第10話 迎撃
後部甲板へと出る扉が見えると、それは開きっ放しになっていた。
その奥、つまりは外側の落下防止壁のところに後方を警戒していた奴がうずくまって座っていた。
無事を確かめようと近付いていくと銃声が聞こえ、壁に着弾する音が聞こえる。
姿勢を低くして這うように移動し、うずくまっている奴に銃と弾薬を渡す。
これで8人……乗員のほぼ半分か。
それでも撃退するに足る人数かは、相手の数が分からない以上、不明だ。
小型船と言っていたからそう多くはないだろうが、襲撃をかけて来る以上、全員が戦闘要員と考えていいだろう。
「相手は……下に見えてたか?」
「は、はい、下です」
「そうか」
警戒に当たっていた者に確認する。
位置的に有利ではあるだようだ。
だが、ハッチに張り付かれると甲板からは若干陰になり、極端に狙いにくくなる。
出来れば、そこまで接近されるまでに撃退したい。
服を叩き鳴らす音が聞こえ空を見上げると、雹やみぞれがその源だと気付く。
寒いし、少し痛いが、撃ち合う上では雨よりかはマシだ。
「全員、壁際に並べ!」
指示を出すと、迅速に行動に移り、皆が皆、壁に張り付く。
それを確認できたのち、次の指示を出す。
「装填!」
膝立ちのまま、各自が作業を開始する。
遅い者、速い者、速度はバラバラだが、全員の動きが止まるまで待つ。
「撃鉄を上げろ!」
カチリ、カチリと周りから聞こえてくる。
再び全員を見回し、動作を終えたことを確認する。
「立て!」
率先して立ち上がると、周囲も同調して立ち上がる。
相手を視認すると、予想より近くて少し驚く。
さらに向こう側で銃声とともに砲煙が上がる。
近くを弾丸が通り過ぎる音、壁を叩き付ける音が聞こえる。
「狙え! ……撃て!」
周りから一斉に銃声が鳴り響く。
煙と閃光を避け終え、目を見開き、相手の船を見るが、誰かしらに当たった様子はない。
「15数える! その間に装填を終えた者は次の指示に、終えられなかった者はさらにその次の指示に従え! もう一度! 装填!」
再度、弾薬を込める作業に入る。
1……2……3……4……心の内で数えていく。
……――……15!
こちらから、そして向こうから銃声が轟く。
「もう一度!」
そう言いながら膝立ちの姿勢になり、素早く装填を終える。
ふと扉から船内を見ると、ラフナが必死の形相で銃を運んで来るのが見えた。
目が合い、お互いに頷きあう。
「立て!」
3度目の斉射のため立ち上がらせると、先程より位置をこちら側に近付いた相手の船が見える。
狙いをより手前へと定める。
「狙え! ……撃て!」
全速力で船が進んでいるせいか、吹き上がった煙は結構な速さで置き去りにされていく。
相手の甲板に目を配ると、近付いたせいで相手の被弾面積が増えたためか、1人が倒れ伏しているのが見えた。
「1人やったぞ!」
そう叫ぶと、周囲からささやかな歓声が上がる。
命中するのははっきり言って運だ。
誰が当てたのかは分からないし、生死も分からない。
だが、十分な戦果だ。
別に相手を殺したり、全滅させる必要はない。
戦意を挫いて、退かせられれば勝利なのだ。
相手に怪我をさせる程度の被害でも、現代の戦い方では大きな意味がある。
だが、まだだ。
「もう1度! ……立て! ……狙え! ……撃て!」
再び鉛弾の交換が行われる。
だいぶ敵が近付いて来ている。
斉射をしている余裕は既にない。
「各個に射撃!」
そう指示を出すと、個々別々に射撃を開始する。
今度はこちら側の人間が倒れた。
「平気か!? どこをやられた!?」
「か、かすっただけです!」
どうも左腕をやられたらしい。
背中から倒れている状態で両手を使って起き上がろうとするが、上体が左の方へと倒れかかる。
わずかな動揺が胸の中を当り散らす。
落ち着け……落ち着け……。
ふと視線を上げると、ラフナの姿を認める。
そうだ。
「ラフナ、彼を医務室に……」
そう言いかけて、ラフナの、その更に奥にピオテラの姿が目に映る。
物見遊山か?
