借り物の一射 ─ 矢は届かない。それでも前に出た理由
─ 正しいことをしたはずなのに
すっきりしない時がある
そんな中途半端な場所の話 ─
鎧戸を叩く乾いた音に、顔を上げた。
風ではない。一定の間隔で、同じ場所を叩いている。
イーヴォが鎧戸を開くと、鳥は軽く羽ばたいて位置をずらし、開いた隙間から滑り込んできた。
「……開けておけば良かったのに」
「必要ないと思っていただけ」
(思いっきり待ってたくせに)
言わないけど。
俺が見ている横で鳥の脚から筒を外す。紙は薄く、繊維の走りがうっすらと透けて見えた。
イーヴォは無言で紙を見つめている。険しい表情にもしや、と不安がよぎる。
「……どうだった?」
「合格だ。だがそれどころじゃないらしい」
「盗まれたのは在籍中の学生の呪文書です」
「その学生は?」
「酷く取り乱してしまって、今は救護室に。王都内にはもう居ないらしいことは分かってるんですが……」
(王都にはいないって何故分かるんだ?)
俺が訝しげな顔になったのを気づいたのか、隣に立っていた衛視が口を開く。
「門番が見ている。今朝の出入りは総て洗った。商人も学生も確認済。該当するのは一組だけだ」
「行くぞ」
「え?」
「俺たちが呼ばれたってことは、つまりそういうことさね」
分からないまま、後を追った。
──アルフたちが門番に確認している間に、弦を張る。どうやら緊急事態のようだった。盗まれたのは呪文書、容疑者は八人組。
弓を返し、足で軽く押さえる。しなる手応えを確かめてから、弦をかけた。
「……ラウルク。一矢、無駄にしないと誓う」
全員が俺を見ていた。小声の筈だったのに、聞こえていたらしい。
「ほら、前に使ったじゃねぇか、失せ物探しで」
「定位測定?あれは “既知の対象” しか拾えない。今回は指標で当たりをつける」
イーヴォは腰の物入れから炭筆を取り出すと、街道に陣を描き出した。
「紙に書きゃいいだろ。何度でも使えるぞ」
「は?石畳の上で羽根ペン使える訳ないだろ。頭湧いてんのか、おっさん」
相変わらずデニスには辛辣だ。
くっきりとした炭の跡が延びていき、石の継ぎ目で線が途切れる。イーヴォは気にした様子もなく、指先でその上をなぞっていく。
「見た目じゃない。流れを “繋げる” んだ」
「────よし、完成」
そう言うと、出来上がった魔法陣に魔力を流す。線が光になり、そのまま空中に浮き上がると、ゆっくりと回転して止まった。
「──風車小屋の方角だな。手前に一基、かなり離れて、もう一基」
アルフが見当をつける。
「じゃあ、これ消しとくね」
ジーンが水袋から水を指先にひと垂らしすると、柔らかい声で呟く。
「『水の精霊、地面を洗い流してくれるかい?』」
指先の雫は見る間に膨らんで水球となり、指を振ると、弾けて魔法陣の上に落ちた。
「悪い子が真似しないように消しておかないとね」
「さぁ、行きましょうか。どんな奴らかしらねぇ?」
ヤバい、マティルダがワクワクしてる。
──風車小屋が近づくにつれ違和感が募る。他の風車の羽根は止まっているのに、目的地らしき小屋の風車は回っている。しかも妙な回り方だ。
「……空間魔法だ。制御出来てないやつ」
イーヴォの指摘にアルフは頷くと、手にしたクロスボウの弦を引いて矢をセットする。
「撃ってみるか?」
「……自信がありません。でも」
「あっちから来るなら、別です」
「上出来だ、どこを狙う?」
「足、ですかね」
「何か持ってるようなら肩だな」
大回りをしながら、静かに小屋に近づく。人影がひとつ草むらから起き上がった。仲間に知らせるつもりなのか、小屋の方へ走っていく。
アルフは撃たない。代わりに、無言でクロスボウを差し出してくる。
(……やれ、ってことか)
逃げている相手を撃つのは気が引ける。
(狙いやすさだけなら、こっちの方が楽だな)
(太腿、動きを止める。それで十分なはずだ)
──放つ。クロスボウ特有の鋭い音が弾けた。
倒れた男の口笛を合図に、小屋の中から六人の人影が雪崩打って出て来る。魔導士らしい奴は見当たらない。
