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石油の民、襲来

 4.

 二つ目の墓を作ってから一週間後。

 〈私立タカマガハラ学園・入学のご案内〉という手紙が添えられた段ボール箱が、こころの家に届いた。

「ギル爺ちゃんが来るのはまだ先なのになぁ。誰が届けてくれたんだろう?」

 こころが不思議に思いながら段ボール箱を開けると、新品の服が入っていた。

 紺色のブレザーにベージュのニットベストと白いブラウス、水色のリボンに赤いチェック柄のスカート、紺色のハイソックスに革製のローファー。ついでに通学カバンと、その中に詰めるための教科書と勉強道具一式。

「がっこう?」

 そういうモノがあるのは知っているが、こころは学校に通ったことなんてないし、そもそも、こころの家以外の建物は見当たらない。

「どこに通えばいいのかなぁ」

 確かめてみよう。こころは二階に上がってベランダに出て、辺りを見回すと、見慣れない建物が目に留まった。

 洋風建築のレンガ造りの建物が草原の真ん中に建っていた。洒落た造りの屋根と窓を備えていて、最上階の頂点には鐘楼がある。からんころぉん、と上品な鐘の音が響き渡った。こころは嬉しくなり、身を乗り出した。

「うわあっ、学校だあー!」



 旧東京地区の経済は完全に滞った。

 超高濃度感情量子発生源・呂号がスサノヲにちょっかいを出されるたびに暴走してしまい、その都度供給量の数百倍のエネルギーが都市に押し寄せるため、旧東京地区にある機械類がことごとく爆発してしまったからだ。

 エンジン付きの車や鉄道車両だけでなく、コンセントに繋いでいなかった機械までもが呂号のエネルギーを吸収して吹き飛んだ。だから、工場の製造ラインもほとんどダメになり、工場に資材を送り届ける車も故障し、その車を修理するための機材も使い物にならなくなった。そのため、都市機能は麻痺し、大半の労働者達は横浜新興区に移り住んでいる。

 レイチェルの自動車整備工場も例外ではない。道路のそこかしこで立ち往生している車を修理しようにも、部品が届いていないので修理しようがない。おかげで、久々に舞い込んできた仕事を全て断る羽目になった。

「商売上がったりだよ、全く。工場の家賃分ぐらいは稼ぎたいもんだけどなぁ」

 帽子を脱いで長い黒髪を解放し、機械油が染み込んで黒ずんだ軍手を脱いでいると、工場の前にハンググライダーが滑り降りてきた。

 久々のお客だ、とレイチェルがハンググライダーの主を出迎える。

「いらっしゃーい」

「ごめんあそばせ!」

 上品な挨拶と共に入ってきた来客は、ココ・ロズベルグ大佐だった。

 紺色のブレザーの襟元には水色のリボンを付け、赤いチェック柄のスカートと紺色のハイソックスに革製のローファーを履き、平べったい通学カバンを携えている。古き良き女子高生の服装でエレガントなポーズを決めている。

「何をなさっているんですか、大佐」

 ココはレイチェルよりも六歳年下ではあるが上官なので扱いづらい。レイチェルが苦笑すると、ココは金髪のロングヘアをなびかせ、ブレザーには収まりきらない胸を張る。

「第四次作戦〈気になるアイツが転校生?〉の用意でしてよ。中嶋少尉も、お早く準備をなさいまし」

 はいどうぞ、とココはレイチェルにボストンバッグを手渡してきた。

「作戦の概要はタイトルだけで理解出来ましたけど、なんで私が」

「簡単なことですわ、生徒の数が足りないので作戦に加わって頂きたいのですわ」

「でも、私は四捨五入すれば三十路ですからきついですよ。色んな意味で」

「教師役は決まっておりましてよ、射延技術少尉ですわ」

「射延技術少尉って十六歳でしたよね?」

「ええ、生意気盛りのティーンエイジャーですわ」

「なんで二十代の私達が生徒で、十代の射延技術少尉が教師なんですか?」

「色々と理由はありますけれど、最も大きな理由は射延技術少尉が超高濃度感情量子発生源を管理する技術と資格を持っているからですわ」

「その技術と資格が役立つ前に、私達が感情量子欠乏症で死ぬかもしれませんけどね」

 工場の事務室で、レイチェルはココから受け取った制服を着てみた。だが、どこからどう見ても無理がある。超高濃度感情量子発生源が配置されている隔離地域に行けというのか。宇宙服顔負けの防護服を着ていても汚染は免れないというのに。

