私を宇宙に連れていって
9.
応急処置で止血された右上腕が、心臓の鼓動に合わせて疼く。
包帯できつく巻かれた右上腕をサポーターで吊るし、血と海水を吸った軍服を肩に掛けたベルガーは、エイ型潜水艦で救われた部下達を眺めた。
先程この島に到着した救護部隊の的確な処置により、重傷者も一命を取り留めた。この分なら、戦死者は出ずに済むだろう。
いづむとその部下であるイノベーションの戦闘部隊は拘束され、一塊にされている。いやに大人しいのが気がかりではあるが。
「これからどういたしますの、総司令官」
水着の上に迷彩服を羽織ったココが、ベルガーに重たく問うた。
「この島はちっこい無人島だし、呂号が逃げた痕跡は至る所に残っているから、追いかければすぐに見つけられるでしょうが、問題はその後ですよ」
全身ずぶ濡れになったレイチェルは、濡れた迷彩服を脱ぎ、借り物の紺色のTシャツと紺色のズボンを履いていた。
「俺達、ひどく嫌われちまったしなぁ」
額に包帯を巻いているブライアンは、陰鬱に呟く。
「それもこれも射延技術少尉のせいですわ」
「厳罰を下しましょう、きっついのを。強制労働とかどうです?」
「おう、賛成だ」
三人の態度からは、こころの信頼を失ったやるせなさが滲んでいた。短い間ではあったが、こころと学校生活を共にしたことで感情が芽生えていたからだ。
それを嬉しいと思うのは身勝手なことだ、とベルガーは自戒したが、娘同然に可愛がってきたこころに友人が出来たのは喜んでいいのだと開き直った、
砂浜を駆けてきた通信兵がベルガーの前で止まり、敬礼し、報告してきた。
「総司令官! 現在、この島一帯の磁気単極子の濃度が危険域に達するまであと僅かです! 総員、装備を放棄して撤退すべきレベルです! 陽子崩壊速度も進んでいます!」
「解った。総員、撤退! スサノヲの艦載機に搭乗し、戦闘区域から離脱せよ! 事後処理など後でいくらでも出来る!」
即座に判断を下し、ベルガーは指示を下す。
「ですが……」
煙が幾筋も立ち上る森を窺い、レイチェルは憂う。
「急速冷却剤と瞬間凝固剤の用意も急げ。場合によっては、空間断絶弾頭を用いてこの島を空間ごと分断した上で荷電粒子砲を撃ち込んでも構わん!」
「総司令官、それはいけませんわ!」
動揺したココがベルガーに迫るが、ベルガーは命令を続けた。
「現時刻を持って、超高濃度感情量子発生源・呂号の回収作戦を終了する! そして、現時刻より、ハレー・ビートル迎撃作戦を開始する! 総力を挙げて、害虫駆除を行う!」
どよめきの後、兵士達から歓声が沸いた。
「あの子は、呂号は、こころはどうするんですか!」
ブライアンは目を見張り、ベルガーを詰問する。
「聞こえなかったのか、ワーウィック少尉。撤退だ」
「あんたはあの子を一番可愛がっていたじゃないか! あんたがあの子を人間扱いしていたから、俺達もあの子がただの動力なんかじゃなくて一人の人間なんだって思えていたんだ! そのあんたが、あの子を人間らしく育てた張本人が、肝心な時にこころを見捨ててどうすんだ!」
ベルガーの胸倉を掴んだブライアンは、喉を嗄らして怒鳴り散らす。
だが、ベルガーは同じ答えを繰り返した。
「撤退だ」
「磁気単極子を浴びすぎて感情陽子がどんだけ壊されたのかは知らないが、そんなことしか言えなくなっちまったのかよ!」
「いいか。よく聞け、ブライアン」
血と海水でべとつく左手で、ベルガーは胸倉を掴んでいるブライアンの手を握り締める。骨が軋むほど、力強く。
「私の仕事はこれからが本番だ。ここに留まっているわけにはいかない。確かに私は感情量子欠乏症が進行し、感情陽子の崩壊は著しいが、友人の話によれば感情陽子の分泌量を上げて陽子崩壊速度を遅らせれば、余命は大幅に伸びるそうだ。つまり、こういうことだ!」
