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遥かなるハレー彗星へ

 12.

 火星での戦闘を終えてから一〇分後。スサノヲは火星を旅立った。

 人類が発明した空間超越技術は、空間の歪みをエネルギーで押し広げて潜り抜けるものであるため、空間の歪みが閉じてしまえばワープが不可能になる。修理も補給も不十分ではあったが、当初の予定を変更せずに海王星へ向かった。



 皆との別れを惜しむ間もなく、気持ちを整える間もなかった。

 こころはスサノヲのブリッジに座り、全面モニターを眺めていたが、ワープ空間に入ると外の景色が見えなくなってしまった。無論、火星もだ。

 スサノヲが気を遣ってくれたのだろう、計器類だらけのブリッジに不釣り合いな暖色のクッションやドリンクサーバーに甘いお菓子が用意されていた。スサノヲの優しさのおかげで、こころの寂しさは随分と和らいだ。クッションを背に当て、操縦席に座った。

 暖かなミルクティーを一口飲んでから、こころは敵の身を案じた。

「ゆずりはさんは、大丈夫かな」

「急激な熱量上昇と急速冷却のショックで機能停止状態に陥っていたが、肉体的な損傷は軽微だった。よって、冷却プールと培養槽で充分な休息を取れば再稼働出来るだろう」

 向かい側に座る人型ロボットのスサノヲもまた、ミルクティーの入ったマグカップを手にしていた。

 地球での戦闘後に解ったことだが、スサノヲの操る人型ロボットは人間と同じように飲食が可能であり、味覚も嗅覚も備わっていた。それは人間を理解するために自力で開発した機能だとスサノヲは説明してくれた。人格と同じく、艦体と艦載機も自己進化しているのだそうだ。それがヲ式人工知能の最大の特色なのだ、とも言っていた。

「それじゃ、地球に戻ったらお見舞いに行かないとね」

「うむ。そうだな」

 一人と一艦の間にあるテーブルには、パンケーキが載った皿が並んでいた。これもまた、スサノヲが用意してくれたものだ。

 暖かなパンケーキをフォークで切り分けて一切れ食べ、こころはぽつりと言った。

「なんか、変な感じ」

「こころちゃんのお手製のパンケーキと、保存料と食品添加物を加えられて工場で大量生産されて冷凍保存されたパンケーキでは、材料からして違うのだから味が違うのは当たり前だ」

「それもそうなんだけど、地球から凄く離れた場所にいるのに、地球の食べ物を食べているのって不思議だよなぁって思っちゃって」

「俺が輸送してきたからだ。在庫は充分だ、三〇年は保てるぞ」

「それもそうなんだけどね。地球で生まれた生き物は、どんなに遠くに行っても地球の食べ物からは離れられないし、その食べ物も地球で生まれたものを加工したものだから、広い意味では私の親戚ってわけでしょ?」

「ふむ。そうだな」

「月とか火星で作られている食べ物だって、元を正せば地球のものでしょ? だから、この冷凍のパンケーキは地球の一部なんだなぁって考えちゃった。変だよね」

「俺はそうは思わんぞ、こころちゃん。俺の艦体は地球と月のありとあらゆる鉱山から掘り返された鉱石から精製された超合金で出来ているのであるからして、俺は地球のみならず太陽系の産物なのだ。だから、俺はその労力に報いねばならんとも思っている」

「ハレー・ビートルも太陽系の産物なら、突き詰めれば私達と同じモノで出来ているんだよね。でも、全然違う生き物なんだ。それもなんだか不思議だよ」

「俺の価値観では、こころちゃんが感じている違和感を共感出来ない。それが歯痒い」

「地球を守るとか、人類を救うとか、全然実感が湧かなかったけど、好きなものがおいしく食べられなくなるのは辛いなぁって思った。でも、そんなの、地球を守る動機って言えないよね」