「確実に死にますよ、この格好では」

「すぐに死にはしませんわよ」

「感情量子欠乏症の症状が出るのは、汚染されてから数年後ですからね。超高濃度感情量子発生源の危険性と毒性の強さは、大佐もお解りでしょうに」

「存じておりますわ。高濃度感情量子発生源が発する感情量子には、通常の感情量子には含まれていない磁気単極子が混じっておりますわ。感情量子の運動を熱に変換する物質、感情陽子を、その磁気単極子によって陽子崩壊させることで高濃度感情量子発生源は膨大なエネルギーを生み出しますの。ですが、磁気単極子による陽子崩壊は一秒間に数千万回。ですが、私達のような常人が一秒間に生み出す感情陽子はせいぜい百万個。とてもではありませんけど、供給が追い付きませんわ。ですから、その陽子崩壊が続けば、感情量子を生成する脳神経にも損傷が及び、感情が消滅いたしますわ」

 感情が死ねば、人体を維持するために不可欠な体温も消滅し、やがて死に至る。

「けれど、人はいずれ死にますわ。大事なのは、何を成してから死ぬか、ですわ。ですから、私はスサノヲ様に尽くし、果てたいと願っておりますの。あの方が愛して止まない女性と親しくしたいと思うのも、あの方を愛するが故ですわ。妬きはしますけれど、私の愛ではあの方の心臓を震わせることも出来ませんの」

「いや……それは……まあ、そうかもしれませんけど」

 反論したいが強く言い返せず、レイチェルは口ごもる。

「ですから、私は感情を失うことを恐れはしませんわ。理性とは知恵の実を齧った獣に与えられた枷であり、罪ですもの。では買い出しに参りましょう、女子高生らしさを醸し出すために必要なものはまだまだありましてよ。車を出して下さいまし」

 ココはミニスカートを翻して颯爽と歩き出した。

「うえー、この格好でですか?」

「当たり前ですわよ。まずは制服に慣れなければ、学校にも慣れられませんわ」

「了解しました。この格好でハンググライダーに乗ったら、パンツ丸出しになりますしね」

「そうですわよ、ここまで来てやっとその事実に気付きましたのよ! 道理で擦れ違い様にニヤニヤされるわけですわ! 一生の不覚!」

「あー、私も学生時代に何度かやらかしましたよ。パンモロ飛行は」

 レイチェルは制服と一緒に渡された通学カバンを担ぎ、自宅兼工場を後にした。


 

 一時間半のドライブを経て、旧東京地区の都市部に到着した。

 閑散とした駐車場にジープを止めてから、レイチェルとココは繁華街に移動したが、ほとんどの店がシャッターを下ろしていた。それもこれも流通が滞っているからだ。普段は街の上空を巡っているハンググライダーもまばらで、閑散としている。

 開いている文房具店を探し出し、文房具を手に入れた後、休息するために二人はカフェに入ったが、注文出来るメニューはコーヒーとトーストしかなかった。この状況で贅沢は言えないので、それを二人分注文した。