ぐぇっ、と鈍い悲鳴を上げたブライアンが膝を折る。その手首には、ベルガーの手形の痣がくっきりと付いていた。「口で言うよりも、行動で示した方が早い」
「すっ……すみません、でした……。つか、マジギレしてたんですね……」
骨折れたかと思った、と半泣きのブライアンに、ベルガーは言い切る。
「解ればいい。命令に従うな?」
「りょおかいしましたあ」
背中を丸めたブライアンはぎこちなく敬礼し、倒れた。
「呂号の処理は、スサノヲに一任する。以上だ」
そう言ってベルガーはこころの居所を見やったが、その横顔は寂しげだった。
「後は若い二人でゆっくりと、ってやつだ。誰も邪魔をしてやるな」
国連宇宙軍が撤退した後、スサノヲが空間切断膜で島を包み込んだ。
薄く柔らかな虹色の繭が、青空を彩った。
泣き過ぎて喉が痛い。
物陰で丸まっていたこころは、頬に張り付いた塩粒を払った。
涙と海水と汗の成れの果てだが、混ざってしまうとどれがどれだか解らない。人間って海と同じもので出来ているってのは本当だったんだ、と授業で習ったことを実感しつつも、自分は普通の人間ではないと確信していた。
だから、誰にも触れない。傷付けてしまうからだ。
だから、誰からも触ってもらえない。炎が誰からも触れられないように。
「海に飛び込んでも、体が冷える前に爆発しちゃうよね、きっと」
ギルは撃たれて血を流したのに、こころは何発撃たれても一滴も血が流れなかった。何度となく爆発に巻き込まれたのに、体が少し痛いだけで火傷もなければ切り傷もない。そんなものは人間じゃない。化け物だ。
「お腹空いたなぁ」
けれど、食べ物を食べようとしても、口に入れる前に炭になってしまうだろう。
「喉も乾いたなぁ」
けれど、飲み物を手にした途端に、一瞬で蒸発してしまうだろう。
「これから、どうしよう……」
膝を抱えて項垂れていると、モーター音を伴った足音が接近してきた。
「やっ、やだよお!」
その足音の主が誰なのか、考えるまでもない。
恐怖に駆られて立ち上がったこころは、砂を蹴って駈け出した。白い布が脱げてしまいそうになったので、布の端をしっかりと結んだ。
それから走って走って走り抜いたが、こころはふとあることに気付いた。
「あれ?」
足元を見下ろし、砂が溶けた足跡を辿ってみる。砂浜に沿って緩やかなカーブを描いた足跡は、こころの前と後ろに続いている。つまり、円になっている。と、いうことは。
「この島、すっごく小さい!」
これでは、どこに行こうとも逃げ場がない。
走った分だけ体力を消耗し、空腹に陥ったこころは、ぺたんと座り込んだ。
「食べられそうなものは、これしか見つけられなかったのだが」
足音の主、スサノヲがこころの前に白くて四角い箱を差し出してきた。
「何、これ?」
こころは白い箱に手を伸ばそうとしたが、溶けそうなので止めた。
「中嶋少尉の私物だが、非常時なのだから手を付けても軍紀違反にはなるまい。調理方法は至って簡単だ、沸騰した湯を乾麺に注いで三分後に湯を切り、ソースとふりかけを掛けて混ぜるだけだ。ペヤングだ」
食べ物がある、とこころはスサノヲに気を許しそうになったが、はっとする。
「近付かないでって言ったのに、なんでいるの! また爆発するよ!」
「こころちゃんのためならば、何度爆発しようとも構わん」
「私が構うの! だ、だって、そのたびにお墓を作らなきゃならないし!」
「そうか、こころちゃんは戦場で朽ちるだけの俺を弔ってくれるのか。なんて優しいんだ」
「当たり前のことだよ!」
「そうだ。当たり前のことなんだ」
ペヤングとポット型小型浄水器を手にしているスサノヲは、しみじみと語った。
「こころちゃんが自分の力に戸惑うのも、俺の愛に怯えるのも」
「繋げ方が強引すぎるよ!」
「そうか? 俺としては、至って自然な流れで本題に突入出来たと思ったのだが。まだまだ勉強不足だな」
「何を読んで勉強したの、ぉう」