邪魔になるので、そういうつもりならお引き取り願わねば……。
「あたしも手伝うよ」
「手伝うって……」
今までの彼女とは打って変わった雰囲気に気圧され、それ以上言葉が出てこなくなる。
屈んだまま近寄ってきて、倒れた者の姿を見やると、ラフナの方へ振り返り、声をかける。
「ラフナ、怪我人を」
「は、はい」
ピオテラが指示を出し、ラフナはそれに従う。
ラフナは外に出て、重そうに怪我人を中へと引きずり込んでいく。
大量に置かれた銃と弾薬のバッグ、筒を拾い上げると、装填の作業に入る。
唖然として見ていると、あっという間にその動作を終えていた。
10秒もかかっていない。
なんだこいつ。
壁際に近付いてきて、敵の位置を確認すると、膝立ちになり、フッと一息吐き出すと素早く立ち上がり、間を置かずして撃つ。
「1……でいいかな」
ボソッと彼女は呟く。
膝立ちの姿勢に戻り、すぐさま弾薬を装填する。
流れるような動作で先ほどと同様に、本当に狙いを定めたのかと思えるほどのすさまじい速度で、引き金を引く。
「外した……うーん……ちょっと違ったか……えーっと……」
呟きながら、先ほどとまったく変わらない速度で装填し、撃つ。
「ん、また頭じゃないな……まぁいいや……2……」
ふとピオテラが、彼女を見ながら固まっていた俺に気付き、声をかけてくる。
「その銃、弾入ってる?」
「……あ、ああ」
「貸して」
ひったくられるように銃を奪われると、その銃でさらに撃つ。
「3……よしよし、分かってきた……あ、貸してね」
彼女の向こう側の誰かが銃を奪われる。
彼女が立ち上がると、銃を奪われたのがオルだと分かる。
彼もアホ面を引っさげて彼女を見上げている。
「あっ……取られちゃった……うーん……こっちでいいかな……」
そんな呟きのあと彼女の元から銃声が上がる。
煙を避けるために目を閉じるが、顔は背けない。
だが、目を閉じ、引き金を引き絞る間も銃口を動かし続けていることに気付く。
まさか……動きを予測して……?
煙が収まってすぐに彼女は目を開き、相手を確認する。
「よし、4」
確認を終えたのか、彼女は片膝を降ろす。
「弾入ってるのは? もうない?」
俺とオルの方に向かい、問いかけて来る。
「あ、ああ……ない……」
事態を上手く飲み込めず、しどろもどろに応じる。
オルの方へ目を移すと、彼も目を見開きながらかぶりを振っている。
「そっか……もう狙えないな」
その言葉の直後に、ドン、と船体が震える。
衝撃が俺を正気に引き戻し、突っ込まれたことを察する。
息を忘れていたのだろう、自然とフッと息が吐き出され、指示を発する。
「か、貨物室だ! 貨物室に向かう! 全員、持てるだけ持って移動!」
全員が慌しく準備をし、移動を開始する。
一部の者……おそらくピオテラの動きに気付いていた者が、彼女を見やりながら船内へと入っていく。
「ほら、あたし達も行くよ」
「あ、ああ……」
ピオテラに促され、指示を出したはいいものの、まったく準備を整えていなかった俺は焦って物を持ち、移動を開始する。
……何なんだ、一体……。
*
貨物室の扉を開き中を窺うと、ハッチにはアンカーが刺さっているが確認でき、さらにその上に、わずかな大きさの穴が開いていた。
その周辺に何度も煌く刃が突きたてられる。
外にいる何者かが斧で穴を広げようとしているのが分かる。
「……着剣」
俺が小さく指示を出し、周りからカチカチと金属同士が軽くぶつかり合う音が聞こえる。
準備が済んだのかを確認しようと見回すと、俺のすぐ後ろから半身を乗り出して、室内の様子を覗いたピオテラが映る
彼女は何度か小さく頷くと、自分が持っている銃に弾薬を込め出す。
「お、おい……」
俺がその仕草に気付き声をかけるが、何ら応答するでもなく作業を続け、装填を終える。
「ちょっとどいててねー」
俺の足元で膝立ちになりながら中を覗きこんでいたオルを押しのけると、次は彼女が俺の足元で膝立ちになり、左半身を隠しつつ、室内へと銃を構える。
「おい! 壁は厚いから銃弾じゃ抜けな……」
俺の声に構うことなく、彼女は引き金に指をかける。
まずい!
