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ザエッダの弓手 〜 黒と空の物語 〜

借り物の一射 ─ 矢は届かない。それでも前に出た理由

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/04/15

 

 ─ 正しいことをしたはずなのに

   すっきりしない時がある

   そんな中途半端な場所の話 ─

 

 

 

 

 鎧戸を叩く乾いた音に、顔を上げた。

風ではない。一定の間隔で、同じ場所を叩いている。

イーヴォが鎧戸を開くと、鳥は軽く羽ばたいて位置をずらし、開いた隙間から滑り込んできた。


「……開けておけば良かったのに」

「必要ないと思っていただけ」


(思いっきり待ってたくせに)


 言わないけど。


 俺が見ている横で鳥の脚から筒を外す。紙は薄く、繊維の走りがうっすらと透けて見えた。

イーヴォは無言で紙を見つめている。険しい表情にもしや、と不安がよぎる。


「……どうだった?」

「合格だ。だがそれどころじゃないらしい」

 

 

 

「盗まれたのは在籍中の学生の呪文書です」

「その学生は?」

「酷く取り乱してしまって、今は救護室に。王都内にはもう居ないらしいことは分かってるんですが……」


 (王都にはいないって何故分かるんだ?)

 

 俺が訝しげな顔になったのを気づいたのか、隣に立っていた衛視が口を開く。


「門番が見ている。今朝の出入りは総て洗った。商人も学生も確認済。該当するのは一組だけだ」

「行くぞ」

「え?」

「俺たちが呼ばれたってことは、つまりそういうことさね」

 

 分からないまま、後を追った。

 

 

 

 ──アルフたちが門番に確認している間に、弦を張る。どうやら緊急事態のようだった。盗まれたのは呪文書、容疑者は八人組。

弓を返し、足で軽く押さえる。しなる手応えを確かめてから、弦をかけた。


「……ラウルク。一矢、無駄にしないと誓う」


 全員が俺を見ていた。小声の筈だったのに、聞こえていたらしい。

 

 

 

「ほら、前に使ったじゃねぇか、失せ物探しで」

定位測定ロケート?あれは “既知の対象” しか拾えない。今回は指標コンパスで当たりをつける」


 イーヴォは腰の物入れから炭筆を取り出すと、街道に陣を描き出した。


「紙に書きゃいいだろ。何度でも使えるぞ」

「は?石畳の上で羽根ペン使える訳ないだろ。頭湧いてんのか、おっさん」


 相変わらずデニスには辛辣だ。


 くっきりとした炭の跡が延びていき、石の継ぎ目で線が途切れる。イーヴォは気にした様子もなく、指先でその上をなぞっていく。


「見た目じゃない。流れを “繋げる” んだ」



「────よし、完成」


 そう言うと、出来上がった魔法陣に魔力を流す。線が光になり、そのまま空中に浮き上がると、ゆっくりと回転して止まった。


「──風車小屋の方角だな。手前に一基、かなり離れて、もう一基」


 アルフが見当をつける。


「じゃあ、これ消しとくね」


 ジーンが水袋から水を指先にひと垂らしすると、柔らかい声で呟く。


「『水の精霊(ウンディーネ)、地面を洗い流してくれるかい?』」


 指先の雫は見る間に膨らんで水球となり、指を振ると、弾けて魔法陣の上に落ちた。


「悪い子が真似しないように消しておかないとね」

「さぁ、行きましょうか。どんな奴らかしらねぇ?」


 ヤバい、マティルダがワクワクしてる。

 

 

 

 ──風車小屋が近づくにつれ違和感が募る。他の風車の羽根は止まっているのに、目的地らしき小屋の風車は回っている。しかも妙な回り方だ。


「……空間魔法だ。制御出来てないやつ」


 イーヴォの指摘にアルフは頷くと、手にしたクロスボウの弦を引いて矢をセットする。


「撃ってみるか?」

「……自信がありません。でも」

「あっちから来るなら、別です」

「上出来だ、どこを狙う?」

「足、ですかね」

「何か持ってるようなら肩だな」


 大回りをしながら、静かに小屋に近づく。人影がひとつ草むらから起き上がった。仲間に知らせるつもりなのか、小屋の方へ走っていく。


 アルフは撃たない。代わりに、無言でクロスボウを差し出してくる。


(……やれ、ってことか) 


 逃げている相手を撃つのは気が引ける。


(狙いやすさだけなら、こっちの方が楽だな)

(太腿、動きを止める。それで十分なはずだ)


