27 【第2章 アンナの自立】 【完】
「ありがとね、アンジェさん、エリスさん。これでうちの店も他のお店も、もう被害に遭わなくなるでしょ」
デニーからそうお礼を言われたあと、二人は彼女と別れてじいやのいる場所へと戻り、屋敷へと帰っていった。しかしアンナの顔には晴れないわずかな曇りが残っていて、屋敷の自室のベッドの縁に座って考え込む様子を見せていた。
そばに控えていたエリスが尋ねる。
「どうかなさいましたか、アンナ様?」
「……ちょっとね……」
曖昧な返事をするアンナに、エリスは心当たりのあることを口にする。
「もしかして、あの万引き犯の言っていたことを気にしておられるのですか?」
「え……?」
アンナが顔を上げてエリスを見る。その彼女にエリスは続けた。
「あの者の言うことなど気にする必要は微塵もございません。犯罪を犯した者が悪いのは自明の理であり、アンナ様は正しいことをなされたのです。それだけは間違いありません」
「…………」
アンナはなにも答えなかった。エリスのことを数秒間見つめる。
エリスが励ましてくれていることは理解できていた。彼女の言葉が間違っていないことも分かっている。自分は正しいことをしたのだと。
しかし、それはそれとして……アンナは目を伏せるようにして、落ちた声をこぼす。
「……私は弱いなぁって、思っちゃってね……」
「アンナ様……?」
「あの人達の話を聞いて、思わず飛び出しちゃったくせに、結局エリスに守られちゃったから。あの女性も、エリスが足枷をしなかったら逃がしちゃってたし」
「…………」
そのことを気にしていたのだとエリスは察した。次にアンナが口にするであろう言葉も。
「……もっと強くなりたいな。私」
「…………」
アンナは続ける。
「今回のことだけじゃなくて、ベアトリスの時も私は守られてばかりで、エリスやじいやや皆に心配をかけちゃったから。私がもっと強ければ、もっと上手くやれたはずなのに」
エリスはなにかを言おうと口を開けたが……結局、なにも言えなかった。
アンナの言葉を否定すれば、彼女は弱いままでいいとして、傷付けてしまう。
アンナの言葉を肯定すれば、彼女が弱いから周囲に心配をかけさせているとして、傷付けてしまう。
否定も肯定も、いまのアンナにはただの刃にしかならなかった。
だから、エリスはなにをすべきなのか、どうすればアンナをいつものように笑顔にできるのか分からなくて、子供のように泣きたい気持ちになってしまう。無論そんな内心は顔には出していなかったのだが、エリスは本当に困ってしまっていた。
(アンナ様……)
ただ見つめることしかできなかった。
しかし、そんなエリスの眼前で、アンナはおもむろに両手を上げると、いきなりバチン!と自分の両頬をひっぱたいた。
「⁉ アンナ様⁉」
うろたえるエリスに、アンナは顔を上げて言う。両の頬にはほのかに赤い手形がついていた。
「うん、うじうじしていても駄目ね。弱いのが嫌なら、強くなればいいだけだわ。皆が心配しなくても大丈夫なくらい、私自身が自立していく為にも」
「アンナ様……」
だから、とアンナは続けて言った。
「エリス。私に魔法や武術を教えて」
「はい⁉」
「だってエリスは強いじゃない。時間がある時でいいから。もちろん、エリスが忙しい時はじいやとか他の人にも頼むから」
「…………」
「駄目?」
……このお方はこういうお方なのだ……。と、エリスはつくづく思った。たとえエリスやじいやや他の者が教えるのを拒んだとしても、独学で強くなろうとするだろう。
エリスは小さな息をつく。そして答えた。
「分かりました。私に出来る限りのことを、アンナ様に教えましょう」
アンナの顔がぱあっと明るくなる。立ち上がって、エリスの手を取りながら。
「ありがと、エリス!」
アンナに笑顔が戻っていた。
【第2章 アンナの自立】
【完】