血糖値不足が進み、こころはよろめいた。スサノヲはすかさず手を差し伸べてこころの背を支えると、スサノヲの手が過熱する。
「わたしに、さわっちゃ、だめぇ」
胸が痛い。喉がひりつく。心がざわめく。
「大丈夫だ」
ペヤングと小型浄水器を草むらに置いた後、スサノヲはこころを柔らかく抱き締める。すぐさま、スサノヲの外装に付着していた僅かな水分が蒸発する。
「ダメ、ダメぇっ」
頑丈な胸板に収められたが、こころは意地で抗う。だが、スサノヲの腕は緩まず、こころをしっかりと包み込んでいた。
「大丈夫だ。俺を信じてくれ」
「う……」
スサノヲの胸に額を当てていると、こころは誰かに甘えたい気持ちが膨らんできた。だが、彼が爆発しないという保証はどこにもない。現に、外装が赤らむほど過熱している。だから、彼がまた壊れるのは時間の問題だ。
すると、懐かしい感触が頬に訪れた。
「ひんやりしてる」
勘違いかもしれない、と、こころはもう一度スサノヲの外装に頬を当ててみる。スポンジが水を吸うように熱が奪われ、頬の火照りが収まった。
「あの一件の後、艦載機に大幅な改良を加えたのだ」
スサノヲの大きく硬い金属製の手が、こころの丸い頬を慈しむ。
「こころちゃんから受けたエネルギーで艦載機がオーバーヒートして爆発してしまわないように、艦載機が受けたエネルギーを艦体に量子テレポートさせるシステムを完成させたのだ。明日には量産化出来る」
「それって……」
「こころちゃんを助けるためだ」
スサノヲの電子合成音声には、心の底からの喜びが溢れていた。
「やっと、俺のことを信じてくれたのだな」
スサノヲの手の冷たさが心地良く、こころは笑みを返した。
触れ合っている部分から過剰な熱量が吸収されていくと、荒れ狂っていた感情も落ち着いてきた。鈍っていた五感も戻ってきた。頬を撫でる潮風の爽やかさ、素肌に擦れる砂粒の硬さ、燦々と降り注ぐ日光の暑さ、エメラルドグリーンの海の煌めき、潮の香り。
そして――スサノヲの冷たさ。
「きもちいい」
熱くない、苦しくない、辛くない。それなのに、胸の奥がきゅっとする。
「愛している。この星の何よりも、この宇宙の誰よりも」
いつもの自信過剰な口振りではない、真摯な告白だった。
「なんで、私なの? 私にこんな力があるからなの?」
スサノヲの言葉に恥じ入り、こころは顔を伏せる。スサノヲはこころの乱れた髪をそっと撫で付け、マスクフェイスを寄せてくる。
「こころちゃんが超高濃度感情量子発生源であるという事実と、俺がこころちゃんに惹かれた理由に因果関係はない。強いて言えば、こころちゃんが毎朝俺に言葉を掛けてくれていたことだ」
「それってまさか、クジラさん?」
「そうだ。俺は、あのクジラ型宇宙戦艦だ」
正式名称・アマツカミ級無尽戦艦スサノヲ。
誇らしげに名乗ったスサノヲに、こころは目を丸め、徐々に赤面する。
「じゃあ、会ったことがないのに私のことを知っていたのって、ずっと空から私のことを見ていたからなの?」
「そうだ!」
「いつから、ねえ、いつからなのっ!?」
「こころちゃんが隔離地域に配置された日からだ!」
「ええと、それって……私が物心つく前からってこと?」
「そうだ! こころちゃんが成長していく日々の全てを撮影し、録画し、保存してある! こころちゃんが忘れていることでさえも、俺は覚えているのだ! 忘れるわけがない!」
「もっと他にやることあるでしょー!」
地球を守る最終兵器がやることじゃない。
居たたまれなくなったこころは、スサノヲの胸部装甲を両の拳で殴った。
「はははははは、くすぐったい、くすぐったいぞこころちゃあん!」
スサノヲがにやけたので、こころはもっと恥ずかしくなって唇をひん曲げた。
なんでこんなのにどきどきしちゃうんだろ、と若干の屈辱感に苛まれながらも、こころは頬を緩めた。気も緩んだせいか、盛大に胃袋が鳴った。
