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しばらく投稿できないと言ったな、あれは嘘だ(キリッ)
このフィアという少女は、何故花畑に横たわっていたのだろうか。この辺りには住宅街がいくつか点在しており、この子はそこに住んでいる子供である可能性が高い。もしかすると、一人で花畑で遊んでいる間に疲れて眠ってしまったのだろうか。
少女──フィアのコップを覗き込むと、ミルクは全て飲み干されていた。
「ミルクのおかわり、いるかい?」
フィアはふるふると首を振る。
考えてみれば先程から、フィアは一度足りとも自らの言葉で会話をしようとしない。この子の親も心配している頃だろう、どうにかして彼女の口から何かを話してもらいたいのだが。
「フィアちゃん、でいいんだよね。君はどこから来たんだい?」
この質問であれば、言葉無しには疎通はできないであろう。無理矢理喋らせようとしているようで少し気が引けるやり方ではあったが、仕方がない。
しかしフィアは依然として言葉を発する事はなく、それどころか彼女からは何の反応も返ってはこない。一体どうしてしまったのだろうか。
「君のお家は?何か、教えてくれないかな」
そう話しかけると、フィアはワンピースの裾を握りしめ、不安そうな顔をして俯く。急にこの子の中に不安が過ぎったのだろうか。確かに、見知らぬ男の家に急に連れてこられたら心細くなって当然であろう。
しかし、それがフィアのこの様子の原因ではないという事を、僕はすぐに知ることになる。
俯いてしまったフィアと何とか目を合わせる為、僕は椅子を離れて彼女の傍へ行き、しゃがみ込んで顔の高さを合わせようとする。
そしてその時初めて、ようやくフィアは口を開いたのだった。
「──わからない」
「…え?」
「──わからないの。どこから来たのか」
どこから来たのかわからない……迷子なのだろうか。
「家族もわからない。ここがどこなのかもわからない。私が……誰なのかも」
その言葉を聞き終えてから、僕が事態を飲み込むまでには、幾秒かの時間を有した。
なんということだろう。フィアは、この少女は──。
「あなたは、誰なの?私は──」
──記憶を喪失していたのだった。
考えられる可能性を模索しようとしたが、あまりの大事に僕の頭は冷静さを欠いていて、ただ頭が真っ白になるだけであった。この記憶がない少女は、何故あの場所にいたのか。その疑問と、今後どうするべきなのか、その二つが頭の中を混乱させ、襲い来る一瞬の目眩に僕は一歩後退る。
無理矢理落ち着けた頭でもう一度考えたのは、遊んでいる間に頭を強く打ってしまい、その時に──という、簡単な推測だった。しかし、今ここで要因を気にした所で事態の解決にはならないと言うことに気付く。
目の前には、依然不安そうな表情を見せるフィア。一体僕は、この子のためにどうするべきなのだろうか。
「あなたは、誰?」
少しでも不安を和らげたいのだろう、目の前にいる僕を見つめて、そう問うてくる。今この瞬間、僕が彼女にしてやれることなんて──
「……僕は、アラム。アラム・ガラノフ」
ただ、自己紹介をするだけの、小さすぎる行いだけだった。