「そうでもないぞ。立派な心掛けだ。いかなる物事も、始まりは小さいのだ」

「ありがとう、スサノヲさん。ちょっとは自信が付いたかも」

 こころが笑みを向けると、スサノヲは照れた。

「ふははははは」

「んで、ハレー・ビートルの群れの全長って、約五億キロなんだよね」

「そうだ」

「五億キロってことは、一キロあたり一〇〇匹いると仮定しても五百億匹ってことになるけど……数字が大きすぎて見当もつかない」

「地球と太陽の間を三と三分の一往復する程度の距離だ。どうということはない」

「どうってことあるってば。それで、地球に帰れるのはいつになるの?」

「一日当たり一〇万キロの敵を撃破して進んだとしても、単純計算で五〇〇〇日後になる。13.7年だ」

「そんなに掛かるんだ……」

「案ずるな、こころちゃん。俺は君と同じ時を過ごし、同じ年月を重ねよう」

「うん。ずっと一緒だよ、スサノヲさん」

 ワープアウトまで、あと一〇分。

「約束通り、学園祭をしようよ」

 立ち上がったこころは、スサノヲに手を差し伸べる。

 スサノヲもまた立ち上がり、こころの手を取って一礼した。

「謹んでお受けしよう」

 それから、オクラホマミキサーを踊った。ぐるぐると、延々と。

 第一回タカマガハラ学園祭は、つつがなく終了した。



 ワープアウトしたスサノヲは、海王星の衛星軌道上へ出現した。

 再びスクール水着によく似た超耐熱服に着替えたこころは、感情量子融合炉の炉心に入った。外の様子が見える3Dモニターを設置してもらったので、全方位に宇宙空間が映し出されている。生身で宇宙に放り出されたかのような感覚に陥りかける。

 地球とは異なる冴えた青を湛えた惑星には五本の環と十四個の衛星があり、壮大にして美しい眺めだった。思わず、こころは息を飲む。

「きれい……」

『来るぞ』

 感動に浸る間もなく、スサノヲが険しい声色を発した。

 太陽風を浴びてイオンテールとダストテールを放出しながら、75.3年周期で太陽系を巡っている彗星がやってくる。凶事を招いた根源、ハレー彗星だ。

 その二つの尾には、無数の虫が群がっていた。

 ハレー彗星の核である氷塊に最接近している群れは、ハレー・クイーンだ。その数は千も万もを超えている。その後ろには卵群を抱く労働級成虫の群れがいたが、一個体の大きさは地球のものの比ではない。どの個体も三倍はあった。

 こころの目の前に、スサノヲがセンサーで感知した敵の情報が羅列されていく。

 女王級成虫、個体数、推定五〇〇万。

 労働級成虫、個体数、推定一千万。

 兵隊級成虫、個体数、推定二〇〇万。

 武甲級成虫、個体数、推定一〇〇万。

 砲台級成虫、個体数、推定五〇〇〇万。

 駆逐艦級成虫、個体数、推定八〇〇〇万。

 空母級成虫、個体数、推定八〇〇〇万。

 母艦級成虫、個体数、推定二〇〇万。

 要塞級成虫、個体数、推定一〇〇万。

 卵群、個体数、計測不能。センサーの範囲外にも敵影多数。

「ううううう」

 次から次へと出てくる数字の大きさに、こころは目を回しそうになった。

『大丈夫だ! 俺が付いている! 行くぞ、こころちゃん!』

「う、うんっ」

 何事も出だしが肝心だ。こころは意気込み、強く願った。

 スサノヲの勝利を。人類の勝利を。



 虫の津波が、スサノヲを襲う。

 穏やかに暗黒空間を泳いでいたクジラは外装を開き、砲門を展開する。

 地球と火星では惑星の損害を最低限に留めるために、荷電粒子砲の出力はかなり押さえていたが、ここは宇宙だ。

 ――何一つ、遠慮はいらない。

 クジラは咆哮し、赤色光線を撒き散らしながら突っ込んできたハレー・クイーンの大隊に荷電粒子砲を解き放つ。白い閃光が量子レベルで女王を分解し、吹き飛ばす。

 荷電粒子砲の斉射を継続しながら三六〇度回頭し、スサノヲを包囲せんと押し寄せる、労働級成虫と兵隊級成虫と武甲級成虫を一挙に焼き払う。

 ハレー彗星に、三本目の光の尾が出来上がる。



 一〇日目。

 こころはスサノヲに頼んで炉心の中に超耐熱資材を運び込んでもらい、住居を作った。

 浮いているだけでは退屈だったし、体を横にして落ち着ける場所が欲しかったからだ。四苦八苦して、手狭な小屋を作った。



 二〇日目。

 こころは、小屋の中に超耐熱素材の家財道具をベッドや本棚を並べ、超耐熱素材の本も持ち込んだ。パック入りの宇宙糧食であろうと、部屋の中で食べると随分と気分が違った。



 五〇日目。

 こころの住む小屋が荷物で狭くなってきたので、思い切ってログハウスを作り始めた。

 スサノヲが手助けしてくれたおかげであっという間に出来上がり、こころが住んでいた家と大差のない広さの家が出来上がる。



 一〇〇日目。

 こころが電子文書にちまちまと書き溜めていた物語が完結する。



 二〇〇日目。

 こころとスサノヲが交換日記を始める。

 


