夢のプレゼント(菜々版・小説版)
小説版です。
かなり長いです・・・・・・
「リン、リン、リン~リンリンリン~すずがなる~!」
様々な人々が行き交う雑多な通りに、その舌足らずな歌声は一際大きく響き渡った。慌てて子供の親らしき人が子供の頭を軽くたたきながら注意しているが、通りを歩く人は皆口元を緩め、その親子を微笑ましそうに眺めて通り過ぎていく。
そう、今夜はクリスマス。道行く人々は家族と、友達と、恋人と過ごす特別な夜を思っては、幸せな気分で歩いているのだろう。
(僕を除いては・・・・・・)
そっと自虐するように胸の内で呟き、僕はその親子から目をそらして歩きだした。大きな通りに立ち並ぶきらびやかなショーウィンドウには幸せな人々の笑顔と、まるでそれを全て否定するかのように苦々しい表情を浮かべた僕自身の顔が映りこんでいる。目の下には隈がくっきりと刻まれている。当然だった。あの日から一度として眠れた日はない。
ふと、通りに並ぶ様々な店のなか、僕の足はある店の前で止まっていた。そのクリスマスらしくたくさんの電飾で煌めいているその花屋の前には、たくさんの植木鉢が置いてあった。クリスマスの定番ともいえる「ポインセチア」。僕は、そのうちの一つに目を奪われたのだった。その植木鉢の花はどこか陰りを帯びていて、くすんだ色合いをしていた。周りの花々は美しく咲き乱れているというのに。
その花が、今の自分を映し出しているように思えて、つい見入ってしまう。そういえば、君もこの花が好きだったっけ・・・・・・。なんでだっけ。そうだ、たしか
「クリスマスって感じがしますよね。」
「・・・・・・えっ?」
ぼんやりとその花を視界に映し、自分の思考に没頭していた僕は、突然かけられた声に驚き、間抜けな声を漏らしてしまう。
どうやら、この店の店員のようだ。
「あぁ、はい。」
「お一ついかがですか?」
考えてみれば、ずっと店の前で立ち尽くしていたわけで・・・・・・。少し申し訳なかったので、僕はその言葉に頷いた。
店員の手が伸び、たくさんの植木鉢の中から一番美しいのを取ろうとする。
「あの、あれをお願いします」
「え? あ、はい。分かりました、あちらでございますね。」
戸惑ったように、僕の指定した植木鉢を持ち上げる。それも無理はない、僕が指定したのはあのお世辞にも美しいとは言えない、ポインセチアだった。
「ありがとうございました。」
店員の声を背中に聞きながら、僕の足は自然とあの場所に向かっていた。
僕は、小さな公園の前を横切る道の端で立ち止まっていた。目の前には交差点がある。
そこには、予想どおりに何もない。去年はあんなに花で溢れていたそこは、当たり前にある道で。まるでそこで起こったことなど、ただそれだけの価値しかない。そう言われたようで悲しかった。
僕は黙って道に植木鉢を置いた。そしてそのまま手を合わせる。そんな僕を、訝しげに道行く人が横目で見ては去っていく。
数分がたった。僕は合わせていた手を下ろし、元来た道を引き返す。ため息をついた。視界が白で一瞬満たされるが、やがてそれは空気に溶け込むように消えていく。どうせなら、僕も消えてしまえばいいのに・・・・・・。
「メリークリスマス!」
あまり広くはないリビングいっぱいに彼女の声と、遅れて、パァン! という音が響き渡る。
自分で鳴らしたはずの、小さなクラッカーの音に心底驚いたようで、彼女は目を丸くして固まっている。
「・・・・・・っ!」
それがすごくおかしくて、つい我慢できずに僕は小さく吹き出した。
「な、なによっ! 仕方ないじゃない・・・・・・び、びっくりしたのよ」
彼女はそんな僕を見てうつむきながら、すねたように言う。まるで子供のようなその仕草がすごく愛しくて、顔が熱くなるのが自分でもわかった。何も言えなくなってしまった僕との間に満ちた沈黙を破るように、彼女がワイングラスを掲げて「今夜はいっぱい飲むぞー」なんて馬鹿な宣言をした。その言葉に僕はまた吹き出してしまう。
今夜は、クリスマスイブ。そして僕と彼女が付き合って2年目の、特別な夜でもあった。
僕がお酒に弱いのを知っているはずなのに、彼女は笑われた仕返しのようにどんどんと僕のグラスにワインを継いでくる。これはまずい。彼女の機嫌を直すために、僕はある作戦を決行する。
「メリークリスマス、梨花。」
「なぁに? 突然・・・・・・」
彼女は僕の手にあるものを見て、目を見張った。
それは小さな包み。可愛らしいリボンで包まれたそれを彼女は恐る恐る開ける。
中から出てきたのは、小さな鈴のついたストラップ。
「・・・・・・っぷ!」
それを見て彼女は突然笑い出した。
「な、なんで笑うんだよっ」
「だ、だって・・・・・・ストラップって・・・・・・子供か!」
そう突っ込んで、彼女はこらえきれないようにお腹を押さえて笑う。何かいけなかっただろうか?