「耳をふさげ!」
持っていた銃を取り落としながらも慌てて両耳を塞ぎながら、振り返って大声で指示する。
すぐさま、耳を塞いでも依然として大きく聞こえる銃声が鼓膜を震わせる。
それと共に煙が吹き上がり、通路に充満する。
目や鼻を刺激され、思わずしゃがみこむ。
「うあ……」
とぼけた声が聞こえるほうへ目を向けると、ピオテラが頭をふらつかせている。
室内で銃声がどれだけ響くか知らないのか?
周りの人間を見回すと、対処が遅れたのか、一部が咳き込み、耳を押さえながらうずくまっている。
「バカ! 何やってんだ!」
「んー……? なーにー? 今ちょっと忙しいから、後にしてー」
彼女の肩を掴んで注意しようとすると、気の抜けた声でそう言いながら、次弾を込め始める。
「今度は穴に入るかなー……っと」
銃声が轟く。
「うひー耳痛ーい。んひひひっ」
「だから、お前……」
再度慌てて耳を塞いだ手を離し、彼女に話しかけようとしたその時。
貨物室の奥の方から……いや、さらにその外側から、何か重いものが倒れる音がする。
ハッチを執拗に叩いてた斧の音が途絶えていることに気付く。
立ち上がり、ピオテラの頭上を越えて貨物室の中を覗く。
刹那。
今度はその穴から煙が上がる。
撃ち返された!
慌てて乗り出していた半身を物影に隠したが、銃声が聞こえてからだったので、はっきり言って手遅れだった。
だが、幸運にも……いや、そもそもまともに狙えていなかっただろうから、当たることはなかった。
誰も負傷はして……ないな。
よかった。
「あーへたっぴなんだー」
ピオテラの声が聞こえ、彼女の方に視線を向けると、既に弾を込め終えたのか、銃を構え、引き金に指をかけている。
再び斧が叩き付けられる音が聞こえ始めたその瞬間。
「おまっ……」
銃声。
耳を塞げたはいいが、煙を避けることは出来なかった。
しかも火花が入ったのか、鼻の中がチリチリと痛む。
「げっほ! ごほっ! アーッツェ! フン! フン!」
煙に喉と目をやられ、咳き込み、涙をこぼしながら、鼻に入ったであろう火花を押し出そうと強く鼻息を繰り返す。
「ふんふふーん……ふふふーん……いたっ!」
楽しそうに鼻歌を歌いながら装填作業をし始めたピオテラに手刀を振り下ろす。
「お前な! もうちょっと周りを考えてだな!」
「え? なに? もうちょっと大きい声……で……ぷっ……なはははは! 面白い顔ー!」
煙や火花に刺激されて、留めることができない涙や鼻水でボロボロになっているであろう俺の顔を見て、とても愉快そうに笑う彼女。
「お前のせいだ!」
「いたいっ!」
もう一度、手刀を振り下ろす。
「あ。……あたしのせい?」
そう聞いてくる彼女に、耳がバカになっているのを勘案し、大きく頷いてみせる。
「あー、そうなんだ。ごめんごめん。んひひひ」
笑う彼女を見て俺は腹を立てる……ことも、なく。
同じように笑い返す。
あれ?
おかしいな。
≪艦長! 敵の船が離れていきます!≫
自分の感情に違和感を抱いていると、貨物室内の伝声管から、そのような報告が聞こえてきた。
室内の伝声管に駆け寄る。
「間違いないか!?」
≪はい! 間違いありません!≫
後を振り返り、ハッチを見ると、先ほどまでわずかに見えていたラムとアンカーが見えなくなっている。
ふっと全身の力が抜ける。
「そう、か……分かった。ありがとう」
≪はい!≫
腰が砕け、仰向けになって倒れこみ、天井に向かって大きく息を吐きかける。
「やったか?」
オルが問いかけて来る。
「……ああ、やったぞ」
俺がその一言を呟き終えると共に、大きな歓声が聞こえてくる。
自然と笑みがこぼれ、目を閉じる。
歓声が、唯一感覚を残していた耳に心地よく響くのを感じていると、まぶたの向こうの光が遮られる。
何かと思い、目を開くと、ピオテラの顔が間近にあった。
「あ、た、し、の、お、か、げ」
自分と同じように、俺も耳がバカになっているとでも思ったのだろうか。
彼女は声に出しながら、ジェスチャーで自分を指差し、功を誇る。
思わず鼻で笑い、まぶたを閉じ……開き……彼女の瞳を見つめ、その頭に手を置く。
少し驚いた様子を見せたが、彼女はすぐさま目を細め、何度も見てきた無邪気な笑みを浮かべ――
「んひひひっ」
――何度も聞いてきた笑い声を漏らした。