すぐに立ち止まったのは長弓持ちだ。その隣には、スリングを振り回す奴がひとり。
イーヴォは既に詠唱を始めていた。傍らには、短剣を抜いたデニスが立つ。
大盾を構えたアルフの後に、メイスを背負ったままのマティルダが続く。軽く首の護符に触れるのが見て取れた。
「スリングはちょっと危険かな」
ジーンが呟く。
「『風の王ジンよ、この場を巡り、触れしものを退け給え』」
耳鳴りがして、空気の渦が敵の矢を叩き落とす。
どうするか。あっちの弓の方が射程が長い。もう少し前に出ないと届かない。少しづつ進みながら、続けざまに矢を放つ。
(牽制でもいい。撃ちまくれ)
気を散らせれば儲けものだ。視界に前衛の動きを入れながら、とにかく撃つ。
後方のイーヴォの詠唱の声がひときわ大きくなった。
「『、…連結。過剰電位、分散。』」
「『双雷撃!』」
頭上を二本の雷光が疾走っていく。
アルフ達の目の前まで迫っていた二人が身体を引きつらせ、倒れた。
「死んだ?死んでないよな。うん、たぶん大丈夫」
「イーヴォ浮かれてないで次の呪文を…っ、ジュード、魔導士が」
後方からジーンが叫ぶ。
スリングに意識を持っていかれて、遅れた。小屋の影に魔導士がいた。
足元の空気が不自然に引かれる。踏みしめたはずの地面が消えたように感じた瞬間、弾かれて、おかしな方向に飛ばされた。
(ちゃんと使えて、ない?)
無性に気持ち悪かった。
「ジン、無理を頼む。あの子が危ない。『──彼を狙う手の周りに渦を』」
「あいつか、呪文書泥棒は」
ジーンとイーヴォが敵の魔導士とスリングを引き受けてくれた。
前に出るしかない。
「後ろは気にするな、前だけ見てろ!」
「お願いします!」
──デニスの叫び声なんて初めて聞いた。
俺の弓の射程まで詰める。
正面から行くな。撹乱しろ、速く動け。
動いて動いて撃ちまくれ。この距離なら俺の狩場だ。
長弓がじりじりと下がっていく。更に詰める。前に出る。
敵の背中が小屋の壁にぶつかり、一瞬動きが止まる。
俺は無我夢中で矢筒に手をやり、
(矢が……無い)
体勢を立て直した長弓が俺を狙う。瞬間、視界に飛び込んで来たマティルダがメイスを振り被る。
(その距離から投げるつもり!?)
放たれたメイスに、長弓は反射的に身を引いた。
マティルダが斜め前方から踏み込む。
横腹に叩き込まれた一撃で、長弓は吹き飛んだ。
「……あーあ、あばら逝っちゃったんじゃないか?」
反対側から回り込んだらしいアルフが、気絶した魔導士を引きずって姿を現す。
「イーヴォに任せてたら、呪文書ごと燃やしそうだったんでな」
スリング野郎はと見ると、武器は飛ばされ、体中に削られたような傷を負って倒れていた。
「終わった……、のか」
今更、手が震えているのに気づいて、俺はその場にへたり込んだ。
「あー、悪かったよ。そのガキにゴメンナサーイって言っといてくれる?」
「……ずいぶんな言い草だな」
「ハイハイ、窃盗は犯罪。自覚してまーす」
「そんな話はしていない」
何だろう、こいつ本当に気持ち悪い。
「結果だけ手にしても、それは自分の力にならないだろ」
「泥臭い努力こそが大事ってか。『僕、頑張りました』なんて所詮自己満足だろ。結局、楽に答えを手に入れたもん勝ちなんだよ」
「それじゃ、他人の呪文書を使ってお前はちゃんと出来たのか?出来てなかったじゃないか」
「慣れてなかっただけだ。俺には才能があるんだ。いずれ自分のモノに出来る」
噛み合わない。言葉に詰まる。
「……そういうものじゃ、ない」
会話に参加しなかったイーヴォが初めて口を開く。
「もういいだろ、時間の無駄だ」
看守に挨拶をして外に出る。空が高い。
背中に手を回して、弓に触れる。どろりとした気持ちが少しだけ軽くなる。
あの男の言うことは違う。それは確かだ。
(それなのに)
完全に否定しきれない自分がいた。
─ End ─
劣等感を振り払うように、ジュードは理想の弓材を求めて森へ入る。
森の奥で手に入れたのは、理想の弓材と、自分の限界だった。
※次回は、『ザエッダの弓手 06:手に余る弓』の予定です。