ようやく笑いが収まった彼女は、ワインをさらに一杯飲んで言う。
「でも、ありがとう。涼のことだから、いっぱい迷って買ってくれたんでしょう?」
「・・・・・・」
彼女はニヤニヤしながらも、その鈴のついたストラップを揺らしてはその澄んだ音色を聞き、時折息を漏らして笑った。
良かった・・・・・・どうやら喜んでくれたようだった。僕は微笑む彼女を見て、自然と頬が緩んでいくのを感じていた。
幸せ―――まさにそんな夜だった。
目が覚める。どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。頭を振って立ち上がる。
少し頭が痛かった。おそらく昨日の夜に飲みすぎたせいだろう。まったく、彼女が勧めてくるから・・・・・・。僕は呆れながらその彼女の姿を探すが、見当たらない。。
その代わりなのか、小さなテーブルの上には一枚のメモが置いてあった。
『仕事がありました。今日の待ち合わせを忘れないように!』
彼女らしい強気なその文面を見て、僕は苦笑する。彼女は仕事のことなんて一言も言っていなかった。忘れていたのはどっちなんだか。
僕は走っていた。時計を見る。時刻は午後3時46分。彼女との待ち合わせ時間は午後4時だった。
あのあと、まだ酔いが残っていた僕はもう一度眠ってしまい、目が覚めたら午後3時30分をとっくに過ぎていたのだった。
急ぐ僕の視界を白いものが横切った。
それは、次々と空から舞い降りてきては地面を染めていく。
ホワイトクリスマスだった。何年ぶりだろうか・・・・・・感動を覚えつつ僕は走る。雪は止みそうな気配を見せなかった。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
膝に手を当てて、息をする。時計の針は57を指している。約束の場所は、もう目と鼻の先だった。僕はもう一度自分に気合を入れて走り出した。
(いた――!)
いつもは時間前に来る僕の到着が遅いのを気にかけたのだろう。彼女は待ち合わせ場所の小さな公園から出て、辺りを見回している。やがて、走ってくる僕に気づいたのか、彼女が手を大きく振った。
間に合った・・・・・・。安堵に息をつく。彼女はもう2、3歩行けば手が届くところまで近づいてきていた。僕は歩調を緩めて手を振った。
彼女は笑い、僕のほうに一歩足を踏み出した―――――
「・・・・・・えっ・・・・・・」
僕は呆然と目の前の光景を見つめていた。
それは、まるで雪の上に咲いた紅い、紅い花。
―――ホワイトクリスマスになるといいなぁ・・・・・・
彼女が昨日の夜そう言って窓の外を見つめていたのを思い出す。
彼女が、僕の方に踏み出した瞬間だった。何かが僕の視界を横切ったかと思うと、彼女の姿が一瞬にして掻き消えた。
何かがぶつかったような鈍い音。耳をつんざくような甲高いブレーキ音。誰かがあげた悲鳴。幾重にも音が重なる中、僕の耳に聞こえていたのは、彼女が呼ぶ自分の名前。そして、ちりん、というかすかな鈴の音だった。
ここは彼女がいるはずのないひとりっきりの空間。
テーブルの上を見つめる。そこには彼女が遺した鈴が転がっていた。ひしゃげてしまって、音の鳴らなくなってしまった小さな鈴。
あの日もしも、約束の時間に間に合っていたら・・・・・・この一年間そんな後悔の念に苛まれてきた。
ふと窓の外を見る。空は暗く、雪が降りそうな気配はない。
瞼を閉じ、僕は望んだ。あの日から幾度となく祈ってきた、叶わない願い事を。
―――もう一度だけ、君に会いたい―――
その瞬間、辺りに響く鈴の音を、僕は確かに聞いたような気がした。
目を開く。
聖夜の奇跡なんて訪れるはずはない。分かりきっているのに、分からなきゃいけないはずなのに、君の姿を探してしまう。
当たり前のように静まり返ったリビング。僕はあるものを見つけた。それは、たった一枚のメモ。
『メリークリスマス、涼。』
「・・・・・・っ!」
『鈴、ホントはすっごく嬉しかった。ありがとう
一緒にいられなくなって、ごめん。
私のことは忘れて、幸せになって。 ・・・・・・さよなら』
両目から涙が溢れていく。ふと見ると確かにそこにあったはずの鈴が消えていた。
「・・・・・・っ、忘れられる、わけがっ、ないだろ―――」
彼女からのメッセージを握りしめて呟く。
―――いつまでもうじうじしないっ!
そんな彼女の声が聞こえたような気がした。
「ママ、見てみて! あれ」
「あら、綺麗ね・・・・・・でも、いったい誰がこんなところに置いたのかしら?」
「あっ!!」
「なぁに、今度はどうしたの?」
「雪!」
そう言ってはしゃぐ子供の上に、ひとつ、またひとつと雪が降ってくる。
「まぁ! ホワイトクリスマスじゃない!」
幸せそうな親子の前で、美しいポインセチアがその花びらを煌めかせ、咲き誇っていた。
ありがとうございました!