海水を濾過した真水を入れた金属の筒を、そっと両手で包む。
それから数秒後に沸騰したので、こころは金属の筒を傾け、カップ焼きそばの容器の内側の線まで注いだ。ツメを立てた蓋を被せ、三分待つ。
「あ、お箸……」
箸を使わなければ食べられないが、箸を持った途端に焼け落ちてしまう。
これでは、三分経って出来上がっても、食べるに食べられない。
「案ずるな、こころちゃん」
すかさず割り箸を取り出したスサノヲは、二つに割り、指で挟んだ。
それを器用に開閉させたので、こころは思わず拍手する。
「御上手、御上手」
「というわけで、俺がこころちゃんに食べさせてやろう」
「お願いします」
「お願いされよう!」
湯切りをしてから、ソースとふりかけを入れて味が馴染むまで丁寧に掻き混ぜ、カップ焼きそばは完成した。
スサノヲは割り箸で麺を絡め取り、小さな塊にしてから、こころに差し出した。こころは口を開き、割り箸に触れてしまわないように気を付けながら、ソース味の麺を頬張った。
塩辛くて香辛料がきつくて、麺の揚げ油がくどい。おまけに麺の歯ごたえはほとんどなく、ぐにゃぐにゃしている。それなのに。
「おいしい!」
むしろ、そのジャンクさがくせになる味だ。
「そうか、ならばもっと食べてくれ」
ほれほれほれ、とスサノヲが矢継ぎ早に箸を差し出したので、こころはその箸に絡む麺に喰らい付いた。その結果、五分足らずで空っぽになった。
「お腹一杯ってほどじゃないけど、おいしかったぁ」
余った真水を温めた白湯で喉を潤し、こころは満足した。
「ん? どうしたの?」
スサノヲは、使い終えた割り箸を凝視している。
「こころちゃんの使用済み割り箸か」
異様に真剣な声色で呟いたスサノヲに、こころは引く。
「それ、捨ててよね! 使い捨てって袋に書いてあったし!」
「これを捨てるなんてとんでもない!」
「ゴミは捨てなきゃダメぇ!」
こころは割り箸を奪おうとするが、スサノヲは素早く遠ざけ、追いかけっこが始まった。
「良いではないか、これもまた俺とこころちゃんの愛のメモリー!」
「お願いだから、そんなの捨ててよおーっ! この変態! 不潔!」
「おほぅっ、それは褒め言葉だぁふひょひょほひょひょ!」
「その笑い方もやめてぇキモいからぁあーっ!」
そして一人と一艦は、無人島を何週も走り回った。
満天の星空の下、こころは砂浜に寝そべっていた。
夕食にと二つ目のカップ焼きそばを食べたところ、油っこさと塩辛さのせいで胸やけに見舞われてしまったからである。
「うあー、胃が重たい……。食べ物は体の中に入れると燃えないんだなぁ……」
考えてみたら、こころは今までジャンクフードを食べた経験がなかった。濃い味付けが新鮮だったこともあって平らげてしまったが、さすがに二つ食べるのはまずかった。
「今の私、何度?」
「80℃前後で安定している」
「そっか。じゃ、もうちょっと冷えないと服も着られないね」
「案ずるな、こころちゃん。今、俺の艦内のフレキシブルプラントでは、艦載機と並行してこころちゃんの服を生産している。服の素材はその布と同じ耐熱素材だが、改良を加えて更に耐久性能を上げている」
「それ、どんな服?」
「こころちゃんと俺の歴史的な結婚式に相応しい、豪華絢爛風光明媚才色兼備のウエディングドレスだ!」
「却下!」
「なぜだ、こころちゃん!」
「そりゃあ、まあ、綺麗なドレスは一生に一度は着てみたいけど、そんなのを着て日常を送れるわけがないじゃない。だから、普段着がいい」
「では、こころちゃんの一番のお気に入りであるエプロンドレスを生産しようではないか。ロット数は百単位で。無論、下着もニーソックスもだ!」
「変態戦艦!」
「もっとだ、もっと言ってくれ!」
「全くもう」
ちゃんと話が出来るようになったのは嬉しいが、この調子では前と変わらない。
