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弟を化け物扱いした家族は、私がいなくなった途端に全てを失いました。

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/20

「もし、姉様に何かあっても、シモンのことをいつも思っているからね」

私はいつものように、弟の左頬を撫でた。


顔の左半分が真っ黒の頬に触れて、何もないかのように微笑んだ。



8歳下の弟のシモンが生まれた時、我が家はざわついていた。

父とも母とも違う、黒髪に灰色の目。

そして、顔と体の左半分が痣のようにどす黒かったからだ。


すぐさま、医者、魔術師、神官がやってきたが、誰もその理由がわからなかった。

ただ、その小さい体に闇の魔力を膨大に溜め込んでいることだけはわかった。


だから、1人がこう呟いたことで、事態が一変した。


『闇魔導士ジーンの生まれ変わりなのでは?』


神話の世界に1人の闇魔導士がいて、かつて大陸を半分ほど滅ぼし、この世界を破滅へと導いた結果、最後は火に焼かれて死んだとされる物語なんかでよく聞く人物のことだ。


子どもなんかに『悪い子はジーンに連れて行かれて、火炙りにされちゃうんだからね!』と脅し文句に使う、この国の人間なら誰でも恐れたことのある者の生まれ変わりだと言ったのだ。


そのことをきっかけに、シモンの扱いが変わった。

お父様はシモンをひた隠しにして家から出さず、部屋に閉じ込めた。

嫡男は病弱で家から出られないと触れ回った。


お母様は自分と同じ色を持つ3つ下の妹、マーガレットだけをやたらと可愛がるようになった。

まるでシモンなんて産んでいないみたいに、末っ子はマーガレットだと錯覚したいようだった。


マーガレットは、母の愛情を独り占めできることで、相当我儘になってしまった。


私はというと、シモンのところに毎日通った。


生まれた時から可愛かったシモンが、ジーンの生まれ変わりと言われても可愛いのに変わりがなくて、周りの態度の変化がよくわからなかったからだ。

8歳の私からしたら、生まれたてのシモンは可愛くてしょうがなかった。


手を伸ばすと、小さい手で指先を握ってくれる。

抱っこをすると、キャッキャと笑ってくれる。

ミルクをあげると、下手な私からでも一生懸命飲んでくれる。

赤ちゃんのお世話をはじめてできるから、お姉さんとして張り切っていた。


家族も、使用人も、乳母も、呪いがうつると言って、シモンに触れようともしなかった。

乳母を含めて誰も仕事をしなかったけれど、両親は咎めなかった。

それもあって、シモンのお世話は私がするのが当たり前になった。


シモンの左半分は黒いだけで、普通の皮膚だ。

触ったってうつりやしないし、呪いでもなんでもない。


ただ、本当に闇の魔力が大きいんだということは、私にもわかった。


ある時、とある令嬢の誕生日パーティーに招待されて、1日シモンと一緒にいられなかった日、シモンの部屋に異変が起こっていた。


影という影がすべて揺れて、その影が部屋中のものを倒して壊していた。


シモンは不安になると、こんなふうに影が暴れ出すみたいだった。


その日は慌ててシモンを抱き締めると、影は動きを止めた。

私は、より一層シモンのそばにいようと思った。

家の全員が、シモンに余計に近づかなくなった日でもある。


家族の形が、歪になっていった。



「クラリッサ姉さま!」

「シモン、お待たせ。いい子にしてた?」

「もちろんです!おかえりなさい!」


シモンは、8歳になった。

相変わらず皮膚は黒いままだが、それ以外はよその家の男の子と変わらなかった。

それでも、家の中の様子はこの8年間変わらない。

ううん、ますますひどくなっていた。

シモンには家庭教師もつけないし、後継者教育も始めていない。

お父様は、どうするつもりなんだろうか。


私が学園に通うようになって、シモンの不安で影が揺れる日が増えた。

「必ず帰ってきて、一番に抱き締めにくるからね」と言い聞かせてはいるけど、この家でシモンのそばに寄るのは私だけだから、私が家にいないだけで不安になってしまうみたいだった。


