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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢落ちライジングサン

作者: てこ/ひかり

これは夢だ。私は突然気がついた。


 昨日の夜、四日間続いた定期テストが終わり、私は深い眠りについた。

そして、夢の中で、私は此処が夢であると気づいている。珍しいことではない。明晰夢というらしいが、私にとって夢の中で夢だと気づく事はこれが初めてではない。生まれたときから、何回も夢の中で「目が醒めた」。


 幼い頃は、「現実じゃない」と頭が気づくだけで、フワフワと目の前の「場面」を漂うことしかできなかったが、中学生になった今は、自由に指先を動かせるまでになっていた。いきなり場所を変えたりするのも今では自由自在だ。だから私は夢を見るのがとても好きだった。


 夢だと気づくのはいつも突然だった。前触れも無く、何故か目の前の場面が幻だと確信する瞬間があった。霞が晴れていくような…そんな感じだった。

 そしてこれは夢だ。いつもの確信に近い悟りが私の頭をよぎった。「気がつく」と私は教室にいて、自分の席に大人しく着席していた。目の前には見たような光景が広がっていた。クラスメイト達が、それぞれ思い思いに群れを作って、いつもの何でも無い無駄話で盛り上がっている。昼休みだろうか。夢だと気づいた今、改めてクラスメイトを眺めてみると、なるほど現実より機械的な、まるで動きをインプットされたように同じ動作を繰り返している。どことなく見慣れた教室も灰色がかって見えた。


(私は教室の夢を見ていたのか…)

目の前に右手をかざし、何度も、グッパ、グッパ、と…ぎゅっと握ってパッと開いてみる。指は動く。私は立ち上がってクラスメイトに近づいた。


「…だからさー。あの女。暗いよな」

「笹川だろ?」

ヒヒヒ、と男子生徒の数人が笑った。いつも通り私の悪口で盛り上がっているらしい。夢だから仕方ないのかも知れないが、私が背後に近づいても誰一人振り向かない。夢の中でさえ私はシカトされているのか。


「…いっつも一人で俯いてるよねー」

「話しかけても何も喋らないしー」

女子生徒が機械のように、面白可笑しく話を盛り上げた。正確に言うと私はいつも俯いてなどいない。授業中はちゃんとノートをとるようにしている。話しかけられたら応えようと思っているが、答えを考えてるうちに相手にイライラされ会話を途切れさせているだけだ。申し訳ない。




しかし、コレは夢なのだ。私は胸の奥から黒いモノがこみ上げてくるのを感じた。邪悪な、憤怒に塗れた、名前の無いドス黒い感情。気がつくと私は拳を握りしめ、ブルブル震えていた。何故か、顔が自然と嗤うような形に歪んでいく。


「でさ、この間の体育の話なんだけどさ…」

(この男の頭を引っ掴んでぶっ飛ばしたら、皆キャーキャー騒ぎだすのかしら…)

そんなことをぼんやりと思いながら、私は自分でも驚くほどの力で、目の前で椅子を傾けて遊ばせていた男子の後ろ髪を鷲掴みにし、そのまま後ろに押し倒した。


 夢の中だからだろうか。やけに大きな音が教室に響き渡り、数人の悲鳴が飛び交い、あっという間に私は教室全員の視線を浴びた。倒れた男子は、訳が分からない、といった顔で見ているに違いない。そう思って視線を下にやると、想像よりも阿呆面をしたクラスメイトが其処にいた。


視線が合って、思わず吹き出しそうになる。私の想像力は、自分で思うより逞しいらしい。辺りを見渡す。灰色がかった教室の景色に、漫画のモブのようなぼんやりした人々の影がざわざわ騒いでいた。


「黙れ」

私の静かな一言で、夢の住人達は静かになった。景色にノイズがかかる。サディスティックな快感に酔いながら、私は下に倒れ込んでいた男子の前髪を引っ掴み、乱暴に顔を引っ張った。


「鉛筆」

そう私が呟くと、それだけで右手にHBの鉛筆が現れた。私は思いっきり鉛筆の先を男子生徒の右目めがけて突き刺した。


「ぎゃあああああああ!」

哀れ右目を無くした若き男の断末魔の叫びと、周りの観客達の悲鳴が交差する。右目にHBの鉛筆を突き刺したまま、男子生徒は綺麗な赤い血を噴水のように吹き出しながら転げ回った。


「もう一本」

私の夢の魔法で左手に現れるHBの鉛筆。虫のように蠢く男子生徒を押さえつけて、今度は左目に容赦なく突き刺す。


「ああああああああああああああああああっ!」

私は現実での怨みが晴れて、腹の中がどんな現実よりもすっきりした。が、すぐにこれが夢だと思い出し、何て虚しい事をしているんだろう…と大変気が滅入ることになった。機械的に騒ぐクラスメイト達と、真っ赤に染まった失明男を残し、私は教室を後にした。



 私は夢の魔法で校長室の前に転移した。ゲームのキャラのようにお決まりの動きで驚いてみせる校長の頭を、飾ってあった花瓶で思いっきり殴打し気絶させた後、私は校長室の椅子でくるくる回ってしばらく遊んだ。…虚しい。一日5〜6時間しかない夢の時間で、何故毎日いる学校の夢を見なければならないのか。


(何処か別の世界を想像しようかしら…)


そう思ったが、こういう時に限って行きたい場所が思い浮かばなかった。しょうがないので、私は学校を燃やしてみよう!と決めた。先日の現実での火災訓練の影響が大きいのかもしれない。夢の住人は、果たしてどれくらい訓練に忠実に逃げ仰せることができるだろうか。私はワクワクしながら、思い一つで…夢の魔法を使って…何とかかんとかして学校を壊滅させるくらいに燃やしてみせた。




 屋上から逃げ惑うモブの人々を眺めながら、私は何故かとても空虚な思いに囚われていた。眼下では、映画でもみたことのないような、恐ろしい熱気の炎が狂気をまき散らしていた。すぐ下の教室で、逃げ遅れた女子生徒の泣き叫ぶ声が響く。窓から飛び降りる愚か者もいた。それはそれでとても楽しい光景だったが…いくら夢の中でいじめの憂さ晴らしをしようが、学校を燃やしてみようが、朝起きた時の世界では、昨日と何も変わらない現実が広がっているのだ。そんな風に考えると、ため息がでないか。

「このまま醒めなければいいのに…」


私は呟いてみたけれど、残念ながら時間制限だけは夢の魔法でもどうにもならない。




これは夢だ。時間が来たら醒めなければならない。

…いっそ「気づかなかった」方が幸せだったかもしれない。これは夢なのだ。

遠くでサイレンがなった。

屋上まで火が回ってくるのも、もう遅くないだろう。

これは夢。

人々の叫び声がスーっと遠くなる。


そろそろ醒めなくては。

これは夢だから。

意識が遠くなるのを感じた。


これは…。

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