「これが私の分で、これが中嶋少尉の分で、これがあの子の分で……」

 窓際のテーブルに着いたココは、買い込んだものを広げ、三等分にしていく。

「本当にそれをアレに渡すんですか? 下手に喜ばれたら、一発で致死量の汚染を受けちゃいますよ」

「御近付きになりたい相手に贈り物をするのは、普通のことですわよ」

「だから、近付いたら死ぬんですよ」

「近付かなければ、どんな子なのかも解りませんわよ?」

「それはそうかもしれないですけど……」

 ココとの会話が噛み合わない。歯痒くなったレイチェルは、厚切りのトーストにバターを塗って頬張っていると、奥のボックス席に座っていた老紳士と目が合った。

「あら」レイチェルの目線を追い、ココも老紳士に気付くと、腰を上げた。

「プロスト先生、御久し振りですわ!」

「大佐、御知合いですか?」

「大学時代の恩師ですわ」

 相好を崩したココは、すぐさま老紳士に駆け寄っていった。「お懐かしゅうございますわ!」

 ココは老紳士とにこやかに言葉を交わしていたが、レイチェルを手招いたので、レイチェルは少し気後れしながらも老紳士の元に近付いた。

「御紹介いたしますわ。こちら、パスカル・プロスト教授。感情量子学を長年研究していらして、スサノヲ様……ではなくて、アマツカミ級無尽戦艦の開発にも携わっておられましたのよ」

 ココに紹介され、老紳士、パスカル・プロストは一礼する。ボリュームのある巻き毛は白髪交じりで、青い瞳と白い肌の小柄なフランス人だ。店内にいるのにハットを被ったままだった。品の良い三つ揃いのスーツのジャケットは、きちんと脱いでいるのだが。

「パスカル・プロストだ、どうぞよろしく」

「国連宇宙軍少尉、レイチェル・中嶋です」

 レイチェルは背筋を正して敬礼すると、プロストは意味ありげに微笑む。

「その女学生の格好は、旧東京の流行りなのかい?」

「え、ええまあ、そのようなものでしてよ。ねえ、中嶋少尉?」

「そうですね、ロズベルグ大佐」

 顔を引きつらせたココに、レイチェルは同調した。曲がりなりにも任務の一環なので、真実は部外者には口外出来ない。したくもないが。

「プロスト先生は旧東京に御用事がおありですの?」

「ああ。君達の上司であり僕の学友であるギルベルトから、頼まれ事を受けてね。彼が偉くなってしまってからは会う機会が減ってしまったが、元気にしているかい?」

「総司令官は御健在です。先日も現場に赴いておりました」

 レイチェルが答えると、プロストは眉根を寄せる。

「沈着冷静で品行方正なのかい?」

「はい。私達に的確な指示を下してくださいます」

「そうか……。若い頃のギルベルトは荒くれ者でね。特に、同期のマンセルとは頻繁に衝突しては暴れていたものなんだが……」

「歳を重ねられたからでは?」

「だと、いいんだがね」

 プロストは憂い気に、視線を窓越しに見える空に投げた。直径一〇キロのリング型の構造物、国連宇宙軍衛星基地が薄雲の彼方に浮いていた。

 それから二人はプロストと話し込んだ。よく晴れて気温が高かったからだろう、プロストはよく冷えた水を何杯も飲み干していた。

 老紳士を見送ってから、二人も帰路を辿るべく駐車場に向かった。



 そこで二人を待ち受けていたのは、惨劇だった。

 レイチェルの愛車であるジープが炎上し、黒煙を噴き上げていた。

 レイチェルは目を見開きすぎて涙を滲ませ、声にならない声を喉の奥から絞り出した。ココは、おずおずとレイチェルの肩を支える。ココがいなければ、気絶してひっくり返っていたかもしれない。

「お気を確かに」

「が……」

「が?」

「ガソリンの匂いがする」

「がそりんとはなんですの?」

「大佐はガソリンを知らないんですか? 化石燃料の一種ですよ?」

「あ、あー! あれですわね。名前だけは覚えておりましたわ。ですけど、実物を見たことはございませんし、増して匂いなんて存じませんでしたわ。プラスチックを始めとした石油製品の材料だというとぐらいしか」