シモンをぎゅっとすると、きゃははと笑い声がした。


赤ちゃんみたいに笑うシモンは、8歳にしては随分幼いこともわかっている。

私しか話し相手がいないし、私は完全に甘える対象だからだと思う。

勉強も私が教えている分しかないから、足りないところだらけだ。


私はもう今年で16歳だ。

いつどこに嫁いでもおかしくない。

そうなったら、シモンのことはどうしたらいいんだろう。

心配事が増えていくばっかりで、最近はよく眠れない。


「…クラリッサ姉さま、おなか痛い?」

「えっ、そんなことないわよ。どうしたの?」

「姉さま、悲しい顔してる」


シモンは、闇魔力を持っているからか、他人の不安や悲しみに敏感だ。

部屋の近くを通る人間が落ち込んでいると、それもキャッチしてしまうくらいだった。


不安にさせたら、またシモンが怖がられちゃうかもしれないのに…。

だめね、しっかりしなきゃ。


「大丈夫よ、ありがとう。学園が忙しくて、寝不足なだけよ」

「じゃあ、シモンと一緒にお昼寝しよう〜!」

「あらあら、今日のお勉強はどうするの?」

「あとでやるよ〜!」

「もう仕方ないわね、今日だけよ」

「やったー!クラリッサ姉さま、お布団一緒に入ろう!」

そう言って私の手を引いて、ベッドに向かっていく。


せめて私が一緒にいられる間に、シモンの魔力コントロールができるようになったらいいんだけど…。


小さい頭を撫でると、くすぐったそうに笑う。

その顔が見られて、自然と眠りに落ちたのだった。



でも、そんな日は続かずに、私の恐れていた事態がやってきた。


「クラリッサ、お前の結婚が決まった。今すぐ家を出て行きなさい」

「今すぐって、何を言っているのですかお父様…!」

「うちの借金をどうにかしてくださる素晴らしい家とのご縁が決まったんだ!さっさと嫁いで、お慰めして来い!」

そう言って、少ない荷物をまとめられて、馬車に詰め込まれた。


お父様の言い方から考えるに、まともな家に嫁ぐわけではなさそうだ。


借金なんて抱えていたのね…、それもそうか。

お父様はヤケ酒が増えたし、お母様は心を埋めるように散財が増えた。

マーガレットは、お母様に倣ってすぐにドレスを作りたがる。

我が家に見合わないドレスや宝石の山で、借金を作っていても不思議ではない。


「まあ、お姉様可哀想〜!私は可愛いから、あんなところ嫁がせられないって、お母様が言うから仕方ないわよねえ〜!」

最後に挨拶に来たかと思うと、マーガレットはケタケタ笑ってそう言った。


「我が家の務めを、果たしてきなさい…」

お母様は目が合うこともなくそう言った。


「結婚はお受けします。ですが、最後にシモンに会わせてください!あの子に、愛していると伝えてから行かせてくださいっ!」

「お姉様、まだあの化け物のこと、可愛がってるの〜?もう離れられるんだから、喜べばいいのに」

「…呪いの子とは、関わらないように言ってあったでしょう?」

「シモンは化け物でも、呪われてもいません!私の大事な弟ですっ!」

「お相手を待たせているんだから、早く馬車を出しなさい」

「お母様っ…!シモンに、シモンにどうか優しくしてあげてください!あの子は、愛情に飢えているだけなんです…!可愛くていい子なんですっ!」

馬車の扉を閉められて、私の意思とは関係なく走り出す。


ああ、シモン!

姉さまはいつも言っていた通り、シモンのことをいつでも思っているからね…!


祈るように両手を握り、目を瞑った。

揺れる馬車の中、ひたすらにシモンへの気持ちを心の中で呟いた。


どれくらいの時間そうしていたか、後方で爆発のようなけたたましい音がして、目を開けた。


「何…!?」

「ク、クラリッサお嬢様、お屋敷の方角から煙が上がっております!」

「馬車を止めて!」

御者は私の声に従って、馬を止めた。

私は慌てて馬車から降りると、今来た道を振り返った。


そこには、見たことのない黒煙が上がっていた。

嫌な予感がする。


「うちの方、よね…?」

「は、はい。もしかしたら…」

「…我が家かもね。戻りましょう、何もなかったのならそれでいいんだから!」

「はい…っ!お乗りください!」

そうして、急いで引き返した。


お願いシモン、無事でいて…!


だけど、見えてきたのは屋敷の形を保っていない、崩れた家だった。


火はあがっていないのに、煤が飛んでいる。

そして、影が飲み込むように、大きく動いていた。


馬車が止まるなり転げ落ちるように飛び出して、走った。


「シモン!シモンっ、返事をして…!」

「クラリッサお嬢様、いけません!危険です!」

御者の声は耳に入ってこず、私は崩れた屋敷に入っていった。


シモンっ、シモンの部屋は…!?


