6 毒
アンナはそのときのこと……故郷であるトラルセン王国からエドワードが秘密裏にアンナの元を訪れたときのことは、いまでもありありと思い出せた。夜、彼はアンナの私室を訪れて、カーテンに閉ざされた窓をこつこつと叩いたのだ。
そのときのアンナは体調が優れず、代わりに専属メイドであるエリスが警戒しながら窓の外を確認したのだった。エリスはトラルセン王宮からアンナとともにやってきていて、数少ない味方であり、多少ながらも武術や魔法の心得もあった。
エドワードが訪れること自体は事前に連絡を受けていたが、具体的な用件はそのとき聞かされたのである。そのときのアンナにはすでにベアトリスおよび彼女の共犯者によって、軽微ではあるが毒が盛られていた。
そしてベアトリスの本性や素性を調査していたエドワードは、彼女の企みをアンナとエリスに話して聞かせたのである。
『ベアトリスはエイバー王国を乗っとるつもりのようです』
その手始めとして、まずエイバー王子であるイワンに取り入ったらしい。しかしベアトリスには誤算が一つあり、それがイワンの婚約者のアンナの存在だった。
アンナを排除するために、まずイワンにいろいろと吹き込み、彼がアンナを蔑ろにするように仕向け、また自分も側室としてエイバー王宮に足を踏み入れたのである。
『アンナ様は近頃、体調が優れないと仰っていましたね?』
『ええ……風邪薬は飲んでいるのですけど……』
『おそらく、ベアトリスやその手の者によって、アンナ様の飲食物に秘密裏に毒が盛られているのでしょう』
『『……っ⁉』』
『突然、何の脈絡もなく死亡してしまっては怪しまれてしまう……だから最初は少量を盛り、徐々に量を増やしていき、頃合いを見計らって致死量を盛るつもりなのでしょう』
いまはその初期の段階なのだとエドワードは言うのだった。小さな咳をこぼしながらアンナが尋ねる。
『ですが、毒というのは少量ずつでは耐性がついてしまうと聞いたことがあります。私にもその毒の耐性がつくのではないのでしょうか?』
『確かに、『その』毒の耐性はつくでしょう』
エリスがピンときたように口を挟んだ。
『なるほど……病床に臥せさせる為の毒と、最後にアンナ様を暗殺する毒は別物にするだろうということですね?』
エドワードはうなずいた。
『断言は出来ませんが、その可能性は大いにあり得ます。そしてアンナ様の暗殺を終えた後は、司法解剖をすることもなく、即座に火葬してしまうように指示するのでしょう』
暗殺に用いた毒が検出されるのを防ぐために。
体調不良の顔色をさらに暗くしながら、アンナがエドワードに尋ねた。
『そんな……私はどうすれば……?』
『……手はいくつか考えてありますが、アンナ様の今後の安全を保障し、この王宮からも脱出し、そしてベアトリスと彼女の共犯者を一網打尽に出来る策が一つあります』
『それは……?』
『アンナ様の死を偽装することです』
確信に満ちた顔でエドワードは告げるのだった。
それからおよそ半年間もの期間をかけて、アンナが病床に臥せていると周囲に信じ込ませて、そしてベアトリスを騙すために死亡したことにしたのである。