「普通はそうですよ、普通は」

 そのやり取りで、レイチェルは平静を取り戻した、ココはスサノヲのような機械を男として愛しているが、レイチェルは機械を道具として愛している。だから、その一環でガソリンの存在を知っていたし、扱ったことも多い。

 この世界には、感情量子が発する熱よりも効率も悪ければ環境にも悪いが、機械を動かす原動力となる燃料がある。それが化石燃料だ。その名の通り、地下深くに眠っているもので、石炭、石油、ガスと種類は様々だ。中でも特に汎用性が高いのが、石油から精製した液体燃料のガソリンだ。

 一般的に流通している自動車のエンジンを改造すれば、そのガソリンを利用出来るようになるが、レイチェルのように偏った趣味を持っていなければ、そんな手間も金も時間も掛かることをするわけがない。増して、ガソリンを手に入れるわけがない。

 だが、偏った思想を持つ者達であれば話は別だ。感情エネルギーに頼り切った文明を良しとせず、化石燃料とそれに準じた動力を信奉する動力革命組織、石油の民ならば。

「形なき力は幻想!」

「重みなき力は空想!」

「それ、すなわち妄想!」

 しゃりん、ちゃりん、かしゃん、がちゃん!

「理論こそ正義! 技術こそ大義! 科学こそ原理!」

 がしゃがしゃがしゃがしゃ、がしゃん!

 ――――炭素が燃える臭気、暴力的な熱気、猛烈な蒸気。

 煤けた作業着を身に着けてフルフェイスのヘルメットを被り、火炎放射器を背負った人々が現れる。彼らの背後には、蒸気機関で駆動している人型重機がそびえていて、煙突から禍々しい黒煙を吐き出している。石油の民ペトロニアンの実動部隊だ。

「諜報員の報告通りだ、ジープの女は軍人だ。そうでなければ、隔離地域に近付くはずもないからな。民間人のふりをしようとも、私達の目は誤魔化せんぞ。軍人は感情量子濃度が高い、故に排さなければならない!」

 マントを羽織っている人物が力強く叫ぶと、石油の民達が雄々しく呼応する。

 レイチェルは制服の下に隠していた拳銃を抜こうとするも、背中を撃たれて崩れ落ちた。貫通していないところからすると、非殺傷用のゴム弾か。ココはゴム弾を撃ち込まれ、スタンガンで昏倒させられた。レイチェルの首筋にも電極が付いた機械が食い込み、スイッチが入れられた。直後、高圧電流が神経を焼いた。



 手首に異物が食い込み、骨とぶつかる。

 きぃ、ぎぃ、ぎち、と頭上から金属の摩擦音が降り注ぐたびに、手首の痛みが強くなる。首筋の火傷が疼き、レイチェルは呻いた。

「う……っ……」浅く息を吸うが、石油臭さで噎せ返る。「ここ、どこ……?」

 駐車場で愛車のジープを燃やされ、石油の民に囲まれてスタンガンを押し当てられ、気絶したところまでは覚えている。それからすぐ殺されなかっただけ、まだマシだ。生きてさえいれば、どうにでもなる。

 何度か瞬きしてから、ゆっくりと眼球を動かす。

 迅速に状況を把握する。寂れた廃工場。ざらついた空気。埃と機械油の匂いと、それを塗りつぶすほど濃密な蒸気機関の排気。

 レイチェルは両手首を鎖で縛られ、天井から吊り下げられている。右隣では、ココが全く同じ格好をさせられている。ローファーを履いたつま先が僅かに浮いていて、体重を支えられるわけではないので、両肩に全体重が掛かっていた。熱量を高ぶらせて上昇気流を作って体を持ち上げようにも、外気温が高すぎるせいで上手く出来なかった。