シモンの部屋のあった場所に辿り着くと、真ん中にポツンとシモンが座り込んでいた。


「シモン…!」

「ク、ラリ、ッサ姉さま…?」

振り返ったシモンは、影のように真っ黒だった。


瓦礫を避けながら近づいていくが、シモンの周りに黒焦げの人のような形のものが3体転がっているのに気づいて、「ヒッ…」と声が漏れた。


ひ、人…?

丸焦げの人の形って、もしかして…、お父様たち…?


覗き込むことすら怖くて、私は首を振った。


ううん、今はシモンよ…!

私は、何も見ていないわ…!


もはや気持ちがぐちゃぐちゃで、シモンのことだけ見ていたかった。


立ち上がる気のないシモンになんとか近寄って、目の前でしゃがみ込んだ。


「シモン…?私がわかる?」

「クラリッサ姉さま、どうして…、もう会えないって、さっき言われたよ?」

「どうしてもシモンにもう一度会いたくて戻ってきたの…、シモンごめんね。お別れも言えないまま家を出ちゃって」

「姉さまっ、クラリッサ姉さま…!」

シモンは石像のように固まっていた体を動かして、私の胸に飛びついた。

私も今までにないくらい力を込めて抱きしめた。


シモンから伸びている影が、少しずつ小さくなっていく。


「姉さまが、もう、シモンのこと好きじゃないから、家を出ちゃったって…!」

「そんなことあるわけないわ!シモンのことが大好きよ、私のただ1人の弟なんだから…!」

「シモンのこと、嫌いじゃない?」

「愛しているわ、シモン。姉さまがシモンのことを嫌いになるなって、絶対にないわ!」

そう言うと、シモンは大声をあげて泣き出した。


「シ、シモンが化け物だから、姉さまはいなくなっちゃったってえええ…!」


ああ、あの人たちは、なんてことを言ってくれたのだろうか。

私はただ、抱き締めることしかできなかった。


「1人にしてごめんね、シモン…!」

シモンの頭を抱えながら、周りを見渡すと、すべてがガラクタになっていた。


真っ黒になった何もかもの中に、生きている人の姿が1人もいない。


闇の力で大陸を滅ぼした、闇魔導士ジーンのことが頭を掠めた。

きっとこんなふうに不安に煽られ、人に憎まれ、居場所を奪われたんじゃないかと思った。

本人が闇の力をコントロールできたのか、誰にもわからないことだ。


しゃくりあげるシモンの涙を拭おうと、頬に手をやると、いつもと違う光景が目に入った。


「シモン、あなた…」

「姉さま?」

「ううん、なんでもないわ。もう姉さまがいるから大丈夫よ」

いつものように頬を撫でたが、その頬からは黒い痣がなくなっていた。


右半分と同じ、白い肌だった。


私は、黒い人をチラリと見て、シモンに向き直った。


「…ねえ、シモン。お父様たちはどうしたのか知っている?」

ようやく止まっていた影が、また少しだけ揺れた。


「クラリッサ姉さまがいなくなったから、シモンのことも捨てるって言ってた」

「…そう、だったの」

「それで、マーガレット姉さまが、何かの棒でシモンのこと殴ったの。そしたら、なんか黒くなっちゃって、『助けて…!』って怒鳴られたけど、そのあとはよく覚えてない…」

「そっか、話してくれてありがとう」

「お前のせいだって言われた」

「シモンのせいじゃないわ…。痛かったよね、ごめんね」

「うん」


「クラリッサお嬢様っ、無事でしたか…!?」

あとから追いかけてきた御者は、戸惑いながら屋敷を見回していた。


「…ここから一番近い修道院に、私とこの子を連れて行きなさい」

「え、で、ですが…」

「最初から、そうしていればよかったのよ…」

私はシモンを抱き締めて、そう零した。


御者は目を泳がせたあと、しばらくしてから頷いた。


「かしこまりました。絶対に送り届けます…!」

「…ありがとう。さあ、シモン。行きましょう」

「姉さま、どこか行っちゃうの…?」

「ううん、シモンと一緒に暮らせる場所に行くのよ。姉さまと一緒でいい?」

「クラリッサ姉さまと一緒がいい!」

シモンと手を繋いで、荒れ果てた屋敷をあとにした。


8歳の手って、こんなに小さかったかしら。

私、これくらいの手で、シモンを抱っこしていたのね。


これからどうなるかなんてわからないけど、シモンの手は二度と離さないと心の中で決めると、シモンの影が私の方に伸びてきた。


私はその影も、もう片方の手で握った。


はじめて影が嬉しそうにしているように見えた。






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