9 デッドライン
「どうだった?」
「睡眠魔法は基本的に近距離から中距離の魔法であり、遠距離以上の距離からは使えないか、使えても効力は低いとありました」
「……つまり、クリスを眠らせた者は、この王宮内か、その近くにいると?」
ジルは重々しくうなずいた。それの意味するところを理解しているからだ。
「クリスティーナ様を眠らせた睡眠魔法はとても強力なものです。それを遠距離から使えたとは考えにくい……賊はこの王宮の関係者の中にいます」
「……っ!」
それはつまり、ヴィルやクリスやジルの知っている者が犯人だということ。いままで親しく接してきた者が、裏切ったということ。
「……厄介なことになったな。賊の正体や動機について、目星は?」
裏切られたという事態にショックは確かにあるものの、いまは引きずったり悔やんだりしている余裕はない。早くなんとかしなければ、クリスや他の者達、そしてヴィル自身すら殺されてしまう可能性があるのだから。
ジルは無念そうに首を横に振る。
「まだそこまでは……。これからさらなる調査をします」
「…………」
ヴィルは押し黙ってうなずいた。そのときヴィルの指輪型の通信魔法具に連絡が入る。王宮医師からだった。
『殿下、クリスティーナ様が再び眠られました。……あの睡眠魔法です』
「……! いま行く!」
通信を切って、ヴィルがジルを見る。ジルはうなずき、ヴィルは彼とともにクリスの私室へと急いで戻っていった。
二人がクリスの部屋に戻ると、室内にはエドワードもいた。
「戻っていたのか、エドワード」
「はい、連絡することをうっかり失念してしまい、申し訳ありません」
「……お前が連絡を忘れるくらいのことがあったわけだな?」
エドワードは首肯した。しかしそれを話す前に、クリスを横目に見ながら言う。
「しかし殿下、いまはそれよりもクリスティーナ様の容態を聞くことを優先しましょう。私もいま来たばかりで、事態を聞いていませんので」
その場の者達がベッドそばでクリスの様子を診ていた医師を見る。女性医師は彼らに向き直ると、一度目の睡眠魔法のときよりも深刻な顔で口を開いた。
「再びクリスティーナ様にかけられた睡眠魔法ですが、今度は先のものよりもいっそう強力になっているようです。意識の潜行具合が非常に深く、昏睡状態に近くなっています」
「それは、まさか……」
医師の言いたいことをいち早く察したヴィルが息を飲む。医師はうなずいて、告げた。
「このままではいずれ意識が完全に埋没し、脳の中枢部が機能不全に陥ってしまうでしょう。補助なしでは呼吸すら出来なくなり、死亡してしまいます」
「……っ!」
ヴィルを含むその場の全員に衝撃と緊張が走る。医師は続けて言った。
「そして呼吸の補助をしたとしても、そのままの状態が続けば、呼吸しているだけで脳は死亡と同じ状態へと陥ります」
「息をしているだけの脳死状態というわけだな」
「……そうです」
ヴィルの確認に医師は重々しくうなずいた。ヴィルは尋ねる。
「タイムリミットはいつだ?」
「……おそらく、夜明けくらいだと思われます。いまの季節であれば、六時くらいでしょう」
ヴィルが壁の時計を見る。他の者達も見上げて……ヴィルがつぶやいた。
「……あと五時間程度か……」
それがクリスが助かるか死ぬかのデッドラインということになる。もはや時間を無為に過ごすわけにはいかなくなった。