「少尉。遠隔点火スパークプラグ、出来まして?」

「そういう大佐は、幸福融解メリーメルティは健在?」

「無粋な質問ですわ」

「同上です」

 レイチェルは小声でココと会話し、無事を確かめ合った。そして、互いの身に宿る感情を熱へと変換し、更にそれを戦闘能力へ変える技術が衰えていないことも。

 高濃度感情量子発生源には遠く及ばずとも、多量の感情量子を分泌出来る体質の人間は少なからずいる。大抵は家庭で重宝されるだけで終わるのだが、従軍して感情量子操作訓練を受けると、体質を昇華させ、能力として感情量子を自在に扱えるようになる。ココとレイチェルも感情量子操作訓練を乗り越えた身であり、その訓練課程で知り合い、友人になった。もっとも、その後の進路は違っていたが。

 あのヘルメット姿の人々が二人を囲んだので、ココとレイチェルは口を噤んだ。

「やれ」

 ダークレッドのマントを羽織った人物が、クレーンの操縦席に座っている人物に命じる。マントの人物がリーダーであるとみて間違いなさそうだ。

 がこん、と頭上で重たい駆動音がした。

 ぎりぎりぎりとワイヤーが伸び、天井から猛獣の牙の如きフックが下りてくる。

「下手に暴れると内臓まで持っていかれるぞ。それが嫌なら大人しくしておけ」

 武骨なフックが引っ掛けたのは、ココのスカートだった。ワイヤーが巻き取られてフックが上昇すると、薄布は呆気なく引き裂かれた。

「いやあああっ!」

 ココは悲鳴を上げたが、スカートは無残にも真っ二つに千切れ、下半身を隠すものは薄いショーツだけとなった。肉感的な太ももを狭めるが、ラベンダー色のレース地のショーツが強調されただけだった。

 途端に、ヘルメット姿の人々がどよめく。

「いけませんわ、お止めになって」

 スカートを千切られた勢いで半回転したココの前に、またもフックが下りてくる。真新しい紺色のブレザーに鋼鉄の牙が触れ、差し込まれ、金ボタンが弾け飛んだ。

「や……ぁ……」

 無慈悲にも、ブラウスにもフックが掛けられる。白い布地が持ち上げられると、ココは胸を反らす格好になり、図らずも扇情的なポーズを取っていた。

 フックの先端がブラウスの薄い布地を引き裂き、小さなボタンを吹き飛ばす。楕円形に広がったボタンの合わせ目からは、薄く汗ばんだ胸の谷間が覗いた。

 そしてついに、ブラウスは開花するかのように大きく裂ける。ブラウスが破られた衝撃でココが仰け反ると、それに伴って二つの大きな膨らみが躍動する。

「きゃあああああっ!」

「右肩にはQH‐321020、左内股にはWR7。これは上物だ、実験し甲斐がある」

 リーダーはココの素肌に貼り付いたブラウスの残骸を乱暴に取り払うと、肌に刻まれている文字を読み取った。

「意味がお解りになりますの?」

「解るとも。そうやってタトゥーを刻み付けられている時点で、君がどれほどの熱量を宿している人間なのかは一目瞭然だ。QHはクォンタム・ハイスピリットの頭文字、その下の数字は個体識別番号を兼ねた、細胞一つに含有される感情量子の個数。WRはウォーム・レコード、すなわち、世界有数の熱量の保持者というわけだ。レベル7ともなれば、余程のものだ。何せ、十段階の七番目だからな」

「ご丁寧な解説にお礼申し上げますわ」

「いやいや、礼には及ばんよ。礼をしたいのはこちらの方だ」

 リーダーが合図をすると、部下が金庫の中から二本の金属棒を取り出した。長さは二〇センチ程度、直径は一センチにも満たない。だが、金属棒が現れた途端に神経が逆立ち、レイチェルは目を剥いた。

「それってまさか、制御棒!?」

「一目見ただけで解るとはさすがだ。そうだ、これは制御棒だ。炭化ホウ素製だ」

 リーダーは銀色の金属棒を手にすると、指の上で回転させて弄ぶ。

「これは高濃度感情量子発生源の胸に突き刺して感情量子の陽子崩壊を半減させ、生産するエネルギー量を調節するための道具だ。だが、制御棒の効果があるのは高濃度感情量子発生源だけではない。お前達もだ」

