちろん、売れなければ不良在庫を抱えることになるワケだが……。

 その為に、あまり劣化の進みが早くない品が選ばれる。

 今回の場合は例のガラス細工が筆頭となる。

 が、あの無茶をしてしまったせいで、いくつかダメになってしまっただろう。

 痛ましいことだ。


 なお、輸送艦が沈み、名義人がいなくなった場合は、商会はその口座を差し押さえることができることになっている。

 口座内の金額がその損害に見合わない額しか無い場合は乗員からの取立てが行われる。


 輸送屋はハイリスク・ハイリターンなのだ。

 いや、純粋に商会の仕事のみに携わるだけならばそうでもないのだが、それでは旨味がまったく無くなってくる。


 そういった諸々の理由から、乗員は固い絆で結ばれる。

 そう、金という、単純だが強固な絆で。


「あ、そうそう、本店に確認を取りたいことがあるから、連絡書をもらえないか」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね……。はい、どうぞ」


 オルと相談しつつ、渡された紙に検問所からの照会の有無、そして有った場合はその内容を教えて欲しい旨を記入し、封をして渡す。


「お急ぎですか?」

「ああ、明日の朝一に出る便があれば、それで送ってもらえると助かる」

「分かりました。段取りしておきますね」

「頼んだよ。今日はもう休ませてもらうから、今後の件は明日以降にと支店長に伝えてくれ」

「はい、承知しました。ああ、そうだ。宿の方はもう押さえてありますので、こちらをお持ちになってください」

「はいはい……いつものとこだな」

「いつものとこです。ごめんなさいね。もう少し資金に余裕が出来ればうちの商会で宿を持てるんですけど……」


 渡された宿泊予約証を見ながらぼやく。

 いつものとこと言うのは、本当に寝るためだけの設備しか備えてない安宿だ。

 浴室はあるにはあるが、共用となっている。


「無いものねだりをしてもしょうがないさ。宿を持てるようにお互い頑張ろう」

「ええ、そうですね」


 大きな商会では自らの宿を持っていたり、従業員用の寮などを備えている。

 そのような商会の人員は立派かそうでないかはともかく、かなり安い料金で泊まる事ができる。

 だが、俺たちが向かう宿よりはよっぽどマシだ。

 うちは帝国ではそれほど大きくは無いので、そんなものはない。

 笑い合いながら受付との会話を終え、支店を出る。


「あ、おかえり」

「おう。待たせたな」


 外に出るとピオテラが寄りかかっていた壁から離れ、声をかけてくる。


「それが報酬?」

「ああ」

「ずいぶんと大きな紙のお金だね」

「これはあくまで、金になる前のもんだ。今から銀行に行って金に換える引換券みたいな……いや、紙幣もそうだな……うーん……」

「うーん? まぁ、とにかく、お店とかでは使えないってこと?」

「お、そうそう。その通りだ」

「じゃあ、早く引き換えに行こうよ!」

「そうだな」

「おっ金~♪ おっ金~♪」

「お前にやる分はないぞ」

「え!?」


 …………。

 どうして貰えると思ったのだろう。

 なんかこう……すごいな。

 お気楽さというか、なんというか、そのへんが。



 *



 4人揃って銀行に赴くと、多くの人が賑わっている。

 空いている窓口を探して視線を走らせると、ちょうど人が離れる窓口を見つけ、そこへと向かう。


「失礼」


 カウンターの陰になって見えないところで作業をし始めていた無愛想な男性の行員が顔を上げる。


「ようこそ。ご用件は?」

「ああ、これを頼む」


 俺が契約書とラフナが記載した分割依頼の書類を渡すと、それを流し見て、カウンターと一体となっているのであろう棚から書類を手元に引き寄せ、筆を走らせ始める。

 それを書き終えたのか、立ち上がり、後のお偉いさんの事務机密集地帯へと向かう。

 机にはこちらから見て手前に高く書架が設けられているので、その姿は見えない。

 話し合いをしているのか、行員は何度か頷き、それを眺めていると、こちらへと戻ってくる。


「口座への入金手続きは終わりました。預り証は今、お渡ししますか?」

「ああ、頼む」

「承知しました」


 ややめんどくさそうな顔をして、再び一心不乱に手元の書面に何かを記入していく。

 乗員全員の分の預り証を書くのだ。

 少し申し訳ない気持ちになる。

 でもほら、それが君らの仕事なわけで……。

 広い心でさぁ……。

 ほら、もっと笑って。

 笑った顔の君が好きだよ。


「まだ時間かかる?」


 自分でも分かるほど渋い顔をしていた俺を覗き込むように、後ろからピオテラが顔を出す。


「目一杯かかるぞ。あっちの方で座って待ってろ」

「うへぇ……分かった……」


 彼女は大人しく俺が指差した待合用のベンチへと向かい、座る。

 大人しく座っているだけかと思ったら、すぐ椅子の上で膝立ちになり、そこから窓に向かい、興味深そうに外を眺めている。