 五〇〇日目。

 交換日記が中断する。原因は、スサノヲがこころの観察記録しか書かなかったためである。以降、感情量子濃度がやや低下する。

 が、それから一〇日後に和解したため、交換日記も再開される。



 一〇〇〇日目。

 スサノヲが超耐熱性鋼材を使って人型ロボットを作り、炉心へと送り込んでくる。



 一五〇〇日目。

 スサノヲの人型ロボットが炉心から叩き出される。

 原因は、こころの入浴を覗こうとしたからである。



 一五二〇日目。

 条件付きで和解。スサノオの出入りが許される。



 二〇〇〇日目。

 二億キロに到達。

 それまでのハレー・ビートルは前衛に過ぎなかった。個体数が増大したばかりか、外骨格の強度も、光学兵器の威力も桁違いに上がっていた。

 砲台級成虫、一億。

 城塞級成虫、五億。

 宇宙戦艦級成虫、一億。

 小惑星級成虫、三億。

 衛星級成虫、一億五千万。

 以下、レーダーの範囲外に付き、計測出来ず。



「スサノヲさん」

『なんだ、こころちゃん』

「なんでもない。ちょっと、呼んでみただけ」

『ふはははははははは、甘酸っぱい、甘酸っぱいぞ!』

「……まだ、終わらない?」

『もうしばらく掛かるな。あと、一億五千キロはある』

「そっか。一五〇〇日かぁ」

『そうなのだ』

「あのね」

『なんだ?』

「スサノヲさん。あの時、なんて言いかけたの?」

『俺のこころちゃんに対する感情は、好きなどという短い言葉では表現し尽せない。愛という言葉ですらも、俺が感じた衝動には値しない。の後か』

「うん。ずっと気になっていたんだ」

『それはだな』

 


 四〇〇〇日目。

 四億キロに到達。艦体の全長が二〇〇〇キロから七〇〇キロにまで縮小していた。

 スサノヲは長い年月をかけて建造された宇宙戦艦であるため、マトリョーシカのような多層構造になっている。なので、上層装甲が破損した場合は、躊躇いなくその層を剥がしてフレキシブルプラントで艦載機やミサイルに作り替え、攻撃に用いていた。そのため、戦えば戦うほどに小さくなっていった。

 感情量子融合炉は、三十二基が過負荷で爆砕。量子加速器を加工して即席の荷電粒子速射砲に作り替えたが、荷電粒子速射砲も半数が過熱で損壊。

 対宙広域メーザー砲は、大多数が過熱で砲身ごと溶解。

 プラズマ魚雷は、プラズマ発生器がオーバーヒートして使用不能。

 艦載機は、最大級の空母から最小級の人型汎用機まで射出し、残機ゼロ。

 重粒子機関砲は、必要な重粒子を一粒残らず出したため、使用不能。

 フレキシブルプラントはフル稼働しているが、部品が絶望的に足りないため、生産した艦載機やミサイルの性能は劣化している。

 空間断裂弾は、弾頭である空間断裂装置の残機がないため、生産不能。

 主砲である荷電粒子砲は使用回数を減らし、温存しているが、二五六門中五〇門の粒子加速器が損壊。

 空間切断膜によるシールドは、空間切断装置の半数以上が破損したために出力が大幅に低下し、防御システムとしての機能を果たしていない。

 それでも、スサノヲは進む。それ以外の選択肢はないからだ。



 四五〇〇日目。

 四億五千キロに到達。スサノヲ、艦体全てで出力臨界点。全砲門斉射。

 衛星級成虫、推定二億。全個体、一瞬で蒸発。



 四七〇〇日目。

 四億七千キロに到達。敵個体数、一。全長、推定八〇〇〇キロ。

 惑星級成虫。



「それは?」

『俺と結婚してくれ、こころちゃん!』

「どうせそんなことだろうとは思ったよ」

『で、ど、どうなのだ。俺と結婚してくれるのか、してくれないのか!?』

「え……え、ええっと……」


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