 レンズの填まった金属製のマスクの奥で、リーダーは目を細める。

「制御棒を何本突き刺せば、感情量子を完全に無効化出来るのか、試させてもらいたくてね。常人でも実験は可能だが、高い成果を出すには高出力の熱量を生み出す人間でなければ。計算の上では十二本だったが……」

「そんなの、そんなに入るわけがありませんわよぉ!」

 ココは涙を浮かべて首を横に振るが、またもクレーンが近づいてきて、ココを吊り下げている鎖にフックを引っ掛けた。フックのワイヤーが少しずつ巻き取られ、ココの足が浮き上がっていく。いや、ダメですわぁ、とココは足をばたつかせる。

 だが、放置状態のレイチェルは至って冷静であり、ココのリアクションが演技であることも早々に見抜いていた。服を引き裂かれたぐらいでいちいち泣き叫んでいては、軍人は務まらないからだ。

 レイチェルは集中して息を詰め、高ぶらせた感情を一点に集束させる。

 狙いは、蒸気機関式人型重機。視線に込めた熱を、感情で織り成したエネルギーを蒸気機関に注ぎ込む。直後、人型重機が再起動する。

「なんだぁ!?」

「誰が火を入れたんだ!」

「誰も入れちゃいない、近づいてもいない!」

 ヘルメット姿の人々が逃げ惑う中、人型重機は超高温の蒸気を噴出させながら、怪獣のように威圧的に闊歩する。その様に高揚したレイチェルが熱量を上げると、人型重機は一撃で壁を殴り壊した。

 レイチェルの能力、遠隔点火とは、半径五〇〇メートル以内に存在する機械の動力機関に直接感情エネルギーを注ぎ込み、強制的に作動させられる力だ。さすがに戦艦並みの機械は動かせないが、大抵の車や重機は意のままに動かせる。

「お生憎様ですけれど」

 慌てふためく人々を見下ろしていたココは、両手を縛っていた鎖を握り締める。程なくして鎖は真っ赤に熱し、とろけ、緩んだ。

「私のヴァージンを捧げる御方は、心に決めておりましてよ?」

 陶然と微笑むココは頬に手を添え、恥じらった。猛烈な上昇気流で浮いている。

「その日を思い描くだけで、幸せですわぁん」

 ココの火照った肌からは熱気が立ち上り、陽炎さえ起きている。足元のテーブルは黒い焦げ跡が付き、今にも焼け落ちてしまいそうだ。レイチェルはココから溢れる超高熱に辟易しながらも、鎖を溶かしてもらい、自由を取り戻した。

 ココの能力、幸福溶解とは、ココが精神的に幸せになればなるほど体温が際限なく上昇する力だ。要するに、スサノヲをネタにしたエロ妄想をすればするほど、ココは凶悪な熱を帯びる。

「あふぅん、ココのここがお好きなのですねぇん、スサノヲ様ぁんっ」

 石油の民(ペトロニアン)の目的がなんであろうとも、所詮は烏合の衆。

 戦闘訓練が行き届いていないのは、最初に遭遇した時に気付いていた。陣形が取れていなかったし、動きも鈍かった。駐車場の時は、ジープを燃やされた動揺もあって不意を突かれたが、今は違う。

 レイチェルは遠隔操作を続け、人型重機で資材を薙ぎ倒して出入り口を塞ぎ、廃工場の外に停めてある大型トラックを操って壁の穴を外から塞ぎ、ついでに天井クレーンのモーターも乗っ取って操り、フックを振り回した。

 その間にココが何をしていたのかといえば、エロ妄想に浸りながら走り回っていただけだったが、石油の民の士気を奪うには充分だった。

「そう、そこを責めてくださいましぃ……はぅうん……」

 全身から白煙を立ち昇らせながら、ココはコンクリート製の壁にしなだれる。たちまちにコンクリートが劣化して砕け、穴が開いた。火炎放射器を何度か噴出されたが、ココは傷一つなく、髪も肌も焦げていない。上品な下着も超耐熱素材で出来ているので無事だ。