 一度は下ろしていた髪が再び結い上げられ、視線を移すたびに、ふたふわと揺れる。

 馬のシッポみたいだな……。

 あ、ポニーテールなんだから、その通りか。


「お待たせしました」


 ぼんやりとピオテラに目を向けていると、急に声をかけられて、少しドキリとしてしまう。

 ドサリ……という擬音を使うほどではないが、結構な厚さの紙束が目の前に置かれる。


「受け取りのサインを」

「はいはい……」


 どのような文書が発行されたかを羅列してある受取書にサインをする。

 金の管理って大変だなぁ……。

 あ、そうだ。


「あー、すまないが、もう一つお願いするよ。預金を引き出したい。これ、預り証」


 先ほど見た嫌そうな顔を、もう一度俺に向けてくる。

 これはそれほど手間じゃないだろ……。

 そんな顔しないでよ。


「……では……えーっと、帝国通貨でいいですよね?」

「ああ」

「おいくらほど?」

「えー……そうだな、20同盟デナル分だけ両替してくれ」


 デナルは銀貨のことを表す。

 それはこの周辺の国々の共通の単位である。

 違うところはと言えば、『デナル』の前に、それぞれの国の名前などがつくかどうか程度である。

 ちなみに金貨はアウラ、銅貨はアシスとなる。

 1アウラは100デナル、1デナルは1000アシスというのが各国通貨の基本的な交換比率だと思ってもらえばいい。


「……どうぞ」


 差し出された紙幣と銅貨を数える。

 紙幣が18枚に大銅貨9枚。

 18デナルと900アシスか……。

 以前は18デナルと500アシス前後だったので、同盟デナルの価値が若干高くなっている。


「いくらになった?」


 不意に後のオルが話しかけて来る。

 金額を告げると複雑な顔をする。


 同盟から物を持って来て売る場合には、あまり良い傾向とは言えない。

 長引く戦争で金より物の価値の方が上昇しているせいか……いや、他にも何か理由はあるだろう。

 この街が帝国でも端の方にあるおかげでこの程度で済んでいる可能性もある。

 今、どういう事情で、どの程度の為替相場になっているかを正確に知るには、帝都の中央取引所まで行くか……あるいは支店長なら何か知っているかもしれない。

 ただ、帝国通貨の信用がやや落ち始めているのはハッキリとしている。


 もしこの傾向が長く続くようなら、同盟から帝国に物を持って来ることの旨味が損なわれる。

 また、この先、もし商会を追い出され、帝国内で商売せざるを得なくなる場合、同盟の通貨で溜め込んでいる俺たちは初動資金が少なくなるかもしれない。

 この二つが、オルに複雑な顔をさせている原因だと考えられる。


 だが、帝国は広大だ。

 あちこち何かしらの産地を巡れば、儲けが一切出ないという事はないだろう。

 帝国の他の商会と利益がかち合わなければ、だが……。

 やってやれないことはない……かな?

 いや、むしろ帝国の商会に……。

 いっそ、それを見越して口座の金を全て帝国のものに換えてしまうか?

 いやいや、それはさすがに勇み足にすぎるだろう。


「ありがとう。また頼むよ」


 すべては本店からの返信があってからだ。

 そう思い直し、行員に礼を告げる。

 彼が黙ったまま、軽く頭を下げたのを見届けて、その場を離れる。


「ラフナ、鞄に入れといてくれ」


 受け取った新しく発行された預り証と現金を財布と袋にしまい込み、厚い紙束をラフナに渡そうとする。


「はい。あ、私もちょっとお金を……」

「ああ、じゃあ、それ持っとくよ」


 彼女の肩にかけてあった鞄を受け取り、書類の群れをしまい込んでいく。


「おい、終わったぞ」

「やっとぉ~? さっきから待たされてばっかりで飽きてきちゃったよ」

「街を見回って来てもよかったんだぞ」

「いや! いやいやいや! さすがに初めてのとこでは迷うから! 今夜ベッドで寝れなくなっちゃうじゃん! あたし居ないと寂しいでしょ!?」


 それはそれで構わな……くもないか。

 一応、多少の恩みたいなものはあるし……約束したしな。

 商人にとって約束は命と同じ重さを持つ。

 一晩泊まらせて、今後についてちょっと相談に乗って、それでチャラだ。

 そうなればもう後腐れはない。


 オルとラフナが金を引き出し終えるのを待って、連れ立って銀行から出る。


「さて、どうするかね」


 オルに問われる。

 日は完全には落ちきっていない。


「寝るにはまだ全然早いな」

「よし、飲みに行こう」


 次の目的地が早々と定まる。


「ラフナはどうする?」

「私もお供します」


 ニコリと微笑みながら彼女は同行を申し出る。


「じゃあ、ピオテラもだな。監視役が行くんだから」

「え?」

「え?」

「ん……?」

「……奢ってやるぞ? 行くだろ?」

「……いや、最初から頭数に入ってるんじゃないの?」


 この娘すごいほんともう……すごい!


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