 ──放つ。クロスボウ特有の鋭い音が弾けた。


 倒れた男の口笛を合図に、小屋の中から六人の人影が雪崩打って出て来る。魔導士らしい奴は見当たらない。

すぐに立ち止まったのは長弓持ちだ。その隣には、スリングを振り回す奴がひとり。


 イーヴォは既に詠唱を始めていた。傍らには、短剣を抜いたデニスが立つ。

大盾を構えたアルフの後に、メイスを背負ったままのマティルダが続く。軽く首の護符に触れるのが見て取れた。


「スリングはちょっと危険かな」


 ジーンが呟く。


「『風の王ジンよ、この場を巡り、触れしものを退け給え』」


 耳鳴りがして、空気の渦が敵の矢を叩き落とす。


 どうするか。あっちの弓の方が射程が長い。もう少し前に出ないと届かない。少しづつ進みながら、続けざまに矢を放つ。


 (牽制でもいい。撃ちまくれ)


 気を散らせれば儲けものだ。視界に前衛の動きを入れながら、とにかく撃つ。


 後方のイーヴォの詠唱の声がひときわ大きくなった。


「『、…連結。過剰電位、分散。』」

「『双雷撃ツイン・ボルト!』」


 頭上を二本の雷光が疾走はしっていく。


 アルフ達の目の前まで迫っていた二人が身体を引きつらせ、倒れた。


「死んだ?死んでないよな。うん、たぶん大丈夫」

「イーヴォ浮かれてないで次の呪文を…っ、ジュード、魔導士が」


 後方からジーンが叫ぶ。

スリングに意識を持っていかれて、遅れた。小屋の影に魔導士がいた。


 足元の空気が不自然に引かれる。踏みしめたはずの地面が消えたように感じた瞬間、弾かれて、おかしな方向に飛ばされた。


(ちゃんと使えて、ない?)


 無性に気持ち悪かった。


「ジン、無理を頼む。あの子が危ない。『──彼を狙う手の周りに渦を』」

「あいつか、呪文書泥棒は」


 ジーンとイーヴォが敵の魔導士とスリングを引き受けてくれた。

前に出るしかない。


「後ろは気にするな、前だけ見てろ!」

「お願いします!」


 ──デニスの叫び声なんて初めて聞いた。


 俺の弓の射程まで詰める。

正面から行くな。撹乱しろ、速く動け。

動いて動いて撃ちまくれ。この距離なら俺の狩場だ。




 長弓がじりじりと下がっていく。更に詰める。前に出る。


 敵の背中が小屋の壁にぶつかり、一瞬動きが止まる。

俺は無我夢中で矢筒に手をやり、


(矢が……無い)


 体勢を立て直した長弓が俺を狙う。瞬間、視界に飛び込んで来たマティルダがメイスを振り被る。


(その距離から投げるつもり!?)


 放たれたメイスに、長弓は反射的に身を引いた。

マティルダが斜め前方から踏み込む。

横腹に叩き込まれた一撃で、長弓は吹き飛んだ。


「……あーあ、あばら逝っちゃったんじゃないか?」


 反対側から回り込んだらしいアルフが、気絶した魔導士を引きずって姿を現す。


「イーヴォに任せてたら、呪文書ごと燃やしそうだったんでな」


 スリング野郎はと見ると、武器は飛ばされ、体中に削られたような傷を負って倒れていた。


「終わった……、のか」


 今更、手が震えているのに気づいて、俺はその場にへたり込んだ。

 

 

 


「あー、悪かったよ。そのガキにゴメンナサーイって言っといてくれる?」

「……ずいぶんな言い草だな」

「ハイハイ、窃盗は犯罪。自覚してまーす」

「そんな話はしていない」


 何だろう、こいつ本当に気持ち悪い。


「結果だけ手にしても、それは自分の力にならないだろ」

「泥臭い努力こそが大事ってか。『僕、頑張りました』なんて所詮自己満足だろ。結局、楽に答えを手に入れたもん勝ちなんだよ」

「それじゃ、他人の呪文書を使ってお前はちゃんと出来たのか?出来てなかったじゃないか」

「慣れてなかっただけだ。俺には才能があるんだ。いずれ自分のモノに出来る」


 噛み合わない。言葉に詰まる。


「……そういうものじゃ、ない」


 会話に参加しなかったイーヴォが初めて口を開く。

 

「もういいだろ、時間の無駄だ」

 

 

 

 看守に挨拶をして外に出る。空が高い。


 背中に手を回して、弓に触れる。どろりとした気持ちが少しだけ軽くなる。


 あの男の言うことは違う。それは確かだ。


(それなのに)


 完全に否定しきれない自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 ─ End ─

   

 

 劣等感を振り払うように、ジュードは理想の弓材を求めて森へ入る。


 森の奥で手に入れたのは、理想の弓材と、自分の限界だった。

 

 

 ※次回は、『ザエッダの弓手 06:手に余る弓』の予定です。


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