スサノヲとは対等な関係になりたいのに。これでは、彼はこころの下僕になってしまう。
「そんなんじゃダメだよ」
「デザインや色の変更は自在だ、是非とも言ってくれ!」
「そういうことじゃなくて。スサノヲさんが私のために色々としてくれるのは嬉しいけど、なんでもやりすぎちゃうのは困るよ」
「なぜだ。俺はこころちゃんの愛の下僕だ!」
「そういうのもやめて。スサノヲさんは私のペットになるつもりなの?」
「それも悪くはないが――ってああああ違う、俺はそんなつもりではない!」
「私が凄く熱くなって色んな人に迷惑を掛けちゃうから、飼い殺しにするつもりなの?」
「違う、そうではないのだ!」
「だったら、私の話をちゃんと聞いて」
こころは身を起こし、スサノヲと目を合わせる。
「友達になろう。スサノヲさんとは、少しずつ仲良くなりたいんだ。いきなり恋だの愛だのって言われてもピンと来なかったし、恋も愛も解らないから、恋人にはなれない。でも、友達になりたいんだ」
「開示する情報量と発露させる感情量子を制限せよ、と?」
「ちょっと意味は違うかも。でも、大体そんなところかな。あの虫達が地球に来るまでは、まだ十ヶ月あるんだよね?」
「そうだ。……そうだな、ならば焦る必要もない」
「焦っていたんだ」
「そうだとも。俺はこころちゃんを愛するが故、こころちゃんが持つ感情量子を最大限に引き出して最大級の力を発揮し、地球と人類を守らねばならんと決意を固めていた。〈そうであるべきだ〉という考えが、いつのまにか〈そうでなければならない〉にすり替わっていたようだ。故に、効率よくこころちゃんに刺激を与えて感情量子を発生させなければならないとも考えてすらいたのだ。だが、それは間違いだったのだな」
「それじゃ、これからは対等な友達になってくれる?」
「喜んで」
スサノヲが右手を差し伸べると、こころはその手を取り、笑った。
「ありがとう。改めてよろしくね、スサノヲさん」
こころはスサノヲと手を繋いだまま、夜空を仰ぎ見た。半分に掛けた月の手前を、彼の本体であるクジラが横切っていく。ここからだと砂粒と変わらぬ大きさの星々も、実際には地球よりも太陽よりも遥かに巨大なのだと授業で教わった。だから、その星よりも太陽よりも小さい地球にいる自分は、あまりにも小さく、どうしようもなく儚い。それでも、毎日を懸命に生きている。
それはこころに限った話ではなく、ギルも、ココも、レイチェルも、ブライアンも、いづむも。それ以外の大勢の人間も、他の生き物も同じだ。あの虫達もだ。
「でも、あの虫達は、私達とは一緒には生きられない生き物なんだね」
こころが耕していた畑にも、様々な生き物がいた。虫やカエルやミミズや小鳥は、それぞれの領分を守って均衡を作り、共存していたが、宇宙から来た虫達は均衡を作ろうともしなかった。だから、排除するしかない。やるせないが、生きるためには仕方ない。
「スサノヲさん。私に何が出来るの?」
「こころちゃんが発する膨大な熱量は、俺をフルパワーでフル稼働させられるほどの力を持っている。それさえあれば、いかなることも出来る」
「どうやれば、でっかいスサノヲさんが動くの?」
「願い、祈り、望みなどと称される感情変動だ。要するに、こころちゃんが俺を信じてくれればいい。俺はこころちゃんの思いを信じているからだ」
「私が頑張れば、皆、助かるんだね」
「そうだ。俺が救おう」
「――解った」
こころはスサノヲを見上げ、そのマスクフェイスに触れた。「スサノヲさん。私を宇宙に連れていって」
スサノヲはこころを横抱きにして立ち上がり、夜空に飛び出した。
「ならば今すぐっ!」
「そういうことじゃなああああああいいいいいい……っ!」
空間切断膜を解除し、スサノヲは高笑いを撒き散らしながら夜空を突っ切った。上空で待機していたサメ型巡洋艦に滑り込むと、すぐさま宇宙へと発進した。
数分後、こころは宇宙に達した。