 人型重機に鎖を千切ってもらったレイチェルは、そのまま人型重機に持ち上げてもらってクレーンの操縦席に乗り込み、操縦者を張り倒して引き摺り下ろした。

「今度はこっちの番だ」

 人型重機を操ってリーダーの襟首を掴ませ、高々と持ち上げさせた。敵の情けない有様を見上げ、レイチェルはにやつく。

「さあて、どうしてやろうかな」

「ごめんなさい悪かったです謝りますごめんなさいごめんなさい出来心でした調子に乗っちゃいましたいや本当に!」

 ぶらんぶらんと左右に揺れながら、リーダーは平謝りする。

 と、その時。

 廃工場の屋根が破られ、赤色光線がコンクリートに突き刺さった。何事かとレイチェルが振り向くと、粉塵を掻き分けながらツノの生えた人型ロボットが現れた。

「少し、出遅れたか?」

 スサノヲが遠隔操作している人型ロボットだった。近接戦闘用の武装を携えていて、大口径の熱線砲を担いでいる。

「はぁふうんっ」

 ココは眩暈を起こしてよろめき、恍惚とスサノヲを見つめる。

「スサノヲ様、私をお助けにいらしたのですか? 幸せですわぁん」

「いや違う! 提督と少尉は、俺の天使のクラスメイトになる身の上だ、クラスメイトが現れなければ俺の天使が寂しがってしまうじゃないか!」

 スサノヲはぐっと拳を固め、力説する。ココの存在を完全に無視しているどころか、こころへの恋心のダシにしている。最低な宇宙戦艦だ。

「でもでもでもぉ、スサノヲ様の思考回路の片隅に私が刻み付けられていたと思うだけで、ああっ、疼きますわぁんっ!」

 だが、ココは幸せそうである。

 これでいいのか。いや、それでいいのか。

 レイチェルは複雑な気持ちになったが、特に何も言わないことにした。

「今、この瞬間、俺はお前達全員をマークした。言うまでもなく、五十六名全員だ。石油の民は反感情エネルギー主義の革命組織である以上、俺の天使にいずれ危害を加えることだろう。その可能性を排除出来ない限り、俺はお前達が宇宙の果てへ逃げようとも狙いを外しはしない。決してな」

 スサノヲはヘルメット姿の人々を見渡し、凄んだ。

「特に! 俺の天使にして女神にして救世主にして理想にして究極にして至高にして可愛いという言葉なんかじゃ到底語りつくせないし日本語の語彙などでは表現しつくせない魅力を持って生まれたが故に、この俺が愛さずにはいられなかった天使の中の天使にして美少女の中の美少女、こころちゃんに近づいてみろ! 量子レベルで分解してやる!」

「えー……。あ、はい」

 リーダーはスサノヲの剣幕に気圧されながらも、従った。

「全員逮捕して絞り上げてもいいんだけど、それだとちょっと割に合わない気がするんだよなぁ」

 丹精込めて修理したジープを燃やされた恨みもある。ねえ大佐、とレイチェルがココに同意を求めると、熱が引いたココは立ち上がり、肌に付いた砂を払った。

「そうですわねぇ。新品の制服を細切れにされてしまいましたし、せっかく買い込んだ文房具も、女子高生アイテムも……。それ相応の処罰を与えなければなりませんけれど、ただ刑務所に放り込んでも面白くありませんわ」

「何もせずにいれば、どうせ一年後にはハレー彗星が到達して人類は滅亡してしまいますわ。でしたら、刑務所で死ぬか、外で死ぬか、選ばせてさしあげましょう?」

「ええ、そうですね。大佐」

「私にいい考えがありますわ。んふふふふ」

 二人の女は、悪辣に笑んだ。


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