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僕の家は、ひとつの辺のように一本ずつ植えられている木々が形作る長方形、その奥にある。今しがた通ってきた花道はこの木々の長方形に垂直に接するように位置している。つまり花道を抜ければ、僕の家が見えてくるという事だ。無論僕の家だけでなく、若い夫婦の住む家、一人暮らしの女性の家、そして花道を管理しているお婆さんの家もこの場所にある。木々に囲まれた住宅地、というわけだ。
僕は少女を片手に抱き変え、空いた手で玄関の鍵を開ける。中に入り、リビングに据えてあるソファに少女を座らせ、頭を撫でた後にキッチンへコーヒーとホットミルクを取りに行く。湯を沸かしミルクを温めている間、ふと少女の様子を伺うと──まだ微睡みから抜け出せていないのか。目を擦ったり、大きなあくびをしたり、ついにはゆらゆらと船をこぎはじめた。
ミルクを温め終わる頃には少女はソファの肘掛を枕にしてすぅすぅと眠りについていた。そのまま寝かせておくか迷ったが、せっかくのミルクが冷めてしまうのはもったいないし、何よりこの少女が一体何者なのかを知らなくてはならない。きっとこの子の親も心配している頃だろう。僕は少女の肩を小さく揺すり、起こすのを手伝う。再び眠そうに瞬きを繰り返し、大きなあくびをする少女。少女の腕を掴んで掌にミルクの入ったコップの把手を当ててあげると、少女はそれを握り、もう片方の手でコップの本体に手を添えた。
「熱いから、気をつけて飲むんだよ」
僕がそう言うと、少女はくんくんとミルクの匂いを嗅いだあと、ふぅーふぅーと息を吹きかけ始めた。しばらくそうしてから、恐る恐るミルクに口を付け、適温だとわかると、おいしそうに飲み始めた。それを確認すると僕も自分のコーヒーに口をつける。そうして2人で一息ついたあと、少女がコップをテーブルに置いたのを機に僕は声をかける。
「君はどこの子だい?名前は?」
僕の声に少しびっくりしたのか、少女の肩が少しだけはねる。こちらを向き、名乗るのかと思いきや……少女は何かを考えているかの様に、どこか宙を見始める。
と、すぐ何かに気づいたのか、自分の着ているワンピースのポケットに手を入れ、小さな紙を取り出した。僕はその紙を覗き込む。
その紙の上側に二行ほど何か文字が書かれているが、見たことのない言語である。そして、紙の中央には大きく名前のようなものが書かれていた。どうやらこの紙の正体は、名刺のようである。
「これが、君の名前?」
僕がそう問うと、少女はこくりと頷く。
名刺に書かれていた名前は──
『フィア・トレース』